新垣結衣、星野源の「職場結婚」を読み解くと? フィクションの『逃げ恥』がリアルな夫婦になる瞬間

「逃げ恥婚」というワードで世間を騒がせた新垣結衣と星野源の結婚。大ヒットドラマ『逃げるは恥だが役にたつ』(TBS系)でみくりと平匡という夫婦役を演じた2人だが、俳優同士が撮影現場で出会って恋に落ちるという構図は、ある意味で「職場恋愛」「職場結婚」ともいえるだろう。

 そう考えれば、新垣と星野の「逃げ恥婚」も、私たちにとって身近なものに思えてくる。なぜ、フィクションの夫婦だった2人がリアルな夫婦になったのか。「職場結婚」とは一体、何なのか。『なぜオフィスでラブなのか』(堀之内出版)の著書がある、職場恋愛・結婚に詳しい労働団体職員の西口想氏に話を聞いた。

3組に1組が「職場結婚」する理由

——日本中が「逃げ恥婚」に沸いていますね。新垣さんと星野さんの結婚は、ある意味で「職場結婚」だと思われますか。

西口想氏(以下、西口):お2人は俳優なので職業の特殊性も大きく影響しているかと思いますが、新垣さんと星野さんの結婚も広い意味での「職場結婚」といえると思います。

——「職場結婚」というと私たちにも身近に感じるのですが、今も多いのでしょうか。

西口:国立社会保障・人口問題研究所が5年に一度行なっている「出生動向基本調査」に、初婚同士の夫婦が出会ったきっかけを聞いたデータがあります。2015年の調査結果によると、「職場や仕事で」と答えた割合が28.1%。「友人・兄弟姉妹を通じて」(30.9%)に次いで多く、「アルバイトで」(3.7%)を含めれば、3組に1組が職場で結婚相手を見つける「職場結婚」をしていることになります。昨年は新型コロナウイルスの影響で調査ができなかったのですが、こうしたトレンドは大きく変わっていないと思いますね。

——その中に新垣さんと星野さんも含まれるのでしょうね。なぜ、3組に1組もの人が職場で結婚相手を見つけるようになったのでしょうか。

西口:昔は日本の結婚制度というのはイエ(家)同士の結婚でした。農家でも商家でも職人の家でも、家業を継ぐのが一般的で、結婚は住んでいるイエ=生産拠点に新しいメンバーを入れる手続きでした。それが高度成長期に入ると、企業に雇われる会社員の比率が増えました。

 会社づとめでは、男性と女性の職務の分離や賃金格差が大きくなり、女性が定年まで勤め上げられる職種はごく一部に限られるようになりました。それは現在の日本にまで続いている問題で、そうなると女性が生きていくためには配偶者の経済力を重視せざるをえません。相手と同じ会社に勤めていれば、収入はこのくらいで何年後にどの役職に就いて、何歳には家を建てて……という見通しも立てやすいですよね。現在と将来の収入が職場から担保されているということが職場結婚の重要なカギになり、家族への説得材料にもなった。私は日本で職場結婚がメジャーになった主な背景をそのように推論しています。

——仕事は人生のうち長い時間を占めますが、同僚とはその多くを一緒に過ごすわけで、その人のステータスだけでなく人となりも知りやすいですよね。

西口:経済面だけでなく、人の情緒的な面も大きいと思います。昔は、女性は結婚するまで家にいるものとされていましたが、働きに出ることによって男性との接点ができ、貴重な出会いの場にもなった。結婚がイエとイエのものではなく、個人と個人のものになっていったんですね。

——現在の日本ではいまだに同性同士の法律婚は認められていないので、どんな人にとっても恋愛や結婚が自由になったとはいえませんが、高度成長期以前に比べれば個人の意思が尊重されるようになったのですね。

西口:職場恋愛・結婚といえば「男女のもの」という固定観念が私たちにも染みついていますが、実際には昔から多様なオフィスラブの形があったのだろうと想像します。

職場という「公」の場に「私」的な感情が染み出してくる瞬間

——星野さんの所属事務所の公式発表では、2人は今年1月に放送された『逃げ恥』スペシャルの撮影を終えてから交際を始めたとしています。つまり、2016年に放送されたドラマシリーズからはタイムラグがある。こういう「一度離れてから……」というパターンは、職場恋愛あるあるなんでしょうか。

西口:そうですね。同じ部署やチームで働いているときは、恋愛感情を前面に出してしまっては仕事に影響が出ますから、意識的にも無意識的にも感情を抑制しています。自分またはずっと一緒に働いていた同僚が異動や転勤になってしまった途端に意識するようになって、実は好き合っていたと気づく、みたいなことはよくあると思います。逆に、一方的な好意が暴走してセクハラ問題になってしまうというひどいパターンもあるのですが。

