【言葉が通じない場所では自分の本質が見えてくる】石井裕也監督が全編韓国で撮影『アジアの天使』

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『舟を編む』の石井裕也監督が、オール韓国ロケを敢行したオリジナル脚本の映画『アジアの天使』。石井監督にインタビューし、韓国での撮影、キャストの池松壮亮さん、オダギリジョーさんらについて、さらに「天使」へのこだわり、そして「母親」をモチーフに映画を撮るようになったことについてお聞きしました。

 

『アジアの天使』

 

 
2021年7月2日(金)テアトル新宿ほか全国公開
© 2021 The Asian Angel Film Partners
出演:池松壮亮、チェ・ヒソ、オダギリジョー
   キム・ミンジェ キム・イェウン 佐藤凌 ほか
脚本・監督:石井裕也
エグゼクティブプロデューサー:飯田雅裕
プロデューサー:永井拓郎、パク・ジョンボム、オ・ジユン
撮影監督:キム・ジョンソン 音楽:パク・イニョン
製作:『アジアの天使』フィルムパートナーズ (朝日新聞社、RIKIプロジェクト、D.O.CINEMA、北海道文化放送、UNITED PRODUCTIONS、ひかりTV、カラーバード)
制作プロダクション:RIKIプロジェクト、SECONDWIND FILM
配給・宣伝:クロックワークス 
助成:文化庁ロゴ 文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会 KOFIC、ソウルフィルムコミッション、カンウォンドフィルムコミッション
 
 

 
 
概要:
『舟を編む』(13)で日本アカデミー賞監督賞を最年少で受賞、『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』(17)でアジア・フィルム・アワードの最優秀監督賞を受賞し、若くして国内外の注目を集めてきた石井裕也監督。
『町田くんの世界』(19)『生きちゃった』(20)『茜色に焼かれる』(21)など、自分の生きる社会や時代と格闘する意欲作を世に送り出してきた石井監督が、あらためて初心に返り、これまでの経験値に頼らずにオール韓国ロケを敢行した本作でさらなる新境地を開拓。
『ムサン日記~白い犬』(10)のパク・ジョンボム監督が本作のプロデューサーを引き受け、95%以上のスタッフ・キャストが韓国チームという、現地の力を最大限に生かす座組みが実現し、本作が完成した。
 
 

 
 
ストーリー:
妻を病気で亡くした小説家の青木剛(池松壮亮)は、8歳になるひとり息子の学を連れて、兄(オダギリジョー)の住むソウルへとやって来た。「韓国で仕事がある」という兄の言葉を頼っての渡韓だったが、いざ到着してみると、兄がいるはずの住所には、知らない韓国人が出入りしていて中にすら入れない。言葉も通じず途方に暮れるしかない剛は、自分自身と学に「必要なのは相互理解だ」と言い聞かせながら、意地でも笑顔を作ろうとする。
やがて帰宅した兄と再会できたはいいものの、あてにしていた仕事は最初からなかったことが判明。代わりに韓国コスメの怪しげな輸入販売を持ちかけられ、商品の仕入れに出向いたショッピングセンターの一角で、剛は観客のいないステージに立つチェ・ソル(チェ・ヒソ)を目撃する。元・人気アイドルで歌手のソルは、自分の歌いたい歌を歌えずに悩んでいたが、若くして亡くなった父母の代わりに、兄・ジョンウ(キム・ミンジェ)と喘息持ちの妹・ポム(キム・イェウン)を養うため、細々と芸能活動を続けていた。
そんな矢先、韓国コスメの事業で手を組んでいた韓国人の相棒が商品を持ち逃げしてしまう。全財産を失った兄弟に残された最後の切り札はワカメのビジネス。どうにも胡散臭い話だったが、ほかに打つ手のない剛たちは、藁をも掴む思いでソウルから北東部にある海沿いの江陵(カンヌン)を目指す。同じ頃、ソルは事務所から一方的に契約を切られ、兄と妹と3人で両親の墓参りへと向かうことに。運命的に同じ電車に乗り合わせた剛とソルたちは、思いがけず旅を共にすることになる。(公式サイトより)
 
 

 
 

 

石井裕也監督インタビュー

 

