【映画と仕事 vol.9 前編】Netflixの人気作にも参加! “ワードローブ・スーパーバイザー“として活躍中の日本人が語るアメリカの撮影現場

拡大画像を見る

“ワードローブ・スーパーバイザー”と聞いて、それがどんな仕事か想像できますか?

「これまで、幾度となく家族や友人に説明してきたんですけど、なかなかわかってもらえないんですよ…(苦笑)」

そう語るのはアメリカ・ニューヨークのテレビドラマや映画の現場で、この“ワードローブ・スーパーバイザー”として活躍する増田沙智さん。2007年に渡米し、現地の学校、大学を経て、ニューヨークのエンターテインメントの世界に飛び込み、自らの力で道を切り拓いてきた。

映画にまつわるお仕事を紹介する【映画お仕事図鑑】。今回はこの増田さんのインタビューを2回にわたってお届け!  ワードローブ・スーパーバイザーとは何をする仕事なのか? ということから、ニューヨークのエンタメ業界におけるスタッフワークの需要の高まりについてまでたっぷりと話を聞きました。

俳優が休憩中に履くスリッパの素材リクエストにも対応! 撮影現場の衣装に関わる“何でも屋”



――まずは“ワードローブ・スーパーバイザー”とはどんな仕事なのか? ということをお聞きします。“衣装”の分野に属する仕事であることは見当がつきますが、具体的にどんなことをする仕事なのでしょうか?

まず、ニューヨークの映画やテレビドラマのプロダクションにおいて、衣装に関する「デザイン部門」(Costumes)には2つのグループがあります。ひとつは「衣装」(Costume)チームで、作品の中で俳優さんが着用する衣装を選び、調達するチームですね。デザイナーをはじめ、テーラー、それから染物やダメージ加工などを行なうエイジャー・ダイヤーといった人たちが属しています。

もうひとつが、私が属している「ワードローブ」(Wardrobe)チームで、現場を円滑に回すためのチームであり、現場の俳優さんの衣装まわりのお世話や、トレーラーにある衣装の管理などを行います。衣装の製作や選定などには一切関わりません。「ワードローブ」チームの責任者がワードローブ・スーパーバイザーです。

スーパーバイザーとしての具体的な仕事は、まず経費の管理ですね。例えば、現場で使用される靴下や下着、ワードローブ内で使うハンガーや衣装を運ぶガーメントバッグなどの総額を計算し、事前にプロダクションに必要な予算を提出しますし、人件費の管理もそこに含まれます。部下であるコスチューマー(※仕事の詳細は後述)、場合によっては現場で縫い子さんが必要になることもありますが、そうした経費もワードローブに含まれます。

そうしたお金の管理に加えて、スタッフの管理も私の仕事です。現場に何人くらいのスタッフが必要で、拘束時間はどれくらいになるのか? 作品によってはユニット(撮影チーム)がメインとサブで2つにわかれることもあるので、それぞれの撮影スケジュールを見つつ、人員の配置を考えます。

そして、衣装の手配と管理ですね。俳優さんが着る衣装は、衣装チームのデザイナーさんから渡され、細かい説明を受けます。「これとこれを上下で組み合わせて」とか、時には「これはオプションで、着けるかどうかは現場で俳優さんに決めてもらってください」ということもあります。

「スクリプト・ブレイクダウン(script breakdown)」といって、台本を見ながら、どのシーンでどの衣装が必要かを把握し、詳細を部下に指示することも私の仕事です。テレビドラマでは直前に撮影のスケジュールや脚本の内容が変更されることも多いですし、それをきちんと把握し、必要な衣装を手配・管理しなくてはいけません。


――撮影現場における衣装の管理をするのが「ワードローブ」チーム。そのチームを統括するのが「スーパーバイザー」ということですね?

言ってみれば、現場の「何でも屋」です(笑)。例えば、俳優さんが現場で撮影以外の時に履くコンフォートスリッパを用意するのも仕事ですが、俳優さんによっては「UGGじゃなきゃ嫌だ」という人もいれば「オープントウのスリッパがいい」という人もいるし、「厚めの素材で」という人もいる。

冬場の撮影だとウォーミングジャケットも用意しますが「カナダグースで」という人もいるし、靴下ひとつでさえ「コットン100%で」「このメーカーじゃなきゃ履かない」とかいろいろです(笑)。そういう要望にひとつひとつ、応えていかなくてはいけません。

突然、仕事を辞めてアメリカへ!「とりあえず、いま行ってみよう!」



――ここから、少し時間をさかのぼって、どのようにして増田さんがアメリカでこの仕事に就くようになったのかという経緯をお聞きしていきたいと思います。もともと、エンターテインメントやファッションがお好きだったんでしょうか?

