<純烈物語>歌い手を目指すなかで白川裕二郎は米倉利紀の唄に揺さぶられた<第99回>

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―[ノンフィクション連載「白と黒とハッピー ~純烈物語」]―

◆<第99回>ボーカリストでありながらリスナーの耳と目線も持ち続けている白川の強み

 白川裕二郎が高校2年の時だった。当時つきあっていた彼女から電話があり、まったく予期していなかった事実を知らされる。

「尾崎、死んじゃったって……」

 下の名前を聞かずとも、その名字が特定の一人を指すのは一瞬で理解できた。とはいえ、それをリアルとして受け入れるにはあまりに不意打ちすぎる。

 ニュースでやっているからと言われるがまま、すぐさまテレビをつけるとワイドショーが大騒ぎとなっていた。ライブさえ一度もいったことがなく、作品のみを通じての関係性であるのに、まるで同じ景色を見て同じ時を過ごし、一つの思いを共有してきた相手を失ったようなその感覚……これが「ショック」という言葉で表されるものなのか。

「僕は音楽をアーティスト括りでは聴いていなくて、一曲ごとにいいなと思ったものをよく聴くようになるんです。その中で尾崎豊さんだけは今でも聴いています。京都のカラオケボックスで『ムード歌謡をやらないか?』とリーダーから誘われた時も『COOKIE』と『15の夜』を歌った。昔から、カラオケで歌うとしたらスローバラードで、あまりノリのいいアップテンポの曲は歌わない。

 あの夜、そのほかに歌ったのが中村雅俊さんと河島英五さんで、やっぱりどちらもゆったりしたテンポ。そういった作品を好んで聴くうち、無意識に今の下地ができていたのかもしれませんね。いきなりムード歌謡と言われてもピンとこなかったんですけど、聴いてみたらスローテンポのものが多く、これだったら歌えるかもしれないと思えたのが、本当のスタートでしたから」

 尾崎が遺した歌を自分の声に乗せたら、酒井一圭がそこに引っかかった。もしもノリのいいビートが効いたものをセレクトしていたら……と想像してしまう。

シェリー いつになれば 俺は這い上がれるだろう
シェリー どこにいけば 俺はたどりつけるだろう
シェリー 俺は歌う 愛すべきもののすべてに       (尾崎豊『シェリー』より)

 こじつけを承知で書くならば、役者として行き詰まりを感じていた白川は這い上がろうとあがいていた。自分がどこに向かい、たどりつこうとしているのかさえつかめなかった。だが、尾崎の歌と酒井のひらめきに導かれ、今では愛すべき純子と烈男のために歌っている。

◆相撲部屋に入門する直前に聞いた『My Revolution』

 特定のジャンルやアーティストではなく、耳に入ってくる音楽から好みのものを選んでいくと、おのずとヒット曲が多くなる。B’z、DEEN、THE BLUE HEARTS、たま……白川の脳内セットリストは増えていった。

 ただ、それもシングルA面(この時はすでにCDだが)がほとんどで、隠れた名曲のようなものまで手を伸ばすのは、やはり尾崎のみだった。そんな十代も、高校を卒業すると残すところはあと2年。白川はその夏に、朝日山部屋へ入門する。

「卒業してから、友達が免許を取って中古で車を買ったんです。それで入門する前に思い出作りだといって、その車に乗って日本全国いろんなところへいったんですけど、カーステでずっとかかっていたのが渡辺美里さん。いい曲がいっぱいあるなあって。『My Revolution』と『夏が来た!』が特に好きでしたね。

 あとはDREAMS COME TRUEの『サンキュ.』やMy Little Lover。今思うとこの頃って、どれも女性ボーカルの曲なんですよね。好きな曲が増えると、お金がなくて買えなかったからそいつの車に乗って聴いたり、友人たちからCDを借りまくったりしていました」

 日本中で思い出を作ったあと、力士を目指した時点で音楽に関しては空白期間に入る。俳優に転身後『忍風戦隊ハリケンジャー』でデビューし、無事最終回まで演じるとミュージカル『みにくいアヒルの子-HONK』の仕事が舞い込んできた。

 それが、生まれて初めて音楽と向き合うシチュエーションだった。話が来た時は、本格的に歌も踊りもやったことがない自分には絶対無理だと、全力で断った。

 事務所には、やれば何かにつながるかもしれないからと説得された。まだ駆け出しの域を脱していない俳優に主役を任せるのだから、破格の抜てきである。

「あの時は、自分の人生において1、2位っていうぐらいメチャクチャ一生懸命やりました。四六時中そのことだけ考えて、朝は誰よりも早く稽古場にいって。僕、猫背だったんですけどそれを直すために星飛雄馬じゃないけど木で作った矯正ギブスを用意してもらって、それを装着して発声練習しました。ダンスと2人の先生がつきっきりで見てくれて、毎日終電がなくなるまで指導していただいたんです。

