「もう一度、真剣に恋愛してみたい」離婚調停中の人妻に芽生えた、恋心と躊躇い

”ドクターK”と呼ばれる男は、ある失恋をきっかけに、憂鬱な日々を過ごしていた。

彼はかつて、医者という社会的地位も良い家柄も、すべてを忘れて恋に溺れた。

恵まれた男を未だに憂鬱にさせる、叶わなかった恋とは一体―?

◆これまでのあらすじ

愛子への思いを断ち切るために、親の勧める見合いを受けることにした影山は関西へ向かう。だが、東京に戻る新幹線内で彼女にばったり出会ってしまい…。

▶前回:人妻に翻弄され、失恋した大病院の御曹司。彼が見合いをした意外な相手は?


最後に1度だけ会って話したいと言った僕の希望で、愛子さんと一緒に品川駅のカフェにいた。

彼女への想いを断ち切るために見合いをしてみたが、やはり気持ちは変わらないことを正直に伝えた。

すると、愛子さんは僕に話しておきたいことがあると言う。

「それって、今聞いてもいい?」

せっかちな僕は、それが良いことであれ、悪いことであれ、早く答えを求めてしまった。

「実はこのあと予定があって、あんまり時間がないの。ゆっくり話したいから、日を改めてでもいいかな?」

僕はスマホを取り出し、カレンダーを確認する。

「愛子さん、いつなら空いてるの?」

「そうね、来週末なら」

店の営業日ではない日を指定され、僕は少し気分が上がる。

「土曜日?日曜日?来週はどっちも空いてるよ」

「日曜日は予定があるから土曜日はどう?ランチでもしながら話しましょう。場所は…また連絡するわ」

そう言って僕を残し、彼女は席を立った。

思わず僕は、彼女の後ろ姿に言葉を投げる。

「来週末会えるの、楽しみにしてるから!」

愛子さんは振り返ると、おかしそうに笑って言った。

「ありがとう」

その時の彼女が少し楽しそうにも見えたから、「ありがとう」という言葉を好意的に受け取ることにした。

愛子さんが去った後、思わず心の中でガッツポーズをしてしまう。

― まさか、愛子さんにまた会えるなんて…。

単純だとは思うけど、人はいくつになっても恋に一喜一憂させられるものだ。

初めて2人きりでデートに出かけたが、そこで彼女が言いたかったこととは?

カフェに1人残った僕は、さっそく愛子さんとの予定を入れておこうと、改めてスマホを手に取った。

画面に表示されたショートメールの通知を見て、見合いの帰り道だったことを思い出す。

― そういえば、さっきの見合い相手にも返信しなきゃな。

未読のままにしていた見合い相手からのショートメールを開いてみた。

『今日は楽しかったです。ありがとうございました』

形式的なお礼の後には、学会や勉強会でしょっちゅう東京に来るから食事でも一緒にどうかという誘いや、親に勧められた見合いなんて期待していなかったけど、今日の出会いには感謝している、といったことが綴られていた。

母の手前、無下にするわけにもいかず、僕は当たり障りない返信をする。

『こちらこそありがとうございます。機会があればぜひ』

僕も見合い直後は、こういう人だったら結婚してもいいかなと思っていた。

だが、新幹線の中で愛子さんに会った瞬間、その気持ちは消し飛んでしまったのだ。



忙しい平日が過ぎていき、やってきた土曜日。

愛子さんが前日にリクエストしてきたのは、湘南へのドライブだった。

朝8時に愛子さんを青山学院大学の前でピックアップし、僕らは海に向かった。

「私昭和の女だから、ドライブのBGMといえばサザンなのよね」

愛子さんはスマホを車のBluetoothに接続した。僕らは目的地に向かう途中、サザンの名曲を口ずさんだり、この曲が流行ったときはこうだった、といった他愛のない話をした。

