白間美瑠 NMB48 11年、”忘れられない&忘れてしまいたいエピソード”赤裸々告白

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3月2日、NMB48“最後の1期生”白間美瑠が卒業を発表。大きな衝撃を与えた。


若干12歳でアイドルとしての道を歩みはじめた少女は、慣れない世界に戸惑い、時には涙を流しながらも、持ち前の負けん気と努力を武器に着実な一歩を踏みしめ続け、やがてエースとしてグループを牽引する存在にまで成長した。


現在白間プロデュースによる公演「大阪魂、捨てたらあかん」が上演中、6月16日にはラストシングル『シダレヤナギ』を発売。最後の最後まで、その背中で“NMB48らしさ”を伝え続ける白間にインタビューを敢行。今、そしてこれまでのNMB48への想い、そしてこれまでの道のりを熱く、そして楽しく語ってもらった。


――卒業発表から2ヶ月以上経ちました。約11年に渡り走り抜けてきた、NMB48からの卒業のカウントダウンが刻々と進む今の心境はいかがですか?

正直まだお仕事が続いている状態なので、卒業するという実感がまだ全然ないんですよ。ただ、この前『シダレヤナギ』のMVを撮り終えて、今までお世話になってきたスタッフさんから「これで最後だね」というお別れの言葉をもらった時に、やっと「もうNMB48にいられる時間はそんなに長くないんだ」とお別れが近づいているんやと、ジワジワきました。きっと卒業一週間前になってようやく強く実感するのかな?って。


――“卒業”という二文字を意識するようになったのはいつ頃でしょう?

2018年に開催された「PRODUCE48」に参加して、その審査が終わり日本に帰ってきた時かな。元々、倖田來未さんや安室奈美恵さんのようなセクシーで大人な歌手になるのが夢やった私にとって、韓国で過ごした時間はすごく刺激になって。ふと「ステージに立って、パフォーマンスでファンの方に笑顔になってもらう瞬間がメチャクチャ好き」という想いが前より強くなったんです。今まで以上に歌・ダンスを真剣に、ずっとやり続けたい!しかも自分一人の力で歩いてみたい、という気持ちが強くなっていくと同時に、“卒業”という言葉も強くなっていった感じですね。


――10月の11周年という節目のタイミングを待たずの卒業は驚きました。

自分の心の中で決めたことは、すぐに動き出したくなるタイプで。次の未来に向けて動きだそうと思ったら「このタイミングしかない」となっていました。それに今年開催した「NAMBATTLE~戦わなNMBちゃうやろっ!~」が、より「次に進みたい」とより強く思わせてくれるキッカケをくれたんですよ。


――白間さんはチーム「みっくすじゅーす」のキャプテンを務めました。先頭に立つことで色々と感じたものがあったと。

はい。「みっくすじゅーす」は、私の次の世代が5期の(梅山)恋和と若手の多いチームで。こんなにガッツリ若手メンバーと一緒に公演を作っていく経験は初だったので、本当に色々な発見があったんですよ。正直10周年記念ライブの前後ぐらいは、NMB48が持っていた“熱さ”をみんなからあまり感じられず「この先、大丈夫かな?」と不安になっていて。私がもっと“NMB48らしさ”を伝えていかなきゃいけない!という気持ちがあったんですよ。

実際NAMBATTLEが始まった当初も、みんなどこか遠慮気味で。やっぱ私が引っ張らなくちゃと思っていたのですが、始まってみたら全員が積極的に「こうしよう!」と相談したり、みんながこの戦いを通じて今まで表に出せなかった個性とか、追い上げてやろう!という熱い気持ちを前面に出す姿を見せて。しかも全チームがバチバチに戦って、全員がドンドン成長していくので、「こんなスゴイ子たちがおるんやから、NMB48の未来を託しても大丈夫!」という安心感が湧いてきたんですよ。「NAMBATTLE」が開催されていなかったら、もう少しだけ卒業発表も後になっていたんじゃないかなって。


◆今、NMB48に伝えたいのは“芯の強さ”◆


――まだNMB48での時間が残っている中、現在、白間さんプロデュースの公演「大阪魂、捨てたらあかん」が上演されています。「気合・感謝・根性」をテーマに作られたそうですが、どういう想いを今公演に込めたのでしょう?