石井裕也(監督・脚本)
1983年生まれ、埼玉県出身。
大阪芸術大学の卒業制作『剥き出しにっぽん』(05)でPFFアワード・グランプリを受賞。
アジア・フィルム・アワードにてエドワード・ヤン記念アジア新人監督大賞を受賞。
『川の底からこんにちは』(10)はベルリン国際映画祭に正式招待され、モントリオール・ファンタジア映画祭・最優秀作品賞、ブルーリボン賞・監督賞を受賞。
『舟を編む』(13)は日本アカデミー賞・最優秀作品賞、最優秀監督賞を受賞。同作は米アカデミー賞・外国語映画賞の日本代表に選出された。
『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』(17)はベルリン国際映画祭・フォーラム部門に出品されたほか、多くの映画賞で作品賞や監督賞を受賞。
そのほかの主な監督作に『ぼくたちの家族』(14)『バンクーバーの朝日』(14)『町田くんの世界』(19)『生きちゃった』(20)『茜色に焼かれる』(21)などがある。
 
 

 
 
――『アジアの天使』は、様々なことを乗り越えて完成した映画ですよね。何度も聞かれている質問かと思うので恐縮ですが、韓国での撮影で特に印象的だったことや、苦労したことを教えてください。

◆日本では当たり前だと思っていることがなかなかできない中で、どうでもいいこだわりや無駄な執着を思いきって全部捨てました。それによって気づいたことがたくさんありましたね。自分のこだわりを持つことは映画にとって重要なんでしょうけれど、それ以上に、どんなことがあってもその場のベストを探ろうとする姿勢というか、常に前向きに映画を楽しもうとする心の余裕のほうが重要だと気づかされました。それは日本人だろうと韓国人だろうと何人だろうと関係なく、人間の度量の問題で、その重要性に気づけたのが自分の中ですごく大きな学びになりました。

 大変だったことは、もう挙げればキリがないくらいです。毎日、日本で起こるはずのないトラブルが必ず起こるから、だんだん慣れてきて、「今度はどんなトラブルが起こるのかな」と逆に楽しみになったりして(笑)。結局、そういうトラブルすらも最後は快感になりましたし、今回の映画の特殊性につながったところだと思います。
 
 

 

どこに住んでも、どこで映画を作ってもいい

 
――撮影前の半年間、ほぼ韓国で暮らしながら準備をされたそうですね。韓国での生活は、監督の今後の映画作りや考え方にどのような影響を及ぼしましたか?

◆撮影だけのために韓国で過ごすということが自分の中でしっくりこなかったので、その前に妻子を連れて韓国に行きました。当時、子供がまだ1歳半くらいだったんですが、子供も、子供を育てる母親も含めて、韓国にどっぷり浸かってみようと思って行ってみたら、結果的に驚くほど良くしてもらいました。特に、子供に対する扱いがすごく温かいんですよね。日韓関係が戦後最悪と言われていた2019年だったのに、子供に対する韓国の皆さんの目線は、日本では感じられないくらい温かいものがありました。
 
 

 
 
◆韓国で生活してみて確信したというか、当たり前のことかもしれませんが、どこに住んでもいいし、どこで映画を作ってもいいんだと思いました。流れ流され、自由にね(笑)。そう確信した矢先にコロナが広まってしまったので、話が変わっちゃったんですけど…。コロナが収束して、もう少し移動が自由にできるようになったら、またそういう気分を取り戻して、いろんなところに行ってみたいなと思っています。そういう人生のほうが面白いなと思います。
 
 

 
 

 

オダギリジョーは物凄く聡明で純粋な人

 
――主人公とその兄の役は、池松壮亮さんとオダギリジョーさんだと最初から決めていたとお聞きしました。お二人とも監督の映画に何度も出演していますが、今回、韓国で撮影するとお話しした時、お二人はどのような反応でしたか?

