「28歳独身。元モデルのイケメン彼氏と同棲しているのに満足できません…」女が吐露した葛藤とは

住んでいる街によって、人生は変わり、また人も変わる。

2020年、東京の街は大きく変貌した。

店は閉まり、代わりにフードデリバリーの自転車を頻繁に見かけるようになった。また時差通勤やテレワークが導入され、ラッシュ時の人は減った。

では、東京に住む女の人生は、どう変わったのだろうか? エリア別に、その実態に迫る。

今回は世田谷区在住・愛(28)の話。



2021年、4月の初めのころ。彼女はある悩みを抱えていた。

▶前回:自粛がキッカケで入籍。でも夫が家賃25万の白金高輪1LDKから、杉並区で車を持ちたいと言い出し…

「今でも十分幸せ。でも…」自己実現にもがく世田谷区女子・愛(28)


三宿に移り住んで、早2年半が経った。

礼央と付き合い始めてから同棲をするため、それまで住んでいた幡ヶ谷から、彼が住むこの三宿に引っ越してきたのだ。

行きつけのバーの扉を開けると、オーナーの蓮さんが笑顔で迎えてくれる。

「愛ちゃん、いらっしゃい。今日は、礼央くん一緒じゃないの?」
「礼央は今日、友達と飲みに行っていて」
「そっか。愛ちゃんひとりは珍しいね。何飲む?ジントニックでいいんだっけ?」

礼央とは共通の知人を介して知り合った。5歳年上でアパレル系の仕事をしているが、元モデルというだけあり、相当なイケメンだ。

彼との交際は順調そのもので、不満は何もない。世田谷…というよりも、ここ三宿に引っ越してきてから、近所で飲む頻度がグンと増えた。

この界隈には経営者から芸能人、若手クリエイターにIT系の人まで何でも揃う。港区とは違う、みんな何か“コダワリ”を持っている人たちが集う街。

そんな人たちと話していると、すごく刺激になるし楽しい。


でも同時に、何もない自分にすごく焦るのだ。

“ナニモノカニナリタイ”私たち。28歳の女が焦る理由

「愛ちゃん、浮かない顔をしてどうしたの?礼央と喧嘩でもした?」
「何でもないですよ〜。ただちょっと飲みたい気分でして」

特に、何もない。

今勤めているPR会社の仕事もそれなりに楽しいし、彼氏とも順調。愚痴るほどの大きな悩みもなければ、話題になるような事件もない。

だが、それが問題なのだ。

“何もない”、ということが…。

ため息をつきながら店内を見渡すと、常連さんたちがいたるところで会話に花を咲かせていた。

「相変わらず流行っていますね、このお店」

最近は17時から馴染みの店に集まり、店主や常連さんと話し込む人が多い。本当にアットホームな街である。


「みんなが来てくれるおかげだよ」

蓮さんはそう言って静かに笑う。

この店に来る面々は、皆何か自分の強みを武器に仕事をしている人ばかり。

向こうのテーブルにいるのは、インフルエンサーという立ち位置で、自らアパレルブランドを立ち上げた里子さん。その隣にいるのは彼女を裏で支えている、彼氏のジョージさん。

