トランスジェンダーを理解できないと善人ではないのか「率直な感想を」『息子のままで、女子になる』

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大学に男性として入学し、女性として卒業したサリー楓さん。世間の“トランスジェンダー”という既成概念に疑問を抱く彼女のLGBT就職支援活動や講演活動などを追いつつ、リアルな日常を切り取るドキュメンタリー映画『息子のままで、女子になる』。杉岡太樹監督と楓さんにインタビューし、タイトルの意味も伺いました。

 

『息子のままで、女子になる』

 

 
2021年6月19日(土)より ユーロスペース他 全国順次公開
出演:サリー楓 Steven Haynes 西村宏堂 JobRainbow 小林博人 西原さつき / はるな愛
制作・監督・撮影・編集:杉岡太樹
エグゼクティブプロデューサー:Steven Haynes
監督助手:新行内大輝 撮影:新行内大輝、小禄慎一郎
リレコーディングミキサー:伊東晃 テキスト:舩木展子
ヴィジュアルデザイン:ヒノキモトシンゴ 宣伝:大福、大西夏奈子
音楽:tickles、yutaka hirasaka、Lil'Yukichi、Takahiro Kozuka、Ally Mobbs、ruka ohta
106分/日本語・英語/カラー
©2021「息子のままで、女子になる」 

2020 ロサンゼルス・ダイバーシティ・フィルムフェスティバル ベストドキュメンタリー受賞
2020 バンコク・インターナショナル・ドキュメンタリーアワーズ ベストLGBTドキュメンタリー受賞
 
 

 
 
概要:
パンテーンCM「#PrideHair」への起用や、「AbemaTV」コメンテーターをはじめ多くのメディアへ出演し、トランスジェンダーの新しいアイコンとして注目されるサリー楓。
建築家としての夢、息子として期待に応えられなかった葛藤、家族との対話……。
これは彼女が、“楓”として自分らしく、いまを生きようとする現在進行形の物語。

男性として生きることに違和感を持ち続けてきた楓は、慶應義塾大学院で建築を学び、就職を目前に、これから始まる長い社会人生活を女性としてやっていこうと決断する。
幼い頃から夢見ていた建築業界への就職も決まり、卒業までに残された数カ月間、楓は女性としての実力を試そうとするかのように動き始める。
ビューティーコンテストへの出場や講演活動などを通して、楓は少しずつ注目を集めるようになる。
メディアに対しては、自身が活躍することでセクシャルマイノリティの可能性を押し広げたいと語る楓だが、その胸中には、父親の期待を受け止めきれなかった息子というセルフイメージが根強く残っていた。
社会的な評価を手にしたい野心的なトランスジェンダー女性と、父親との関係に自信を取り戻したいとひそかに願う息子。
この二つの間を揺れながら、楓はどんな未来をつくり上げていくのだろうか……。

日本映画史上初、ロサンゼルス・ダイバーシティ・フィルムフェスティバルにてドキュメンタリー賞受賞。

監督は、ニューヨークで映画製作を学び、三宅洋平の選挙活動を撮った『選挙フェス!』(15年)が話題になった、新進気鋭の杉岡太樹。

パートナーシップ制度導入、同性婚の憲法違憲判決、東京レインボープライドに15万人参加など、日本でも多様性、ダイバーシティといった価値観が注目されている。
新しい価値観にアップデートし、変化が求められる時代に、私たちはどう向き合うのか……。
 
 

 
 

 

サリー楓、杉岡太樹監督インタビュー

 
――この映画を観た私の一番の感想は、「すごく学力優秀な人が大学院まで通って建築を学び、努力して建築家になりたいという子供の頃からの夢を叶えた上に、就活に悩む人たちを助けたり、講演活動などをして人々の考え方に影響を与えたりする、もう尊敬しかない人のドキュメンタリー映画だった!」でした。

サリー楓(以下、楓)◆なんかすごくパワフルな人に聞こえますね(照れ笑い)。
 
 

サリー楓

■ヘアー&メイク/TAYA

 
 
――その一方で、親の求めるような自分になれず、親との関係に葛藤するという、誰もが共感するような悩みを持った人のドキュメンタリー映画でもありました。さらに、楓さんは美しいモデルさんでもあり、ビューティーコンテストの裏側も見せてくれるという、とにかく面白い……見どころの多い映画でした。
 
 

 
 
杉岡太樹監督(以下、杉岡)◆「面白い」で大丈夫だと思いますよ(笑)。それは喜ばしいご感想ですね。LGBT、トランスジェンダーであるということに固執した見方をされていないのは、製作者としては喜ばしいです。
 
 

杉岡太樹

 
 
楓◆私、映画の中で結構ボロボロに見えたと思うんですよね。LGBTの方々が生活しやすいように、私自身も生きづらさを感じる側面がないように活動しているところは映っていますが、普通に生活しているところや、大学に通っているところ、コンテストに出ているところなども映し出されていたり、思春期にありがちな葛藤に思い悩んだりしている女の子の感じも見てとれる映画になっていると思います。
 
 

 

編集するまでどんな映画になるかは分からなかった

 
――この映画で楓さんのことをさらに多くの人に知ってもらうために、「トランスジェンダー女性として活躍する人物の映画」ということは前提としてあるわけですが、本作は楓さんという一人の女性を追ったドキュメンタリー映画ですよね。監督と楓さんは、映画の内容について、どのようなお話し合いをもたれましたか?

