『ライトハウス』ネタバレレビュー:我々を狂気の淵へ追い込む“秘密”と“知識”

拡大画像を見る

波が打ち寄せ、鳥が叫び、雨が降る。『The Lighthouse』は、正気を失っていく2人の人間を描いただけではない。ロバート・エガース監督の卓越した撮影技術、そしてデフォーとパディンソンの気狂いじみた演技は、あなたも狂わせようとする。だが、本作、少しわかりにくい。そこで今回はネタバレレビューとして解説していく。

何故、我々は『ライトハウス』に惹かれるのか?

© 2019 A24 Films LLC. All Rights Reserved.

 公式サイトでは本作の内容がほとんど解説されていない。タグラインは「灯台守として孤島にやってきた男2人が、狂気にかられていく」程度。「何が起こるのか?」「なぜ狂気にかられるのか?」まったく明かされない。そりゃそうだ。4週間で帰れるはずだった任務が嵐でのびのびになり、イラつき喧嘩しているだけの映画だからだ。しかしそれがあまりにも閉塞的で、汚らしく描かれているにもかかわらずそれらから想起されるイメージは神々しい。こんなものを見せられて興味が出ない映画ファンなどいないだろう?ロバート・エガース監督はこれを意図的にやってのけている。予告編の時点で、我々は『ライトハウス』の狂気的な魅力に抗えなくなるのだ。

窒息しそうな閉塞感の秘密

© 2019 A24 Films LLC. All Rights Reserved.

 予告を観るとわかるが、アスペクト比(画面のサイズ)がおかしい。1.19:1なのだ。これはムービートーンと呼ばれている比率。トーキー映画が登場した十数年間だけ利用されたアスペクト比だ。無声映画時代は1.33:1だったのだが、音声を焼き付けるためフィルムの左側を削ったことにより、この比率になったのだ。エガース監督は、この時代の映画のファンであることを公言している。しかし、一番の狙いは、閉塞感の演出だろう。ほぼ正方形の映画など、現在ほとんど観ることはないし、観客は110分もこの正方形の“箱”を見つめ続けなければならない。観ればわかるとおり、本作の息が詰まるような感覚。それはこのアスペクト比にある。ちなみに灯台のサイズ感もより強調されていたとは思わないだろうか?

この映画は本当に「白黒」なのか?

© 2019 A24 Films LLC. All Rights Reserved.

 『ライトハウス』は白黒映画である。しかし、本作は白だの黒だの言う前に“陰鬱”なのだ。もちろん白黒映画の手法に則ったライトニングを利用している。特にクライマックスの灯台シーンなどは、スタッフがサングラスを使うほど強烈な照明を当てていたそうだ。しかしそれ以外、はっきりと白黒が分かれている場面はない。夜の海ですら暗黒ではなく、昼とほとんど変わらない“灰色”である。この色は二人の男、ウィレム・デフォー演じる老人トーマスとロバート・パティンソン演じるウィンズローの関係性を表している。2人がすれ違っていれば白黒は明確に、わかり合えていれば灰色にといった具合だ。非常に効果的な演出だ。先の閉塞感同様“陰鬱”な感じを醸すための白黒といっていいだろう。ちなみに、使われているフィルムはコダックのDouble-X。このフィルムは、夜間撮影時に使う場合、アホみたいな光源が必要。本作では最大800ワットのハロゲン球を使ったそうで、これは目が焼けるレベルだ。

だから秘密、秘密言ってるけど一体秘密ってなんなんだよ!?

© 2019 A24 Films LLC. All Rights Reserved.

