<純烈物語>松岡英明、岡村靖幸……小田井涼平はひとクセあるソロアーティストに影響を受けた<第101回>

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―[ノンフィクション連載「白と黒とハッピー ~純烈物語」]―

◆<第101回>「“THE”ではなく、そこから派生してクセのある方にいっている人たちが好き」な小田井涼平の音楽的嗜好

 BARBEE BOYSのコピーバンドをやるために、生まれて初めて自分の楽器を買った17歳の小田井涼平。KONTAが吹く姿を見るまでは「まっすぐのサックス」など見たことがなく、ソプラノやアルトの違いを言われてもチンプンカンプンだった。

 吹奏楽部でソプラノサックスを担当する友人がいたでの、音の出し方からつきっきりで教わった。その彼が学校にある値段の高い楽器で奏でると、ホンモノのKONTAのようにカッコいい。

「ええなあ……こんなに吹けるのが羨ましいわ」

 個人指導と自主練、そしてメンバーとのセッション。スタジオを借りるお金もなかったから、ギター担当の実家を借りた。そこは洋服店で、2階が倉庫兼事務所となっており夜は従業員がいなくなるので使えたのだ。

 全員がゼロからのスタートであり、スコアを見ながら1曲ずつマスターしてライブで演れるレパートリーを増やしていく方式。小田井は「サックスが入っていない曲は選ばんといて。ちょっとでも入っているのにして」と釘を刺した。

 まずメンバー全員が演りたいと一致したのが『離れろよ』。イントロからサックスが入るナンバーで、小田井もこの曲は絶対!と思っていた。そこから『ラサーラ』『チャンス到来』『でも!?しょうがない』『もォやだ』『負けるもんか』と増えていき、せっかく女性ボーカルもいるのだからと杏子がソロで歌う『STOP!』も入れた。

 最後に「アンコールが来たら」と『C'm'on Let's go!』もセットリストに。この曲はサックスパートがなく、最初から最後まで踊ってごまかした。

◆サックスパートゆえ、間奏以外はほぼ踊っていた

「ほかの曲もKONTAさんが歌っていない部分でしか吹かないわけですから前奏、間奏以外はほぼほぼ踊っているだけなんですよ。でも、サックスがやりたかったからそれでも気にならなかった。あとは、妹がエレクトーンを弾けたので『ここ、サックス入ってないけど、なんかフレーズ作ってくれへん?』って頼んで、入れるようにしたり」

 そこまでお金を時間と努力を注ぎ込みながら、ライブをやったのはわずか2回。そのために高校2、3年の間はちゃんと練習を続けたという。

 小田井としては、みんなで一緒に音を出すのが楽しかったから、それが練習でもライブでもよかった。まだ家庭にビデオデッキが普及していなかった頃、その洋服店にはVHSもベータもあり、いろいろなアーティストのライブビデオを見ながらあれこれ語り合う時間がたまらなかった。

 思い返せば、この頃が音楽の魅力へ本格的に目覚めた時期となる。ただ、接し方はプロとなった今とはまるで違う。それを生業にするなど、発想すら湧いてこなかった。

「いやホント、高校時代の思い出作りですよ。音楽で食っていこうだなんてそんな! 僕らとは別のバンドをやっていた友人たちは本気で、同級生のギターとベースもすごくうまかった。結果的にはなれなかったけど、バンドで食っていきたいと決めてやっていたから、死ぬほど練習するんです。

 ベースの子も全然違ったもんね。チョッパー、バッチンバッチン練習しているのを見て、始めた時期はほぼ一緒なのに練習量の違いでこんなに差がつくんやと。その頃になるといろんなバンドが出てきて、爆風スランプの江川ほーじんさんがバリバリのチョッパーで、それを彼が生で演るのを見た時は、うわー、ホンマにやれるんや!って圧倒されました」

