「子どもを産まないなら、その代わりに…」DINKSでいることを選んだ妻に、夫が持ちかけた提案とは

結婚しても子どもを持たないという選択は、もう特別なものでもない。

“2人”が、家族のかたち。

明るい未来を信じて、そう決断する夫婦も多い。

それでも…悪気のないプレッシャーや、風当たりの強さに、気持ちがかき乱されることがある。

これは、3人の女が「夫婦、2人で生きていく」と決めるまでの、

選択と、葛藤と、幸せの物語。

◆これまでのあらすじ

不妊治療を一切やめたつもりだった藍子(43)だが、生理が遅れたことで、まだ妊娠を期待している自分に気づく。結局叶わなかったが、夫の淳之介は思わぬ言葉をかけるのだった。

▶前回:「おなかに赤ちゃんが…」そう言いかけて撤回した女に、男が告げた衝撃すぎるニュースとは


最近は、淳之介と藍子がともに食卓を囲む日も増え、昔話に花が咲く。

出会った当時、藍子は医学部の学部生で、淳之介は大学院生だった。

淳之介の幼少期は、国産車メーカーの成長が著しかった時代だ。企業が販売網を世界に広げる中で、淳之介の父は海外に駐在するようになり、淳之介自身も日本と各国を行き来する幼少時代を過ごした。

それなのに帰国子女らしくないと言われるのは、男性ながらに“奥ゆかしい性格”だからかもしれない。

友達を作りづらい環境の中で、淳之介の友はいつでも小説だった。その結果、大学院で研究に没頭する文学青年となったのだ。

一方の藍子は、医師の家系だ。家柄に見合うよう努力を重ね、いつでも高みを目指していた。学生時代の藍子は周囲を寄せ付けない鋭いオーラを身にまとい、プライドの塊だった。その美貌も人目を引いた。

性格も才能も趣味嗜好も正反対の2人の共通点は、当時どちらも同じ大学の学生だったということだけだ。

「まさかあの高嶺の花を淳之介が射止めるなんて…って、どれだけ言われたか」

いつもの言葉を呟きながら淳之介は目を細めた。そして、藍子の方もいつもと同じように照れくさそうな顔をする。

「だからその話は…」

ほろ酔いの藍子も、遥か遠い過去に視線を送った。

ドラマのような2人の出会いとは?

「本当は逆だったのにね。私があなたに一目惚れしたのよ」

藍子にとって、淳之介のようなタイプは新鮮だった。正直、藍子はちやほやされることには飽き飽きしていたし「いずれは医師と結婚すること」を望まれているのも負担だった。

反発心が強まる中、大学の図書館で出会ったのが、同じ大学にいた淳之介だ。

図書館の片隅で木漏れ日を浴びながら、分厚い洋書を読む青年の美しい横顔。銀縁の眼鏡。少し長めの黒い髪。シャツにスラックスというシンプルな装い。その姿を見たときの衝撃を、藍子は忘れることができない。さながら少女漫画の主人公のように、胸がずきんと脈打ったことを覚えている。

―あ。私一目惚れした!

そう思ってからの藍子の行動力は、自分でも驚くほどだった。

「すみません。課題の英訳でどうしてもわからないところがあって、手伝ってもらえませんか?」

原文でスタインベックを読んでいた淳之介は、きっと完璧に英語を読み解くに違いないだろう。

藍子は、毎年「ミスコンに出ろ」と頼み込まれるほどの華やかな美貌の女子大生だ。そんな美女に急に声をかけられた淳之介は、仰天して目を白黒させると、それでも要望に応え真剣に課題を手伝ったのだった。

図書館でのひそかな交流を始めた2人は、いつのまにか学内でも有名なカップルとなった。

藍子の聡明さ、凛々しさ、芯の強さ、溢れるバイタリティー。淳之介の穏やかな喋り方。豊富な語彙と表現力。アメリカ育ちのレディーファースト。そんな淳之介の魅力に、藍子はどんどん惹かれたのだ。

ただ、淳之介はその後留学し、藍子はいよいよ研修医としての多忙な日々を送ることになった。

研究員、講師、准教授、教授とキャリアを積んだ淳之介。

皮膚科医として医療に打ち込み、ついには自身のクリニックの開業にこぎつけた藍子。

そんな2人の結婚は、出会って10年後。待ちに待った春を迎えたのだ。

そして今日、結婚生活10年目を迎えようとしていた。


「淳之介と出会って20年か。私の人生って、なんて幸せだったのかしら」

2人は、自宅のダイニングテーブルで向かい合い、ワイングラスを目線で掲げ合う。

「40年後もそう言ってもらえればいいけど」

「まだまだ先が長いわね」

そう言って2人は笑顔を交わす。

―もし、子どもがいれば…。

残り40年、さまざまなライフイベントに満ち溢れているだろう。「子育てはあっという間」。よく聞く言葉だが、子どものいない2人の間には、逆にゆったりした時間が流れるのかもしれない。

