東京五輪開催へ…前哨戦で明らかになった「有観客と無観客の違い」

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―[今から始める2020年東京五輪“観戦穴場競技”探訪]―

~第80回~

 フモフモ編集長と申します。僕は普段、スポーツ観戦記をつづった「スポーツ見るもの語る者~フモフモコラム」というブログを運営しているスポーツ好きブロガーです。2012年のロンドン五輪の際には『自由すぎるオリンピック観戦術』なる著書を刊行するなど、知っている人は知っている(※知らない人は知らない)存在です。今回は日刊SPA!にお邪魔しまして、新たなスポーツ観戦の旅に出ることにしました。


◆東京五輪に向けて再開された「有観客」国際試合

 東京五輪まで約3週間、少しずつ「本当に五輪は開催されるようだ」という気配も漂ってきました。すでにヨーロッパではサッカー欧州選手権が各地で開催され、スタジアムには数万人の人がマスクなしで詰め掛けています。

 ワクチン接種が進んだヨーロッパと、これから若い世代への接種が本格化しようという日本とを同列に比較することは難しいですが、「世界が動き出した」という希望を感じられる光景でした。

 そんななか、日本でもしばらく動きが止まっていた「国際試合」が再開されています。サッカーではなでしこジャパンが有観客でのウクライナ戦・メキシコ戦を行なったほか、東京五輪を目指す男子U-24日本代表もジャマイカ戦を有観客で開催しました。

 そして、バスケットボールでは男女日本代表が6月から7月にかけて有観客での国際試合を行ない、東京五輪本番への強化を進めています。

 今回はそのなかの一戦、神奈川県で行なわれたバスケットボール女子日本代表“AKATSUKI FIVE”とポルトガル代表との国際試合「三井不動産カップ2021(神奈川大会)」を観戦してきました。五輪本番へ向けての選手たちの意気込みや、観衆の熱気などを自分の目で確かめていきたいと思います。

◆観客も安心して試合に臨める環境

 収容人数約3000人のアリーナには、市松模様の配置で観衆がおさめられています。当日までチケット販売が行なわれており、一部空席が目立つブロックもありましたので、収容人数の50%に対して6割~7割くらいの入りとして1000人ほどがいたでしょうか。

 3000席に1000人と聞くと「スカスカ」の印象にもなりますが、実際はかなりのにぎわいが生まれます。それは無観客とはまったく異なるもので、選手たちのプレーにも大きく影響を及ぼすものでしょう。

 観衆はテレビやオンラインでも観戦できますが、選手はその場にいない観衆のことは想像することしかできません。一握りの人数であったとしても、「いる」と「いない」とでは大違いだなと改めて思います。

 もちろん感染対策はしっかりと行なわれており、選手との接触等は厳格に禁じられているほか、観衆に対してはチケット券面への氏名・連絡先の記入、手指消毒・検温、場内での飲食の制限が徹底されています。

 大型ビジョンや場内アナウンスで繰り返し感染対策が呼び掛けられるほか、運営スタッフによる細やかな注意喚起も行なわれており、安心して観戦できる環境が整っていました。

 こうした試合に赴くのはスポーツ好きの方が多いものと思われますが、プロ野球・Jリーグ・Bリーグ・大相撲などプロスポーツを中心に実践されてきたコロナ禍における観戦スタイルが、しっかりと定着しているなと感じます。

◆「感謝」の気持ちがあふれていた試合会場

 とにかく場内には「感謝」の気持ちが満ちています。こういう状況のなかで大会を開催してくれた関係者、こういう状況のなかで来日をしてくれたポルトガル代表、こういう状況のなかで集まってくれた観衆、お互いがお互いに対する感謝の気持ちを持って向きあっています。

 練習から笑顔いっぱいのポルトガル代表の姿は、ワクチン接種がヨーロッパほどには進んでいない日本での国際試合を警戒するといった様子ではなく、万難を排して貴重な機会を作ってもらえたことへの喜びがあふれていました。観衆に手を振り、笑顔を見せてくれます。

 そうした姿は単純に親しみがわくものですし、場内に流れるポルトガルの国歌であったり、日本代表に比べて大型の体格であったり、体格とパワーでゴリ押してくるようなプレースタイルであったりと、日本との違いを感じることで相手への興味や関心がかき立てられます。

 対戦を通じて、よく知らない異国の人という存在から、同じ時間を過ごした仲間へと変わっていく。それはまさに五輪や国際試合の素晴らしさだなと思います。

◆五輪本番への期待感が高まる白熱した試合

 試合は五輪直前らしい白熱したもの。特に、最終メンバー入りを懸けてチーム内での争いがつづく日本代表側は、目の色が違います。

 キャプテンでセンターのポジションに入る高田真希選手、フォワードの赤穂ひまわり選手・長岡萌映子選手を中心に、各ポジションのメンバーを替えながら「選考争い」という戦いもコート上で展開。

