このままでは、五輪は人々の命を危険に晒すことになる<東京都医師会会長・尾崎治夫氏>

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◆緊急事態宣言だけで第四波は抑えられない

―― 緊急事態宣言の解除後、たちまち第四波に突入し、再び緊急事態宣言が発出されました。現在(5月7日)の状況をどう見ていますか。

東京都医師会会長・尾﨑治夫氏(以下、尾崎) 緊急事態宣言の解除後、東京の新規感染者は週平均700名、入院患者は2000名程度に増えました。このペースが続くと、やがて感染者が指数関数的に上昇し、医療体制が逼迫します。これは第三波の経験から分かっていたことです。

 そのため、政府は東京都医師会や小池都知事の要請に沿って、ゴールデンウィークの前に緊急事態宣言を出しました。過去2回の宣言はピークを過ぎてから出されていましたが、今回はピークを迎える一歩前で出されました。タイミングが良かったのです。

 その効果は数字に表れています。5月6日の東京都モニタリング会議の資料によれば、5月5日時点で居住地から5キロ圏内、3キロ圏内の移動で生活した都民の割合はそれぞれ70%、60%です。

 主要繁華街の滞留人口も減少し、宣言が出される前の週と比べると、昼間と夜間の滞留人口はそれぞれ36%、46%減です。

 ゴールデンウィークの期間に、多くの都民がステイホームに協力してくれたということです。もし宣言を出していなければ、すでに1日当たりの新規感染者は1000~2000人に上っていたはずです。

 しかし、楽観はできません。第四波は変異株が主流になっているからです。東京での変異株の発生割合は8.2%(3月22日―28日)から32.3%(3月29日―4月4日)に急増、現在では67.9%(4月26日―5月2日)まで急速に拡大しています。さらにインド株の感染も確認されはじめています。

 変異株の特徴は感染力が強い、つまり実効再生産数(一人の感染者から何人に移るかという指標)が高いことです。たとえば他人との接触を30%減らした場合、従来株の実効再生産数は0.77人ですが、変異株は1.1人です。接触を50%減らした場合は従来株0.55人、変異株0.79人。

 つまり、従来株は接触30%減で抑え込めたが、変異株は50%まで減らさなければ抑え込めないということです。

◆「クラスター対策」の飲食店時短制限だけでは限界がある

―― 尾﨑さんは『月刊日本』3月号のインタビューで、3月7日の期限まで緊急事態宣言を続けて東京で1日100名程度まで減らすべきだと主張していましたが、宣言を延長しても、そこまで減らすことはできませんでした。

尾﨑 これまで政府はクラスター対策を中心に飲食店に対する時短要請や会食禁止の呼びかけを行ってきましたが、それだけでは限界があるということです。

 今年1月と4月の感染経路を比較した資料によると、会食による感染は7%から7%で変わっていません。その一方で、学校等の施設や職場での感染が増えています。10代の施設内感染は7%から20%に倍増。職場内感染も8%から17%に倍増し、特に20~30代の感染経路は4分の1が職場です。

 つまり、休日のステイホームや繁華街の人口抑制はうまくいっているが、平日の学校や職場で感染が増えているということです。そのため、休校やテレワークなど、学生や社会人のステイホームを進める対策が求められています。

 緊急事態宣言を続けるだけでは、従来株が主流の第三波すら収束させることができなかった。さらなる手を打たない限り、変異株が主流の第四波を収束させることは難しいと思います。

◆なぜワクチン接種が遅れたのか

―― 菅政権はワクチンに一縷の望みを託していますが、接種は一向に進んでいません。

尾﨑 高齢者への接種が完了すれば、重篤患者の数は減るでしょう。そうすれば、感染者の増加が医療体制の逼迫につながるという現在の状況は打開できるはずです。我々も医師として最善を尽くしたいと思います。

 ただ、ここまで接種が遅れたのは、政府の初動が遅れたからです。

 コロナが流行した当初から厚生省や感染研は「そんなに早く安全で有効なワクチンは作れないだろう」とワクチン政策に懐疑的な姿勢だったため、政府のワクチン調達や承認が遅れてしまったのです。

 ファイザー製ワクチンは昨年12月に申請があり、2月に特例承認されましたが、3か月も時間をかけています。政府は今になってモデルナ製ワクチンを5月中に特例承認するなどと言い出していますが、スピード感がチグハグです。

