【名作映画の舞台裏】『陽のあたる場所』(1951)

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モンゴメリー・クリフトとエリザベス・テイラーの豪華2大スターを主演に迎え、その年のアカデミー賞で6部門に輝いた不朽の名作『陽のあたる場所』。日本でも長年愛され続けている同作の製作舞台裏エピソードをご紹介します!

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貧しい庶民の視点からアメリカ社会の現実をリアルに捉え、そこに暮らす人々の生き方とモラルを問い続けた作家セオドア・ドライサーが1925年に発表し、アメリカ自然主義文学の傑作とも呼ばれる小説「アメリカの悲劇」。その2度目の映画化に当たるのが、『シェーン』(’53)や『ジャイアンツ』(’56)などでもお馴染みの巨匠ジョージ・スティーヴンス監督の手掛けた『陽のあたる場所』です。

主人公は貧しい母子家庭に育った野心的な若者ジョージ・イーストマン(モンゴメリー・クリフト)。貧困から抜け出すことを願うジョージは、疎遠だった裕福な実業家の伯父のもとを訪ね、彼が経営する水着製造工場で働くことになります。同じ親戚同士とはいえ、天と地の差がある伯父一家の優雅な暮らしぶりに憧れつつ、彼らとは生きている世界が違うという残酷な現実を痛感させられるジョージ。そんな疎外感や孤独感を紛らわせるように、同じ工場で働く平凡な女性アリス(シェリー・ウィンタース)と付き合うようになったジョージでしたが、伯父の邸宅へ招かれた際、社交界の花形である大富豪の令嬢アンジェラ(エリザベス・テイラー)と知り合います。自分も上流階級の一員になって、アンジェラのような絶世の美女と結婚したい。そう考えたジョージは、アンジェラやその取り巻きとの付き合いを優先し、アリスの存在をだんだんと疎ましく思うように。そんなある時、アリスが彼の子供を妊娠したことが発覚し、ジョージの心に秘かな殺意が芽生えます…。

金持ちになって美しい女性を妻にする。そんなアメリカンドリームに強く憧れ、執着してしまった労働者階級の若者が、それゆえに重大な罪を犯して転落することになる。モンゴメリー・クリフトにエリザベス・テイラーという美男美女の顔合わせもさることながら、実は歴然とした階級社会であるアメリカの不平等を浮き彫りにしたストーリーは、ハリウッドがまだ夢工場だった当時の観客に強い衝撃を与えました。ちょうどこの頃から、ハリウッドでは『欲望という名の電車』(’51)や『セールスマンの死』(’51)、『真昼の決闘』(’52)などリアリズム志向の映画が増えていきますが、本作もまたその先駆的な作品のひとつだったと言えるでしょう。第24回アカデミー賞では監督賞や脚色賞など合計で6部門を獲得。第9回ゴールデン・グローブ賞では作品賞に輝いています。

British-born American actress Liz Taylor (Elizabeth Rosemond Taylor) and American actors Keefe Brasselle (John Brasselli) and Lois Chartrand acting in the film 'A Place in the Sun'. 1951 (Photo by Mondadori via Getty Images)

<実はスタジオからの猛反対を受けた映画化企画>

監督のジョージ・スティーヴンスはもともとコメディ畑出身。アカデミー作品賞候補になった出世作『乙女よ嘆くな』(’35)をはじめ、フレッド・アステア&ジンジャー・ロジャースの代表作『有頂天時代』(’36)やキャサリン・ヘプバーン主演の『女性No.1』(’41)など、都会的で軽妙洒脱なロマンティック・コメディやミュージカルなどを得意としていました。しかし、第二次世界大戦でアメリカ陸軍の撮影班に参加した際、ヨーロッパ戦線で戦争の悲惨な現実を目の当たりにしたことから、戦後にハリウッド復帰するとその作風は大きく変化。人間の複雑な内面や社会の矛盾などを見つめるシリアスな作品へと傾倒していきます。本作はその転換点となった映画と言えるでしょう。

戦争で焼け野原となったヨーロッパから帰国したスティーヴンス監督は、まるで別世界のように豊かで平和なアメリカ社会に漠然とした違和感を覚えたとのこと。もちろん、その富と繁栄はあくまでも表層的なものであり、実際はおこぼれに与ることも出来ない貧しい庶民が大勢いるわけです。そんな戦後アメリカ社会の大いなる矛盾を、スティーヴンス監督は本作のストーリーに投影したのかもしれません。ただし、映画化に際しては製作元パラマウントから猛反対を受けたのだとか。というのも、原作小説は戦前にジョセフ・フォン・スタンバーグ監督が『アメリカの悲劇』(’31)として既に映画化しており、しかも興行的な惨敗を喫していたのです。こんな暗い内容の映画が受けるわけない。スタジオ側がそう考えたとしても不思議はないでしょう。

しかし、そこは映画監督協会の設立に尽力し、相手が大手スタジオだろうと徹底的に戦うことを厭わない、ハリウッドでも数少ない勇敢な映画人として尊敬されていたスティーヴンス監督。予てから自分の望む企画がことごとく却下されることに強い不満を持っていた彼は、なんと「会社から業務妨害を受けている」としてパラマウントを告訴したのです。その結果、渋々ながらもパラマウントは『陽のあたる場所』の企画にゴーサインを出すことに。やはり、何事も泣き寝入りしてはいけませんね。