——いずれにしても、職場という「公」の場所に、好意という「私」的な感情が染み出してくる瞬間があるんですね。

西口:拙著『なぜオフィスでラブなのか』では職場恋愛を描いた小説作品を通してオフィスラブを論じているのですが、小説や映画ではそうした瞬間がうまく描かれています。たとえば、休日出勤。普段ピリッとしている職場の雰囲気が緩んでいて、一緒に仕事をしている同僚に妙な親近感を持ったりする。または、繁華街のバッティングセンターでバットを振っている後輩の姿を偶然見かけて意識するようになる。ほかにも、職場では同僚を苗字に「さん」づけで呼ぶのが暗黙の了解になっていますが、下の名前で呼ぶことでガラリと関係性が変わる……など、それまでそこにあった職場の公私の境界が突き崩されるきっかけが巧みに描写されています。

——新垣さんと星野さんはみくりと平匡というフィクションの夫婦役を演じていたわけですが、お2人にもそんな瞬間があったのでしょうか。

西口:どうなんでしょう。恋愛関係を演じたことがリアルな恋愛に発展するきっかけとなりうるのかは、当然のことながら第三者の立場からは分かりません。

——新垣さんたちは物語の中で表された関係性を演じる俳優という特殊な職業なので、私たち会社員の「職場恋愛」や「職場結婚」と同じ視点で語ることは難しいのでしょうか。

西口:でも視点を変えれば、わたしたち会社員も「職業」の役柄を演じているのだと思います。たとえば営業職だったら、営業先では会社の代表として発言したり、心のうちでは全然いいと思っていない製品をおすすめして売ったりとか。多かれ少なかれ「感情労働(感情そのものが労働内容の不可欠な要素であること)」的な振る舞いが仕事をする上で求められます。

 感情表現そのものが仕事である俳優とはレベル感が大きく異なることは踏まえなければいけませんが、「公」が「私」に染み出すことが私たちの人生にはよく起こるという意味で、俳優もオフィスワーカーも共通する面があるのだと思います。
 
 私たち会社員を俳優という職業にもっと引きつけて考えてみると、ある会社に雇われてある役職に就くということは、その業界や役職から世界を見るということです。もちろん、はじめからそんな視点を獲得している人はいません。就職した時は業界の慣習に違和感だらけでですが、少しずつ習熟して認められるようになり、人間関係や地位を構築していくにつれて、その職業の視点を自分のものにしていくわけです。

 私の話で恐縮ですが、過去にテレビ番組制作会社につとめていた当時は映像やメディア表象という観点から社会を見ていました。今は労働団体の職員なので、どのような報道や表現に触れるときでも「労働」や「仕事」という視点を外すことはできません。そこにはバイアスもあれば限界もあるのだけど、自分の就いている小さな職業からの「定点観測」に、人生の長い時間を使っているんですね。

——私たちも職業を演じている。だとすれば、「職場恋愛」こそ、身近でフィクションがリアルになる瞬間でもあることでしょうか。

西口:生まれながらにしてどんな仕事をして誰と付き合うかがあらかじめ決められていない近代以降の私たちは、望むと望まざるとにかかわらず、自らが選んだ「仕事」を通して世界や社会とつながり、折り合っていくことになります。その視点を分かち合いやすいことが職場恋愛の強みではないでしょうか。日常レベルでは業界内の愚痴や世間話が通じるし、もっと深いレベルでいえば、世界観や社会観も共有できる可能性が高まります。

 俳優であれば不規則な労働時間や特殊な契約などの問題も共有できるし、それを通して「対話」ができる。職場恋愛が雇用される人だけでなく俳優などの自営業者の間でもよく見られることは、ある意味で合理的で当然ともいえます。

——対等な「対話」は、ドラマ『逃げ恥』でも重要な要素だったと思います。

西口:『逃げ恥』があれだけ多くの視聴者の支持を得たのは、現代の「当たり前」とされている夫婦のあり方、とりわけ性別役割分業について問題提起をするドラマだったからですよね。みくりと平匡が「雇用(偽装結婚)→恋愛→結婚」と至る過程で、交渉を含む「対話」の成功と失敗を辛抱強く繰り返して、互いに納得してパートナーとして歩み出す、その2人の関係性が魅力的に映ったのではないでしょうか。

 そうした対等な対話は、「公」の場においても「私」の場においても、本当なら私たちもやりたいことのはず。ですが、性別役割分業意識や雇用不安などのパワーバランスから難しい面もある。だからこそ、そうした対話が、現実で結ばれた新垣さんと星野さんの間でも実現されるのではないか、そうあってほしいという視聴者の願望が、お2人の結婚報告のニュースに対しても投影されていたと感じます。

西口想(にしぐち・そう)

1984年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、テレビ番組制作会社勤務を経て、現在は文筆家・労働団体職員。著書に『なぜオフィスでラブなのか』(堀之内出版)。

 

 

  • 5/31 15:00
  • サイゾー

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