両親が洋画が好きで、私が子どもの頃、映画館に連れて行ってくれても、見るのが洋画ばかりだったんですよね。子ども向けのアニメに連れて行ってもらったのは1回か2回くらいで、字幕の漢字もろくに読めない頃から洋画ばかりで…(苦笑)。

5歳くらいの頃かな? 『コーラスライン』の劇場版を観たんですけど、それが非常に印象に残ってます。キラキラの煌びやかな衣装を着たダンサーさんたちが楽しそうに踊っている姿に子どもながらに衝撃を受けたんです。「私もこの中に入りたい!」と思いました。実際、学生時代にダンスやチアリーディングをやったりもしたんですが、ダンサーになれるかというとそれはないな、と(笑)。でも衣装のことなら何かできるかもしれないと思い、大学時代もチアの学園祭やイベントの衣装を選んだりとか、作ったりしていましたね。

――大学卒業後の進路は?

大学はファッションとは関係ない学部だったんです。3年時に同時にファッションの専門学校にも通い始め、デザインやスタイリングを勉強しました。卒業後は、普通に国内で就職しました。ハンドバッグや企業が出すノベルティや雑誌の付録のデザインをしていたのですが、2年半ほどでその会社でできることはひと通りやれたかなという思いもありました。

学生時代からずっと留学したいという気持ちも漠然とあって、当時は20代の半ばでしたが「行くならいましかないかな?」という思いもあり、会社を辞めて、アメリカに行くことにしました。

少しずつ変化はしていますが、日本にいると、いまだに年齢ってずっとついて回るんですよね、女性は特に。アメリカに来てみると、こちらは実力社会で若い人もいれば、お年を召した方もいて、年齢に関係なく働いたり、学んだりしています。ただ、日本だと「20代でこれをして、30代は…」みたいなのってあるじゃないですか? そんなことを感じつつ「とりあえず、いま行ってみよう!」くらいの気持ちで、あまり深く考えずに留学を決めました。

――留学のつもりでアメリカに渡って、その後、ずっと住み続けることになるとは…。

思ってなかったですね(笑)。本当になんとなく…という流れだったので。2007年にこちらに来たのでもう14年になりますね。

――当初、予定されていた留学期間は?

2年ですね。語学とファッションの勉強ができる専門学校でした。卒業したら1年間だけ就労することができる「OPT(Optional Practical Training)」という資格を得ることができるということで、その学校に通い始めたんですが、こっちにいると、ビザに関する条件が突然変わることがあるんです。それで、その学校ではOPTを取得できないということになってしまいまして結局、こちらで大学に入り直すことにしたんです。

日本の大学で獲得した単位を移行する形で2年ほどで卒業できるということだったんですが、そもそも入学するにはTOEFLを受けなくてはならず、そのために英語を勉強して、その後、無事に入学して2年ほど通って卒業してOPTを取得しました。ちなみに大学での専攻は「演劇(Theater)」で、照明、舞台装置、デザイン、衣装、ヘアメイクアップから演劇の歴史についてなど、演劇に関することをひと通り学びました。

低予算インディーズ映画のスタッフから積み重ねたキャリア



――その後、どういう経緯で現在のワードローブ・スーパーバイザーのお仕事をするようになったんでしょうか?

大学在籍中も学内の「衣装部」でインターンのようなことをしたり、教授に付いて、学外で行われる舞台公演やファッションショーの手伝いなどをさせてもらっていました。ただ、舞台はなかなかお金にならないということ――好きではあるんですが、仕事にするとなるとちょっと難しいなということを思い始めて、それなら映像系のお仕事はできないか? ということを考えるようになりました。

でもどうしたら映像の世界で衣装の仕事をできるのか? コネクションもないし、教授も舞台関係の人間は知っていても映像の関係者は知らないということで…。そこで、卒業の少し前の時期から、とにかくいろんな人にメールをしました。インターネットで映像関連の会社などを検索して、連絡先があった場合は「インターンでいいのでお仕事をさせてください」と。200通くらいはメールしたと思います。

中には返信をくださる方もいたんですが、タイミング、それから何よりもビザの問題がすごく大きくて、なかなか仕事にはたどり着けなかったんですよね。いまにして思うと、先方からしたら、雇いにくい存在だったんだろうなと思います(笑)。

