【石井裕也監督最新作】分かり合えないこの世界で分かり合う道を模索する『アジアの天使』

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『生きちゃった』『茜色に焼かれる』の石井裕也監督最新作。石井組常連の池松壮亮とオダギリジョーが兄弟を演じ、オール韓国ロケで撮影されたロードムービー。日本と韓国、心に傷を抱える二組の家族の心の交流を通し、人と人が分かり合うための可能性を描いた作品です。7/2(金)公開ですが一足早く見どころをご紹介!

あらすじ

 妻を病気で亡くした剛(池松壮亮)は、ひとり息子を連れて兄の透(オダギリジョー)が住む韓国に渡ったが、早々に事業に失敗する。どん底に落ちた三人は、活路を求めてソウルから江原道(カンウォンド)へと向かう列車に飛び乗る。偶然そこで巡り合ったのは、同じように人生に行き詰った韓国の三兄妹だった。言葉が通じ合わないにもかかわらず、彼らは不思議な旅を共にすることに・・・。

分かり合えないこの世界で、分かり合う道を模索する

 悲観的なものの捉え方に聞こえるかもしれないが、基本的に人と人は分かり合えない。だからこそ、いつまで経っても戦争の火種は尽きず、国家間の諍いにもケリがつかず、身近な人たちとさえも衝突を繰り返してしまう僕たち人間。それでも、この他人だらけの世の中で比較的平穏な日々を築けているのは、法律であったり、文化であったり、教育であったり、言語であったり、一般常識であったりと、数多くの「共通認識」が設けられているからに他ならない。

(c) 2021 The Asian Angel Film Partners

 しかし、その「共通認識」が失われてしまったのなら、僕たちは一体どうなってしまうのだろう。また、どういった「共通認識」であれば、僕たちはより深く分かり合うことができるのだろう。その可能性や現実を見る者に突き付け、相互理解へと至るための道を模索する時間を与えてくれるのが、本作『アジアの天使』である。

(c) 2021 The Asian Angel Film Partners

 妻を病気で亡くし、「韓国で仕事がある」と言う兄の言葉を頼りに、家も引き払い、8歳の息子を連れて韓国へと渡る主人公・剛。韓国語も話せず、韓国の文化も分からず、頼りにしていた仕事も思っていたものとは大きく異なり、兄がいないとまともに韓国人とコミュニケーションも図れない。つまりは、「共通認識」が全くない場所へと足を踏み入れる。その国の言葉を話せない状態で海外旅行へ行った経験のある人ならば、何となくその感覚が掴めるのではないだろうか。そんな中、偶然にも出会った韓国人女性・ソルと縁が芽生え、日本と韓国、二組の家族が共に短い旅をすることになるというのが物語の大筋なのだが、次第に心を通い合わせ、互いに特別な「共通認識」を見出していく彼らの姿から、きっと多くのことが見えてくる。

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相互理解の難しさ

 家族・恋人・友人・知人、その中でも特に深い関係性を築けている相手のことを思い返してみて欲しい。上辺の共通認識とは異なる特別な共通認識が芽生えてはいないだろうか。それは、何かをやり遂げたりする中で得られる喜びや楽しさであったり、大切な人を亡くすなどの出来事で生じた悲しみや痛みであったりと、日常においては中々得難い特別な経験を共有し合っているからこそ築けている間柄ではないだろうか。そして、全く同じ経験をしておらずとも、妻を癌で亡くした剛と、母を癌で亡くしたソルたち兄妹がそうであるように、同質の経験をしていればこそ、あらゆる壁を超越して分かり合える瞬間も時には訪れる。

(c) 2021 The Asian Angel Film Partners

 ただ、それらパーソナルな領域にある想いや記憶の数々は、誰彼構わず開示できるものではない。ましてや、相手の風貌や佇まいから簡単に読み取れるものでもない。ある程度の信頼関係が構築されていなければ、それらを話しても大丈夫な相手だと信じられなければ、到底打ち明けることなどできやしない。じっくりと話し合えば分かり合える者同士であったとしても、縁も所縁もない他人とじっくりと話し合う機会なんてものはそう易々と訪れない。むしろ、分かり合うための要因よりも、分かり合えない要因の方が容易く見つけられてしまうもの。それ故に、誤解したり、いがみ合ったり、衝突したり、分かり合えなくなってしまうことの方が多い日常を僕たちは生きている。その在り方が、序盤における剛とソルの出会いから見えてくる。

