これまで皇室が途絶えなかったのは何故か/倉山満

拡大画像を見る

―[言論ストロングスタイル]―

◆これまで皇室が途絶えなかったのは何故か

 なぜ皇室は続いてきたのか。

 偶々(たまたま)である。

 この場合の「偶々」とは、軽い意味ではない。「これさえやっておけば絶対に大丈夫」などという方法は無い。

 たとえば、一部保守に蔓延している「天皇は国民の為に祈り続けてきたから、滅ぼされなかったのだ」などという謬論だ。長い皇室の歴史には、幼くして崩御された六条天皇や四条天皇のように、歴代天皇と同じようには儀式を行えなかった方々もいる。近代でも国事に忙殺された明治天皇は祭祀に御熱心ではなかったし、ご病気に悩まされた大正天皇も「祈る天皇」ではありえなかった。

「天皇は祈っているから滅ぼされないのだ」という主張が正しいなら、伊勢の式年遷宮をはじめ多くの祈りが途絶えた戦国時代に皇室は断絶していなければならない。

 祈り(祭祀)に限らず、「○○をしたから皇室は続いてきたのだ」などという絶対の原理はないのだ。皇室が途絶えそうな危機は何度もあったが、そのたびに皇室を守ろうとする人々が現れて、タマタマ、その人々の意思が勝っただけなのだ。

◆皇室が途絶えそうな危機のたびに、守ろうとする人々が現れた

 古代、自ら「王」を名乗る蘇我入鹿の専横に対し、中臣鎌足が立ち上がり勝利した。

 奈良時代、皇位を窺った弓削道鏡の野望を、和気清麻呂が阻止した。

 鎌倉時代末期、もはや統治能力を失った北条氏から政治を取り戻そうとした後醍醐天皇を、楠木正成が倒幕に導いた。

 室町の動乱期、足利義教は後花園天皇の英才教育に心血を注いだ。後花園天皇の時代は、三種の神器が強奪され、応仁の乱で国中が疲弊する暗黒の時代だった。だからこそ、英邁な天皇に民は心を寄せた。

 そして江戸時代、新井白石は閑院宮家を創設した。約100年後、後桃園天皇には皇子が無かったため、閑院宮家から兼仁親王を迎えた。英主として名を遺す光格天皇であり、今の皇室の直接の祖である。

 中臣鎌足、和気清麻呂、楠木正成、足利義教、新井白石、そして菅義偉。

◆菅総理、300年に一度の名宰相として、歴史に名を遺す気はありませんか

 ここで呼びかけたい。「菅総理、新井白石以来300年ぶりの名宰相として歴史に名を遺す気はありませんか」

 新井白石の例に見るように、皇室の問題は100年後を見据えて政策を考えねばならない。そして菅内閣は皇室の危機を救おうとしている。

 先日、「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議」に関する有識者会議は、専門家からのヒアリングを行ったが、二つの画期的な議論が行われた。

 一つは、この20年間、猛威を振るった「女系天皇」論を葬り去る一歩手前まで来た。賛成7に反対14。今や、訳の分からない民間人の男を皇族にし、その子供が天皇になってはならないと考えるのが、日本人の多数派だ。

◆今、「女系天皇」を言う論者は、秋篠宮家から皇位を取り上げたいのか

 そもそも「女系天皇」とは何か。昭和末期、皇族の激減、特に秋篠宮殿下を最後に男の子が生まれず、このままでは皇室が滅びるとの危機感が生じた。

 そこに愛子内親王殿下がお生まれになった。愛子内親王殿下にご即位していただく「女帝」、その御子が皇位を継ぐ「女系天皇」を認めねば、皇室が途絶えてしまうとの論が強まった。そして時の小泉内閣が日本史上に先例のない「女系天皇」を容認する皇室典範の改正に着手した直後、悠仁親王殿下がお生まれになった。

 この平成18年の宮中歌会始で秋篠宮ご夫妻は「こうのとり」の歌を詠まれている。紀子妃殿下39歳、決死の覚悟が伝わる。そして、偶々、男の子がお生まれになった。

 いわゆる「女系天皇」論は、後継者が愛子様しかいなかった時代の「そうでもしなければ」の議論であり、終わった話だ。悠仁親王殿下がおわす以上、論じること自体が有害だ。今、「女系天皇」を言う論者は、秋篠宮家から皇位を取り上げたいのか。壬申の乱や源平合戦、両統迭立や南北朝の動乱のように皇位をめぐる争いを招来したいのか?

◆悠仁親王殿下が70歳になられた時に後継者がいなかった場合に備えよ

 現在、15歳の少年がたった一人で、神武天皇の伝説以来一度も途切れたことが無い伝統を背負われている。では、どのようにお支えするか。

 有識者会議でも「悠仁親王殿下が70歳になられた時に後継者がいなかった場合に備えよ」との議論が、続出した。

 そこで今回の有識者会議の画期的な議論の二つ目だ。「旧皇族の男系男子孫の皇籍取得」に関しても意見聴取した。質問が複雑で多くの専門家が回答に条件を付けたので単純には断定できないが、あえて分けると、賛成が12で反対が9だった。

 そもそもGHQに力ずくで皇籍を剥奪された元皇族の子孫で、本来ならば皇族として生まれるはずだった方々を旧皇族と呼ぶ。この方々の皇籍取得が、政府の公式の会議で議題になること自体が、初めてだ。

◆旧皇族とは本来ならば皇族としてお生まれになるはずだった方々

 ここで多くの人々が誤解をしているのではないだろうか。今の今まで一般国民として暮らしていた旧皇族の方々が突如として親王宣下をされて皇族となり、明日には天皇になるかもしれない、と。

 違う。

 繰り返すが、旧皇族の方々は、本来ならば皇族としてお生まれになるはずだった方々だ。まずその方々に皇籍を取得していただく。そして、その方々のお子様たち、まだこの世に生まれておられない方々に、生まれた時から皇族としての自覚を持ち、悠仁親王殿下をお支えしていただく。

 50年後に何かを始めるのでは遅すぎるので、今からお備えするべきなのだ。

◆「“旧皇族の男系男子孫の皇籍取得”は法の下の平等に反する」本気か?

 ところで、有識者会議で少数派だった憲法学者の宍戸常寿東京大学教授と大石眞京都大学名誉教授は、「旧皇族の男系男子孫の皇籍取得」は憲法14条が定める法の下の平等に反し差別に当たると述べた。本気で言っているのだろうか。

 現在の日本国憲法の教科書には必ず「人権の例外」が記されている。すなわち、天皇・皇族、未成年、外国人、法人である。天皇・皇族は日本国の法では、国民ではない。国民と違い戸籍はなく、皇統譜があるのみだ。知らぬはずなかろう。

 ところで、女性の民間人は結婚により国民から皇族になっている。宍戸氏と大石氏は、これも憲法違反と言うのか。美智子太后陛下、雅子皇后陛下、紀子東宮妃殿下を違憲の存在とでも言う気か。

 菅首相には謬見を排し、正論を通し、皇室をお守りいただきたい。

―[言論ストロングスタイル]―

【倉山 満】
’73年、香川県生まれ。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中より国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務め、’15年まで日本国憲法を教える。現在、「倉山塾」塾長、ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰し、大日本帝国憲法や日本近現代史、政治外交について積極的に言論活動を行っている。ベストセラーになった『嘘だらけシリーズ』のほか、最新著書に『保守とネトウヨの近現代史』がある

関連リンク

  • 6/28 8:51
  • 日刊SPA!

スポンサーリンク

記事の無断転載を禁じます