 だから、そういう力になってくれる方々のためにも、食らいついてでも成功させたいって思うようになっていった。途中で演出家の方が変わっちゃって大変だったけど、自分がステージ上で歌うなんて、それこそ尾崎さんにハマった頃の自分は一瞬でさえも想像しなかったですからね」

◆石原裕次郎、フランク永井etc.往年の名曲を練習

 ミュージカルも、その後に訪れた純烈も音楽に携わりながら、それまで聴いていたものがバックボーンとなったわけではない。そこはリスナーと仕事といった立ち位置の違いが明確にある。

 演歌・ムード歌謡を始めた時も、音楽的パフォーマンスをする上で影響を受けたアーティストはこれといっていなかった。だから、お手本にした先生をあげると、それは「パソコン」となる。

 和田弘とマヒナスターズ、ロス・プリモスなど先人の歌い方を繰り返し再生し、愚直にマネした。それまで意識せず聴いていたものも、注意深く耳をそばだてると気づきがあった。

「ムード歌謡って、男が女性の心を歌うから声をひっくり返したり鼻にかけたり、そういった技術をやっているんです。それで自分もやってみたんですけどうまくいかなくて、これって先輩の方々ならではなんだなとの結論に達しました。僕は高いキーが出ないので、そこからは石原裕次郎さん、フランク永井さんといった往年の名曲を練習するようになっていきました。

 ミュージカルとムード歌謡の声の出し方って基本は今思えば一緒なんでしょうけど、その当時はわからなくて。そうやって試行錯誤していくうちに、僕の声は僕にしか出せない。先輩たちに近づけようと思っても、それはその先輩しか持っていないものなのだから、ニセモノになってしまう。ならばマネするのはやめよう、自分の声に魅力があるのだとすれば、自分にしか出せないのだから、それで勝負しようとなりました」

 影響を受けずして、時間こそかかったもののゼロから自身のスタイルを確立するにいたった白川(言うまでもなく本人は完成と思っていないが)。普段は自分たちの曲もあまり聴かない中で、最近は安全地帯、THE YELLOW MONKEY、米米CLUBをリピートしている。

◆玉置浩二の声、カールスモーキー石井の歌い方、そして米倉利紀に

 玉置浩二の声が好きで、他のアーティストの曲も、自分の作品のように歌い上げてしまうそのセンスに唸らされる。また米米にはムード歌謡的要素があり、カールスモーキー石井のボーカルには学ぶべき点が多いという。

 アーティスト括りではない白川にとっての特別な存在をあげるとするならば、それは米倉利紀になる。2人は2008年と2010年にミュージカル『レント』で共演。

 その稽古で、出演者同士の親睦を深めるためにそれぞれの過去を披露する時間が設けられた。一人ずつ話す中、自分の番が回ってくると米倉は「僕はアーティストなので歌を聴いてください」と言うと『大丈夫っ!』をアカペラで響かせたのだ。

「その時、僕は初めて歌で泣いたんです。この人、やべえ!と思った。もちろんヒット曲がいくつもある方であるのは知っていましたけど、どうしてこんなにも声に深みと温かさがあるんだと。それほど高くないのに、すごく体に響く心地よい声をしていらっしゃったんです。説得力、やさしさ……歌に必要なすべてを兼ね備えている。それでミュージカルを一緒にやっているうちに、ファンになってライブも何度となく足を運んでいます。

 トシさんの声はどうやって作り上げたのか、聞いたことがあるんですけど『僕の地声は高くないけど、裏声でいろんな人たちの曲を歌ってきた。その中で一番好きなのは久保田利伸さん。久保田さんのキーは出せないけれど、裏声で練習したんだ』と。それでいっとき、久保田さんのマネをした米倉さんのマネをしていましたね」

 それが純烈における歌唱法につながったか、あるいは影響が及んだかさえもわからないそうだが、重要なのは同じく歌と声を生業としている人物に心を揺さぶられたこと。そして自分なりに模索しつつ得られた経験は、何一つ無駄にはならなかったというのが、白川の考えだ。

 ボーカリストでありながら、リスナーの耳と目線も持ち続けている。じつはそれこそが、歌い手としての強みなのかもしれない。

撮影/ヤナガワゴーッ!

―[ノンフィクション連載「白と黒とハッピー ~純烈物語」]―

【鈴木健.txt】
(すずきけん)――’66年、東京都葛飾区亀有出身。’88年9月~’09年9月までアルバイト時代から数え21年間、ベースボール・マガジン社に在籍し『週刊プロレス』編集次長及び同誌携帯サイト『週刊プロレスmobile』編集長を務める。退社後はフリー編集ライターとしてプロレスに限らず音楽、演劇、映画などで執筆。50団体以上のプロレス中継の実況・解説をする。酒井一圭とはマッスルのテレビ中継解説を務めたことから知り合い、マッスル休止後も出演舞台のレビューを執筆。今回のマッスル再開時にもコラムを寄稿している。Twitter@yaroutxt、facebook「Kensuzukitxt」 blog「KEN筆.txt」。著書『白と黒とハッピー~純烈物語』『純烈物語 20-21』が発売

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