Vol.13-2 離婚した僕に愛犬が教えてくれたこと「泣いて犬に謝りました」

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ぼくたちの離婚 Vol.13 離婚して、良かった #2】

 幼い頃から吃音に苦しんできた片山孝介さん(仮名/43歳)は、成長するにつれて「自分の思い通りにならない」ことに激しいストレスを感じるようになった。そのことは妻・由香さん(仮名)との結婚生活にも影を落とす。鬱を患った片山さんの休職で夫婦の溝はさらに深まり、やがて離婚。由香さんは家を出ていった。

◆1人と1匹の生活に

 由香さんが結婚生活に何を求めていたのかが「わからない」と言う片山さんは、やや唐突にこんな話をはじめた。

僕、離婚した直後に、人間がなんのために生きているのか、わからなくなった時期があったんです。今でもその答えはわかりませんが、もしかするとこのためなのかな? って思えた瞬間は何度かありました。そのひとつが、由香とマンションの部屋で飼っていた犬のことです。

その犬は僕が鬱で一日じゅう家にいた頃、毎日のように由香の帰宅時間を見計らって玄関で待っていました。離婚後は僕が引き取ることになったんですが、引っ越し屋が由香の家具を部屋からどんどん搬出していくのを見て、明らかに戸惑った顔をしてるんですよ。『ええっ? どうしたの? なんなの?』って。しかも、由香が出て行ってからも、帰るはずのない由香を毎日玄関で1時間くらい待ってるんです。それがつらくて、つらくて……」

 片山さんの声に熱がこもる。

「犬と2人きりの……1人と1匹の生活になってからも、僕はあいかわらず会社でストレスを溜めていました。離婚したって何も変わらない。仕事はあいかわらず思い通りにはならない。イライラして、どうしようもなくなって帰ってくると、犬はどうしたって動物ですから、なんやかやと思い通りにはなりません。さらにイライラを募らせていました。

ある朝、出勤前に犬がちょっとした粗相(そそう)をしてしまいました。僕は必要以上に怒ってしまい、感情に任せて思わず彼をつねったら、僕のことをものすごく怖がって、その場でさらに脱糞しちゃったんです。それで僕、さらに腹が立って、お前の責任だからな!と吐き捨てて、片付けないでそのまま出てきてしまいました。

家を出てから本当に後悔しました。高校時代、学校での鬱憤を家で妹に当たっていた自分から、何も成長していない。心底、自分が嫌になりました」

 その日の夜、家に帰った片山さんがおそるおそるドアを開けると、犬は糞まみれの汚い部屋から一目散に彼のもとに、目一杯しっぽを振りながら駆け寄ってきた。

「あんなにひどい仕打ちをしたのに、しっぽを振りながらすごく嬉しそうに。僕、泣いてしまって。ごめんごめんって、何度も彼に謝りました

◆人は他者といることでしか幸せを感じられない

 ひどい仕打ちをした自分に対して、犬が何事もなかったかのように愛情を示してくれたことに心を打たれた片山さんは、あることに気づいたという。

「僕はこの子がそこにいるというだけで幸せな時間をもらっている。誰かと一緒にすごす時間というのはとても大切で、かけがえのないものなんだと気づいたんです。同時に、自分の感情的な行動を反省しました。この子は自分がいないと生きていけないし、自分が守ってあげなければならないのに、僕は一体なにをやっているんだと」

 自分もこの犬と同じ。ひとりで生きてるわけじゃない。家族や友達や同僚とすごすことで、一緒に大切な時間を生きている。そして彼らから支えられている。犬との一件でそれを実感したと片山さんはしみじみと語った。

「僕、離婚してすぐ、妹にLINEで『なんのために生きてるのかわからない』って、切羽詰ったメッセージを送ってしまったことがあるんです。送った直後に彼女から電話かかってきました。すごく心配してくれていて……。彼女は、かつて僕に鬱憤晴らしで暴力を振るわれた被害者なのに……。ありがたくて、泣きそうになりました。

僕はひどい兄だったけど、家族として妹と一緒にすごした時間に意味はあったんです。電話を切って、こういうことで幸せを感じるために人は生きているのかもしれないと思いました

 片山さんの言葉に筆者も感傷的になったが、同時にある矛盾も感じた。片山さんはこの取材で再三、「自分は思い通りにならないことに対して、普通の人よりもストレスを感じやすい人間だ」と言っていたが、一緒にすごす“他者”ほど思い通りにならない存在はない。実際、そのせいで片山さんは職場を休職したし、由香さんとも離婚した。にもかかわらず、「誰かと一緒にすごす時間が大切」とはどういうことなのか?

