Vol.15-2 親友からの結婚祝いも捨てる妻…「地獄の束縛」に夫が耐えたワケ

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ぼくたちの離婚 Vol.15 夜と霧 #2】

 イベント企画会社勤務の仲本守さん(仮名/現在48歳)は、精神を患い通院していた志津さん(仮名/現在43歳)と同棲をはじめ、彼女からの束縛、被害妄想、癇癪に悩まされていた。友人の結婚パーティーにふたりで出席した夜、志津さんから「ねえ、私たちいつ結婚するの?」と言われる。仲本さんが33歳、志津さんが28歳のときのことだ。

◆XXXXは一生独身ってこと!?

「僕が『そうだね、そろそろ考えたいね』とぼんやりした返事をすると、志津は『XXXX(筆者注:差別用語。志津さんは自分のことを指してそう言った)は一生独身ってこと!?』と泣いて怒りながら詰め寄ってきました。正直、彼女の情緒不安定で結婚を躊躇していた部分はありますが、もうちょっと頑張ろうという気持ちも半分以上はあったんです。彼女が病気だと知っていて支える決断をした以上、僕には責任がある。乗りかかった船です。なので、蚊の泣くような声で『そんなことないよ……』と言いましたが、納得しない」

 その間、志津さんはとめどなく涙を流しながら、延々と枕を叩いたり、投げつけたり、こねたりしていた。仲本さんが黙りこくっていると、すっと立って自室に行き、いそいそと旅行カバンに着替えを詰めはじめた。

「『何してるの?』と聞くと、『出て行く。ホテル行く!』。『そんなことやめなよ。話し合おう』と僕がまごまごしていると、『うるさいうるさいうるさい』と言って錯乱し、自分の頭をものすごい勢いで壁にゴンゴンぶつけて泣き叫びはじめました。今まで聞いたなかで一番激しい嗚咽です。怖くなった僕はとっさに志津を羽交い締めにして制止し、そのままハグする体勢になり、『わかった、結婚しよう』と言ってしまいました」

◆結婚後、束縛、被害妄想、癇癪が悪化…

 志津さんが結婚式を嫌がったので、婚姻届を出して記念写真を撮るだけにとどめ、フレンチレストランを予約してワインで乾杯した。

「結婚後はより一層、志津の束縛、被害妄想、癇癪(かんしゃく)がひどくなりました。家に帰れば泣いているか、怒っているかのどちらか。僕は自分の家に苦手意識を持つようになり、仕事が終わってもまっすぐ家に帰らず、ファミレスに寄って終電近くまですごすようになりました。ファミレスでは時間をつぶしがてら、たくさんの企画やアイデアを練りましたね。皮肉な話ですが、そのおかげで社内評価が上がり、大きな案件をいくつも任されるようになったんです」

 とはいえ、家での地獄は続く。

◆場所とるから捨てようよ

「高校時代からの親友3人と平日夜に飲む機会があり、サプライズで結婚祝いをもらいました。ペアのワイングラスと、僕が高校時代にすごく好きだった、あるTVアニメシリーズのDVDボックスです。すごく嬉しかったので上機嫌で帰宅し、志津に『DVD、ちょっと観てみる?』と軽く提案しました。全話観るということではなく、プレゼントを開けたいから少しだけ再生してみたい、というニュアンスです」

 すると、志津さんが急に不機嫌になった。

「『観るわけないじゃん』と冷淡に言い捨てられました。僕は『あ、うん、全部観るってことじゃなくて、ちょっと観てみたいなって……』とあたふたしながら言うと、『アニメ? オタクじゃん。なにそれ』」

 その日はそれで終わった。しかし数週間後のこと。

「志津の希望でルンバを買ったんですが、床に物が置いてあると掃除効率が悪くなるので、今まで床置きしていたものをちゃんと収納しようという話になりました。でも、どの部屋のクローゼットも棚もすでに満杯です。それで志津は、『この機会に、もう読まない本や使わない電化製品を処分しよう』と提案してきました。そこで彼女が目をつけたのが、テレビ台の引き出しにしまってあった例のDVDボックスです。

