「のら猫」について私が知っている二、三の事柄。~ホン・サンス『逃げた女』と猫萌え脚本家の話~。

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モフモフほっこり。そこにいるだけで場を和ませる猫。その人気を反映してか今や「猫映画ベスト」なるサイトも数多く存在する。しかしそれがこと「のら猫」だったらどうだろう? 道端で「ニャアニャア」のまだ目もあかぬ捨て猫、警戒心を漂わせつつも餌を無心する猫。これはそんな野生児猫と映画人たちの涙ぐましいお話。

「愛する人とは何があっても一緒にいるべき」。そして猫だけが残った。

「愛する人とは何があっても一緒にいるべき」。
韓国の名匠ホン・サンスが公私にわたるパートナー、キム・ミニと組んだ新作『逃げた女』(2020)は、そんな信念を持つ主婦のガミ(キム・ミニ)がソウル郊外に住む3人の女ともだちを訪ね歩く、いわば一種のミニ・ロードムービーだ。
夫と離れた5年ぶりの一人歩き。そんな彼女の「過去への旅」が波風立たないはずもなく、ちらり見え隠れする本音と深まる謎の中、映画は唐突とも思える展開を見せ、観客は置き去りにされたように呆然とエンドクレジットを見つめることになる。だが、その謎を考察し秘密を解き明かすのが本文の趣意ではない。物語を次のステップへと引き上げるきっかけともなる1匹の「のら猫」。たぐいまれなその名演こそが本作、最大のハイライトだ。

先輩スヨンとその友達も含めた楽しい語らい。その平和な時間をひとりの訪問客がかき消す。ドアを隔てた玄関の外には見知らぬ顔のひとりの男。最近近くに越してきたという彼は、スヨンたちが「のら猫」に餌やりをするため自分の妻が迷惑を被っていると苦情を申し立てる。

ワンカット、フィックスで撮られる5分。この間、カメラは男の怒った顔をまったく写しはしない。代わりに観客の目に留まるのは愛らしいキジトラの子猫。「自分のこれから先はどうなるのか?」 餌をくれるご主人さまたちを不安げに下から見上げるその目は役者顔負けだ。話がモノ別れに終わりみんなが退場した後、カメラはおそるおそる「のら猫」へとズームアップ。猫は、この不穏な先行きを暗示するかのように、瞬き一つせずこちらを見つめ続ける。

監督・俳優たちを翻弄する「のら猫」。

猫に演技をさせるのは実に難しい。猫、とりわけ「のら猫」が物語の軸となる作品では、走り逃げ回る姿をカメラが追うので精一杯。
巨匠・黒澤明でさえも遺作『まあだだよ』(1993)の現場では、暴れることもあった太った猫の扱いにかなり苦慮し、猫が眠くなるような薬まで使ったと言われる。

「のら猫」の表情を撮ることに成功した数少ない例としては鈴木卓爾『私は猫ストーカー』(2009)、そして岩合光昭『ねことじいちゃん』(2019)くらいか。
猫好きの主人公が「のら猫」に近づき、撫でることを許してもらう。『私は猫ストーカー』は、そのことがテーマであるだけに、カメラも地上低く猫と同じ目線でかまえられ、猫の警戒を解いている。
一方の『ねことじいちゃん』は野良猫を撮らせては右に並ぶ者がいない稀代のカメラマンが監督しているだけに、こちらも無警戒。当然と言えば当然であるが…。

猫に愛をこめて/フランソワ・トリュフォー。

「猫に演技をさせる」。
その苦労で思い出すのがフランスの名匠フランソワ・トリュフォー『映画に愛をこめて・アメリカの夜』(1973)だ。映画撮影現場の舞台裏を描いたこの作品では、ジャクリーン・ビセット演じるヒロイン、ジュリーがドアの外に出した朝食の残りを食べにやってくる「のら猫」の姿をカメラに収めるため、猫までとっかえひっかえ。何度もリテイクを繰り返すスタッフたちの姿がユーモアたっぷりに描かれる。

この「ドアの外にのら猫」のエピソード、実は同じトリュフォーの初期名作『柔らかい肌』(1964)ですでにフランソワーズ・ドルレアックが演じている。よほど深く印象に残る撮影だったのだろう。9年後、「のら猫」撮影現場の再現をいままた楽しむトリュフォー。この幸せな顔を見ることができるのは、まさに映画ファン冥利に尽きる。

『ネコナデ』ほか……「のら猫」は人を試す。(一部ネタバレあり)

話を『逃げた女』の「餌やり」に戻そう。日本でも地域トラブルの種となっている「のら猫への餌やり」。自分で飼うことができるならそれに越したことはないのだが、住宅事情その他でそれが許されないケースはザラではない。

大森美香『ネコナデ』(2008)では、大杉漣扮する主人公・鬼塚が夜の公園で捨てられた子猫をめぐり若いカップルと口論になる。先の責任も持てないのに、簡単に愛情を注ぐものじゃないというのが彼の主張だ。だが、その鬼塚自身が子猫に心奪われてしまって…。

亀井亨『ねこタクシー』(2010)となると、話はさらにややこしくなる。営業成績最下位のタクシー運転手、間瀬(カンニング竹山)は目の前に現れた「のら」の三毛猫を助手席に乗せることで売り上げアップに繋げる。初めは順調に見えたが、そう話がうまくいくはずもなく…。

森岡利行『女の子ものがたり』(2009)では、ヒロインの菜都実(森迫永依)が小学生時代に拾った黒猫のエピソードから話が進んでいく。ネタバレ承知で言えば、この子猫は長く生きながらえることができず、すぐに物語からは離れていく。

猫を溺愛した脚本家・桂千穂。

この猫の埋葬シーンに激怒していたのが脚本家の桂千穂さんだった。
「なんで猫を殺しちゃうんですか!」。
「原作ものだから仕方ないのでは?」と答えたものの、日頃から「猫がいちばん」を口にしていた桂さんにはそれも許せなかった。
日活ロマンポルノの脚本を最も数多く手がけ過激な内容を書く桂さんだったが、脚本には随所に大好きな猫を忍ばせていた。
桂千穂脚本・菅野隆の監督デビュー作『ズームアップ ビニール本の女』(1981)には、狭いアパートの一室で5〜6匹以上もの猫と暮らしている若者の日々の営みが描かれる。主人公の収入などを考えるとまったくありえないシュールな設定だが、それだけにインパクトは大。映画は他の凡百の作品との違いを際立たせ、長く記憶に残るものとなる。
一本の映画をふくよかにするのはこういうディテール。昨年、他界した桂さん。ホン・サンス『逃げた女』を観たら、目を輝かせながらきっとこう言うに違いない。

「猫がよかったね」。

愛する猫とは何があっても一緒にいるべき。

さて、その桂さんのお宅には常にのら育ちの猫がいた。
どの猫がやってきても、その名はいつもGeld(ゲル)。
数年前、桂さんにとっては最後のパートナーとなる、片目が見えない八割れ猫ゲルが脱走。
その落ち込み方はことのほか大きかった。
『まあだだよ』、いや深川栄洋『先生と迷い猫』(2015)か。
しかし桂さんは決して諦めなかった。猫探偵に頼んでついにゲルを探し出す。


そう、「愛する猫とは何があっても一緒にいるべき」なのだ。

2021年6月11日公開 映画『逃げた女』予告編(ホン・サンス監督)

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  • 6/14 19:00
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