ちなみに原作小説「アメリカの悲劇」には元ネタがあります。それが、1906年にニューヨーク州で実際に起きた「グレース・ブラウン殺人事件」。大物実業家である伯父の工場で働いていた貧しい若者チェスター・ジレットが、妊娠した恋人グレース・ブラウンを湖で溺死させたこの事件は、チェスターに大富豪の令嬢ハリウエット・ベネディクトという別の恋人がいたという報道も相まって、当時は世間の大きな注目を集めたそうです。ただし、チェスターとハリエットが本当に恋仲だったのかは疑問の余地があり、ハリエット自身も当時強く否定しています。

<女優開眼の転機となったエリザベス・テイラー>

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主人公ジョージ・イーストマン役に抜擢されたのは、『山河遥かなり』(’48)や『女相続人』(’49)で繊細な表現力を持つ美青年スターとして注目されていたモンゴメリー・クリフト。その相手役である令嬢アンジェラには、スティーヴンス監督たっての希望もあって、当時MGMの看板スターのひとりだった美少女スター、エリザベス・テイラーが起用されました。17歳にして既に10年近くのキャリアのあったリズですが、シリアスな大人の女性役に挑むのはこれが初めて。しかも、それまで『緑園の天使』(’44)や『花嫁の父』(’50)などファミリー映画の可憐な娘役ばかり演じてきた彼女にとって、ブロードウェイの舞台で鍛えたメソッド演技で内面から役柄になりきるモンティの芝居は衝撃だったそうです。どうすれば彼のようにリアルな迫真の演技をすることが出来るのか。撮影ではそればかり考えていたという彼女は、このアンジェラ役をきっかけに女優の仕事と真剣に向き合うようになったとのこと。その後、『バタフィールド8』(’60)と『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』(’66)で2度のオスカーに輝き、押しも押されぬ大女優へと成長するリズにとって、この『陽のあたる場所』は女優開眼の大きな転機となった作品だったわけです。

また、以降も『愛情の花咲く樹』(’57)と『去年の夏突然に』(’59)で共演するモンティとは、初対面だった本作をきっかけに無二の親友となったリズ。病気や交通事故の後遺症でアルコールとドラッグに溺れ、キャリアの下り坂になってしまったモンティを、友人として陰で支え続けたのもリズでした。すっかり仕事のなくなってしまった彼を案じたリズは、主演作『禁じられた情事の森』(’67)の相手役に推薦。しかし、撮影直前の1966年7月23日、モンティは45歳という若さで帰らぬ人となってしまいます。

ちなみに、劇中でリズが着用するためイーディス・ヘッドがデザインした、フワフワとした純白のライラック・ドレスが劇場公開時のアメリカで大流行し、有名デパートの映画ファッション売り場ではコピー商品や型紙が飛ぶように売れたそうです。

US actors Shelley Winters and Montgomery Clift, main characters of A Place in the Sun, where they play the roles of Alice Tripp e George Eastman respectively. USA, 1951. (Photo by Mondadori via Getty Images)

一方、映画の重要な要となる悲劇の女性アリス役には、当時セクシーなグラマー女優として売り出されていたシェリー・ウィンタース。当初、スティーヴンス監督はオスカー女優グロリア・グレアムや新人オードリー・トッターを検討していたところ、そこへシェリーから猛アプローチがあったのだそうです。その熱意に押された監督は、今もハリウッド大通り近くに存在する映画業界人の社交施設ハリウッド・アスレチック・クラブで面談することに。当時のシェリーはマリリン・モンロー風のプラチナ・ブロンド(モンローとは無名時代のルームメイト)でしたが、面談の前日に地毛と同じ茶色へと染め直し、工場で働く女性が着るような衣服も準備。あえて約束時間よりも早く現場へ到着し、労働者階級の女性になりきってテーブルに座っていたそうです。すると、時間通りにやって来たスティーヴンス監督は、既に彼女がいることに全く気付かなかった。約束をすっぽかされたのかと思って帰ろうとしたところ、すぐ傍で雑誌を読んでいたシェリーが正体を明かしたのだとか。もともとアリス役に彼女はミスキャストではないかと思っていた監督でしたが、この一件で考えを改めざるを得なくなり、スクリーンテストを経て正式にオファー。これを機に、シェリーは名脇役女優の道を歩むことになります。

なお、劇中に出てくる伯父チャールズ・イーストマンの大豪邸は、あの『サンセット大通り』(’50)のノーマ・デズモンド邸のセットを再利用したもの。どちらの映画も、ドイツ出身の美術監督ハンス・ドライアーがデザインを担当しており、本作ではノーマ・デズモンド邸の内装を変えることで生まれ変わらせているのだそうです。ちなみに、『サンセット大通り』も『陽のあたる場所』もパラマウントの製作。両者がアカデミー賞で競合することを避けたかったパラマウントは、『サンセット大通り』と同じ’49年に撮影された本作の劇場公開を、あえて1年遅らせることにしました。そのおかげで、スティーヴンス監督は本作の編集にたっぷりと時間をかけることが出来たそうです。

参考資料:「George Stevens and His Place in the Sun」(ドキュメンタリー/2001年制作)「George Stevens: The Filmmakers Who Knew Him」(ドキュメンタリー/2001年制作)/「Audio Commentary with George Stevens Jr. and associate producer Ivan Moffat」(2021年発売4Kレストア版ブルーレイ収録)

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  • 7/4 17:35
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