 また、政府はワクチンの確保に目途を立てられず、接種のスケジュールを一向に発表しませんでした。自治体の中には4月中に接種会場を用意していたが、ワクチンが来なかったせいで接種を見送らざるをえなかったところも少なくありません。

 ところが、菅首相は4月23日の記者会見で唐突に「7月末までに65歳以上の高齢者への接種を終わらせる」と発表しました。それから政府は自分たちの遅れを取り戻そうと自治体の尻を叩いて医師会をせっついていますが、ワクチン接種はすぐに完了できるわけではない。

 ただでさえ現在は第四波で治療のために人手が割かれている状況ですから、感染を抑えなければワクチン接種のために十分な人員が確保できない。今後、第四波が拡大して感染者が増えれば、ワクチン接種はストップせざるをえません。

 また、多数の患者にワクチンを接種すれば、それだけ他人との接触が増え、医療従事者の感染リスクが上がります。しかし、医療従事者へのワクチン接種は3分の1しか終わっていない。医療従事者への接種が遅れれば、それだけ高齢者への接種も遅れます。

 すでに東京では、現時点で7月末までに接種を完了できない自治体が4割にも上っています。今後はこれらの自治体にテコ入れをしなければならない。

 この間、一部の国民からは「ワクチン接種が遅れているのは日本医師会がたるんでいるからだ」という批判が上がっています。政府筋からも「医師会の協力が足りない」というような声が聞こえてくる。冗談ではありません。我々が協力を惜しんだつもりは一切ない。政府の責任を医師会に転嫁するような主張は非常に心外です。

◆「大規模接種センター」の不安要素

―― 菅政権は自衛隊が1日1万人にワクチンを接種する大規模接種センターの設置を指示しました。

尾﨑 我々は何も聞いていませんが、心配しながら見守っています。1日10時間で1万人に接種する場合、1時間で1000人に打つ計算になります。仮に医師・看護師・事務員のブースを50個作ったとすれば1時間で20人、3分で1人のペースで打っていく必要がある。

 しかし、高齢者の場合は聞き取りで予診票を作る必要があり、認知症の患者も少なくないでしょう。最低でも1人15分程度はかかるのではないか。本人だけではなく付き添いの家族も来るでしょうから、接種会場が「密」になってクラスターが起きる恐れもあります。

 医師の立場から見て不安な点もありますが、集団接種がうまくいくことに越したことはありません。無事に成功することを願っています。

◆ワクチン接種の規制緩和は金儲けの道具か

―― 現行法では、ワクチン接種は医師や看護師だけに認められていますが、菅首相は医師や看護師以外の接種も認める規制緩和を検討すると述べています。

尾﨑 薬剤師や歯科医師もワクチンを接種できるようにすべきだという意見には、私も基本的に賛成です。ただ一方で、これまで政府の規制緩和は、政権に近い一部の企業や経済財政諮問会議のメンバーの金儲けの道具に利用されてきたという指摘もあります。

 薬剤師によるワクチン接種を認めると、薬局でのワクチンビジネスにつながっていくかもしれません。そのため、ワクチン接種の規制緩和はあくまでも期限付きの特例として行うべきだと思います。

―― また、政府は僻地を除いて原則禁止されている医療機関への看護師の派遣を来年2月まで解禁しました。一方、大手の人材派遣会社はコロナ禍で人材が不足する医療機関を支援すると打ち出しています。

尾﨑 これまでも人材派遣会社による看護師の僻地派遣は問題になっていました。医療機関には看護師1名が患者7名を受け持つ「7対1看護」という人員配置基準があります。これに違反すると診療報酬が下げられるため、医療機関は基準を守るために看護師の人数を維持しなければなりません。

 人材派遣会社はここに目をつけ、1人当たり200万円というような高額な紹介料をとって医療機関に看護師を派遣してきたのです。毎年紹介料を得るために、看護師に1年で辞めるよう言い含める場合すらありました。

 日本医師会は病院団体と連携して、金儲けではない看護師の紹介システムを作っているところですが、今回の規制緩和が火事場泥棒的な派遣ビジネスにつながらないか懸念しています。

◆欧米学説を鵜呑みにするがアジアの成功例を無視する日本政府

―― ワクチンだけではなく治療薬の問題も重要です。尾﨑さんは北里大学の大村智博士の発見から開発された寄生虫病の特効薬「イベルメクチン」をコロナの治療薬として承認するよう求めています。

