ひろゆきが「男も育児参加すべきか?」の議論に強い違和感を覚えるワケ

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―[ひろゆき連載コラム「僕が親ならこうするね」]―

◆わからないなりに育児をやったとしても、子どもは死なない

 昭和の時代は、男性が子育てしなくても問題ない文化がありました。僕の父親が子育てをしていたというイメージもありません。

 でも、令和の時代はそうも言っていられません。昨今は男女平等が浸透し、男性が子育てに参加する流れが出てきていて、フランスでは男性が子育てにコミットするのが当たり前です。

 もし、男性が子育てに参加する必要がないとしたら、母親の負担減のためにベビーシッターを雇うべきですが、共働きでないと子育てできないほど日本は貧しい国になっているので、ベビーシッターを雇うのもなかなか難しい家庭が多いと思うのです。

◆いまだに「男の育児参加」が議論になる理由

 このように昭和と令和では子育ての環境も文化も違い、その変化速度は年々速くなっているので、今の子育てのやり方や考え方も20年後には「古い考え」になっている可能性が高いです。

 にもかかわらず、いまだに「男性の育児参加はどうすべきか?」と考える人がいます。これは子育てをしている側の人が「子育ては大変」と強調しすぎるから起きている考えな気がします。

 結果、男性に「子どもの世話は難しいものである」と伝わってしまい、「子どもの世話は男性にはできない」と思い込ませてしまう要因になっているではないかと。

◆育児は尻込みせずにまずは体験すべき

 実際は、誰が育てても、子どもは育ちます。人類が類人猿だった頃から、なんとなく生まれた赤ちゃんがそれなりに育ってきた歴史があります。

 つまり、食べさせ服を着せ、眠らせて清潔にしておけば、子どもは育つのですね。

 だから、何をしたらいいかわからないという育児に尻込みする人は、とりあえず子育てを体験して、困ったら相談に乗ってもらうぐらいのスタンスで始めたほうがいいと思うのです。

◆授乳以外の子育ては、すべて体力仕事である

 もちろん、最初は母親に懐いていたり、手際が悪かったりという理由で、子どもが父親を嫌がることもあると思います。

 でも、子どもが保育園や幼稚園に行くようになれば、いろいろなタイプの大人と関わることになります。慣れ親しんでいない大人と関わる時間をしっかりとつくることは、子どものためにもいいと思うのですね。

 男性には母性本能がありません。危険だけど面白そうなことを子どもに教えるのは男性のほうが得意だと思います。しかし、授乳以外の子育てはすべて体力仕事。基本的に男性のほうが向いているのです。

 そういう感覚で育児を考えていけば、子育てへのハードルはかなり下がるのではないかと。

◆育児に関する揉めごとを減らすためには…

 加えて「育児を手伝う」という感覚を持たないほうがいいでしょう。

 例えば、女性が専業主婦だった場合、男性が育児に対して「手伝う」というスタンスだと、主体性も責任感もないと女性側に取られがちになります。「手伝うって、お前の子どもだろ?」と言われる人もいたりします。

 育児に対しては「手が空いているときに母親をフォローする」ではなく、「決まった日に子どもの世話を一人で全部やって、母親には相談するけど作業はお願いしない」ぐらいのスタンスで臨んだほうがいいのではないかと。

 そうすることで、揉めごとの発生確率は下がると思うのですよ。

―[ひろゆき連載コラム「僕が親ならこうするね」]―

【ひろゆき】
西村博之(にしむらひろゆき)’76年、神奈川県生まれ。フランス在住、たまに日本。2ちゃんねる・ニコニコの元管理人で、英語圏最大の掲示板サイト『4chan』現管理人。SPA!誌面にて11年間にわたり「ネット炎上観察記」を連載。近著に『1%の努力』(ダイヤモンド社)など

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  • 7/1 15:54
  • 日刊SPA!

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