志津は『場所とるから捨てようよ。観たい時にレンタルすればいいじゃない』と言ってきました。親友からのプレゼントなのでさすがに抵抗しましたが、恐ろしい形相でこちらを睨んできたので、あきらめて捨てました」

◆一種のマインドコントロール

 仲本さんはこの時の気持ちを、「志津が怖かったから捨てたのではない」と力説した。

「志津は僕に不満をぶつけるとき、ただ怒るだけではなく、『なんて甲斐性がないんだろう、本当にしょうもない男ね、あなたにはほとほと失望したわ』みたいな目をしてくるんです。そんな目をされて迫られると、志津の希望を拒否する自分がものすごく卑怯で、矮小な人間なんじゃないかって思えてくる。これくらいの難題はのみ込んでこそ大人物だ、みたいなプライドを、巧妙にくすぐってくるんですよ

 それは、一種のマインドコントロールではないのか?

「そうかもしれません。不快感を僕にぶつけて泣き叫ぶ志津に対して、僕が不服なんかをたれるのは人道的にありえない……って気持ちにさせられるんです。罪悪感を植え付けられる、というか」

◆本棚から白いドロドロが大量に…

 ケンカというより、志津さんから仲本さんへの一方的な苛立ちが絶えない日々。特に激しい時は志津さんが自室にこもることもあった。

「へそを曲げた志津が、自室に客用布団を持ち込んでこもったこともありました。原因は、僕がプロジェクトの打ち上げで1泊の慰安旅行に行ったから。僕がプロジェクトリーダーだったので、さすがに行かないわけにいかず、志津を説き伏せて行くには行ったんですが、慰安旅行中ずっとメールが届き続けました。『楽しそうでなによりね、私はひとり寂しく夕飯です。勝手にどんちゃん騒ぎやってください』とかなんとか。

翌日の夕方に帰宅すると、家は電気もつけずに薄暗く、志津が自室に閉じこもっていました。ノックしても返事がない。何度もノックしたら『はぁ? 何? 寝てるんだけど!』とめちゃくちゃ怒っていて、出てこない」

 どうしようもなくなった仲本さんは、自室で悶々としながら志津さんの機嫌が直るのを待った。すると……。

「当時住んでいたマンションは、僕と志津の自室を作り付けの大きな本棚が仕切りとして隔てている変わった構造の3LDKで、それぞれの部屋のドアがリビングにつながっていました。だから本棚から本を取り去ると僕と志津の部屋は筒抜けなんです。

僕が自室にいると、本棚の本が掻き分けられる音がしました。なんだろうと思い、本棚越しにどうしたの? と呼びかけると、本と本の隙間から、何かドロドロした白い液体が大量に流れ出してきたんです。小麦粉か片栗粉を溶いた液体だったと思いますが……、おぞましさで背筋が凍りました。今でもたまに、あのドロドロの滝は夢に出ます」

◆会社を休んだら死ぬ

 志津さんは依然として精神科に定期通院していたが、志津さん自身が“屈辱的”だと感じていた翻訳会社という職場環境が変わらない限り、改善の見込みはない。そう思った仲本さんは、志津さんに何度も休職や転職を勧めるが、取り付く島もなかった。

会社を休んだら死ぬと言ってました。二度と復帰できなくなる。そういう人を私は知っていると。私を廃人にしたいの? とすごまれました」

◆朝から晩までメンタルケア

 この頃になると、仲本さんが仕事中の時も頻繁に志津さんから携帯にメールが届き、即レスを求められた。大半は自分の仕事の愚痴と普段の仲本さんの行動のダメ出しである。

メールの着信があるたびに、次は何を要求されるんだろう、何をダメ出しされるんだろうと、動悸が止まらなかったです。朝から晩まで常に志津のメンタルケアをしなければならないので、気を抜ける瞬間がほとんどありませんでした」