尾﨑 イベルメクチンがコロナの治療に効果があるという臨床試験の結果は、発展途上国を中心に多数報告されています。しかし、アメリカの学術誌『JAMA』や製造元の米メルク社、米当局やWHOは否定的な見解を維持しています。

 そのため、日本の学者や医師の大半は「アメリカの論文や当局が効果を疑問視しているから大した効果はないだろう」と否定的です。しかし、これでは欧米の研究を受け売りしているだけではないか。なぜ日本独自の研究を行い、自分の頭で判断しようとしないのか。

―― コロナ対応でも「脱亜入欧」的な発想があるのですか。

尾﨑 日本人は欧米の学説を鵜呑みにする一方、台湾や韓国などの成功例を無視しています。国民規模の検査体制、ワクチンの接種体制、変異株の水際対策……台湾や韓国などから学ぶべきものは沢山あります。なぜそれを謙虚に学ぼうとしないのか。不思議でなりません。

◆人々の命を危険に晒す五輪には協力できない

―― 尾崎さんは東京五輪を運営する大会組織員会の顧問を務めています。

尾﨑 変異株が主流である第四波が収まらない限り、五輪開催は難しいといわざるをえません。東京五輪をきっかけに国内外の感染状況を悪化させ、人々の命を危険に晒す恐れがある状況では、医師として開催には協力できないということです。

 私は組織委員会などに対して、五輪を開催したいならば外国のコロナを持ち込ませず、国内のコロナを持ち出さないための具体的な対策を示すよう求めていますが、いまだに回答はありません。

 また組織委員会は、すでに外国からの観客は受け入れを断念しましたが、国内の観客は受け入れる方針のようです。しかし、ワクチンを接種した外国人よりも、接種していない日本人のほうが感染リスクは高いのです。国内の感染が収まらず、ワクチン接種も進んでいない以上、無観客が現実味を帯びているのではないか。

 ただ無観客にしたとしても、選手団、IOCや組織委員会等の役員、スポンサー、メディアの関係者は5~7万人もいます。その感染対策だけでも入念な準備が要りますが、具体的な内容は何も決まっていません。医師や看護師が何人必要なのかという基本的なことすら分かっていない。これで「対応しろ」というのは無理です。

◆「医師や看護師ならば何でもできる」は素人の発想

―― 組織委員会は日本看護協会に看護師500人程度の派遣を依頼すると同時に、日本スポーツ協会を通じてスポーツドクターを200人程度募集しています。菅首相は看護師の派遣について「現在休まれている方もたくさんいると聞いている。そういうことは可能だ」と述べています。

尾﨑 私は何も聞いていないので詳しいことは知りませんが、看護師やスポーツドクターに五輪の医療体制は担えません。もともと五輪の医療体制には「救急対応」「災害対応」「核・生物・化学兵器等のテロ対応」「外国人対応」が求められ、今回はその上さらに「コロナ対応」も加わっている。

 休んでいる看護師や整形外科医のスポーツドクターでは、これらの問題に対応することはできません。それができると思うのは、「医師や看護師ならば何でもできる」と誤解しているからです。これは素人の発想です。

 菅首相は「地域医療に支障を生じさせずに必要な医療体制を確保できるよう、関係者と丁寧に調整を進めている」とも述べていますが、この発言は矛盾しています。コロナに対応できる医療従事者を五輪に集めなければ「必要な医療体制」は確保できませんが、彼らを五輪に集めれば「地域医療に支障」が生じます。

 ワクチン接種だけではなく、東京五輪のコロナ対策も一向に進んでいない。政府は本気で五輪を開催するつもりがあるのかと思わざるをえません。

◆インド株主流の第五波を防げ!

―― 第四波を収束させるためには、どうすべきですか。

尾﨑 現在、東京の実効再生産数は1.1%で、いまだに拡大傾向が続いています。しかし、このまま行けば1%を切って減少傾向に転じるはずです。問題は、その後どこまで減らせるかです。第三波の時のように300人程度で宣言を解除すれば、再びリバウンドして第五波を招く可能性が高い。ましてやインド株が主流になろうものなら、最悪の事態になりかねません。当然、五輪開催も絶望的になる。

 死活的に重要なのは、インド株が主流の第五波を何としても防ぐことです。そのためには、今ここで第四波を抑え込む必要がある。具体的には東京で1日100人以下まで抑え込みたい。それができなければ、政府の二大目標である「ワクチン接種」と「五輪開催」が吹っ飛ぶだけではなく、日本そのものが吹っ飛びかねない。