「家族構成、夫婦2人なんだから、どうしたって仲良くやるしかないわね。私とあなたの仲違いは、チームの壊滅につながるわ」

藍子は冗談めかしてそう言うが、淳之介の表情はいつになく真剣そうだった。

「藍子。これは一つのアイディアとして聞いてもらいたいんだ。俺、アメリカ育ちだから、もしかして感覚が違うかもしれないんだけど…」

そう前置きをすると、淳之介は言った。

「藍子が望むなら、養子を迎えるって選択もあると思ってる。向こうではわりとよくあることだし、制度としては日本でも確立されつつあるよな。とはいえ審査や勉強会、年齢のこともあるし、スタート地点に立つのも簡単なことではないよ。それでも温かい家庭が必要な子どもはたくさんいるのは事実だ。俺は、覚悟はできると思う」

藍子は、淳之介の言葉を素直に受け取り、そして穏やかな気持ちで頷いた。

「いつか、きっと淳之介の口から養子の話が出ると思っていたわ。そのタイミングを待っていたのかもしれない」

そう言って、やわらかな視線を淳之介に送った。

淳之介の提案に藍子は?

「私が必死に不妊治療をしているうちは、養子をもらおうなんて言えないわよね。気持ちを察してくれてありがとう。私、子どもを育てたいのか、何が何でも妊娠したいのか…最終的にはよくわからなかったわ」

淳之介は静かに頷きながら藍子の言葉を待った。

「私、これまでは努力すれば必ず結果が伴う人生だったのよ。医学部に入ったのも、クリニックを開業したことも、誰よりも頑張ってきた成果だと思っているの。でも…不妊治療は全然それが通用しない。打ちのめされちゃった」

藍子はそっとワイングラスに唇をつけた。

「これまで、私ひどい人間だったわ。成功できなかったことを嘆いている人は、単純に努力が足りないからって思っていたの。でも、時間もお金も注ぎ込んで結局妊娠できなかった女性に、“努力が足りない”なんてひどい言葉は絶対にかけられないわね」

「不妊治療で成果を得られなかったこと、失ったものが多いことを藍子は嘆いていたけど、経験したことには価値がある。人の気持ちにさらに寄り添える、今まで以上に優しい人になったんだね」

藍子と淳之介の心は、静かに通い合う。養子というキーワードは、藍子の心を温めてくれた。

「養子縁組のこと、提案してくれてありがとう。でもね、私たちはもう40代半ばだし…。私は、夫婦2人の人生を選びたいと思ってる。あなたがそれでよければ」

「もちろん。俺は今までもこれからも、藍子と過ごす人生が、大好きだ」

愛しげに見つめてくる淳之介に、藍子は心からの幸福を噛み締める。

「私もよ。あ、でもね淳之介。私、子どもを持たないことは決めたけど…別の角度から子育てに関わりたいと思ってるの」

淳之介は笑いながら続けた。

「わかってる。社会貢献だろ?いいじゃないか。自分の子どもを1人育てるより、世界中の子どもの幸せのために活動するのは、むしろ藍子らしいよ」

「うん。まずは、子育て世代が働きやすい職場作りにトライしてみるつもり。クリニックで色々な声を拾ったら、私に何ができるのか考えてみるつもりよ」

子どもを産み、自らの手で育てなくても、子育てには参加できる。そんな形でも少しずつ、気持ちを消化していきたかった。

「世界は広いわね。私、何億人かのお母さんになった気分」

「そうだね」と淳之介も笑い、2人は改めて乾杯した。


翌日の夜。

ピラティススタジオでは平日夜の最終レッスンを終え、インストラクターの美菜と生徒たちとのいつもの雑談タイムだ。

「藍子さん、真琴さん聞いてください」

「どうしたんですか、そんな怖い顔して」

いつになく真剣な表情の美菜を見て、真琴は声をひそめる。藍子も同時に息を飲んだ。

「私、28歳にして、おばあちゃんになりました」

突然のカミングアウトの意味がわからず、真琴は首をかしげる。一方の藍子はハッとするのだった。

―え?この話って、もしかしてこの間の篤彦くんの…?ってことは…

藍子は、1人で思わず笑ってしまう。

数奇な運命と、その愛おしさ。そして、生まれてくる尊い命のことを思うと、じんわりと胸が温まる。

「美菜先生、もしかして…」

藍子は、美菜の驚く顔を想像しながら、笑顔で話を切り出した。


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夫婦、2人で生きていくと決めた3人、それぞれの決意。

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