杉岡◆どういう映画を作るかといった内容について話したことは、特になかったと思います。

楓◆映画を撮る上で、私はナチュラルに存在するだけで、演じることはしないですよとだけ監督に伝えました。「LGBTぽいことをしてください」と言われても、一切応じないですからねと。「LGBTってこんな感じなんだよね」という振る舞いを求められたリ、「ちょっと男っぽい声を出してよ」といじられたりするのは嫌なので、取り立ててトランスジェンダーらしさのようなものを引き出すのはやめてほしいということを伝えたくて。ただ、やっぱりカメラを向けられているから、身なりを良くしたいじゃないですか。だから、結構ガッツリメイクして、映画の中ではメイクがやたら濃かったりします(笑)。後半になるにつれて、メイクに気合が入らなくなっていって、薄くなっているんですけどね。
 
 

 
 
杉岡◆ただ、楓さんに起きていくことをカメラに収めていったという感じでしょうか。例えば、「来月に講演があります」と聞けば、カメラを持って同行するとか、楓さんのスケジュールに沿って自分の中で撮り進めていけば、このことについて聞きたいとか、こういう姿を撮りたいとか、ある程度は計算をして進められるので。でも、実際に編集するまで、どういう映画になるかというのは全く想像もついていませんでした。

――期間としては、どれくらいで撮ったんですか?

杉岡◆2018年9月から、大体2019年の4月まで、半年強ですね。
 
 

 

この映画を通して自分自身を発見

 
――タレントのはるな愛さんの楓さんへの助言や、映画『ミッドナイトスワン』の脚本監修をされた西原さつきさんの創立した「乙女塾」のお話など、トランスジェンダー女性が直面する様々なことについて、この映画をきっかけに「新たに知ることがあった」と思う人は少なくないと思います。監督は、撮影に入る前にリサーチなどはされたのでしょうか?

杉岡◆特にしてないです。撮影中に、楓さんからいろいろ聞くようにしていました。カメラを回しながら、自分が分からないことは「これはどういうこと?」とか、「楓さんはどう思うの?」と。僕が学んでいくプロセスも映画の中に内包していきたかったので、知識を持った人間が教えていくみたいな内容にはしたくないという気持ちがありました。彼女と撮影を重ねていくことが、何よりも学びだったような気がしますね。

――監督の目線が観客の目線というか、観客が初めて学ぶことについて、監督もその場で知っていくという感じだったんですね。

杉岡◆そういう風に努めていたと思います。

――出演している方たちは、楓さんの人脈というか、つながりで出られたのでしょうか?

杉岡◆そうですね。例えば、はるな愛さんだったら、本作のプロデューサーのスティーブン・ヘインズは、楓さんのコンテストでのトレーナーを務めているんですけど、彼はもともとはるな愛さんがコンテストで優勝した時のトレーナーでもあったんです。そのつながりから、僕がはるなさんに出演をお願いしました。さつきさんは楓さんの友達というつながりでしたね。

楓◆そう、友達です。
 
 

はるな愛

スティーブン・ヘインズ

西原さつき

 
 
――楓さんは、この映画の撮影を通して新たな発見はありましたか?

楓◆自分自身についての発見がありました。なるべくカメラの前では、多少カッコつけていたとはいえ、普通に日常を送るようにしていたんですが、トランスジェンダーの日常って、そんなに普通の女性の日常と変わらないと思っていたんですね。でも、映画を撮ったことで、普通の女性と同じ日常を得るために、結構エネルギーを使っていることが分かりました。例えば、親との合意形成、親とのコミュニケーション。まあ、よくある親子関係なんですが、それに辿り着くまでに、少しだけ多くのエネルギーを必要としていたりとか。あとは、女性らしい丸みを帯びた体つきを手に入れるためにホルモン注射に定期的に通っていたり……。実は、ちょっとだけ人よりプロセスが多いというか、割とエネルギーを使いながら生活しているなと、この映画を通して思いました。ただ、その結果、手に入れている日常は、いたって日常らしいんですが。
 
 

トランスジェンダーらしさがあるのか

 
――映画の中に、お部屋での自撮り動画の場面や、お友達とのメイク談義など、等身大の楓さんが映し出されていましたが、等身大の楓さんを見せることも、この映画を撮ることの目的だったのでしょうか?