◆オダギリさんは外国の映画にも出演経験があるから、「海外での撮影は大変じゃないですか?」という質問をこちらからしたら、「むしろ余計な言葉が耳に入ってこないし、余計なことを考えなくて済むので、純粋になれるというか、ゼロになれるので楽しいですよ」とおっしゃって、さすが先輩は違うなぁと思いました。そういう姿勢を見習いました。

 仕事とか人生に対する向き合い方は年齢によって違うんだと思いますが、池松君は当時28~29歳だったので、やっぱり映画という仕事をある意味で冒険的に捉えていますよね。まあ、僕もそうですけど。オダギリさんは少し年上なので、もっと大局的に物事を見ているんだと思います。
 
 

オダギリジョー、池松壮亮

 
 
――オダギリさんは、『人間の時間』や『マイウェイ 12,000キロの真実』といった韓国映画に出演していて、韓国の観客の中にはそれらの作品でオダギリさんを見た人もいるかと思いますが、『アジアの天使』ではオダギリさんならでの魅力が生かされ、韓国でひょうひょうと生きるお兄ちゃんの朗らかさが感じられました。そこが良かったのですが、それは監督の意図通りでしたか?

◆そうですね。『茜色に焼かれる』のパンフレットにオダギリさんのインタビューが載っているんですが、オダギリさんは僕の映画に出る時は大体キャラクターに近似性があると感じているそうです。「物凄く良い人間なんだけど、ちゃらんぽらんなキャラクター。僕のこと、そういう風に見えているのかなぁ」と。その通りで、まさにそうなんです(笑)。僕のオダギリさん観なんですけど、物凄くテキトーで、何を考えているか全然分からない。だけど、物凄く聡明で純粋な人なんですよね。そういうキャラクターっていうのはなかなかいないです。俳優としてというより、人間として、僕の周りにはいないタイプなので、オダギリさんにはどうしてもそういう役をお願いしてしまいます。

――監督以外の作品、特に海外の作品では固い役柄も演じられているので、今回『アジアの天使』で、「オダギリさんってこんな魅力もありますよ」と、韓国の観客に観てもらえるのが楽しみです!

◆僕には、ずっとああいう風に見えてますけどね(笑)。
 
 

7.2(金)公開『アジアの天使』特別映像【兄弟編】

 
 

 

池松壮亮と作る役の歴史

 
――池松さんはシングルファーザー役で、妻を亡くして心に痛みを抱えている役ですが、オダギリさんが演じる兄との関係はすごく微笑ましかったです。池松さんとは、この役を演じてもらうにあたって、どのようなお話をされましたか?

◆喪失を抱えた上で、自分が信じられるものを新たに探す人物です。異国の地で迷子になりながら演じてほしいと。そんな感じですかね。彼とはとにかくたくさん話しましたが、役だけの話は少なかったかもしれません。もう少し大きな話をよくしました。
 
 

 
 
――先ほどのオダギリさんのお話のように、今回、池松さんならではの特徴を生かすということはありましたか?

◆ありました。池松君とは、オダギリさん以上に一緒に映画を作ることが多かったので、池松君の本質的な要素というのをもちろん分かった上で、「前はこれをやったから、次はこういうことをやってみたい」というような役の歴史、ストーリーができていくんですよね。映画の歴史というか。それをふまえて、「今回はこういう役がいいんじゃないか」ということで脚本を書きました。

――当て書きですか?

◆当て書きに近かったと思います。
 
 

 
 
――タイトルにもなっている天使の役は、『おかしの家』(2015年のTVドラマ)に続いて芹澤興人さんが演じていますね。

◆芹澤さんは、今回の役のために2年半くらい韓国語を勉強したんですよ。もともと最初期の脚本には、天使が韓国語で喋るシーンがあったので。でも、やっぱり要らないなと思って、脚本からカットしたんです。それでも、漢江にかかる橋の欄干に天使が座っているシーンを撮る際、マイナス10度くらいの極寒に裸だから、鉄の欄干に座ると皮膚がくっついちゃったり、命綱があっても震えて滑り落ちちゃったりするようなトラブルが起こるかもしれない。台詞はカットになって申し訳なかったけど、撮影現場できっと韓国語が役に立つ場面があるんじゃないかと芹澤さんには伝えていました。個人的にも彼が撮影現場で韓国語を話す場面を楽しみにしていました。実際の撮影では、現場でガウンを脱いだ瞬間に芹澤さんは寒さで震えあがっちゃって、何も喋れなくなってしまった。結局あの人、韓国で一言も韓国語を喋っていないと思います(笑)。

――しかも、そのシーンでは、芹澤さん、顔も映ってないですよね。

◆映ってないですね(笑)。

――監督、笑いすぎですよ~!(笑)
 
 

 

愛や希望に置き換えられる天使の存在

 
――監督は天使に思い入れが深いのでしょうか?