オーナーの蓮さんも元俳優で、今はモデルエージェンシーを経営しながらこのバーをやっている。今蓮さんが話しているのは、某有名雑誌編集長・神谷さん。

その他にも、渋谷のIT関連会社で活躍している25歳の萌香ちゃんに、スタイリストの流星くんなどなど…。

ため息が出るくらい、みんな自分の好きなことを仕事にして輝いている。そして、自分を説明できるタイトルを持っているのだ。

「私には何があるんだろう…」

大好きな三宿。ここに集う人たちも同じくらい大好きだ。

でもこういう自分の世界を持っている人たちに会うたびに、自分でも気づかぬうちに焦り、少しずつ心がすり減っていく。

「私って、ナニモノなんだろう…」

山中愛、28歳独身。PR関連会社勤務。

それだけ聞くと、誰でもいいような気がしてきた。自分でなくても誰にでもできる仕事。どこにでもいそうな、ただのアラサー女子。

「愛ちゃん、今日礼央は来ないの?」

ボケっとしていると、流星くんから話しかけられた。

「今日は他で飲んでいるみたいで」
「愛ちゃんひとり?こっちの席で飲めば?」
「ありがとう!」

元々、このお店は礼央の行きつけだった。彼が最初からこの地域のコミュニティにしっかり入ってくれていたおかげで、私もすんなりと受け入れてもらった。

彼がいなかったら、この輪には入れなかったと思う。

「今度ね、担当しているWebメディアでページを作るから、流星にモデルのスタイリングを担当してもらおうと思っているんだ」

萌香ちゃんが、嬉しそうに話している。

「そうなんだ。すごいね、2人とも!」
「いつか、愛ちゃんとも何か一緒にできたらいいね」
「たしかに!何かやりたいね」

流星くんと萌香ちゃんの笑顔が、今は辛い。2人は好意で言ってくれているのに、私には一緒に何かできるような“トクベツナモノ”が何もない。

私だけ、取り残されている気がした。この街は、アットホームな分、そもそも既存のコミュニティに入るのが難しい。

仮に入れても、自分を持っていないとあっという間に振り落とされる気がする。

結局この日は18時から飲み始めたが、1杯だけ飲んですぐに家へ戻った。

何もない自分に悩む愛。そんな彼女が見つけた、自分にしかできないコトとは?



「あ〜。美味しかったね」

近所の焼き肉店へ行った帰り道。たらふくになったお腹をさすりながら、礼央と手を繋いで今日の食事を振り返る。

「礼央の地元の近くにあったんだよね、このお店?」
「そうそう。神戸ではかなりの有名店で。近くにできて嬉しいな〜」


世田谷住民は、グルメだと思う。家で食べる人たちも多いけれど、基本的にこの三宿界隈で飲みに集まる人たちは、値段に関係なく美味しいものが好きだ。

「蓮さんのところにでも寄って帰るか」
「うん。そうだね」

そして食事へ行ったら、基本的に常連の店へ寄って帰る。それがまるでセットかのように、まっすぐ帰らない。

「あのさ、礼央。私にしかできないことってなんだと思う?」

もう夜風はすっかり生ぬるくて、夏の匂いを微かに感じる。

「愛しかできないこと?なんだろうなぁ…。たくさんあると思うけど。どうした突然?」
「みんなを見ていると、焦るんだよね。何にもない自分が」

きっと、礼央にはわかるまい。元モデルで華やかな世界にいて、今も仕事では大好きな洋服に関われている。

「礼央は好きなことを仕事にできているもんね。羨ましいよ」

すると、突然礼央がピタリと立ち止まった。

「愛にはそう見える?」
「う、うん…」
「そっか。ならよかった」

よく意味がわからず戸惑っていると、礼央は思いっきり笑顔になった。

「俺もさ、悩んでいたよ。モデルとしてそこまで売れないって悟ったときは絶望的な気持ちになったし。モデルを辞めたら自分の価値何もないなぁと思って、最後のほうは必死にしがみついていたかな」
「そうなの?」

知らなかった。礼央が、そんなふうに悩んだことがあるなんて。

「でもそんな時に、この界隈の人たちと出会って。毎日呑んだくれていたら、言われたんだ。“まだ若いんだし、なんでも夢中でやれば、それが振り返ったときに大きな道になっているよ”ってね」

いつの間にか、私たちは蓮さんの店の前に到着していた。

「その言葉に、ガツンときて。この界隈の人たちに言われたら説得力あるでしょ?で、洋服が好きだと思い出したんだ。ただ好きっていうだけしかないけど、アパレルの道で生きていこうと思ったんだよね。愛にもあるんじゃない?何か好きなものが」

礼央の言葉に、ハッとなる。

「例えばインフルエンサーの人を集客する際のやりとりとか、DM周りとか。俺は細かい作業が苦手だから、それは愛の武器になるんじゃないかな」
「え?そんなことでいいの?」
「十分だよ。意外に、やりとりが面倒で苦手だ、っていう人多いし」

— そうか。別に、すごい人にならなくてもいいんだ。自分の好きなものや得意なことを見つけて、自分で道を作っていけばいんだ。

何でもいいから、一生懸命突き詰めていると、いつの間にか自信に繋がっているのかもしれない。

「礼央ありがとう!!私、やる気出てきたよ」
「俺もいるし、愛は好きなことやりなよ」

礼央と、手を繋いで半地下にある蓮さんの店の扉を開ける。今日も、いつもと同じ顔ぶれが揃っている。

でも、今日はいつもより居心地がよく感じる。中途半端な後ろめたさを感じるのは、もうやめよう。

自分の“好き”があれば、それはきっと武器になる。自分が自分でいられるだけで、価値がある…。

「愛ちゃん、今日もジントニックでいいのかな?」
「はい」

自分の好きな飲み物を覚えてもらえている行きつけの店があり、店に行けば仲間がいる。

ようやく、私もこの街に受け入れられた気がした。



時代は、移り変わる。今まで”当たり前”だと思っていたことが、当たり前ではなくなる世界。

そんな時代だからこそ、自分の好きな場所で、自分らしく生きる選択肢があっていいと思う。

女は、強い。

今日もこの東京23区で、風のようにしなやかに優しく、強く。そして前を向いて生きる女たちの、それぞれのストーリーが生まれている。


Fin.


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