「クサいものにはどんどん蓋をしていく」作家・西村賢太と山田ルイ53世が語る、中年の生き方

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「四十にして惑わず、五十にして天命を知る」とは『論語』の一節だが、コロナ禍でまったく未来が見えない暗闇を歩く中年世代。これから一体、何を道しるべに生きていけばいいのか? 現役中年世代の作家・西村賢太氏(53歳)とコラムニストとしても活躍する芸人・山田ルイ53世氏(46歳)が、現代の中年の生き様を語り合った。

◆「50歳から『真剣に生きる』ようになった」西村賢太

西村:僕は(芥川賞を受賞した)40代のときはものすごく元気だったんです。しかし、50代に入ると気持ちに変化が出てきた。先が見えて、今後自分の人生に劇的な変化が起こらないことも、くっきり見えてしまった。

 気力や体力が今のレベルを保っていられるのは、運が良くてせいぜい10年。もう人生の日は暮れようとしている。それなのに、まだ書きたいことは山ほどあるし、何も残せていない。そう思い至ったとき、50歳になって、ようやく「真剣に生きる」ことを具体的に意識し始めたんです。

山田:夏休みの最後の1週間になって、めちゃめちゃ宿題頑張るみたいな感じですね。中年になって考え方が変わったという点では、僕も同じかもしれません。30代の頃は「俺は一発屋じゃない。このまま終わるわけがない!」という反骨心がまだありましたが、40歳を過ぎてからは、「もう、冷蔵庫の中のありもんでやるしかない」というふうに変わりました。

 でも、それは決して悪いことじゃないと思うんです。「年を重ねること=自分の可能性を潰していくこと」と気づいたとき、「じゃあ、自分にできることを丁寧にやるしかない」と肩の荷が下りたような気がしました。自分から“一発屋”と言えるようになったのも中年に差しかかってから。「諦めること」って、人生においてはすごく大切な要素だと思います。

西村:可能性や多様性のあることが一概に善であるかのような風潮は、ちょっと違うと思いますね。事と次第によります。人生の残り時間が少なくなって「小説以外の興味は何もない」と改めて自覚したときに、他の一切が無駄に思えて、切り捨てることができました。

◆「『趣味は生きること』で、何も悪くない」山田ルイ53世

山田:ワークライフバランスという言葉も、「仕事はほどほどにする代わりに、家庭や趣味を充実させてね」って圧というか「結局充実させなアカンの?」と思ってしまう。

 自分は中学2年生から6年間ひきこもっていたのですが、そういう話をすると決まって、「やっぱりその時期があったから、今があるんですよね!」みたいに言われる。でも、今でもその6年間は“完全なる無”だったと後悔しています。あくまで自分の場合はですが。

 何でもポジティブ変換というのもしんどい。別に仕事もやれることはやればいいし、趣味だってなくてもいい。週末もキラキラしてない、でも生きてる。それでいいじゃないですか。

西村:向上心や好奇心って、そんなに持たないといけないものなのでしょうか? 僕の場合、家庭の事情で中学を卒業した2日後に家出をし、そこから職と住を転々としましたが、生活するだけで精いっぱいで、「人生を充実させよう」なんて思う暇もなく年をとりました。お金だっていまだに貯金もなく、毎日生きていくのがやっとだけれど、別に不安や不満はないですよ。

山田:そもそも「生きる」って、結構大変じゃないですか。だから、西村先生や自分なんかは、旅行でもスポーツでもなく「生きることが趣味」という感覚ですね(笑)。

◆可視化よりも不可視化

西村:と、そんな達観したように言っていますが、達観どころか、結構エゴサーチとかもしてしまうんですよ。

山田:本当ですか!? まったくそんなふうに見えませんでした。

西村:でね、こんな感想を言う人がいる。「作家だったら自分のことばかり書かずに、もっと世の中や他人の人生を書け」と。私小説看板の書き手には的外れすぎることを、悪意なのかなんなのか、普通に書き込む手合いが案外に多いですなあ。