 そんな疑問を投げかけると、少し考え込んだ片山さんは、こんな話をしはじめた。

「僕、昔はものすごいゲーマーだったんですよ」

◆唯一やらなかったのが「オンラインゲーム」

 中学高校時代はゲームセンターに通いまくり、『ストリートファイターII』シリーズや『バーチャファイター』シリーズなどの格闘ゲームに散々はまったという片山さん。家ではスーパーファミコンやプレイステーションなどの家庭用ゲーム機で、各種RPGからサッカーゲームまで浴びるようにゲーム三昧。社会人になってもゲーム熱は続いた。

「ただ、唯一やらなかったのが、オンラインゲームです」

 要はインターネットにつないでプレイするゲームである。ネット上の見知らぬプレイヤーと対戦したり、パーティーを組んで冒険したり。昨今の流行りは「オープンワールド」と呼ばれるタイプのゲームで、ネット上に構築された広大な空間を自由に動き回れるほか、その瞬間にログインしている別のプレーヤーとチャットで交流できるものもある。仮想空間上に「街」「コミュニティ」が存在しているわけだ。しかし、片山さんはそれが“不快”だったという。

「ゲームって自分が楽しむためにやるものだから、他人の邪魔が入ってほしくないなと。黙々と鍛錬して技を磨いたり、じっくり腰を据えて攻略法を練ったりしたい。オンラインゲームは自分の進行が他プレイヤーの存在によって影響を受けるじゃないですか。それがとても不快で

 あらかじめプログラムされたイベントや課題をこなすだけでなく、現実に会ったことのないプレイヤーともコミュニケーションが取れる。それこそがオンラインゲームの醍醐味であるはずだが、片山さんにとっては苦痛でしかなかった。オンラインゲームで構築される空間は、片山さんが辛酸をなめた「学校」「職場」そのものだからだ。

「仕事にしろゲームにしろ、誰かに急かされたり、促されたりすることなく、自分ひとりでじっくり計画を立てて遂行していくのが好きなんです。だから僕はスタンドアローンのゲームしかやりませんでした」

 スタンドアローンとは、ネットにつながっていない、目の前のゲーム機とモニタで完結している状態のことである。実際、片山さんはRPGの有名作『ファイナルファンタジー』シリーズのファンだが、オンライン対応作である11作目と14作目には触手が伸びなかったという。

「ただ、ここ数年はほとんどゲームをほとんどやっていません。代わりに、離婚後に新しい趣味ができました。キャンプです

◆雨の楽しみ方を知った

 意外だった。自然を相手にするキャンプほど、「思い通りにならない」趣味はない。急の雨でバーベキューが台無しになることも、当てにしていた川魚が一匹も獲れないことだってある。

「ですよね(笑)。テント設営場所に行ってみたら、とてもテントを張れないようなぬかるみだった……なんてこともありました。僕も最初は不測の事態をすごくストレスに感じていたんです。ただ、僕をキャンプに誘ってくれた友達がすごく尊敬できる人で、雨で鬱々していた僕にこう言ったんです。雨が降ったら、雨が降ったなりの楽しみ方をしようよ、って」

 片山さんは、取材がはじまってから一番良い笑顔をして言った。

「実は、昨年5月に再婚したんです」

 離婚から8年を経ての再婚。パートナーは沖縄出身で、細かいことを気にしない鷹揚な妻ですと説明してくれた。

「今の妻と一緒に旅行に行った時、現地で雨に降られてしまったことがありました。僕は旅行をする際は事前に立てた綿密な計画にしたがうタイプだったので、結構テンションが落ちていたんですが、彼女は僕に言ったんです。『雨でもできることをやればいいじゃん。せっかく旅行に来てるんだから、楽しもうよ』って」

 今の仕事や日々の生活で「思い通りにならないでストレスをためる」ことはないのだろうか。

「もちろんありますが、ある時、妻が僕の気が晴れるように、陰ですごく努力してくれてることに気づいたんです。おいしいお店があるよと外に連れ出そうとしてくれたり、ネットで見つけたおもしろい情報を送ってくれたり、会社であったことをおもしろおかしく話してくれたり。

僕が外でためてきたストレスはそう簡単に解消されないけど、妻は僕のために毎日こんなに努力してくれている。そう思うと、なんというか……すごく救われた気持ちになるんですよ。月並みですが、ああ、幸せだなあって

「月並みだけど幸せだ」と口に出して言える。それ以上の幸せが、この世にあるだろうか?

◆結婚して良かったし、離婚して良かった

「破綻はしましたが、由香との結婚生活がなければ、僕は今でも自分のストレスを他人への攻撃でしか解消できない人間だったでしょう。雨が降れば不機嫌になる人間だったでしょう。由香にはとても申し訳ないことをしましたが、あの結婚生活は無駄ではありませんでした。由香と結婚して良かったし、離婚して良かった。離婚したことで、人間がなんのために生きているのか、おぼろげながらわかったような気がします」

 片山さんは帰り際、パートナーが妊娠中だと教えてくれた。

子育てほど思い通りにならないことなんて、ありませんよね。僕なりに覚悟はしています。妻や生まれてくる子供と毎日一緒にいられるのなら、それ以上望むことはありません。僕はこの幸せを、絶対に手放したくない」

 人は変わる。無駄な結婚も無駄な離婚もない。片山さんは自らの人生でそれらを証明して見せたのだ。取材をはじめた時、片山さんの鼻先にうっすらにじんでいた汗は、いつの間にか乾いていた。

※本連載が2019年11月に角川新書『ぼくたちの離婚』として書籍化!書籍にはウェブ版にないエピソードのほか、メンヘラ妻に苦しめれた男性2人の“地獄対談”も収録されています。男性13人の離婚のカタチから、2010年代の結婚が見えてくる――。

<文/稲田豊史 イラスト/大橋裕之 取材協力/バツイチ会>

【稲田豊史】
編集者/ライター。1974年生まれ。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年よりフリーランス。著書に『ぼくたちの離婚』(角川新書)、コミック『ぼくたちの離婚1』(漫画:雨群、集英社)、『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)。「SPA!」「サイゾー」などで執筆。 【WEB】inadatoyoshi.com 【Twitter】@Yutaka_Kasuga

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