 日々をどのような心持ちですごしていたのか。

「いつ止むかわからない猛吹雪のなか、じっと黙って身を縮めているイメージです。妻からの暴言がマシンガンのように吐かれるたび、何度も意識が遠のくんですよ。このまま意識がプツっと途絶えたら楽なのにって、何度も思いました

 しかし仲本さんは、「一日のなかで唯一、自分の魂が自由になれる時間」があった。深夜である。

◆唯一の“精神の自由“は『倉庫番』

「彼女が隣で眠ったのを見計らい、布団に潜って汗だくになりながら、携帯電話で『倉庫番』をやっていました。無音で、画面を極限まで暗くして」

『倉庫番』とは、シンプルだが非常に硬派なパズルゲームで、当時はiアプリやEZアプリなどで提供されていた。アクションゲームではないので、頻繁にキー操作をしなくよい。将棋のように、じっくり腰を据え、音をたてずにプレイできる。こっそりやるにはうってつけなのだ。

布団の中で息を殺して『倉庫番』をやっている間、“この指だけは自由だ”って、確かに思えたんです。ああ、僕は生きているって。ゲームごときに何をバカなと思ってますよね。でも、本当にそうだったんです」

 バカなどとは到底思えなかった。仲本さんの口調があまりに真剣だったからだ。

◆指が自由に動くことの希望

指が自由に動くということには、大きな意味があるんです。この苦しみを、この理不尽を、いざとなったらこの指で携帯に打ち込んで、文章にして、どこかに発信できる……かもしれない。いえ、発信する勇気なんてまるでなかったですが、発信できるかもしれないという可能性があるだけで、僕にとっては救いだった。毎日、寝る前の数十分間だけでも、自分は生きてるって感じられたんです」

 アウシュビッツ、という言葉が浮かんだ。

「当時はそんな程度のことでも希望だったんですよ。この苦しみを誰にも伝えられないまま、いずれ僕が消えていく。そんな絶望に比べたら、指だけでも動かせるのは、遥かにマシだなって」

◆「タイガー&ドラゴン」のセリフを胸に

 ここで仲本さんは、長瀬智也と岡田准一主演の「タイガー&ドラゴン」というTVドラマの話を持ち出した。脚本は、昨年のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」を担当した宮藤官九郎。落語家一門の物語である。

「結婚前の志津と同棲中に見たドラマなんですが、妙に心に残っているシーンがあるんです。かなりうろ覚えなんですけど、岡田准一演じる落語家が、どうしようもなく絶体絶命の窮地に追い込まれた時、たしかこんな感じのことを言うんですよ。『あとでネタとして話す時のこと考えると、すげえワクワクするぜ』って。

僕は寝床で『倉庫番』をやりながら、毎晩のようにそのことを思っていました。過酷な吹雪の中で、それだけが唯一の希望だったんです。もし、いつか生きてこの窮地を脱出できることがあれば、この地獄をネタにして誰かにおもしろおかしく話せる。落語みたいに“噺(はなし)”として昇華できる。このつらい経験は決して無駄じゃなかったと思えるって」

 なんて強い人間なのだろう。しかし『倉庫番』と「タイガー&ドラゴン」だけで、仲本さんの地獄は埋められなかった。結婚して3年が過ぎる頃から、仲本さんはある特殊なポルノビデオにはまりだす――。

※続く#3は、6月1日に配信予定。

<文/稲田豊史 イラスト/大橋裕之 取材協力/バツイチ会>

【稲田豊史】
編集者/ライター。1974年生まれ。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年よりフリーランス。著書に『ぼくたちの離婚』(角川新書)、コミック『ぼくたちの離婚1』(漫画:雨群、集英社)、『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)。「SPA!」「サイゾー」などで執筆。 【WEB】inadatoyoshi.com 【Twitter】@Yutaka_Kasuga

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