◆単純に好きなんです。興味があると言うか。僕も含めて多くの日本人は宗教的に疎いにもかかわらず、天使という存在を批評性なしに西洋から受け入れたんだと思います。つまり、本当はよく分かっていないのに、何故か高尚なものとして勝手にイメージだけを膨らませてしまっている。しかもそれは大体、西洋的なイメージです。

 天使と言えば、金髪の可愛い子供で、弓矢とか楽器なんかを持っているようなイメージがあると思うんですけど、もう少し冷静に考えれば別にそういう姿をしていなくてもいい。天使という言葉を愛とか希望にも置き換えられると思うんです。愛や希望が仮に存在するとしたら、実はそんなに美しいだけのものじゃない、という気が僕はするんです。天使や愛や希望が多少醜くて、今までの自分の価値観とは違うものだったとしても、それをちゃんと受け止められるか、あるいはそれを信じられるか、あるいはそれを一緒になって信じてくれる人が近くにいるか、その方が重要だなと思うわけです。簡単に言ってしまえば何だっていいはずなんですよ。どんなものを信じたっていい。
 
 

7.2(金)公開『アジアの天使』特別映像【恋愛編】

 
 

 

韓国に行ったことで向き合えた自分の本質

 
――韓国の人って、お母さんが大好きだということをあまり照れずに言っているのをよく見かけますし、K-POPの歌詞でも「お母さん」を取り上げていることが多くて、いいなと思います。監督が「母親」をモチーフにして映画を撮るということに、韓国に行ったことが影響していると思いますか?

◆まさにそうです。韓国に行ったことで、より自分の本質に向き合えたと思います。
 
 

 
 
◆例えば、言葉が通じない海外に行って、そういう場所で暮らしていると、日本では出さないような自分が出てきたりすることってあると思うんですよね。それが多分本質なんだと思います。海外で撮影したからこそ本質を出しやすかったし、逆の言い方をすると、出さないと不誠実だと思ったんです。本当の自分の中にある痛み、心の傷みたいなものをしっかり見せないと、韓国の人たちとつながれないような気がしたんですよね。
 
 

 
 

 

映画の真実はペインにこそある

 
――『アジアの天使』では剛と兄の兄弟の関係や、ソルとポムの姉妹の関係、妹たちを大事に思う兄ジョンウの優しさ、そして妻や母親といった家族を失うことなどが描かれていて、どこの国の観客であっても、心に響くところが多いと思いました。脚本を書く際に、そういった普遍的なテーマについて意識はされましたか?

◆そうですね。パク・ジョンボムと口癖のようによく言っているのは、「映画の真実はペインにこそある」なんです。ペインというのは、日本語で傷とか痛みとか言ってしまうと、なんかすごく直接的なんですけど、僕の感覚では「ペイン」の方がもっと広がりがある感じがします。普段は負の要素だと思われているような、心にすみついているものこそが実は普遍的で、文化とか言語とかそういうものを超越して、理解し合える要素なのかなと思います。
 
 

 
 
――今日はたくさんお話を聞かせいただき、ありがとうございました。最後に、昨今、状況によっては映画館に映画を観に行くことをためらう人もいるかと思いますが、映画boardの読者に向けて、 『アジアの天使』を通して監督からメッセージをお願いできますでしょうか?

◆こういう大変な世の中になってしまいましたが、今、最も重要なのは自分の頭で考えて行動し、そのことの責任を引き受けるということだと思うんです。僕は、それを自由と呼ぶと思います。それは、この困難な状況における最大の希望なんじゃないでしょうか。それだけを忘れずにいられれば、生き延びられるような気がします。『アジアの天使』は、そういう自由を求めて、あるいは自分の人生を生きるために、冒険をした人たちの映画です。向こうで結構な無茶もしてきましたが、結果的に驚くほど優しい作品になりました。コロナ禍で公開されることに意味のある作品だと信じています。
 
 

 
 
取材・文/清水久美子
 
 

アジアの天使

アジアの天使

2021年/日本/128分

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