 本作の元ネタはご承知の通り、1801年、偶然にも同じトーマスという名前の2人の男ーーこれは映画本編でもびっくりネタとして用意されているーーが灯台守作業中に起こした事故「スモールズ灯台の悲劇」が元ネタ。非常に奇妙な事件なので各自ウィキペディアを漁ってほしい。
 とはいえ、言ってしまうと秘密らしい秘密はこの映画に存在しない。トーマスもウィンズローも暗い過去は持ち合わせているが、秘密と言うよりは、キャビンフィーバー(映画の『キャビン・フィーバー』ではなく閉所に長居することで起こるイライラを表す言葉)のトリガーでしかない。その面では、”キャビン・フィーバー”が原因で、2人の男が自滅していくだけなのだ。ただ、その表現がやたら回りくどい。これが本作の秘密だ。秘密と言うよりは、観客に与えられる灯台を暗喩代わりにした文学と神話の知識と言った方が良いかもしれない。
 灯台の文学的役割のひとつにペニスがある。よくあるたとえで恐縮なのだが、いわゆる男の象徴。それ故、2人はより男らしさを求めて灯室を独り占めしようと画策する。先輩であるトーマスは徹底的ウィンズローに“家事”を押しつけ、自分は灯室に引きこもろうとする。トーマス自身は、灯台を“最高の妻”と表現するも、どう考えても男性性への執着だ。それ故、2人が互いにマウントを取り合い、踊り、殴り合い、そして優しく横たわる姿にはホモエロティスズムさえ感じさせる。
 またトーマスの片足が過去の怪我で使い物にならなくなっており、かつ灯台に執着する様はまるで『白鯨』のエイハブ船長のようだ。もちろん、トーマスもエイハブのような最後を遂げるわけだが……。
 神話的役割は迷信と神話だ。トーマスにいじめられ続けたウィンズローは、ある日ブチ切れて八つ当たり的に海鳥をギッタギタにブチ殺してしまう。これは劇中でも言及されるとおり、船乗りのジンクスで禁忌されていることである。これはイギリスの詩人S.T.コールリッジ、「老水夫行」の2章に書かれている1篇が元となっている。老水夫がアホウドリを殺したら、罰として漂流する羽目になるというお話。案の定、この行為によって、トーマスとウィンズローは、灯台島から出られなくなってまうのだ。
 ラストシーケンスは、あからさまにウィンズローが神の怒りをかうギリシャ神話のイカロスまたはプロメテウスであることをを指し示している。ウィンズローは最終的にトーマスから灯室を奪うことに成功する。しかし、その矢先、彼は、太陽に近づこうとしたイカロスよろしく、灯台のてっぺんから転落してしまう。そして最後に“火”を盗んだプロメテウスがゼウスに罰せられたごとく、内臓(正確には肝臓)を海鳥についばまれているのだ。『ライトハウス』では非常に絵画的であり、まさに本作の真骨頂ともいえるシーンだ。実際にプロメテウスが内臓を食われている絵画は沢山あるので、是非画像検索して観てみてほしい。

詰め込まれすぎた豆知識たち

Sascha Schneider, Hypnosis, 1904

 後半の思わせぶりは台詞には、すべて引用元があるので、知っていれば楽しめるのだが、知らないとまったく楽しめない。これが『ライトハウス』を困った映画にさせている。ロブスター料理をバカにされたトーマスが言う呪詛“デイヴィ・ジョーンズの監獄”なんて、映画が終わったら誰も覚えてないのではなかろうか?『パイレーツ・オブ・カリビアン』にも登場した、クトゥルフっぽいあいつのことなのだが、船乗りの間で言うところの悪魔のたとえだ。
 ウィンズローの穏やかな態度は、文明化社会化された精神のより高い部分といえる。トーマスは、その下にある野生の動物の性質といえる。翻して、トーマスはウィンズローの影とも言えるだろう。空腹、貪欲、怒り、欲望を通して互いを映し出しているようにも見える。だからトーマスはウィンズロウに「おまえはおかしい、何もかもがおまえの想像でしかない」と言うのだ。
さらに灯室に”入ろうとした“ウィンズローは、トーマスに腕を掴まれる形でサシャ・シュナイダーの”催眠術“(上記写真)を丸々コピーした幻覚を見る。サシャ・シュナイダーの”催眠術“はさまざまな解釈がおこなれているが、このシーンのトーマスはあまりにも筋肉質で神々しく、典型的な”ゼウス”あるいは”ポセイドン“と酷似しており、この瞬間ウィンズローは”プロメテウス“として不死かつ永遠に罰せられる運命を背負ったと考えられる。ちなみにサシャは同性愛者であり、その辺りの解釈の余地もありそうだ。
 人魚の意味は、承知の通り”海”である。ウィンズローに向けてトーマスは結婚の考え方を「船乗りたちは、海に自分をくれてやる、海は船乗りたちを取り去り、人魚には何も残さず、死んだ船乗りの魂だけを残す。」と述べている。人魚に魅せられたウィンズローの魂は、もはや彼のものではないのだ。人魚の像でトーマスを想像しながら自慰行為にふけるウィンズローの魂は、海とトーマスに奪われているのだ。
 これらは、ウィンズローの無意識下での心理的葛藤である。(だってトーマスが明言してるんだもん!)しかし、もしかしたら、最後の最後にウィンズローは灯室に入ったとき、絶叫とともにすべてが自分の脳内で起きていることを知ったのかもしれない。屍人と灯台守を続けた「スモールズ灯台の悲劇」の“トーマス”のように。

『ライトハウス』
【監督】ロバート・エガース『ウィッチ』
【脚本】ロバート・エガース/マックス・エガース 
【撮影】ジュリアン・ブラシュケ『ウィッチ』
【製作】A24 
【出演】ウィレム・デフォー『永遠の門 ゴッホの見た未来』、ロバート・パティンソン『テネット』

2019年/アメリカ/英語/スタンダード/モノクロ/109分/5.1ch/日本語字幕:松浦美奈
原題:THE LIGHTHOUSE/配給・宣伝:トランスフォーマー/R15+

●公式HP:transformer.co.jp/m/thelighthouse/
●Twitter:@TheLighthouseJP
●Instagram:@Transformer_Inc

7月9日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

関連リンク

  • 7/9 5:00
  • 映画board

スポンサーリンク

ニューストップへ戻る

記事の無断転載を禁じます