DVから逃げた後の貧困。離婚前の“プレひとり親”を苦しめる「制度のすき間」

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 夫と別居している離婚前の母親のことを“プレひとり親”や“プレシングルマザー”と呼ぶことがあります。別れを決意してから離婚が成立するまでにはある程度の期間が必要で、長期化することも珍しくありません。まして、夫からDVを受けて避難した場合ならなおさらです。

 今回話を聞いたのは、夫の精神的DVから逃れてボストンバッグ1つで家を飛び出したという「プレシングルマザー」の田中加代さん(仮名、40代)。

「家を出てDV夫とようやく離れることができたけれど、金銭的な不安は尽きることがありません」と語る田中さんは現在、小学校高学年の息子と関西圏のマンスリーマンションで暮らしています。

 子どもとの生活をひとりで支えなくてはならない一方で、法律上の離婚が成立するまでの間は「児童扶養手当」「ひとり親世帯臨時特別給付金」「ひとり親家庭等医療費助成」といったひとり親家庭のための支援は受けることができません。そのため、“プレシングルマザー”の生活は困窮しやすい傾向にあるのです。

 彼女が家を出るに至った経緯や、現在の生活の様子について取材しました。(以下、「」内コメントすべて田中さん)

◆妊娠後に始まった夫のモラハラに、心をすり減らす日々

 学生時代からつきあっていた夫と結婚したのは、14年前。結婚後は共働きでそれぞれ忙しく暮らしていましたが、妊娠を機に田中さんは退職。外回りや接待が多い職種で、子育てをしながら仕事をしている女性社員が職場にいなかったため、退職をして育児に専念することに決めたのでした。

 そのころから、田中さんは夫の言動に違和感を覚え始めました。お腹が大きくなるとともに日常生活が少しずつ制限されていく田中さんのことを、嘲笑するような心無い言葉を口にするようになったのです。

「子どもが生まれたら変わるかもしれない」という期待も抱いていましたが、夫の態度や言動は出産後はさらに悪化していきます。

「夫は子どもに全く関わりませんでした。お父さんが仕事に忙しくて育児に関わることができない家庭はたくさんあると思います。夫の場合にはそれにモラルハラスメントが加わっていました。夜泣きの対応でフラフラしているときに『君は毎日が日曜日でうらやましい』『自分が買った家に住ませてやっている』ということを平気で言うようになっていました」

◆息子が初めて1人歩きした日も無関心……共感力の欠如した夫

「一度、そうした生活に限界がきて、寝不足で辛いこと、1人で育児をするのは息が詰まることを大泣きしながら伝えましたが『僕は母親じゃないから、何が辛いのかわからない。専業主婦だから子育てに専念するのは当たり前。仕事をしている僕が育児もしたらフェアじゃない』と返答されました。離婚を考える日もありましたが、幼子(おさなご)を抱える専業主婦として『今、私が我慢すればいい』という思いで離婚を思いとどまりました」

 職場での評価はきわめて高い田中さんの夫でしたが、家族に対しての共感力は著しく欠如していました。初めての1人歩き、おむつ外し、私立小学校の受験合格……本来なら夫婦で手を取り合って喜ぶような子どもの節目にも夫は無関心で、折に触れて育児を担う田中さんを全否定するような言葉を放ちます

 その後10年以上、夫からの「精神的DV」とも呼べるモラルハラスメントに心を削られる日々が続きます。「いつか家を出よう」、そんな思いを秘めながらもなんとか結婚生活を続けられた理由としては「基本的に夫は激務で家にいない時間が多かったから」と田中さんは振り返ります。

◆夫が在宅勤務になって、モラハラが激化

 ところが、かろうじて保ってきた繊細な家族間のバランスが一気に崩れました。新型コロナウイルスの影響です。

「夫が毎日テレワークになったんです。夫の在宅中、一挙一動を監視されているようで、何かのきっかけで夫の機嫌を損ねるのではないか、暴言を吐かれるのではないかと、気の張りつめた日が続きました」

 少しずつ田中さんの気持ちが蝕(むしば)まれていき、気づくと自宅でご飯を食べることができなくなっていました。買い物に出るふりをして、近くのカフェや公園で軽食をかきこんで急いで帰宅する日々が続きます。子どもからは「お母さんはいつご飯を食べてるの?」と心配されることもあったといいます。

◆ボストンバッグ1つで家を飛び出した日のこと

 年が明けた頃、職場のストレスと身内の不幸が重なり、夫の不満が家族に向かいます。暴言に拍車がかかり、ささいなことが夫の逆鱗(げきりん)に触れて怒鳴り散らされる日々が続きました。夫婦の不仲を肌で感じ取っていた子どもが、泣きながら学校に行く日もありました。

 そんな中、とうとう田中さんが離婚を決意した「事件」が勃発します。

「夫が、仕事で使うものを紛失したんです。目が血走った状態で一晩中探し続け、私や息子のせいだと寝ずに罵倒(ばとう)しながら部屋中を荒らし、思い出すのもはばかられるような息子への罵詈雑言(ばりぞうごん)を放ちました。そのとき、張り詰めてきた心の糸がプツンと切れたような気がしました。

 朝、夫が仕事のために自室に入ったのを見はからって近所の公園で自治体の女性センターに電話をかけると『家にいないほうがいい。避難してください』という助言を受けました」

 電話口で「シェルター」と呼ばれる保護施設の使用も勧められましたが、利用中に子どもが通学できなくなること、通信機器は使えず外部と連絡を取れなくなることを聞き、いったんホテルへの避難を決めました。