 特にガードについてはサバイバルといった激戦がつづいていますが、この試合で先発したポイントガードの町田瑠唯選手は、選考争いから一歩抜け出すような大活躍でした。

 素早いドライブと、チーム最多の9アシストを決める巧みなゲームメイク、機を見て自ら得点を奪いにいく自在の動きで、町田選手が入るとゲーム全体が日本の流れとなるかのよう。

 ポルトガルは身長・体重で大きく日本を上回り、ゴール下の争いでは押し負けるような場面もしばしば見られますが、そうしたパワーでのプレーをしてくる相手を翻弄とする小気味いいプレーは、本番に向けても期待感高まるものでした。

◆両チームの健闘を称える一体感

 序盤から中盤にかけて大量リードを築く場面もあった日本ですが、後半からポルトガルがオールコートで激しくプレッシャーを掛けてきたことで、やや苦しむ場面も。

 都合3戦行なわれたうちの第1戦・第2戦ではスリーポイントシュートをよく決めた三好南穂選手や、第2戦でチーム最多得点を挙げたオコエ桃仁花選手(※兄はプロ野球・東北楽天ゴールデンイーグルスのオコエ瑠偉選手)も第3戦は不発で、終盤にかけてはジワジワと追い上げられる展開となります。

 それでも最後は、主力組を長時間起用してポルトガルのプレッシャーを跳ね返すと、一時は7点差まで詰め寄られたところを再度突き放して67-58で勝利。ポルトガル代表を相手に3連勝として、大会を締めくくりました。

 観衆も大きな拍手で両チームを讃え、「国際試合」ならではの雰囲気を大いに楽しみました。

◆ヘッドコーチからポルトガル代表への謝意

 試合後、日本代表のトム・ホーバスヘッドコーチのインタビューでは印象的な場面がありました。

 ひととおりの戦評などを語ったのち、ホーバスヘッドコーチは最後に一言と自ら語り出し、来日してくれたポルトガル代表に改めての感謝を述べたのです。

 それはコロナ禍のなかで分断され、ともすれば「鎖国」を是とするような向きもあるなかで、心温まる行動でした。来てくれてありがとう、迎えてくれてありがとう。スポーツは違う国の人でさえも結びつけるチカラがある、そう思える光景でした。

◆コロナ禍に行われる五輪の意義

 東京五輪・パラリンピックの開催を巡ってはさまざまな議論があります。否定的な意見も数多くあります。それでも、分断が加速するこういう時だからこそ、五輪・パラリンピックには役割があるはずです。分断とはまったく反対の、融和というチカラが五輪・パラリンピックにはあります。スポーツを通じて、世界をひとつにするチカラがあります。

 世界には文化や言葉、思想が違うさまざまな国があり、今まさに対立している国同士もあります。そんななかでも、五輪・パラリンピックという舞台では、対立を一旦置いてスポーツを楽しむことができます。

 今大会は参加を見送りましたが、北朝鮮のような国際的に孤立する国も参加しますし、平昌大会では韓国と南北合同チームを結成するという出来事もありました。イスラエルとパレスチナのような紛争の最中にある国同士も同じ大会に集います。アフガニスタン、南スーダン、シリアなど11ヶ国出身の選手たちによる難民選手団の参加も予定されています。

 各国からの首脳も集い、本来なら話し合いのテーブルにつくこともないような国同士が、同じ舞台を共有するのです。国威発揚に利用されたり、テロの襲撃を受けたり、さまざまな痛ましい事件もありながら、それを乗り越えて五輪・パラリンピックひいてはスポーツのチカラが世界を前進させてきたというひとつの形でもあります。

 これほど多くの国と地域が、ひとつのことに向かってみんなで一生懸命になる機会はそうそうありません。五輪・パラリンピックはその点において、世界最大級のチカラがあります。価値があります。

◆「スポーツのチカラ」の本質とは?

 オリンピック憲章の根本原則にある「オリンピズムの目的は、 人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである。」という一文は飾りではなく、そういう世界になるように願って歩んできた目標です。

 言葉や文化や人種ではなく、全世界が同じルールのもと、速い者・高い者・強い者が純粋に讃えられる、公平な舞台だからこそできることです。北朝鮮は問答無用で負けです、などとはならないからこそ、対立を脇に置いて、同じ時間を過ごすことができる。

 その舞台を目指すアスリートたちは、まさに人生を捧げています。彼らが「勝手に」やっていることではありますが、彼らが人生を捧げて身につけた技能や、重ねてきた努力や忍耐は、多くの人の心を打つものです。

 日本でも東日本大震災のあと、なでしこジャパンや東北楽天ゴールデンイーグルス、羽生結弦選手などが、スポーツのチカラで、くじけそうな心に勇気と元気を引き起こしてくれました。

 肉体を追い込み、怪我や、ときには生命の危険すら乗り越えて競技に取り組むアスリートたちは、「頑張る」ということの見本です。人間はこんなに頑張れる、頑張るとこんな奇跡のようなことが起きる、そういう実例を示してくれる先生たちです。

