ワクチンの職域接種に葛藤「上司からすすめられたら断れない」

 新型コロナウイルスのワクチン接種は「当初の予想を上回るペースで進んでいる」(菅総理大臣)とされ、かつては無理だろう、大風呂敷だと揶揄されていた「1日100万回の接種」という政府目標も無事に達成された。

◆「1日100万回の接種」の目標は達成されたが…

 全国紙厚労省担当記者が言う。

「当初はワクチン自体が本当に日本に来るのか、という懐疑的な意見もありましたが、やはり職域接種の実施が大きかったとみています。これがなければ100万回など絶対に不可能だった。官だけでなく民間の力も借りて達成したのです」(全国紙厚労省担当記者)

 希望する人全員への接種を目的に始められた「職域接種」は、自治体や医療機関の負担を少しでも減らし、職場や学校内でワクチンの接種を行う、というもの。すでに慶應大などの有名私大、大手企業でも「職域接種」は進められているが、ここで思わぬトラブルが起きているという。

◆「職域接種」非正規社員には案内すら届かない

 東京都内の建設会社勤務・金森卓さん(仮名・40代)が話す。

「職域接種の案内が来たので同僚と盛り上がっていたところ、部長がやってきて、まずは年長者、部長クラス以上から打つ、と言われました。希望者全員に打つが、順番は会社が決める、というのです」(金森さん、以下同)

 金森さんの同期には、同居する親や家族に疾患があり、可能な限り早めのワクチン接種を希望している人もいたが、そんな事情が汲まれることはなく「偉い人から順に」接種が決まった。さらに……。

「契約社員や派遣社員には、ワクチンの案内すら届いていません。正社員の分の急なキャンセルが出て、非正規社員が急遽接種する、ということもあったらしいのですが、まだ接種していない正社員から不満の声が続出しているんです」

 ワクチン接種を巡っても、パワハラや立場に起因する“分断”が起きているようだ。また、職域接種という、半ば「画一的」な制度により、本当はワクチンを打ちたくない、という人々が気まずい思いをしている例も。

◆上司からすすめられたら断れない

「職域接種が始まりましたが、副反応が怖く、もう少し様子見しようと思っていると、偶然にも空きが出たようで『良かったら打つ?』と上司から言われました。

 上司は善意でしょうが、そう言われると断れない。断ったら、あいつは反ワクチン派だと見なされるでしょうし、そんな印象を抱かれると出世にも影響する気がして。仕方なく打ちました」

 こう話すのは、都内の大手メディア勤務・中里章奈さん(仮名・20代)。誰もがワクチンを打ちたい、というわけではないことはすでに周知されているはずなのだが、ワクチンが打てるから嬉しいだろう、などという上司のお節介に苦労している同僚も多いという。

 そしてさらに、職域接種を実施中の社内には、やはり多かれ少なかれ「絶対にワクチンを打たない」という人が一定数いて、彼らは「腫れ物」扱いなんだとか。

◆「個人の自由のはずなのに……」

 しかし、職域接種で広く使われているという「モデルナ社製ワクチン」の需要が高まり、職域接種の新規受付の停止などが相次ぐと、中里さんの会社内にいた反ワクチン派、そして中里さんのような「様子見派」たちの心情も変わったという。

「打てなくなる、と聞くとやっぱり打ちたくなっちゃいますよね。私も予約をしたいと話していると、ワクチン反対派の社員から白い目で見られたりして。打つも打たないも個人の自由のはずなのに、ここまで嫌な思いをしなければいけないなんて」(中里さん)

 職域接種が想定以上に進んだことで、政府や関係者が考えていた以上にワクチンの需要が膨れあがっている状態だが、いつ安定的な供給が再開されるかは今の所は不明。ワクチンが届くかも、いや届かない……といった日々のニュースに翻弄される人々は、今後もしばらく減ることはないだろう。

<取材・文/森原ドンタコス>

2021/7/7 8:51

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