結婚した途端に、独身女を見下すようになった29歳看護師。新婚1年目、彼女に下った天罰
「やめるときも、すこやかなるときも、あなたを愛する」と誓ったはずなのに…。
“やめるとき”は、愛せないのが現実。
思い描いていた結婚生活とは程遠く、二人の間に徐々に生じ始める不協和音。
「こんなはずじゃなかった」と不満が募ったとき、そもそも「この結婚、間違ってた?」とふりかえる。
あなただったら、この結婚生活やめる?それとも…?
▶前回:「一夜限りの関係のほうがマシ…」夫が会社の後輩と犯した、下心よりヤバイ過ちとは
Vol.8 家族想いの夫
【今週の夫婦・結婚1年目】
夫:真弘(30)広告代理店勤務
妻:史香(ふみか)(29)看護師・インスタグラマー
「伊織も早く結婚しなよ〜♡もう30が来ちゃうよ!」
私は、トリュフがかかったフレンチフライを口に運びながら、同じ美容皮膚科の看護師であり、友人の伊織に微笑む。
雨ばかりの梅雨時期には、貴重な曇りの休日。
東京ミッドタウンにあるカフェバーのテラスでは、カップルや犬を連れた夫婦たちが、それぞれ時間を過ごしている。
フリーだったら羨ましく見えそうな光景も、穏やかな気持ちで眺めることができる。
私は、半年前に大手広告代理店で営業をしている彼氏にプロポーズされ、すぐに入籍した。コロナ禍のせいで結婚式はまだ挙げていないが、新婚ほやほやの私には、何の不満も不安もない。
「史香(ふみか)、彼氏もいない私にそれ言う~?今は、食事会もないし新たに出会うだけでも大変なんだよぉ!最近は、婚活鬱だよ…」
伊織は頬杖をつきながら、ポテトに手を伸ばした。
彼女は、身体は細いのに胸が大きく、顔も整っていて可愛い。ただ、服のセンスがイマイチなのと、一昔前の濃いメイクをしているので、どこか残念な印象だ。
案の定、先に結婚できたのは私で、彼女は彼氏ができる気配もない。
心の中で哀れんでいると、伊織は不意にスマホで私を撮り始めた。
伊織が急にスマホで史香を撮影し始めた理由とは?
30歳までに、結婚したかった女
「あ、これすごくいい感じ。見てみて」
伊織がスマホを私に手渡した。確かにうつむき加減が自然で良く撮れている。
「ほんとだ。ありがとう」
送ってもらった写真をその場でさっと加工し、夜にすぐ投稿できるように保存した。
看護師をしながら、ファッション誌で読者モデルをしている私のInstagramのフォロワー数は、3.5万人。
「伊織もインスタやればいいのに。それと、もう夏になるから、ファンデ変えてみたら?チークも濃すぎる気がするな」
そんなアドバイスを伊織にする一方で、どこかあか抜けず、自分よりレベルが低い彼女といると安心している私がいる。
伊織は「う~ん」と煮え切らない返事しかしない。
話題もなくなってきたので、この辺で切り上げて帰ろうと思った直後、夫からLINEが入る。
『真弘:今どこ?史香のお母さん、来週誕生日だったよね。友達とのランチおわったら、一緒にプレゼント買いに行かない?』
タイミングの良すぎる連絡に、私は思わずにやけた。
一人寂しく池尻の家に帰る伊織と違い、私には愛で結ばれた、パートナーがいるのだ。
「彼氏できたらすぐ報告してねっ!メイク変えたら絶対もっとモテるよ」
そう言い残し、六本木の交差点で伊織と別れた。
◆
真弘との出会いは、私が今まさに力を入れているInstagram。
私がカフェの写真を投稿すると、必ずコメントをくれた。
真弘のアカウントを覗きに行くと、見事にコーヒーの写真ばかり。彼の投稿している"映え"を全く意識していないレトロな喫茶店の雰囲気が、好印象だった。
だからDMで何度かやり取りを重ねた後に「よかったら、連れていってくれませんか?」と私から誘ったのだ。
目当てのカフェに現れた彼は、予想以上にイケメンだった。身長も高くいい匂いがしたのを覚えている。初対面なのに話がとても盛り上がり、時間が足りずそのまま夕食まで一緒に過ごした。
2回目のデートでは、真弘の実家がある栃木でしか出回らない品種のイチゴを「これ、よかったら家族で食べて」と手土産に持ってきてくれて一気に彼のポイントが上がった。
― 私の家族のことまで大事に思ってくれるのね…。
彼のそんな思いやりのあるところが、結婚の決め手になったと言っても過言ではない。
しかし、正直言うと大手広告代理店勤務という彼の職業に関しては、満足していない。
独身時代に歳上で稼いでいる経営者とばかり遊んできたから、その派手な金銭感覚が染みついてしまっていたことに、結婚してから気づいたのだ。
もっと頻繁に高い店で外食ができると思っていたのにそんなこともなく、自分が自由に使えるお金も独身の時と変わらない。
私は、自分の見た目にはそれなりに自信がある。このルックスをもってすれば、本来ならば、もっと稼ぎのある男性と結婚できたはずなのに、とつい考えてしまうこともある。
とはいっても、真弘と結婚したことを後悔しているわけではない。今住んでいる祐天寺だって、買い物には困らないし、どこにでも出やすくで便利で、住み心地がよいから気に入っている。
何より30歳を前に結婚できたという事実は、私に言葉で表せないパワーを与えてくれた。
― 真弘が、独立してくれれば言うことないんだけどな。まぁ、とりあえず今を楽しもう~っと!