◆ホストの役得より五輪の本質的価値

 そんな人たちが日本だけではなく、世界のいたるところにいます。その人の頑張りが、それぞれの国に大きな光をもたらす人たちがいます。なでしこジャパンや東北楽天ゴールデンイーグルスのようなチームや、羽生結弦選手のような存在が、世界中にいます。心に「光」をもたらしてくれる人たちが、この舞台を今この瞬間も目指しています。

 世界の人々が集い、世界に「光」をもたらす舞台。

 そういう機会を日本は「預かった」のです。

 日本人が楽しむためのお祭りではなく、世界を代表して機会を預かったのです。ホストの役得としての観光客訪日や祝祭感は得られないかもしれませんが、この大会の価値の本質は変わっていません。むしろ、分断が加速するコロナ禍のなかで高まってさえいます。

 ワクチン接種や検査・治療のような「知恵」と、不自由や面倒に耐える「心」を集めて、世界全体で安心安全な大会を作り上げることができたら、それこそがコロナ禍を乗り越えるための大きな一歩となるはずです。人間はコレを乗り越えられるんだ、という手応えを生むはずです。

◆「五輪だけが特別」は本当なのか?

 昨今よく聞かれる「子どもの運動会はできないのに、どうして五輪はできるんですか?」という質問。

 五輪だけが特別扱いされているという疑念。

 それはまったく逆です。子どもの運動会ができるような社会を取り戻すために、五輪・パラリンピックが最後の砦として奮闘しているのです。「何もしない」ことを正義として、あらゆるリスクを避けるような世界の動きに対して、五輪・パラリンピックは世界最大級のチカラを持つ舞台であるからこそ、この1年間踏み留まってこられたのです。

 そもそも子どもの運動会にどれほどのリスクがあるでしょう。子どもたちは同じ学校に普段から通っているわけで、リスクという意味では普段の授業よりも運動会が際立って高いということはないはずです。

 親御さんが学校に行くとしても、家族間での交流を目的とするものでもなく、お弁当だって「家族で」食べるものでしょう。無論、何もやらないほうがリスクは低いでしょうが、やらないことで得られる効果が大きいとは思えません。

◆思考停止せずに「やる方法」を考える

「できない」で思考停止せず、「どうにかしてできる」ように考えを変えていけば、やりようはあるはずです。お弁当の時間はなくして午前中で終わりにするような短縮型でもいいでしょう。来校する親御さんは普段から子どもたちと一緒にいる同居家族に限定してもいいでしょう。密を避けるために、高学年と低学年で実施日を分けたっていいはずです。無観客開催だってひとつの手です。思考停止しなければ、やれることはたくさんあります。

「子どもの運動会はできないのに」を生んでいるのは、そういう思考停止です。「できない」と決めつけてしまっている、その質問を投げかける人たち自身です。運動会すら「できない」と思考停止している人たちの後ろ向きな気持ちが、世の中のあらゆるものを押し留めているのが現状です。

「人流」という言葉も、そうやって生まれたものです。誰とも交わらず、会話や接触をせず、それぞれが別個に出歩いたり孤独にグルメを楽しむだけで感染爆発する病気などあるはずがありません。

「交流」や「会食」にこそ懸念があるにもかかわらず、「外に出ればどうせロクなことをしないだろう」という性悪説から来る疑いでもって、あらゆるものを止めようとする動きが見つけ出した標的が「人流」です。それはあと一段階極端にすれば「人間が滅びれば、感染症も滅びるのに」と言い出すような話です。

◆世界からの信頼に応えた先にあるもの

 もしも東京五輪・パラリンピックが「できない」と思われているなかでやり通すことができたら、「やりようはある」という気持ちにシフトする人が生まれるでしょう。日本だけではなく世界中で。リスクを恐れるだけでなく、それぞれが人生の楽しみや生き甲斐を守りつつ、安心安全を追求できるように世界が変わっていくはずです。

 そのとき五輪・パラリンピックを開催した手法や、その詳細をまとめたプレーブック、厳格な行動制限を守り抜いたアスリートたちの姿は、この大会が世界に遺すレガシーとなるでしょう。そして世界の人々は、すべてを野放図にやれるようにはならないまでも、本当に大切なこと、人生を懸けてやりたいことならば「どうにかしてできる」世界に戻っていくのです。

 お互いがお互いの人生を尊重しながら、運動会がやりたい人はできるような、修学旅行に行きたい人は行けるような、五輪・パラリンピックがやりたい人はやれるような世界に。

 世界のアスリートたちは、まだ十分にワクチン接種が進んでいないこの国に、それでも東京はきっと素晴らしい大会にしてくれるはずだと信じてやってきます。向こうからすれば「トーキョー変異株」を恐れてもおかしくない状況で、東京と日本に信頼を寄せてくれています。そこに目指す舞台があるから。人生を捧げてそこでやりたいことがあるから。

 世界から預かったこの機会、最後まで開催への尽力をつづけて、世界のアスリートたちの信頼に応えたいものです。自分たちだけのためではなく、世界のために。どうにかしてできるように。

―[今から始める2020年東京五輪“観戦穴場競技”探訪]―


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  • 6/30 8:50
  • 日刊SPA!

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