28歳・交際経験なしの美女。好きな男の前で、お嬢様校卒が裏目に出た“アノ瞬間”とは?

東京には、お嬢様だけのクローズド・パラダイスが存在する。

それはアッパー層の子女たちが通う”超名門女子校”だ。

「銀のスプーンをくわえて生まれてきた」彼女たちは、その狭い楽園で思いっきり青春を謳歌する。

しかし誰もが永遠に、そのパラダイスにはいられない。18歳の春、外の世界に放たれた彼女たちは突如気づくのだ。

―「お嬢様学校卒のブランド」って、令和の東京じゃ何の役にも立たない…!

ハードモードデビュー10年目。秘密の楽園から放たれた彼女たちの、奮闘ぶりをお届けしよう。

◆これまでのあらすじ

日本屈指の名門女子校を卒業した凛々子は、大手広告代理店での仕事に忙殺され、すり減っていく日々を過ごしている。

ある夜、同級生の文香と約束したカフェに向かっていると、ひそかに思いを寄せる職場の先輩・中条が、後輩美女の有美と歩いているところを目撃してしまい…?

▶前回:お嬢様校卒・28歳の彼氏ナシ女が「私ヤバいかも」と自覚したワケ

大手代理店勤務・凛々子の話【後編】


「凛々子が自分から男の人を好きになるの、もしかして高校時代の“ヒロ君”以来じゃない?」

好意を抱いている会社の先輩・中条と、美人後輩が一緒に歩いているのを目撃してから、かれこれ1時間。凛々子は文香にさえ内緒にしていた秘密を、カフェで洗いざらい話していた。

「うわっ、ヒロ君の話は恥ずかしいからやめてよ…」

凛々子は久しぶりに口にした名前に、胸がぎゅっとなるのを感じた。

「あの頃の凛々子は男に免疫なかったよねえ。あ、今もか。英語塾で隣の席だった、っていうだけで2年も片思いしてたとか、もう普通の女子高生が聞いたらドン引きだよね」

「確かに自分でも、今思うと気味が悪いわ…。でも本当に好きだったの。ヒロ君が通ってた麻布のホームページ見て、どんな学校生活送ってるのか妄想したりしてたなあ」

「きもっ!ていうか凛々子は、寄ってくるのはオラオラ系の男なのに、好きなのは優しくて賢い男っていうのが乖離ありすぎなのよ」

文香が手を叩いて笑ってくれて、凛々子はようやく1時間ぶりに脱力して笑うことができた。さすが12歳からの付き合いだけある。

思いがけず、誰にも言えなかった「男の人と付き合ったことがない」というコンプレックスを告白してしまったが、彼女はまったく動じていない。

もしかしてそんなことお見通しだったのかもしれない。いずれにせよ、それが無性にありがたかった。

恋愛下手な凛々子が、想いを寄せる中条に対し…?

「もし昨日と同じお洋服で来たら、どうしよう」


翌日。いつもよりも少し早く出社した凛々子は、中条のデスクとスーパー美人後輩・有美のデスクをちらちらと振り返っていた。

― もし有美ちゃんが昨日と同じお洋服で出社したら、どうしよう…。いや、どうする権利もないんだけどさ。

恋人どころか、イイ感じでさえない同僚をこんなに気にするような、恋愛の手前の手前でうろうろする28歳の女って、いるんだろうか。凛々子は愕然とした気持ちになる。

いつの間にか、大人も大人。女ざかりの妙齢に押し出されてきたが、まったく中身が伴っていない。

周りを見渡せば、もうとっくに自分のパートナーを見つけて、人生の新しい課題に取り組んでいる子が大勢いるというのに。


それに引き換え、自分はスキルが上がるというよりも、積み上がっていく仕事を必死でさばくような毎日。

ちょっとイイ感じの男の人ができても、凛々子が見かけと違ってモタモタしている上に面倒くさいとわかると、さっさと離れていった。

女子としてのスキルが一切向上しないまま、気がついたらアラサーだ。

せめて仕事くらい、きっちりできるようになりたい。プロ雑用を自認しているが、それならばそこで期待される以上の成果を出して貢献したい。

まずは先週、中条に迷惑をかけた案件について、クライアントとの信頼の再構築が必要だな…と考え込んでいたとき。背後から甘く可愛らしい声が聞こえた。

「おはようございまーす、凛々子さん」

「お、おはよ!有美ちゃん」

挙動不審なほど勢いよく振り返ると、白いブラウスに薄ピンクのミモレ丈スカートを合わせた彼女が、背後を通るところだった。

― よ、よかった。昨日と違うお洋服だ。

咄嗟に安心し、それから自分の品のない視線を恥じて、凛々子は小さく唇をかんだ。

「有美ちゃん。朝一の打合せなんだけど、昨日作ってくれた資料、プリントアウトお願いしてもいいかな?」

仕事仕事、と唱えながら、気分を切り替えようと勢いよく立ち上がった凛々子に、有美が首を傾げた。

「あれ、スケジュールのコメントご覧になってませんか?朝7時に、中条さんが入力されてますよ。クライアントと何か問題が発生して、そちらに直行するから朝のミーティングは延期するって」

凛々子は言葉を失い、慌てて委細を確認すると、制作部に走った。



「中条さん。クリエイティブの大野さんとしては、この修正案は受け入れられないの一点張りでした。

いったんダミーで言う通りロゴを大きくして、先方にこれはないってわかってもらいますと言ったんですけど。自分の名前を入れる以上、そんなダサいことは絶対できないって…」

2時間後。制作部から戻った凛々子は、立腹した客先から帰社した中条を見つけ、駆け寄った。

「おお、凛々子お疲れ。まあ、大野ディレクターはそう言うだろうな。午前中の社内調整、任せて悪かった。俺、ちょっと大野さんと直接話してくるわ。今しがた先方の意図もじっくり聞いてきたし」

