『家、ついて行ってイイですか?』亡き妹の娘を育てる姉。「私はこの子と血がつながっています」

 6月9日放送『家、ついて行ってイイですか?』(テレビ東京系)を見て思ったのは、この番組はスタッフが声を掛け、街行く人を自ら捕まえる形式に戻るべきということだ。定点カメラに寄って来る人を待つより、遥かに興味深い人材と遭遇することができる。

鉄道、「ラブライブ!」、虫の死骸……収集癖は父譲り

 2019年9月、御成門駅周辺で番組が声を掛けたのはアルバイトを終えて帰宅しようとしていた24歳の青年である。彼はスタッフに気さくに対応、「米ちゃんと呼んで」と友だちのように接してくるナイスガイだった。

「(バイトは)備品運びとか事務所移転みたいな。今、正式的な仕事探しているところだから」(米ちゃん)

 現在は派遣で色々な仕事をしているという彼は、「家、ついて行ってイイですか?」というスタッフの申し出を快諾。しかし、米ちゃんは実家住まいである。まずは、ご両親に許可を取る必要があった。結果、父親の返答はNGだったが、2分に及ぶ交渉の末、「祖母と母は寝ているから静かにするなら」という条件付きで自宅取材OKと相成った。

 彼が住むのは東日本橋にあるマンションの最上階の部屋。間取りは4LDKで、かなり広い持ち家だ。家は広いし、最上階だし、場所は東日本橋。きっと、お金持ちのご家庭なのだろう。リビングでは郵便局員だというお父さんが掃除をしていた。予想に反し、かなり優しそうな顔をしている。でも、郵便局員でこんな家に住むことができるのか?

 部屋を見ると物で溢れているし、壁一面には小林旭主演の日活映画ポスターが何枚も飾ってある。これは、お母さんのコレクションだそうだ。

 続いて、今度は米ちゃんのお部屋を拝見。すると、こちらも物で溢れていた。しかも、米ちゃんはいきなり「セミの死骸とか色々ある」ととんでもないことを言い出すのだ。そんなものを集めてどうする……? いや、他の物も収集している。床には『ラブライブ!』のフィギュアが散乱しているし、壁には『ラブライブ!』のポスターが貼ってある。

「伊豆箱根鉄道が『ラブライブ!』とコラボしていて、すごい可愛い女の子たちをラッピングしている車両があるなと思って」(米ちゃん)

 どうやら、電車をきっかけに『ラブライブ!』にはまったらしい。米ちゃんは鉄ヲタとラブライバーのミックスだ。それら以外に、虫の死骸を集めている辺りに本物感が窺えるのだが。美少女アニメに電車に虫、人懐っこくて明るい彼は人生が楽しそうである。

 さらに、お父さんの部屋にもお邪魔させてもらった。実は、ここが本命だった。なんと、30,000枚のレコードをここに所蔵しているという。棚と床はレコードだらけで、部屋が狭く感じられる。完全にガチのコレクターだ。なるほど、収集癖は血筋、親譲りだったのか。でも、こんな趣味はお金がないと無理なはず……。

「今まで5,000万円くらいは使ってるんじゃない(笑)。元々、この土地持ってたから」(お父さん)

 なるほど、土地持ちだったか。資産家だからやっていける趣味だ。お父さんはコレクションの中の特にスペシャルな1枚をプレイヤーで再生してくれた。部屋にあるレコードで最も高価だという、軍隊を称える曲である。というか、彼は最初に「静かに撮影しろ」と念を押していたはずだけど……。スタッフを前に嬉しくなり、夜中にノリノリで軍歌をかけるテンションがお茶目だ。チャーミングな父子である。

――お父さん譲りですね、息子さんの凝り性は。
お父さん 「やっぱりわかる? でも、『お父さん譲り』って言ってもさ、やっぱり落ちるでしょ、あいつのほうが。俺のほうが上なんじゃないの(笑)」

 米ちゃんはいい家に生まれたと思う。本当に感謝したほうがいい。部屋にいくら物が溢れていようが、この筋金入り家族の前ではこんまりさえ踵を返すに違いない。

ちなみに、フリーターになる以前の米ちゃんは食品製造業で3年間働いていたらしい。その職場を退社してそろそろ3カ月になる。きっかけは、彼が最も愛した車両「ムーンライト信州81号」の2019年3月における引退だった。