「私が大学生の時、カゲヤマはまだ小学生だったのね。世代差、すご!」

愛子さんが20歳の時、僕は12歳。ということは、彼女は今、42歳ということになる。

しかし、彼女といると年齢などまったく気にならないのだ。むしろ年齢が離れているからこそ、互いに許し合い、理解し合えることもあるような気がした。

彼女が作ったサザンのプレイリストを聞きながら話していると、湘南の海が見えた。

「ランチはパスタとピザ希望!」

意外なものを食べたがるな、と僕は思ったがそのギャップがまた可愛らしかった。

「じゃあイタリアンにしよう」

僕らは駐車場に車をとめ、小高い丘の上にあるイタリアンレストランに向かうことにした。江ノ電の線路を渡り、赤いパラソルを目指して緑に囲まれた急な階段を上って行く。

「カゲヤマ、ちょっと待って」

見ると、サンダルを履いた愛子さんは階段を歩きづらそうに進んでいる。僕は彼女に手を貸しながら、ゆっくりと階段を上っていった。


丘の上からキラキラと光る海を眺め、「キレイだね」と笑い合った。

もうお店のママと客ではなく、僕は愛おしい恋人と一緒にいる感覚しかなかった。

2人でジンジャーエールを飲みながら食べたピザやサラダは、シラスや桜えびなど地の素材がふんだんに使われ、最高に美味しかった。

「ところでこの間言ってた、言っておきたいことって何?」

僕は、食後のコーヒーとデザートを頼む頃合いを見計らって、話を切り出す。

恋愛関係に発展することを迷う二人。女は自身の境遇を打ち明けるが…

「私が夫と別居しているってことは知ってるよね?」

愛子さんはじっと僕を見た。

「前、家に送った時に聞いた。その後どうなったの?」

運ばれてきたエスプレッソを一口啜った時の表情を見た時、切り出される話はそれほどいい話ではないことは容易に想像がついた。

「夫には恋人がいて、いずれ離婚の話になると思っていたんだけど…。彼に、離婚は絶対にしないって言われたの」

この先もずっとこんな生活を続ける気なのかと、彼女は聞いたそうだ。ため息を1つついて、彼女はこう続けた。

「息子もいるし、離婚せずお互い自由にやっていればいいじゃないかって言うのよ…」

この前夫の話を聞いた時は、愛子さんは離婚したいとは言っていなかったはずだ。僕は、今の彼女の気持ちを聞きたかった。

「愛子さんはどうしたいの?」

彼女の口から出た言葉は、予想外なものだった。

「私ね、一生懸命なカゲヤマを見ていたら、もう一度だけ真剣に恋愛してみたいって思っちゃった。気持ちに応えたいって」

愛子さんはまっすぐ僕を見つめながら、真剣な顔で話を続ける。

「でも、カゲヤマとちゃんと恋愛をするなら、離婚はした方がいいと思ってるの」

僕は彼女の言葉が信じられず、思わず心の声が漏れてしまった。

「…本当に?」

たぶん僕は相当驚いた顔をしていたのだろう。愛子さんは面白そうに笑った。

「私には一緒に暮らしていないけど子どもがいるし、銀座の店は小さくても人も雇っている。後ろめたい行動はしたくないなって思うの」

愛子さんが話した言葉の中に、嘘はなさそうだと僕は感じた。

とにかく僕は嬉しくて、無意識のうちにテーブルの上の彼女の手を握っていた。


「カゲヤマが真摯に想いを伝え続けてくれて、嬉しかった」

ポツリと呟くように愛子さんは言った。

「でも、夫の関係もあるし、あなたとそうなっていいのかな?ダメなんじゃない?っていう気持ちは今もある」

僕はどう答えていいのかわからなくなった。

実家の両親の言うことなど無視して、全力で恋愛したいという衝動はもう抑えようもない。

だが、突っ走ったところで、その先に生活を共にしたり、結婚することはできないだろうという冷静さもわずかに残っていた。

でも、いくら考えても目の前にいる大好きな人を自分のものにしたいという気持ちは依然として変わらないままだった。

「今まで、こんなに必死に口説いたことはないよ」

嘘偽りない僕の本心を彼女に伝える。

「だから僕は貴方がまだ離婚できていなくとも構わない。ただただ一緒に時間を過ごしたい」

「私も同じよ」

僕らは来週末箱根に宿を予約し、一緒に夜を過ごそうと約束した。ただ約束を交わしただけなのに、僕の心は満たされていた。

その時、愛子さんのスマホに着信が入る。

「ごめん。仕事の電話だから、1度席を外すね」

そう言い残すと彼女は席を立った。

愛子さんが席を外している間に会計を済ませて待っていると、皿やカトラリーをサーブする音に混じって、階段の方からガヤガヤと声がした。

気になって声のする方に目を向けると、僕は1人の女性と目が合う。

彼女は目が合うと、驚いたような顔で声をかけてきた。

「えっ!先生、どうしてここにいるの?」

僕はそれが誰なのか認識するまで、呆然としてしまった。

愛子さんとの夢のような時間からいきなり現実に引き戻された瞬間だった。


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湘南のレストランで気持ちを確認した二人の目の前に現れた女とは?

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