栄光と愛を求めた永遠のスター女優の姿を描く『ジュディ 虹の彼方に』

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1939年公開映画『オズの魔法使い』で一躍スター子役としてキャリアをスタートさせたジュディ・ガーランド。しかし世界中から愛された永遠のスターの生涯は、波乱に富んだものだった。レネー・ゼルウィガーがジュディ役を熱演した『ジュディ 虹の彼方に』(2019)は、そんな彼女の晩年の姿を克明に描き上げた。

■子役として突き進むスター街道

(C)Pathe Productions Limited and British Broadcasting Corporation 2019

こんな大スターの人生がこんなにも壮絶だったとは……。『ジュディ 虹の彼方に』(2019)を観終えた筆者の感想は、これに尽きた。当時人気子役だったシャーリー・テンプルの代役として主演したミュージカル映画『オズの魔法使い』(1939)でのジュディ・ガーランドほど、清純なイメージをスクリーンに刻み付けた女優もいない。そのドロシー役で一躍MGMの看板スターとなったジュディの人生が、その後あれ程までに過酷さを極めるとは、誰にも想像がつかなかったはずだ。尤も、ただ一人、MGMの舵取り役であり、ハリウッド映画界を牛耳ったルイス・B・メイヤーの目にはすべてが映っていたかもしれないのだが。

底の厚い黒めがねに、高身長と圧倒的な恰幅のよさで、ジュディの眼前に立つメイヤーの強権的な姿が、本作の冒頭で深い印象を残している。傲慢な性格で有名な大物プロデューサーであるメイヤーの独裁ぶりは当時のハリウッドで幅を利かせており、喜劇王チャーリー・チャップリンともやり合ったという逸話がある。まだ子役として名が売れる前のジュディが意見することなどもってのほかだった。同世代の少女たちのように青春を謳歌出来ないジュディの不満は募るばかりだったが、その代わりにメイヤーが差し出すのは、他の少女では得られないスター街道と太りやすい体質だったジュディをダイエットさせるための覚せい剤である。しかしそれがその後の彼女の人生を苦しめることになることは言うまでもない。

不眠症に悩まされたジュディの悲痛な晩年は、カンザスの田舎町から夢の国を求めたドロシーの姿からほど遠いものだ。『オズの魔法使い』でハリウッドを代表する人気子役となる直前、『初恋合戦』(1938)で共演したミッキー・ルーニーとのちょっとした等身大の青春の瞬間を覗かせる場面があるが、ジュディが求めたのは一時のアバンチュールではなく、観客たちの拍手喝采が待つステージであった。メイヤーの前では多少の迷いがあっても、やはり彼女はスターになるべくして生まれてきた正真正銘のスター女優である。ミッキーの誘いを断り、ステージに戻ったジュディ。それは、ジュディ・ガーランドとして生きる自らの人生を運命付けた瞬間だった。

■キャリアの翳り

(C)Pathe Productions Limited and British Broadcasting Corporation 2019

『オズの魔法使い』でスターダムに上ったジュディは、その後2人目の夫なるヴィンセント・ミネリ監督作品『若草の頃』(1944)やフレッド・アステアと共演したミュージカル映画『イースター・パレード』(1948)の大ヒットで不動の地位を築くが、薬物の服用による精神の不安定がそのキャリアに翳りをみせ始める。撮影現場への度重なる遅刻にとどまらず、出演自体を拒否するようになった彼女をMGMはついに解雇してしまう。この転落のショックから自殺未遂を図る。ワーナー・ブラザース製作の『スタア誕生』(1954)で復帰するものの、現場での遅刻癖は悪化し、映画界からの信頼を完全に失ったジュディ。

本作では、ドロシー役でスターダムを駆け上がった少女時代の栄光とは裏腹に、そうした経緯によって失意のうちに干されてしまった1960年代の大スターの辛い現実とが交錯し、往年の女優の姿が克明に描かれている。ジュディのその姿は、ビリー・ワイルダー監督の名作『サンセット大通り』(1950)のグロリア・スワンソンが演じた時代から取り残されたサイレント期の大女優ノーマ・デズモンドの痛々しさを彷彿とさせる。デズモンドにしてもジュディにしても、過酷な現実を前に、それでも再びスターとしての自分が輝く場所を探し求めて彷徨い歩く。けれど、狂気に満ちたデズモンドとは異なり、ジュディにはまだ人間らしい誠実さが残されていたのが唯一の救いであるだろう。

■客席と確かめ合う愛

(C)Pathe Productions Limited and British Broadcasting Corporation 2019

日銭にも困っていたジュディは起死回生を狙い、再び愛する子どもたちと暮すために、1968年にロンドンの老舗ナイトクラブでの長期公演に挑む。本番前の楽屋では観客の前に出る不安に苛まれながらも、いざステージに立てば毅然とパフォーマンスする。正真正銘のスターであることを観客たちに再確認させる。一夜目の公演を無事成功させ、そのまま軌道に乗るかと思いきや、擦り切れた心が再び精神の不安を沸き上がらせ、客席からの野次を真に受けてしまう。最後のチャンスがこれですべて水の泡だ。

しかし新天地ロンドンで思いがけず再婚した幸せも束の間、最愛の子どもたちにも拒否されてしまったどん底のジュディがそれでも人生をかけて求めたもの、それはやはりステージであった。彼女にはステージ上でスポットライトを浴び、観客の拍手に応える他なかった。クビになったナイトクラブの公演に再び姿を現し、客席との愛を確かめるために歌い上げる「over the rainbow」。涙が溢れ歌えなくなってしまった彼女を桟敷席にいたゲイのカップルが奮い立たせ、客席いっぱいに歌声が広がる。思えば、彼女は当時のハリウッドでも珍しい同性愛に深い理解のあった人物だ。観客との愛を確かめ合うことが出来た最晩年のその出来事には、永遠のドロシーとしてのスター像が自然と重なり、思わず胸がいっぱいになるばかりだった。

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  • 6/30 8:00
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