 しかし先ほど指摘したように、緊急事態宣言で三密を避ける対策だけでは限界があります。一方、イベルメクチンなどの治療薬は使えず、ワクチン接種もなかなか進まないとなれば、基本に立ち返って他人との接触を減らすしかありません。休校やテレワークにより、学生や社会人の外出を避ける対策をとるべきです。

◆第三波で東京の医療体制は改善した

―― 前回のインタビューでは東京の医療体制に課題があると伺いましたが、その後の対応はどうですか。

尾﨑 東京都の医療体制は第三波の教訓を活かして、大幅に改善しています。

 まずコロナに対応する病院が増えました。特に広尾・豊島・大塚などの都立病院がコロナ患者を受け入れてくれ、今では専門病院のようになっています。

 コロナ回復後の高齢患者を受け入れる後方施設も増えました。コロナ患者に対応していない民間病院400か所のうち200か所は回復後の高齢患者を受け入れてくれています。110か所の老人保健施設も同様の対応をとってくれました。

 さらに、自宅待機者・自宅療養者を24時間体制で見守るフォロー体制も整えました。これまでも自宅待機者・自宅療養者に対する支援は行ってきましたが、容体が急変した場合に十分対応できるものではなかった。しかし、現在はかかりつけ医、在宅専門ドクター、応急専門のファストドクターが24時間体制で見守り、何かあればすぐに対応できるようになりました。

 これらの施策により、病床数が増えると同時に病床の回転率が改善されました。第四波を迎えた現在の状況でも東京の医療体制が逼迫していないのは、その成果です。

 しかし、全国的には楽観を許さない状況です。特に大阪は第三波の時の東京のような状態になっています。我々の経験が他県の「転ばぬ先の杖」になるよう、情報共有や連携強化を進めていきたいと思います。

◆抗原定性検査で感染対策と経済活動を両立させる

―― コロナ禍は日本の医療体制のみならず、社会そのものの在り方をあぶり出したと思います。

尾﨑 もどかしいのは、「みんなで力を合わせてコロナ禍を乗り越えよう」という雰囲気にならないことです。私も医師会への批判には反論していますが、日本全体でお互いに協力し合うよりも、批判し合うほうにエネルギーが割かれていると感じます。

 たとえば、政府の対策を決めているのは厚労省と感染研です。彼らは感染症の専門家ですが、クラスター対策しか知らず、PCR検査やワクチン接種に消極的でした。厚労省や感染研の知見だけでは限界があるため、政府とは異なる立場の意見も取り入れるべきです。

 しかし、政府はそういう「部外者」を最初から排除して、「身内」だけでコロナ対策を決めてきた。菅首相は常々「専門家の意見を聞く」といっていますが、結論は決まっていると感じます。その結果、日本のコロナ対策は失敗しているのです。

 本来、コロナ対策は国を挙げて総力戦で取り組むべきものです。政府は専門家会議に民間の専門家や現場の医師も入れ、さまざまな立場から議論を戦わせながら対策を決めていくべきです。

 そのための政府の努力は十分だったとはいえませんが、今からでも遅くはありません。本当の意味でみんなが力を合わせ、コロナ対策に取り組む仕組みを作ってほしいと思います。

―― 2月には東京都医師会、東京商工会議所、東京都知事がお互い「緊密に連携」しながらコロナ対応を行うという共同宣言を出しました。これは「みんなが力を合わせる」一例になったと思います。

尾﨑 現在はこの協力関係をさらに発展させるため、東京都と東京商工会議所、東京都医師会は感染対策と経済活動を両立させる共同プログラムを検討しているところです。

 最近注目されている抗原定性検査は、80~90%の確率で感染の有無を確かめることができます。この検査を定期的に飲食店で行い、従業員と客の陰性が確認できれば、深夜営業を認めても問題はありません。もう時短要請は必要ない。

 第四波の現状ではすぐに実施できませんが、落ち着いた段階で歌舞伎町など都内の繁華街で実験を行い、成功すれば感染を抑えながら経済活動を行うモデルケースとして広げていきたいと思います。

 医療界と財界、行政、そして国民がみんなで力を合わせれば、必ずコロナ禍を乗り越えることができるはずです。そのために東京都医師会は、今後も各方面への協力を惜しまず最善を尽くす覚悟です。
(5月7日 聞き手・構成 杉原悠人)

記事初出/月刊日本2021年6月号より

【月刊日本】
げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。

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