米ちゃん 「あの車両も引退したし。中央線沿線に魅力がもうないから。(元々は)仕事が立川駅の近くだったから、終わったら乗りに行けたの。で、電車の中で一晩寝て、(始発で)すぐとんぼ返りして仕事に行ってた」
――元々、ムーンライト信州に乗れるから選んだ仕事だった?
米ちゃん 「そうそう、ぶっちゃけると(笑)」
――お仕事の種類は特に何でもよかった?
米ちゃん 「とりあえず、そのときは。甘ちゃんだから、俺が。でも、時代と共に車両はいつか置き換えられると思ってるから、僕も同時に(仕事を)置き換えようと思って。この列車もいよいよ仕事場からいなくなるから、そろそろ俺も準備しなきゃなって」
――本当は鉄道会社に勤めたかった?
米ちゃん 「いや、ないない。好きを仕事に生かすのって本当に難しい。鉄道は趣味として生かせるから、僕はそれで満足」

 資産家の家でフリーターとして生きている米ちゃんだが、現実はきちんと受け止めている。好きなものの終焉を覚悟していたし、意外にメンタルは強いタイプかもしれない。そんな彼はもう1つの趣味である運転免許を生かし、タクシーの運転手に就こうと考えているようだ。

「夜中に運転手さんが苦労かけて走ってくれてありがたいじゃないですか、終電逃した人は特に。やっぱり、人助けしてるような感じだから。だから、俺も感謝の気持ちを込めてタクシーの運転手やりたいなっていう」(米ちゃん)

 この取材から1年8カ月経った今年3月、番組スタッフは再び彼の家を訪問した。果たして、米ちゃんはタクシーの運転手になったのだろうか?

――タクシーの運転手を目指していたと仰ってましたけど。
米ちゃん 「的なことはやった。レンタカー会社。でも、ダメだった。運転技術が全然ダメでクビになっちゃって。向いてなかった。やっぱ、プリウスは大きいから狭い道行けないんだよね。ぶつけそうになって危ないし」

 結局、米ちゃんはレンタカー会社を3カ月で退社したという。でも、プリウスってそんな大きいとは思わないけどな……。まあ、それはもういい。では現在、彼は一体何をしているのだろう?

「今は郵便局員。郵便物を区分する仕事。だいたい24万円くらい。で、一応給料のうち家に7万円くらいは入れてるからね」(米ちゃん)

 きっと、お父さんの関係で郵便局の仕事を始めたのだろう。正規雇用だとしたら凄い。多くの人が憧れる公務員だ。しかも、いきなり手取りが24万円。米ちゃんは安定した仕事に就けたわけだ。

――乗り鉄は相変わらず?
米ちゃん 「185系が引退したから、今は東武鉄道。休みの日はほぼ毎日行ってるから。あと、今はヒゲ脱毛とかやりに行ってるから」
――めちゃくちゃ大人になりましたね。

 秀逸なVTRだった。後日談があって本当に良かった。「タクシーの運転手になりたい」と夢を語る米ちゃんで美しく終わったままでは、その後が気になって仕方がない。現在の米ちゃんもセットにすることで、より一層、人柄がわかった。

 やはり、街行く人に体当たりで取材申請しないと米ちゃんのようなキャラの人に遭遇できないと思うのだ。この手法で撮影する番組に戻ってほしいと、筆者はかねてより願っている。

 あけぼの山農業公園(千葉県)でスタッフが「インタビューに答えていただくと何かイイことあるかも?」というプラカードを掲げていると、話しかけてきたのは41歳の女性と8歳の男の子の母子だった。「家、ついて行ってイイですか?」と尋ねると、女性は承諾してくれた。

――何人家族ですか?
ママ 「えっと、6人」
――そんなにいるんですか。
ママ 「ちょっとワケありで」

 ご家族は他に、ご主人とおばあちゃんと長男、長女がいるとのこと。長男と長女は共に16歳だそうだ。でも、双子じゃない。そして、連れ子でもないという。なのに、同学年。産後、すぐに妊娠して学年が一緒になったパターンか? 事実、4月生まれと3月生まれの兄弟が同学年になるケースは実際にある。

 ご自宅に到着すると、そこはかなり大きな一軒家だった。早速、他のご家族も紹介してもらおう。まずは、ご長男から。2004年8月生まれの16歳、なかなかのイケメンである。

 続いてご長女の部屋に行くと、こちらも美少女だった。2005年2月生まれの梨央ちゃんは、現在16歳。メイクやファッションからはK-POPが好きそうなパーソナリティが伝わってくる。かなり活発な子なのだろう。はっきり言って、アイドルみたいに可愛いのだ。ちなみに、梨央ちゃんと次男くんは仲が良くないらしい。

次男 「梨央とは仲良くない。いじめてくる」
ママ 「お母さんのように怒っちゃうから、それが気に入らないみたい」
梨央 「ママに小っちゃい頃言われてたように言っちゃうんですよね。『ちゃんとしてほしい』っていうね」