前向きに思考をシフトしたところで、真弘と待ち合わせしている六本木ヒルズに着いた。
夫との楽しい買い物のはずが、どん底に突き落とされる妻・史香
天罰が下る時
白Tにスラックスを合わせた長身の男性が、こちらを向いて微笑んでいる。韓国俳優のような、その完璧な佇まいに胸がキュンとなった。
「まーくん、早かったね!」
「うん。移動しながらLINEしてたから。実は、史香に買い物前にちょっと話したいことがあって」
― 話したいこと…?なんだろ。
私は胸騒ぎを感じながら、真弘と並んで歩き、適当に見つけたカフェに入った。
冷房の効いた店内には、人も少なく快適だ。先に座って待っていると、真弘が注文を済ませてくれた。でも、その顔は浮かない。
真弘は、飲み物に口をつける前に話し始めた。
「実は、妹が就職して家を出たのを機に、親が離婚することになってさ」
「えっ!?そうなんだ。それは、残念だね」
驚いたが、私はどこかでホッとしていた。もっと深刻なことを言われるんじゃないかと思ったからだ。
しかし、その安堵は長くは続かなかった。
「うん、それは前から話が出てたから、僕も妹もそんなにびっくりはしてないんだけど…その…」
そこから真弘が話したことは、すべてが他人事のようだった。
いきなり目の前が真っ暗になり、夢も希望も打ち砕かれたような気分で、思わずリアルに頭を抱えてしまった。
「…か?史香?大丈夫!?」
そう真弘に名前を呼ばれ、ようやく我に返った。
「とにかく、そういうことだから。理解してもらえると嬉しい。史香は看護師だし、どこででも働けるからよかったよ」
「もう決定なんだよね…?」
私が尋ねると、真弘は真剣な顔をして首を縦に振った。
今どき、熟年離婚は珍しいことではないし、どこの家庭でもあり得る話だろう。
しかし、問題はその後だ。
この4月に妹は大阪に本社があるメーカーに就職し、父親は家を出て行った。
真弘は、一人暮らしを始めた母親が心配だから、宇都宮で一緒に住むことを決めたという。仕事は、リモートをメインに1週間に一度くらい出勤することにしたそうだ。
母親はまだ60歳だが、寂しがり屋な性格もあり、一人にするとうつ病にでもなるのではないか?と危惧しての決断だった。
― 宇都宮で、義母と同居…。
家族想いの真弘の性格が、見事に裏目に出たのだ。
絶望感でいっぱいになった。
私は、もちろん同居はしたくないし、宇都宮にも住みたくもない。
実家は港区の白金台で、生まれてから一度も東京を出たことないし、海外ならともかく、地方に行くことなど今まで考えたことがないのだ。
東京から離れるだけでも耐え難いのに、義母とこの先ずっと一緒だなんて、泣けてくる。
「史香の気持ちもわかるから、もし本当に無理なら、最悪の選択をしなくちゃいけないかなと思ってる」
最悪の選択とは、離婚のことを言っているのだろうか。
「それは絶対に嫌だよ…」
そう答えると、真弘は涙ぐみながら答えた。
「ありがとう、僕も同じ気持ちだよ」
私たちは、特に会話をすることなく、淡々と買い物を済ませ、自宅へ帰った。
◆
それから、1ヶ月後。
私はまだ、同居の決心ができておらず、職場に辞めることを言えずにいた。
そんなある日のこと。
「史香!聞いてよ。私彼氏できたの」
― えっ!?
スタッフルームで、伊織に急に話しかけられたため、返事ができなかった。
伊織は、白衣を脱ぎながら嬉しそうに続けた。
「ここの患者さんで、いつもアメックスのブラックで支払う素敵な人いたでしょ?その人なの。皆には内緒ねっ」
その人のことは、ヒゲ脱毛で何度か担当したからよく覚えている。住まいは六本木で、リッツカールトンのレジデンスだったはずだ。
「史香が言ってくれたでしょ?メイク変えた方がいいって。そのおかげかな。本当ありがとう~!」
「あ、うん…」
たしかに最近の伊織は、ナチュラルメイクで、服装もシンプルだ。それが素材の良さを際立たせている。
心のどこかで見下していた伊織が、自分より遥かにすごいものを掴もうとしていることに、焦りを感じた。
このまま伊織がその彼氏と結婚したら、まさに私が理想とする暮らしができるだろう。それを、宇都宮からただ眺めているなんて悔しすぎる。
― 私、東京に残る!
私は伊織の報告を聞き、そう決心した。
看護師と副業の収入があれば、都心で一人暮らしをすることはできる。
リッチになる夢はすぐに叶えられなくても、せめてインスタグラマーとして人気を保つために、東京にいなければいけない。東京にいれば、大きな仕事が自分に舞い込んでも迅速に対応できる。
皆に憧れられ、キラキラとした生活を送ることこそ、私の生きがいなのだから。
真弘には、週末に会えばいいのだ。
私の人生は、私がどうするか決める権利があるはず。
真弘のことは好きだが、義母と一緒に住みたくないと思ってしまうのは、仕方のないこと。ましてや、宇都宮に移住なんてもってのほかだ。そもそも、そんな可能性があると知っていたら結婚なんてしてなかった。
真弘とそれで別れてしまうなら、辛いけどそれまでの関係だ。
― 私はまだ29歳。新しい出会いだって、チャンスだって無いわけじゃない。
私は、嫉妬心を必死に隠しながら伊織に笑顔で祝福をし、別居婚を提案するため家路を急いだ。
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