先ほども話に出たOPTがあったので卒業後も一応、仕事をすることはできて、大学を出て1~2か月が経った頃かな? ほぼ無給なんですが、インターンのような形でインディーズ系のある映画の衣装デザイナーさんからたまたま声をかけていただいて、仕事をさせてもらったんです。

ただ、その作品が急にバジェット(予算)がなくなって、シャットダウンしてしまい…(苦笑)。また仕事を探さなきゃと思ってたら、1か月後にその作品の撮影続行が決まりました。とはいえ、デザイナーやアシスタントは辞めることになったので、私の役割も終わりかなと思っていたら、その作品のプロダクション・デザイナーの方から「あなた、こないだまでよくやってくれていたから、引き続き衣装の仕事を、スーパーバイザーとしてやってくれないか?」とお話をいただいたんです。正直、私は実際の衣装の仕事について、まだほとんど何も知らない状態だったんですが、やる人が誰もいない状況で「あなたしか頼める人がいないから」と言われまして「引き受けますけど、現場でのアドバイスが必要です」と伝えました。彼女が「私も現場で指導するから大丈夫!」と言ってくれたこともあり、引き受けたんですが、現場に行くと彼女はいなくて…(苦笑)。もうどうしようかと毎日、半泣き状態の中で仕事をしてましたね。

――いきなり映画の現場で仕事を任されて…。

当然なんですが、映像作品の場合、シーンごとのつながりを理解しておかないといけないんですけど、そんな基本的なことすらちゃんとできなくて「どこまで撮影したの?」「今日はどこから?」みたいな感じで…。半ば、投げ出された状態で、資料を見つつ「間違ってたらどうしよう? いや、誰か何か言うだろう」という気持ちで手探りで進めていきました。

最初の現場がそんな感じで、その後はまたアルバイトをしながら、次の仕事を探しました。この業界、コネクションが大事で、人の紹介で仕事を得ることが多いんです。衣装の仕事でいうと、事務所に所属してるのはデザイナーだけで、それ以外はほぼフリーランスなんですね。最初の2~3年は、インディペンデント系の映画やTV作品の「衣装」の仕事をやっていました。そこで自分なりにコネクションを増やしてやっていく中で、ユニオン(組合)に入ることができて、その後も徐々にコネクションを広げていきました。


――当時は「衣装」として、具体的にどういったお仕事をされていたのでしょうか?

インディペンデントの映画の現場では「スーパーバイザー」もしくは「デザイナー」という肩書でした。その方がビザが取得しやすいんですね。それでビザを取得し、ユニオンにも加入したんですが、ユニオンから請け負う仕事はまず「コスチューマー」というポジションから始めないといけないんですね。

――「コスチューマー」という仕事は、最初に説明いただいた「衣装」チームと「ワードローブ」チームかという区分けで言うと…。

衣装の管理をする「ワードローブ」チームに属している仕事ですね。「ワードローブ」を統括するスーパーバイザーの下で働いています。基本的にセットにいて、俳優さんの衣装に関するお手伝いをするというポジションですね。

細かいんですが、あるシーンが終わって休憩に入って、役者さんが衣装のボタンを外したとして、次のシーンを撮る際にはちゃんとボタンを締めないといけない。そういう、シーンごとのつながりの管理・チェックもします。つながりに間違いがないように、衣装やモニターに映っている写真も撮ります。

規模にもよりますが、大きなスタジオ、メジャープロダクションだとフルタイムで働いているコスチューマーは3人ほどいまして、1人がメインの俳優さんの担当をし、あとの2人がほかの俳優さんたちの衣装まわりを担当するといった感じで振り分けられるんですね。

具体的な仕事としては朝、担当の俳優さんが着用する衣装を準備すること。たまに洗濯をすることもありますね。あとは現場で俳優さんが寒かったら、コートを持っていく。ヒールを履いている女優さんに休憩中に履くスリッパを渡したり…基本的に、衣装に関する身の回りのお世話をする仕事ですね。

――増田さんも、ユニオンに加入してからは、まずは「コスチューマー」としてキャリアをスタートさせたということですね。そこからなぜスーパーバイザーを務めることに?

あるシリーズ作品の現場にコスチューマーとして入っていたんですが、たまたまスーパーバイザーが解雇されるということが立て続けに起きたんですね。そこで「スーパーバイザーをやってくれ」と言われまして、仕方なくやることになったんです。

そのときは現場でコスチューマーの仕事をこなしつつ、スーパーバイザーの仕事もしなくてはならず、セットにパソコンを持ち込んであれこれ仕事をしつつ、役者さんのケアもするという感じでした。

――現場で俳優さんのお世話をしつつ、衣装、人、お金、スケジュールなどの管理・統括も行なうという…かなり大変そうですね!