杉岡◆そうですね。女性二人の夜のシーンは、メイクの話をしてだべっているとか、本当に何気ないシーンですが、それが彼女の日常の一コマなんだとしたら、その何てことのないシーンをそのまま見せちゃおうと思いました。そのシーンで「彼女の中にトランスジェンダーらしさみたいなものはありますか?」といったことを問題提起として取り上げたいなと。(楓さんに)自撮りの場面は実家でしたかね?

楓◆そう、実家です。

――「メイク落とし、1枚ちょうだい」というお母さんの声がしますよね。

楓◆(照れ笑い)

杉岡◆あれは良いシーンですよね。

――家族の間で、よく見られる光景だと思いました。監督は、楓さんに「トランスジェンダーらしさがあるのか」ということについては、あくまで観客が決めることだと考えていらっしゃるのですね?

杉岡◆彼女の女性らしさとか、トランスジェンダーらしさとかを置いといても、全てにおいて観客に委ねることは、映画の本質じゃないのかなと思っています。
 
 

 
 

 

父親の思い

 
――この映画が斬新だと思ったのは、楓さんのお父さんに映像を見てもらっている様子を撮っていたことです。あれは、この映画のタイトルが表す重要な部分なのかなと思ったのですが、どういう経緯で進められたのでしょうか?

杉岡◆僕がお父さんにお願いしました。映画の中にも映し出されていますが、初対面の際、お父さんは楓さんがトランスジェンダーだということをあまり分かっていないとおっしゃっていました。 お父さんは「男性か女性か、というのは関係なく、自分の息子です」と語っています。その言葉を僕はカメラと共に受け取ったわけですが、なるほどと、それは尊重しなければいけないなと思いました。
 
 

 
 
杉岡◆息子としてしか見られない父親というのを描く以上、僕としてもお父さんに対して真摯に向き合うためにはどうしたらいいのかと考えた結果、ああいう形になったんです。お父さんは楓さんと生活の距離も離れて、コミュニケーションもどれくらいあったのか分からないですが、楓さんが女性として生きる、ということが実際どういうことであるか、全く分かっていなかったんですね。それならば、彼女がどういう生活をして、どういうことを考えて、講演をする時にはどういうことを訴えているのかといったことを、実際に撮った映像を見てもらいたいと思いました。その上で、お父さんの立場からどう見えたか、どう感じたのかを映画として納めようと。そうじゃないと、お父さんの描写としてフェアじゃないと思ったんです。
 
 

 
 
――お父さんが映像を見ているところが映し出された、完成した映画を観て、楓さんはあの場面をどう思われましたか?

楓◆見ていて、すごくヒリヒリしました。緊張感が今でもあります。よくあんなことできたなって(笑)。やっぱり一番驚きだったのが、父に映画に出てくれないかとお願いした時に、私は絶対に断られると思ったんですよ。だって、父はLGBTフレンドリーやアライを表明しているわけではなく、映画に出ても、父にとってプラスになることが見当たらないわけですよね。それなのに「いいよ」と言われた時に、出演するんだ!ってビックリしました。

 それで撮影に入って、カメラが回っているから、さすがに世間体よく理解ある風に装うのかなと思ったら、全然そんなことなくて、「やっぱり自分にとっては息子ですね」って堂々と言い切って(笑)。あれって、私がこうやって発信する以上に勇気がいることなんじゃないかなと思いました。私がLGBTの普通さとか日常を発信すること自体、そんなに否定する人っていないんですよ。発信して怒られたり、炎上したりすることって実は少なくて 。それはLGBTフレンドリーであることが善であるというか、正しいことであるみたいな、世間の今の時代の空気感みたいなものがあると思うんですよ。それなのに父は、そういうものにちょっとだけ抗っているみたいなことを言う。「それでも息子です」と。

 たぶん父は、世間の雰囲気とか、こういう空気感も分かっていると思うんです。LGBTに理解を示した方が無難だという同調圧力みたいなものと自分の意見は距離があるということを薄々感じながらも、カメラの前で自分の意見を言えるのって、とても勇気がいることだというか、すごいなと思いました。私にとっては、カミングアウトして受け入れられて、父も理解してくれて、というのがハッピーエンドというか、それが理想的ですけれど、そうじゃないんだとしたら、カメラの前で体裁を繕って「理解あります」とか、「LGBTフレンドリーです」とか言われるよりも、理解していないんだったら、よく分からないものは「よく分かりません」とハッキリ言ってもらえた方が、嘘をつかない分、なんというか愛のある親子関係だなとは思いました。
 
 

 
 
――『息子のままで、女子になる』というタイトルは、お父さんの発言からでしょうか?