 プレイヤー・小田井としての音楽活動は、高校卒業と同時に終了。大学へ入ると再びリスナー専業に戻り、聴くレパートリーも増えていった。

◆「見えない!見えない!」ライブの客席で後ろの女性から受けた圧力

 高校の終わり頃からJUN SKY WALKER(S)(ジュンスカ)派とUNICORN(ユニコーン)派に分かれ、小田井は後者に流れた。正統的なロックよりも、トリッキーでエンターテインメント性が強い音楽性に惹かれた。

 どのアーティストもなかなかライブへ足を運ぶまでにいたらなかった中、唯一行ったのがUNICORNだった。人気絶頂期に神戸へ来るとあり、頑張っていい席も取れた。ところが、スタンディングで見ていると後ろの女性がずっと「見えない! 見えない!」とプレッシャーをかけてきた。

 邪魔する気は微塵もなかったのだが、この時ばかりは188cmの身長を恨んだ。それがトラウマとなり、小田井はコンサートにいかなくなった。

「UNICORNってメンバーの音楽的嗜好がバラバラで、それが一枚のアルバムに入っているのが面白かった。全員が歌っているしね。米米CLUBもアルバム『GO FUNK』が出た頃で『TIME STOP』とか『僕らのスーパーヒーロー』が好きでした。

 アルバムジャケットを見たら、メッチャ人おるやん。ファンクというジャンルを理解していなくて、なんかわからんけど面白いことやるし、コミックバンドの要素もあるし真面目に歌ってんだか歌ってないんだかわからん曲がいっぱいある。そういうのがよかった」

 このバンドのコミカルソングは、ボーカルのカールスモーキー石井とジェームス小野田の絶妙な呼吸によるところが大きい。小田井には同じく米米を聴いていた白川裕二郎と、その真骨頂とも言えるナンバー『オン・ザ・ロックをちょうだい』と『SUBWAY BLUES』をオマージュしていただきたいところだ。

 いくつものバンドの作品と出逢う中で特に聴いたのが、関西圏のライブシーンから出てきたTOPSだった。洋楽を日本語歌詞に置き替えた曲が多く、中でもジャズロックバンド・チェイスの『黒い炎~Get It On』のカヴァーにはシビレた。数年前、それを妻のLiLiCoに聴かせた。

 TOPSのことは知らなかったが、原曲の方は聴いたことがあった。「それを日本語の歌詞で歌ってんねん」と勧めると「いいじゃない、これ!」と気に入ってもらえた。

 その後、LiLiCoがレギュラーを務める仙台放送主催の番組ライブに純烈がゲスト出演した時、せっかくだからと夫婦でデュエットするコーナーが用意され、2人で『黒い炎』を歌った。当然、観客は全員ポッカーンだった。

◆クセのある松岡英明と岡村靖幸に惹かれる

 大学時代に話を戻すと佐野元春、TM NETWORK、渡辺美里、大江千里、FENCE OF DEFENSEなどEPICソニー(現・エピックレコードジャパン)所属アーティストのPV的な映像を独自に製作して流す音楽番組『eZ』を小田井は欠かさず見て、そこに出てくるアーティストをこぞって追いかけた。中でも松岡英明と岡村靖幸が好きだった。

「バンド括りだったのが、ソロにも惹かれるようになった頃にお二人を見たんです。松岡さんはポップなイメージがあって曲がさわやかだし、本人もそういうキャラ。

 それに対し岡村さんは泥臭い。ステージ上にベッドを置いて意味わからんプレイをやるからこの人、変態やって思いながら惹かれていきましたね。業界内に岡村さんのファンって多いやないですか。それ、よくわかりますよ。

 いろいろバリエーションに富んだ曲を好きになっていくんですけど、総じて言えるのはちょっと王道から外れているもの。“THE”ではなく、そこから派生してクセのある方にいっている人たちが好きなんですね」

◆「マネしすぎて歌いグセが抜けていない」

 実は純烈におけるパフォーマンスでも、ちょっぴり岡村の影響を受けているらしく、いわく「マネしすぎて歌いグセが抜けていない」とのこと。

 とは言うもののグループとしての活動を始めた当時は、踊りながら歌うスタイルがそれまで聴いていたジャンルとはかけ離れたものだったため、自分のバックボーンの中から何を元にしたらいいかがわからなかった。