山田:まったく見当違いのことを自信満々に言い切る人、いらっしゃいますね。僕はエゴサーチして、「嫌なことが書いてありそうやな」と思ったら、すぐ見ないようにします。

 今、何でも「可視化」と言われていますが、中年にとっては「不可視化」も大事なんじゃないかと思います。クサいものには、どんどん蓋をしていく。だってクサいから(笑)。昔は、「なにくそ!」と怒りや妬み嫉みをガソリンにしていましたが、中年になると燃費が悪すぎてしんどい。

「私小説以外を書け」と言ってきた人って、おそらく中年かそれより上の世代の人だと思うのですが、めちゃくちゃ燃費の悪い生き方をしていると思います。もうもうと黒煙が立ち込めて、自分自身の姿が見えないくらい。

◆忘却力こそ中年の武器

西村:僕自身はSNSはまったくやりませんが、スマホで育った世代でもないのに、スマホ上でエキサイトしている中高年たちを見ると、正直、気味が悪い。偏った価値観を押しつける人が多すぎるし、「ネットの声」を変に重用する人も多すぎます。どちらも、みっともない。

山田:結局、「どっちについたら勝ち目あるか? マウント取れるか?」みたいな部分があって、「ほんとにご自身がそう思ってるの?」と。

西村:自分自身と向き合うのも精いっぱいなのに、他人の勝手な価値観に影響されるのなんてまっぴらです。僕は自分の書いた小説すら、書き終わると同時に忘れ去るくらいですから。「もっといい作品にできたはずなのに」などとネガティブな感情が湧くでしょう。もう、その時点で辛い。

山田:自分も現場が終わったら、一目散に忘れます(笑)。若い頃は「もっと爪痕残さなアカンかったのに!」と悔しい思いをエネルギーにしていましたが、中年になると耐えられない。「忘却力」こそが、中年の武器です。

◆いつまで生きたいと思いますか?

山田:我々、人生の日暮れの中年世代ですが、西村先生はいつまで生きたいと思いますか?

西村:僕は独り身なので、なんの責任もありません。だから、小説が書ける限り、という感じですね。書けなくなったときが死ぬときでいい。

山田:なんかカッコいい! 自分も長生きに興味はありませんが、小学3年生と2歳の2人の娘がいるので、少なくとも彼女たちが成人するまでは生きなければ、と思っています。

西村:それは本当に立派ですよ。

山田:子供に生かされている状態です。逆に、西村先生のように「小説を書くことが生きがい」と言い切れるものがなく、子供もいなかったら、「人生100年時代」なんて、ちょっとぞっとします。

◆ハッピーエンドな不老不死なんてない

西村:長生きも必ずしも善ではありませんね。未練がましくただ生きているだけでは、恥をかくだけだし。

山田:不老不死の物語でハッピーエンドのやつ、見たことないですもん。大抵、バッドエンド。まだ娘に父親が芸人であることを明かしていないのですが、成人式の後にレストランに連れていって、ワインを頼もうと思っているんです。「あれ、パパはいつもウイスキーしか飲んでいないのに、今日はなんでワイン?」と娘が訝しがっているところで、「成人おめでとう。ルネッサーンス!」とカミングアウトするのが、人生の最大の目標です。

西村:それは楽しい目標ですね。それこそ素晴らしい、良い人生の証しですよ。

【西村賢太氏】
’67年、東京都生まれ。30代半ばで小説を書き始め、’11年に『苦役列車』で第144回芥川賞受賞。近著に『瓦礫の死角』(講談社)、『一私小説書きの日乗 堅忍の章』(本の雑誌社)

【山田ルイ53世氏】
’75年、兵庫県生まれ。中高一貫の名門私立校からひきこもりを経て、’99年にお笑いコンビ「髭男爵」結成。文筆業も好評で、『一発屋芸人列伝』(新潮社)など著書多数

<取材・文/週刊SPA!編集部>

―[中年のお悩み白書]―


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