 彼女の部屋を見渡すと、立派な鏡台があった。ここで梨央ちゃんはいつもメイクをしている。付属のライトはかなり強めだ。いわゆる、女優ライトか。

――女優、目指してるんですか?
梨央 「女優、目指してます(笑)。原宿に行ったときにスカウトしていただいて、シブサンプロジェクトっていう育成プロジェクトに参加させていただいてて」

 アイドルみたいだと思っていたら、ガチのアイドルだった! 可愛いし、性格も良さそうだし、彼女は本当に女優になれそうな気がする。

「本人がやりたいって言って頑張ってるので、それは全然応援してあげたいです」(ママ)

 番組スタッフが最後に向かったのは、次男くんの部屋。ふと見ると、そこには仏壇があった。

ママ 「これ、妹です」
梨央 「お母さんです」
ママ 「長男は私の子どもなんですけど、梨央は私の妹の子どもなんです」
――じゃあ、妹さんっていうのは……?
ママ 「妹はもう亡くなってしまったので、乳がんで」

 梨央ちゃんが2歳の頃、妹さんは22歳で他界したそうだ。だから、ママは姉として梨央ちゃんを引き取ったということ。遺影を見ると、妹さんは綺麗な人だった。その容姿は確実に梨央ちゃんに引き継がれている。

――お母さんが亡くなったっていうのを認識したのはいつぐらいですか?
梨央 「ちゃんと認識したのは小1くらいですね。そんな覚えてなかったので悲しいっていうわけではなくて、『お母さん違うんだ』みたいな感じだったのかなあって思います」

 記憶があまりなくて、梨央ちゃんにとってはまだ良かったのか? あと6年経てば、彼女は実の母の年齢に並ぶ。そして、梨央ちゃんには引き取ってくれる叔母さんがいた。

――どういう妹さんでしたか?
ママ 「4歳下だったんだけど、すっごく仲が良かったです。私が彼とデートするときに一緒について来たりとか、いつも何かがあると相談で電話をくれたり」
――妹さんが亡くなったときはどう思われましたか?
ママ 「信じられないだけですね」
――最後に交わした会話は覚えていますか?
ママ 「『梨央、わがまま言ってない?』とか。なんとか生き抜こうと、きっと思ってたと思うので。(妹の死を)乗り越えるのには時間がかかって、街中で後ろ姿がそっくりな子に話しかけてしまったりが何度かあって、すごい変な人扱いをされちゃったりとか(笑)。たぶん、この子(梨央ちゃん)たちがいなかったら死んじゃってたかもしれないです。(妹を)1人で逝かせるのが可哀想だったので。この子たちが2歳とかで育てなきゃいけなかったので、必死だったので、そこで乗り越えられました」
――2歳の梨央さんが残されたときに、どうしていこうと思ったんですか?
ママ 「自分の子として育てていこうと思いました」
――それはなぜですか?
ママ 「妹の子どもだからです。それだけですね。ただ、それだけですね」
――実の子とそうじゃない子を一緒に育てるっていうのは大変じゃなかったですか?
ママ 「私は血がつながってるので、だからその辺は何の意識もなく。参観日も綺麗に半分になるように何度も時計を見て、長男のところに行ったりとかは大変でしたね」

 ママにとって、梨央ちゃんは妹さんの生き写しなのかもしれない。育てることは大変だけれど、楽しいはずだ。事実、梨央ちゃんは良い子に育っている。愛情をたくさんもらっているのだろう。他人ではなく、2人は血がつながっているのだ。梨央ちゃんはいいママに引き取られて本当に良かった。

次男くんの言うように、梨央ちゃんはママによく怒られるそうだ。

――1番どんなときに怒られることが多いですか?
ママ 「家の手伝いをしないとき。性格が(妹に)そっくりなんです。妹は何にもやってなかったです。部屋は汚かったし、その辺が似てる。妹に言ってたことと同じようなことを、今、この子に言ってるかもしれないです。平等に怒ってるし、平等に可愛がってる自信はあります」
梨央 「なんか、こんな考えてくれてると思ってなかった(泣)」
ママ 「いつもそんなに考えてくれてると思ってなくて、いつもママにわがまま言って(笑)。でも、それでいいんです。それが普通の親子なので」
梨央 「ちょっとは頭にあったんですよ、実の子じゃないっていうのは。それを普段の生活で感じさせないように育ててくれて、感謝しています」

 家にお邪魔する前に「ワケあり」と聞いていたが、話を聞くとワケなんてなかったと思う。愛のある家族だ。

  • 6/16 19:00
  • サイゾー

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