昔のNMB48って「泥臭い」、「ド根性!」という要素が強く、それこそ心の底から「てっぺんとったんで!」精神で溢れていたんです。今のNMB48は「NAMBATTLE」を経験してから、確かにみんな成長したし可愛いしカッコイイんやけど、「やってやるぞ!」という“芯の強さ”がまだ足りていない気がして。そうなったら、私が最後に教えられるのは、昔ながらの大阪魂溢れるNMB48らしさなんじゃないかな?と思い、このテーマとセットリストを考えたんですよ。


――『俺らとは』で始まり『道頓堀よ、泣かせてくれ!』で締め、アンコールは『ワロタピーポー』でトドメと、大阪魂とガムシャラさ全開のセットリストですね。

どのダンスもハードやから、公演終わりに舞台裏に戻ってくるメンバーみんな、前髪グッシャグシャで汗ビッショリ。けど目をすごくキラキラ輝かせて、「また一つやりきった!」という最高の顔をしながらで戻ってくるんですよ。実際に「シンドかったですけど、やりがいがあるメッチャ楽しい公演ですね!」と言われた時は嬉しかったですね。この公演を通じて、私が伝えたかったことに気づいて、また大きく成長してくれたらいいな。


◆最後の最後まで「カッコイイ先輩だった!」という背中を見せ続けたい◆


――白間さんにとってのラストシングル『シダレヤナギ』が完成しました。シダレヤナギの花言葉は「愛の哀しみ」。一方でヤナギ全般の花言葉には「自由」という意味もあります。白間さんの今の心境にピッタリ合うタイトルだなと思いました。

まさに。寂しさもありつつ、これからの私の背中を押してくれる芯の強い言葉も並んだ、本当に素敵な曲です。ダンスもスゴイ難しくカッコイイ振りつけで。振付を担当してくださったCRE8BOYさんは、私にとって一番思い入れのある初センター曲『ワロタピーポー』に、『床の間正座娘』、『母校へ帰れ!』と、私がセンターを飾った楽曲のほとんどを手掛けてくださっていて。私の長い髪を活かした髪をバサッとする振りや、“みるみるポーズ”を取り入れて振りなど、“私らしいダンス”を作っていただけたのは本当に嬉しい。この曲がこれからもNMB48に残って、これからの子たちに歌い継いでもらえるのが本当に嬉しいですね。

MVも私らしくギラギラッ!とした内容になっていて、これまでの卒業シングルのMVにあった「送り出す」感も“ラストぽさ”もゼロ(笑)。みんなで笑って終わりたい!という気持ちがあったので、本当にピッタリなMV。私のNMB48での最後の作品が『シダレヤナギ』で本当に良かった。これだけ最高のものをいただいて、気が引き締まったし、最後の最後まで「カッコイイ先輩だった。私も負けられない!」と後輩に思ってもらえるような姿勢を、この曲を通じて見せたいですね。


――約11年という長きに渡る時間で、どんな姿や想いをNMB48に残せたと思われますか?

ガムシャラに努力し続ける姿だと思っています。加入したばかりの頃は本当にダメダメな子で、とにかくレッスンで泣かない日はないぐらいの毎日を過ごしていました。けど、負けず嫌いな性格やったから、何とかみんなに追いつこうと最初にレッスン場に着いてからはみんなが帰るまで残って練習していました。レッスン場で練習していた時間は誰よりも長かったと、これだけは自慢できます。

この努力が結果として出るまで時間はかかりました。何度も諦めかけたこともありました。けど努力することはムダにならないという姿は、これまでの活動を通じてシッカリと見せてこれたと思います。努力することの大切さが一人ひとりに届いていたらいいな。

◆白間美瑠厳選、NMB48忘れられないエピソード。“サササ サイコー”編◆


――きっと卒業後の夢や想いはたくさんのメディアで語ってこられたと思います。当サイトでは趣向を変えて、約11年の歴史を振り返っていただき、“サササ サイコー!”だった瞬間、できれば思い出から消したい黒歴史を、各三つほど語っていただければと思います。

えぇっ!? 想い出がありすぎるからなあ……パッ!と思い浮かんだのは『山へ行こう』(9thシングル『高嶺の林檎』収録)で難波鉄砲隊其之伍に選ばれ単独センターを任せていただいた時。「期待をかけてもらっているんや」と、すごく嬉しくなりました。『山へ~』のMVは『純情U-19』などを撮った園田俊郎さんが監督で。園田さんは普段あまり褒めない方で、私もこどもだったので、正直「怖い人」という印象だったん思っていたんです。けど『山へ~』では「メッチャ良かった!成長したなあ!!」と言っていただけて。その言葉が本当に励みになって、この先の活動でも自信が持てるようになれたんですよ。


――その次のシングル『らしくない』でセンターを飾ったのは、きっと結果に繋がったんでしょうね。続いては?