「あの、中条さん。私の言い方が悪かったから、クリエイティブの皆さんも頑固になってしまっていて…。今は少し時間を置いたほうがいいかもしれません」

凛々子は中条不在の間、少しでも役に立とうと動いたものの、どうやら裏目に出ているこの状況を、恥を忍んで告白した。

いくら人望のある彼でも、午前中の微妙な文脈を知らないまま制作部に行けば、火だるまになるのは明らかだ。自分のせいで彼がそんなことになるのは、どうしても避けたかった。

「なんだなんだ。凛々子、何言ったんだ?」

しかし中条は、のんきにも笑顔を浮かべて聞いてきた。

「今思えば、私みたいな若造が言ってはいけないことを言いました。広告は大野さんの作品じゃないので、いくら優れたものでも、クライアントの意向を無視することはできないって」

凛々子はひと息に言ったあと、どっと嫌な汗が出るのを自覚した。

この代理店にいる制作ディレクターは、広告業界で数々の賞を受賞しているような猛者が大勢いる。時代を創るような広告を、営業、クライアント、制作が三位一体となって作る瞬間をよく見てきた。

そんな制作部に、営業がうまく「握って」こなかったせいで嫌な思いをさせ、コンペで勝ち取った大仕事のクライアントを立腹させてしまっている。

その焦りが、言ってはならない僭越な一言を凛々子に言わせてしまった。

しかし。しばらくして口を開いた中条の言葉は、あまりにも意外なものだったのだ。

中条の言葉が、凛々子に大きな変化を起こす!?

校訓


「うん、凛々子の言ってることは間違ってない。大丈夫だ。クリエイターだってわかってる。でも図星だから、ちょっとハレーションが起きただけだよ。

まあ気持ちはわかるよな、だってロゴをあの絵のセンターに持ってくるなんてマジダサいもん。でもクライアントもさ、巨額の金払うんだし、ロゴくらいでかでかと入れたくなるんだろ」

そして中条はデスクの上の資料を集めると、制作部に向かいながら凛々子を見て力強くうなずいた。

「大丈夫、俺が絶対なんとかするから」

そのとき、彼が右手で小さくこぶしを握り、太ももを軽くトントンと叩いていることに気づいた。

中条の下について3年。厳しいプレゼンのとき。クライアントから無理難題を吹っ掛けられたとき。彼は飄々としながら、へらりと笑いながら、あのしぐさをする。

それは誰にも弱みを見せない彼の、ほんの小さな、緊張のサインだと凛々子は知っていた。


― あのときも、そうだった。

凛々子は唐突に、高校時代に好きだった人の横顔を思い出す。

自意識の塊で、自分だけの王国にいたあの頃。

「好き」という不確かであやふやな気持ちを、言葉にして押し付けて、挙句に拒絶されるなんて想像しただけで怖かった。

そんな無様で、迷惑な自分になるくらいなら、何も動かないほうがましだった。決して自分の本心をさらけ出そうとは思わなかった。

― でも、もうとっくに守ってもらう時代は終わった。無駄なプライドなんて、くそくらえだわ。

「…中条さん。私もう一度行ってきます、大野ディレクターのところに。誠心誠意、話し合ってきます。それでだめだったらお時間ください。そのときは中条さんのお力をお借りしてもいいですか?」



「いや~、それにしても凛々子、どんなマジックだ?半日で、あんなにカッカしてたクリエイティブもクライアントもねじ伏せるとは…。妖術か?」

その夜。クライアントにラフを届け、激闘した凛々子が会社に戻ると、ひとり残業をしていた中条がコーヒーを差し出してきた。

「ありがとうございます…。いや、ぜんぜんねじ伏せてませんて。少し猶予をくれただけです」

オフィスの妙に明るいライトの下で二人きり。剥げかけたファンデを気にしながら、凛々子はうつむいた。

「いやいや、大したもんだよ。俺も正直助かった、ありがとな。頑張ったな」

凛々子はそのとき、男性経験のない自分を心から残念に思った。

これほど優しい目で見つめられて、胸が苦しいくらいどきどきしてしまう。しかしこれが同僚としての労りなのか、はたまた特別な何かなのか、凛々子には悲しいくらい見当がつかないのだ。

「…あの。中条さん、って。お付き合いしてる方、とか、いらっしゃるんですか?」

「へ?」

謎のタイミングで、しかも超肉食男子の宝庫たるこの会社では、いろいろと新鮮とも言える質問に、中条が目を丸くしている。

「いないなあ、彼女。いないよ」

― 本当かな、嘘かも?ていうか、すごくニコニコしてるけど、私だいぶみっともないよね。28でこんなぎこちない女、いないよ。

次が続かなくて、凛々子はうつむく。二人の間に沈黙が流れた。

そのとき凛々子のぽっかりと真空になった心に、なぜかあの校訓が浮かんだ。中高6年間、毎朝の礼拝で。いや、卒業してからもずっと胸の奥底で祈ってきた。

清廉に、愛をもって、ひたむきに生きていきたい。この東京で。

擦り切れる毎日の中で、もうずいぶんと長いこと見ないようにしてきた、凛々子の素直な想いだ。顔を上げ、勇気を振り絞ってみる。

「中条さん。あの、ご迷惑だとは存じておりますが、今週の土曜日、どこかにお誘いしてもいいですか」

鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたあと、中条は「どこでも行くぞ」と珍しく顔を赤くしながらぶっきらぼうに答えた。


▶前回:お嬢様校卒・28歳の彼氏ナシ女が「私ヤバいかも」と自覚したワケ

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文香の話【前編】:裕福な主婦と思われた文香にも、凛々子にさえ言えない秘密があった。

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