宇垣美里「逃げることは悪なんかじゃ、ないよ」/映画『逃げた女』

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 元TBSアナウンサーの宇垣美里さん。大のアニメ好きで知られていますが、映画愛が深い一面も。

 そんな宇垣さんが映画『逃げた女』についての思いを綴ります。

●作品あらすじ:5年間の結婚生活で一度も夫と離れたことのなかった主人公ガミ。夫の出張中に、ソウル郊外の3人の女友だちを訪ねます。

 行く先それぞれで、「愛する人とは何があっても一緒にいるべき」という夫の言葉をガミは執拗(しつよう)に繰り返します。

 穏やかで親密な会話の中に隠された女たちの本心と、それをかき乱す男たちの出現を通して、ガミの中で少しずつ何かが変わり始めていきます。

 “韓国のゴダール”といわれる特異な作家性で知られるホン・サンス監督と、『お嬢さん』で注目のキム・ミニが7度目のタッグを組み、見事ベルリン国際映画祭で銀熊賞(監督賞)に輝いた本作を宇垣さんはどのように見たのでしょうか?

◆キム・ミニ×ホン・サンス結婚、愛、人生に揺れる心を静かに浮き彫りにする会話劇

「5年間毎日一緒にいる 離れるのは今回が初めて 愛する人とは何があっても一緒 それが彼の考え」。結婚生活について問われるたび、ロボットのごとくこの言葉を繰り返すガミ。惚気(のろけ)ともとれるセリフなのに、表情はマネキンのようにつるりとしていて、どこか温度がないのが不穏だ。

 二人ぼっちの5年間、どうしたって芯まで分かり切ることなどできない他人とぴったり二人で一つの時間、それは孤独ではないと言えるのだろうか。

 夫が出張中のガミと昔付き合いのあった3人の女性との邂逅を描いている本作。

 泥沼の離婚劇を経て、郊外で女性と2人暮らしをしている面倒見のいい先輩、実家を飛び出し、芸術家の集まるマンションで気楽な独身生活を楽しんでいる先輩、そして過去に一人の男性を巡り争ったと思われる旧友。

 いわゆる“幸せな”既婚女性とは違う彼女たちのウソのない生活と、その間で繰り広げられる表面を撫でるような、核心に迫らないようでどこか決定的な会話は、野良猫の苦情を言いにきたご近所さんやワンナイトを共にしたことでストーカーと化した詩人など、毎回男たちによって邪魔される。

 そこに分かりやすい暴力や脅迫や権力構造があるわけじゃない。誰も命を脅かされてはいない。けれど、そこはかとなく漂(ただよ)い無視できない男性たちからの抑圧に息が苦しくなった。きっと私が毎日の中で少しずつ精神を削られ力を奪われているのは、そういうもの、なのだと思うから。

 この映画の中に現れる映画館は、一人ぼっちでも受け入れてくれる、現実から逃げるひとときを与えてくれる場所として存在していた。だから私は映画館が好きだし、きっとガミもだからこそ舞い戻った。

 女性たちの静かな戦いの果てに、誰がどこから逃げ、どこへ逃げていくのだろう。テーマも題名の意味も、見ている最中よりも、見終わった後会話を何度も反芻(はんすう)しているうちにどんどんと見えてきた気がする。逃げることは悪なんかじゃ、ないよ。

https://youtu.be/aXLpL6bDiBI

『逃げた女』
’20年/韓国/77分 監督・脚本・編集・音楽:ホン・サンス 出演:キム・ミニ、ソ・ヨンファほか 配給:ミモザフィルムズ ©2019 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved

<文/宇垣美里>

【宇垣美里】
’91年、兵庫県生まれ。同志社大学を卒業後、’14年にTBSに入社しアナウンサーとして活躍。’19年3月に退社した後はオスカープロモーションに所属し、テレビやCM出演のほか、執筆業も行うなど幅広く活躍している。

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