「夫が自室で仕事をしている間に無我夢中でボストンバッグに荷物を詰め、隣町のホテルに駆け込みました」

◆「今日のお父さんは普通じゃないから」

「下校時間に息子の学校の最寄り駅に行って『今日のお父さんは普通じゃないから、今日はホテルに帰るよ』と告げると、息子は一瞬で状況を悟ったようでした。

 家が決まっていない。仕事がない。自分名義の貯金額は少ない。それでも一歩を踏み出してしまったのだから、今、踏ん張るしかないと決意をしました

 最低限の荷物を持ってホテルに駆け込んだ田中さんが最初に直面した問題が「住まい」です。

「高齢の親が住む遠方の実家に身を寄せることも考えたのですが、『学校を転校してもいい。お父さんとお母さんが離婚してもいい。でも、習い事の場所と仲間と離れるのは絶対にいやだ』と泣きじゃくる息子を見て、胸が締め付けられました。まずは1人でできるところまでがんばってみようと決めました。

 貯金はそれほどありませんから長くホテル暮らしを続けることはできず、新たな住まいを探す必要があります。でも、私のように無職の状態だと賃貸物件の契約をすることができません。一時的に自宅から離れた場所にある家具付きのマンスリーホテルに滞在をすることに決め、仕事を探すことにしました」

◆「ひとり親」の支援は受けられない……大きな金銭的不安

 その後、田中さんは離婚に向けて自治体のあらゆる窓口に電話をかけて、相談先を探しました。「離婚成立前」ということで受けられない支援もありましたが、困っていることを伝えると、何らかの手段を提示してくれる人もいました。

「まずは無料で離婚相談ができる弁護士に相談をして、離婚の申し立てをすることになりました。
 そして、離婚前の親でも活用できるシングルマザーに特化した就業支援サービスを知ったので登録し、現在は職探しをしています。指南を受けながら履歴書を作成して、数社に送付しました」

 田中さんは子どもとの新生活に向けて前を向いて歩み始めましたが、大きな不安の1つが、今後の経済状況です。

「夫には別居中の配偶者と子どもの生活費である『婚姻費用』を分担する法的義務があります。弁護士を介して額を決め、先月は支払ってくれましたが、今月は『家に戻らないなら、払いたくない』という意志を示しているようで、支払いが遅れています。婚姻費用に関してはある程度の法的拘束力はありますが、期待していいのか不透明な状況です。

 児童手当*1は世帯主である夫に振り込まれていますし、ひとり親家庭に支払われる手当を受給することもできず、経済的な不安は絶えることがありません」

・児童手当……0歳から中学校卒業までの児童を養育している人を対象にした手当。児童一人あたり月額5,000~15,000円が支給される。

◆子育てしているのに、児童手当を受け取れない理由

 コロナ下で実施されたある調査の結果からも、離婚前のプレシングルマザーが厳しい経済状況に追い込まれやすい傾向がわかります。

 2020年、フローレンスや認定NPO法人しんぐるまざぁず・ふぉーらむ等が共同でおこなった「別居中・離婚前のひとり親家庭アンケート調査」(2020年9月実施、有効回答数262件)では、別居中・離婚前のひとり親家庭のじつに7割超が「就労年収200万円未満」という結果に。これは「母子世帯」の就労年収200万円未満の割合58.1%を上回っています。

 田中さんも受け取れていないという「児童手当」については、両親が別居中の場合は住民票を別世帯にする(世帯分離)ことを条件に、受給者を変更できることになっています。しかし、手続き上の煩雑さや、DV加害者である配偶者と関わることを避けるという理由から、受給者の変更をしていないケースも目立つようです。なお同調査では、回答者である別居中・離婚前のひとり親家庭のうち、約7割が相手からのDVを経験していました。

◆離婚前の別居期間に利用できる制度を

 このような苦しい状況をさらに悪化させているのが、新型コロナウイルスの流行です。

 現在は地方裁判所にも「ウェブ会議」が広がっていますが、2020年の一時期は新型コロナウイルスの影響で調停が中止・延期となり、長期化しているケースも報じられていました。つまり、相手が合意していない場合には離婚の話を進めることすらできず、支援を受けられない苦しい生活までも長期化してしまっているのです(離婚調停を経ていないと、離婚訴訟の申立もできません)。

 間もなく離婚調停が始まるという田中さんは、調停の長期化を案じています。

「離婚調停の呼出状を受け取った夫からは、何度も連絡がありました。返答せずにいたら、担当弁護士のところにも夫から自己弁護に徹した分厚い書類が届けられているようで、別居していても折に触れて夫の影におびえています
 彼はプライドが高く世間体をひどく気にする人なので、家庭の外で常識を逸脱(いつだつ)する行動にでることはないと思いますが、調停は一筋縄ではいかない予感です。当日は夫と顔を合わせたくありませんが、待合室をあちこち探し回るのではないかと今から不安で仕方がありません。

 今回のことでひとり親の支援について調べてみたら、以前と比べて制度がかなり手厚くなっていることがわかりました。でも、離婚成立後でないと利用できない支援や手当もあるので、私のような今別居中で離婚前の立場でも使えるものが増えて欲しいと思います」

 プレシングルマザーは経済的にひっ迫した状態に陥りやすいだけでなく、住み慣れた地域を離れることで母子が社会的に孤立するなど、様々な要因で心理的なストレスが増大しやすくなっているようです。

 現在は、新型コロナウイルスによって家庭内の精神的・肉体的暴力の増加や、女性の雇用環境の悪化などの影響も生じています。弱い立場に追い込まれた女性を取り巻く環境が急速に悪化する中、制度のすき間からこぼれ落ちる人がいないよう、新たな支援策が必要となりそうです。

<取材・文/北川和子>

【北川和子】
ライター/コラムニスト。商社の営業職、専業主婦を経てライターに。男女の働き方、家族問題、地域社会などをテーマに執筆活動を行う。

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