大変でしたね(笑)。そのまま2回ほどスーパーバイザーをやったんですが、私としては決してやりたくてやっているというわけでもなかったんです。ただ、デザイナーさんから「あなた、向いてる。やるべきよ」と言われまして…。自分としては「いや、私なんて全然です」と思ってたんですよね。もうちょっとユニオンの仕事でコスチューマーとして経験を積みたいなと。

そうして、また新しいスーパーバイザーが来たんですが、その方もいろいろあって解雇となりまして…。

――また解雇(苦笑)!?

こっちはわりとすぐに人が入れ替わるんですよね。きちんとルールがあって「第一段階は口頭注意をしてそれをプロデューサーに文書で報告」みたいに手順を踏んでいくんですが、段階が進むと、容赦なく解雇となってしまうんです。

結局、そのスーパーバイザーも辞めることになり、また私に「やってくれ」と声がかかったんです。ただ、その時はコスチューマーとして現場で役者さんとも密な関係性ができていて、役者さんの指名で仕事をしていたので、現場から「いま、サチを引き抜くのは無理だ」という声が出て、現場に残ることになり、結局、スーパーバイザーの下でアシスタント的な仕事をしていたトラック・コスチューマーというポジションの人間が、スーパーバイザーに昇格することになりました。

ただ、それもなかなかうまくいかず…。それはあるドラマのシーズン2の撮影だったんですが、デザイナーから「お願いだからシーズン3はあなたがスーパーバイザーをやってくれ」と言われまして。そこで「もう逃げられないな…。そういう運命なのかな?」と思い始めましたね(笑)。これはきっと私に「やれ」ということなんだろうと引き受けまして、それが4年ほど前の話です。それから現在まで、スーパーバイザーとして仕事をしてきました。

現場を止めるな! 次々と起こるトラブルにも臨機応変の対応!



――これまで、どういった作品に携わられてきたのか? また思い出深い現場やエピソードなどがあれば教えて下さい。

過去5年ほどでいうと、マーベル・コミックのテレビシリーズ、Netflixで公開されている「ジェシカ・ジョーンズ」のシーズン2&シーズン3、「デアデビル」のシーズン3、こちらもNetflixで公開されている、「POSE/ポーズ」シーズン2&シーズン3、映画だと今夏公開になる『Respect』という作品に携わりました。現在はアカデミー賞脚色賞を受賞した『君の名前で僕を呼んで』のルカ・グァダニーノ監督とチームと共に、オハイオ州シンシナティーで映画を撮影しています。

どの現場でも、必ず何かしら忘れられないエピソードはあるのですが…だいぶ前になりますが、インディー映画の作品で、衣装トラックを運転するはずのPA(プロダクション・アシスタント)がトラックをピックアップしなければいけない時間になって突然「今日は疲れているから、運転したくない」と連絡をしてきたことがありました。私の家から衣装トラックまでは少なくとも車で30分、そこから必要な衣装を持ち出して現場まで行くとなると、少なくとも私の現場入り時間から1時間は遅れるなと思い、だいぶ焦りました。何とか時間を短縮して、現場には30分遅れて入り、ギリギリ衣装待ちという状況にもならずに済んだので結果オーライではありますが、自分たちのせいで全体を遅らせることになると思ったら、生きた心地がしませんでしたね。


また別の現場では、当日の撮影1時間前になって、役者さんの代役(ドライビングダブル)を立てて運転をさせることになったから、その方の衣装を用意してほしいと要望を受けました。遠目からだし一瞬しか映らないということではありましたが、持ち合わせの衣装に似ているものが全くなかったので、代わりにその場にあった厚紙で作ったこともありました。何事もなく済んだので良かったですが、内心はだいぶ焦りました。今思えば、よくそんなこと許されたなと思いますけど(笑)、何があっても臨機応変に対応して、現場を止めてはいけないというのを肝に銘じています。この仕事は、大変なことのほうが多いように感じますが、それでも役者さんや自分のチームやスタッフさんたちに、「あなたがいてくれたから、この作品を完成させることができたよ。本当にありがとう」と言われた時には、やってきて良かったなと思います。

インタビュー【後編】では、ニューヨークで仕事をする上での金銭事情や語学力の問題、ユニオンへの加入などについても語ってもらっています。

(text:Naoki Kurozu)

関連リンク

  • 7/8 9:30
  • cinemacafe.net

スポンサーリンク

記事の無断転載を禁じます