 そこで小田井は同じ音楽であってもバッサリと切り離し、ゼロから新しくインプットし直すことを心がける。ソロでは『そして、神戸』を歌う機会が多かったので、前川清のエッセンスを採り入れた。

「オリジナル曲は歌の先生がいて、歌い方の指導があって、こういうのをやりたいというのを加えながら修正して曲ができあがるけど、カヴァーってメジャーな曲であればあるほどある程度そのテイストを残した方が聴きやすいんです。

 いくらなんでもマネしたって思われるのは嫌なので、自分なりに解釈し直した上で歌ってみようといろいろ練習したんですけど、一回イメージが染みついたものは何をやってもハマらないのが音楽の怖さで。

 それを置き替えられるほどのアーティストとしての力量があれば違ってくるんでしょうけど、僕の場合は前川さんテイストでやった方がしっくりきた。僕らの歌う『そして、神戸』は、クール・ファイブの音源をそのまま使っていて、バックコーラスもクール・ファイブの皆さんの声がうっすら入ってて、演奏も当時のもの。そうすると前川さんに合わせた演奏がついているから、ものすごい迫力なんです」

◆内山田洋とクール・ファイブは「もはやロック」

 小田井に言わせると、当時の内山田洋とクール・ファイブは「もはやロック」となる。ギターがガンガンに鳴り響き、コーラスは通常のムード歌謡よりハッキリと聴こえる。前川のボーカルがパワフルだから、それに合わせなければ負けてしまうのだ。

 ムード歌謡らしいボーカルでやったらオケに太刀打ちできないし、何よりしっくりしなくなる。ほかのメンバーのあと、小田井が『そして、神戸』に入るや声量がドーンと来るから音響スタッフが驚き、ボリュームを落とそうとする。

「ここ、下げんといて!」と合図を送る小田井。ムード歌謡曲をロックの意識で歌うという点で、もしかすると若き日に耳へ刻んでいたものが生かされているのかしれない。

「そこは、好きにやっていいよって言われたら意識して盛り込みたいとも思いますけど、どうだろう……やっぱり別モノなんでしょうね。でも、この仕事をやってきたから金子さんにも会えたしね」

 金子さんとは、米米CLUBのホーンセクション・BIG HORNS BEEでサックスを担当していたフラッシュ金子のこと。純烈も出演するNHK『うたコン』で2017年より指揮者を務めている。

 以前、LiLiCo出演舞台の音楽を金子が担当し、その自宅兼スタジオでレコーディングしたのを聞かされ、すこぶる羨ましく思っていた。それが自分も出逢えるとは……米米時代の楽曲作りに関する話がとても興味深く、ワクワクしながらCDを聴きまくった頃の自分が蘇ってきた。

 ソノシートから始まった小田井涼平の音楽体験を振り返ると、常に重要な位置へあり続けたわけでなくとも、そのつど人生になんらかの色づけをしてきた存在なのがわかる。

 今後、ライブパフォーマンスの中で引っかかりを覚える瞬間があったら、ここに登場したアーティストを思い起こせば一本の線でつながるかもしれないので、それを新たな楽しむポイントとしていただきたい。

撮影/ヤナガワゴ―ッ!

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【鈴木健.txt】
(すずきけん)――’66年、東京都葛飾区亀有出身。’88年9月~’09年9月までアルバイト時代から数え21年間、ベースボール・マガジン社に在籍し『週刊プロレス』編集次長及び同誌携帯サイト『週刊プロレスmobile』編集長を務める。退社後はフリー編集ライターとしてプロレスに限らず音楽、演劇、映画などで執筆。50団体以上のプロレス中継の実況・解説をする。酒井一圭とはマッスルのテレビ中継解説を務めたことから知り合い、マッスル休止後も出演舞台のレビューを執筆。今回のマッスル再開時にもコラムを寄稿している。Twitter@yaroutxt、facebook「Kensuzukitxt」 blog「KEN筆.txt」。著書『白と黒とハッピー~純烈物語』『純烈物語 20-21』が発売

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