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 と、気が滅入るような話を続けたが、そういった事実も確かに描いているのだが、本作が描こうとしていたのはそれだけではない。偶然にも行動を共にすることになった二組の家族を通して、僕たちには分かり合える余地があるということを、どうしたらその可能性をより大きなものにしていけるのかということを、抗いようのない現実を描きつつも、微かな希望と共に描いていた。

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分かり合うことを諦めないために

 相手に寄り添うことや歩み寄ることはできても、“理解”することは容易じゃない。前項でも記した通り、同じ体験や、それに近しい経験をしていてこそ、初めて汲み取ることのできるものがある。極端な例かもしれないが、直に体験したり家族を亡くした人が話す「戦争」の話と、親の脛をかじって生きる現代の若者が話す「戦争」の話とでは、言わずもがな重みが違う。その身をもって得られた知識と、教科書やネットなどで得られた知識とでは、雲泥の差が生じてしまうもの。人(国)によって日韓関係に対する捉え方や価値観が大きく異なるのも、同じ道理のはず。それ故に、理解し合うことが難しく、僕たちは分かり合えずにいる。

(c) 2021 The Asian Angel Film Partners

 しかし、寄り添おうとする想いや、歩み寄ろうとする行動が無駄なものかと言うと、決してそうではない。そう思いたいだけかもしれないが、そこに宿る善意を否定する必要性まではないと思う。また、寄り添い、歩み寄ろうとした果てに、理解し合える何かが生まれ出づる可能性だってゼロではない。本編において示される本作のタイトルが起因するところ然り、何も分からぬ異国の地を訪れ、翻弄されながらも変化していく剛や周囲の人物の姿を目にしていれば、きっとそう思えるに違いない。

(c) 2021 The Asian Angel Film Partners

 また、ここまでアレコレ書いてきましたが、それらの考え全てを一度手放してみるのも一つの手。それは極論かもしれないが、凝り固まった思考を一度捨て去り、新たな価値観に触れたり身を委ねてみることで、自分という人間の枠組みを拡張できることもある。今まで目にすることのできなかった景色を見られることもある。本作を通して目にすることになるのは、国の異なる二組の家族の心の交流であるが、本作を通して感じることになるのは、人と人が分かり合うための可能性。それを映画という人の心を強く動かし得る媒体で描いていることにこそ価値があり、目にする一人ひとりが多くを考えることにこそ意義がある。本作を見たとて相互理解の世の中が構築されるわけではないが、誰かが誰かに寄り添い、歩み寄り、理解し合うキッカケだけなら生み出せるのかもしれない。それはとても素晴らしいことではないだろうか。

総合評価

 撮影の順序は逆になるが、先に公開された石井裕也監督作『茜色に焼かれる』同様、重い題材を扱いながらも、ユーモアに満ち溢れ、笑える場面も介在させてくれている本作。どうにもならないことばかりで溢れたこの現実において、救いがあることを、時にはあれこれ難しく考えず、シンプルで良いこともあるのだと、微かな希望をもたらしてくれるに違いない。あなたの心にはどのようにこの作品が映るだろうか。是非劇場で確かめてみてください。心から推すことのできる一本です。

青春★★★★★
恋 ★★
エロ★
サスペンス★★★
ファンタジー★★★
総合評価:A

『アジアの天使』
2021年 7月2日(金)テアトル新宿ほか全国公開
配給・宣伝:クロックワークス
(c) 2021 The Asian Angel Film Partners
出演:池松壮亮 チェ・ヒソ オダギリジョー
キム・ミンジェ キム・イェウン 佐藤凌
脚本・監督:石井裕也

(c) 2021 The Asian Angel Film Partners

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