杉岡◆説明が難しいんですが、楓さんのことを息子として見ているからといって、お父さんがLGBTフレンドリーではない、とは断定できないと思います。お父さんも「トランスジェンダーの子供を持つ父親」という当事者であると僕は見ていて、僕が撮ったのは、そのお父さんが「認められない」と発言する“カミングアウト”のシーンだと思っています。

 今、LGBTフレンドリーという風潮がどんどん世の中の正解、善として盛り上がっていく中で、「認められない、まだ今は」と言うLGBT当事者の身近な方たちは、ある意味ではマイノリティなんじゃないでしょうか。自分の発言を世の中に出せず、肩身の狭い思いをしている人たちだとも言えると思います。お父さんが「息子だと思っている」と言うことを、第三者である僕が「悪」と決め付けることはしたくないです。

 僕としては、楓さんがお父さんにとって「息子」として存在することは、彼女のパーソナリティの大事な要素だと考えています。お父さんをああいう風に撮らせてもらった人間としては、撮影に応じてくれた気持ちとか、堂々と発言してくれた気持ちに対して真摯に向き合いたいと思っています。このタイトルを嫌だと思う人もたくさんいるかもしれませんが、お父さんの「息子」である事実は楓さんの「女性である」というジェンダーアイデンティティと矛盾しないと考えるに至ったことから、このタイトルにしました。
 
 

 
 

 

理解できないのは個人の問題ではなく社会の問題

 
――お母さんはお父さんよりは理解があるように感じますか?

楓◆両方、理解があるのか、ないのかは分からないですけど……

杉岡◆理解というのがどういうものなのか、ということですかね。

楓◆母は母なりに私に向き合っているし、父は父なりに向き合って……いるのかなぁ。両親ともに、私がこうやってトランスジェンダーとして生活していることを喜んでいるかというと、喜んではいないんじゃないかなと思います。でも、大反対しているかというと、そうでもないんですが。

杉岡◆僕が映画監督として生活しようとしていることを、うちの親が大賛成かどうかも分からないですから。親というものは、どこもそんなに変わらないんじゃないかな。

楓◆「会社員をやっている方が楽なんじゃないの?」って言われそうですよね。

杉岡◆「いい加減にしなさい!」とか言われますから(笑)。

――苦労しないでいてくれたら、というのが親心かなと思います。

杉岡◆親の理解がないかどうかというよりかは、僕は社会の問題だと思いますね。個人の価値観に責任を押し付けない方がいいんじゃないかなと。個人って限界があるじゃないですか。僕も自分に子供が生まれたとして、例えばLGBTや、僕の知らない何かの特性だと分かったら、不安になると思うんですよ。その時に、不安になる気持ちは僕の個人の問題なのか、社会の問題なのかというのを、もっと論じていくべきだと思います。楓さんのお父さんが「認められない」と思わなくて済むような社会を僕たちで形成していきましょうよ、という思いを込めて、僕はこの映画を作ったつもりです。
 
 

 
 

 

たくさんの感想を!

 
――今日は、いろいろなお話を聞かせていただき、本当にありがとうございました。最後に、映画boardの読者に向けて、ドキュメンタリー映画『息子のままで、女子になる』を通して、感じてほしいこと、伝えたいことを教えてください。

杉岡◆ドキュメンタリー映画だからといって、堅苦しく考えないでほしいです。この映画が正解を提示できているわけでもないですし、何かを学ばなければいけないわけでもないので、肩の力を抜いて観てほしいです。監督としては、この映画を観てどう思ってくれてもいいので、「私はやっぱり楓さんを男性として見ちゃうかな」とか、「お父さんに賛成」とか、「楓さんは私より全然女性らしいな」とか自由に感じるままに、自分が何者かを見つけに来てほしいです。

楓◆私は、いろんな感想が聞きたいですね。映画を観た人にとって私が息子だったのか、娘だったのか、といったことも教えてほしいですし、とにかくたくさんの率直な感想が聞きたいです。そんなにカッコよく映っている映画ではないですし、リアルを見せているので、ネガティブな感想や、もしかしたら誹謗中傷みたいなものもあるかもしれないですけれど、そういうものも含めて、どういう風に映画を見られるのかが楽しみです。楽しみというか、ちょっとハラハラもして、ジェットコースターに乗っている気持ちですけどね(笑)。
 
 

【サリー楓】トランスジェンダー女子に聞く43の質問【ショートver.】

 
 
取材・文/清水久美子
 
 

息子のままで、女子になる

息子のままで、女子になる

2021年/日本/105分

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  • 6/15 12:00
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