2017年の選抜総選挙で12位をいただいた時です。ずっと「NMB48を背負いたい」と言いながら結果を残せていなかったので、その熱い気持ちに見合う順位が欲しかったんです。モバメでファンの方に向けて「絶対につかみ取りたい!」とメラメラした気持ちを送って、ファンの方も「一緒に頑張ろう!」という声で応えてくれたことで、すごくファンの方との絆を近くに感じてすごく嬉しかった。長い間ファンの方を不安にさせていたので、この結果をいただけた時は嬉しさ以上に「これでみんな、喜んでくれたらいいなあ」とホッとした気持ちでしたね。


――では最後の一つは!?

これはもう、2013年のじゃんけん大会で大島優子さんと対戦した時。一番のターニングポイントでした。まず、あれだけの大先輩と向き合う機会がもらえたのが大きかったですし、しかも勝ったんです。本当に何も持っていない私が初めて大きな結果を残せたのが本当に嬉しくて。自分ももっとやってやろう!とエンジンをかけるキッカケをくれましたね。しかもこの日から、「大島優子ちゃんに勝った子だよね!」と握手会に一気に並んでもらえるようになり、優子さんはスゴイ先輩や!と改めて感じたんですよ。私もこんなスゴイ人になれたらなあと身が引き締まった瞬間でした。

「あいにゃん、ゴメン!」白間美瑠、忘れてしまいたい“黒歴史”エピソードトーク。


――では一方の黒歴史の方もできれば語っていただければと(苦笑)。

そうやなあ……思い浮かぶもの全部、言いたくないレベル(笑)。一つ目は2010年のSKE48さんのライブに、NMB48全員で乱入して『マジジョテッペンブルース』を披露した日のリハです。最初は二列目という重要なポジションをいただいていたのに、歌う時はマイクを持つ、歌わない時は下げるという基礎中の基礎すら理解できず、舞台監督さんにメッチャ叱られて。最終的には最後列に下げられてしまったんですよ(苦笑)。

ショックのあまり家に帰ってもずっと暗い顔のままで。そうしたらパパに「ヤンキーの歌なんやったら、ヤンキーみたいに“オラァ!”と入れてみろ!!」と言われ、リビングで「オラァ!!!」と気合を入れさせられたんですよ(笑)。この思い出は約11年の中でもすごく印象深い。正直今でもあの時の舞監さんの顔を思い出すと震えるぐらいなので(苦笑)。


――相当心を抉られた経験だったんですね。

二つ目は、最初の公演『誰かのために』を開催していた時の話です。公演終わりは、出演メンバー全員で劇場を清掃していて、私はあいにゃん(福本愛菜)と一緒にトイレ掃除担当になったんです。このころはお姉ちゃんメンバーたちに甘やかされていたからか、毎回あいにゃん一人に掃除させて常に逃げまわっていたんです(苦笑)。何があっても怒らない温厚なあいにゃんも溜まりに溜まって、最終的にメッチャ怒られました。それで反省すればいいのに、掃除後にあった公演の反省会も「あいにゃんにまた怒られる!?」とビビッて、スッポかしてその後さらに怒られて(苦笑)。


――アハハ!福本さんには申し訳ありませんが、最高のワル白間さんエピソードですね。

今でもあいにゃんには申し訳なかったと思っています。あとは2期生が入ってきた時ですね。私、上西恵ちゃんが大好きで、本当のお姉ちゃんのように甘えていたんです。恵ちゃんはみんなに優しい子で、2期生が加入した時も真っ先に仲良くなって、特に與儀ケイラちゃん、ふぅちゃん(矢倉楓子)をすごく可愛がっていたんですよ。ただ、私は甘えん坊やからその光景を見て「私のけいっちが後輩に取られる!?」と嫉妬でメラメラ燃えてしまって。恵ちゃんと二人が仲良くしていると、「みるのけいっちやからぁ~!!」と、追いかけまわしては泣かせていたんですよ(苦笑)。


――矢倉さんの卒コンでもその時の話が出ましたが、最高の相方とは、当初色々な意味でバチバチな間柄だったんですね。

いやぁ、ふぅちゃんとは色々と激しい仁義なき戦いを繰り広げていました。こうして振り返るとホンマに手のかかる子どもでしたね(苦笑)。11年の時間は濃すぎる、語りつくせませんね。残された時間で恥ずかしい思い出が消えるぐらいの良い思い出を作りたいですね。


インタビュー:田口俊輔

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  • dwango.jp news

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