上司の歪んだ寵愛に溺れた女。不意に知らされた、衝撃の「男の裏の顔」

東京の平凡な女は、夢見ている。

誰かが、自分の隠された才能を見抜き、抜擢してくれる。

誰かが、自分の価値に気がついて、贅沢をさせてくれる。

でも考えてみよう。

どうして男は、あえて「彼女」を選んだのだろう?

やがて男の闇に、女の人生はじわじわと侵食されていく。

欲にまみれた男の闇に、ご用心。

◆これまでのあらすじ

ある日。秋帆がオフィスに戻ると、怒号が響いた。黒川が、社員に怒鳴り散らしていたのだ。叱責された社員は、辞職に追いやられてしまう。豹変した黒川に戸惑う秋帆だが、彼の寵愛は変わらず…。

▶前回:社長から渡された、従業員リスト。秘書を戦慄させた、恐怖の中身とは?


― どういうつもりなんだろう。

秋帆は、黒川から渡されたケーキをじっと見つめた。

シックな箱にぎっしりと詰められたフルーツは、まるでジュエリーのように美しく、キラキラと輝いている。

聞いた話では、このケーキは半年ほど先まで予約が埋まっているらしい。そんなケーキを、黒川は事もなく差し出した。きっと、何かしらのコネクションがあったのだろう。

いつもなら、写真に収めてインスタにアップするところだが、今日ばかりはそんな気にもなれなかった。

彼が怒鳴り散らす姿を見てしまってから、何もかも裏があるような気がしてならないのだ。

「それに…」

秋帆には、どうしても気がかりなことがあった。

自分は、入社初日から、高級デパートで洋服を買い与えられ、恵比寿のタワーマンションの一室が貸与されている。

この豪華すぎる待遇がこの会社では一般的なのだろうと思っていたが、どうも違うらしい。

他の社員にさりげなく聞いてみたところ、そんな話は聞いたことがないと驚かれてしまった。プレゼントはおろか、お菓子のひとつももらったことがない、と。

黒川が自分にだけ優しく、特別扱いしているのは明らかだった。

「じゃあ、その理由って…?」

秋帆は、手がかりを見つけるべく、ある人物に連絡してみることにした。

黒川の、自分に対する態度が気になり始めた秋帆。理由を探り始めると…?

良くない噂


「話には聞いてたけど、すごいところ住んでるのね」

ひかりは、窓からの景色を眺めながら、ため息交じりに言った。

前に会った時の反応を見るに、彼女は黒川について何か知っている様子だった。

どんなことを知っているのか分からないが、情報は少しでも多いほうが良い。そう思った秋帆は、ひかりから聞きだすことにしたのだ。

「家具も高級品ばかりじゃない。これ、本当に寮なの?見てるだけでクラクラしてくるわ」

しばらく興味津々な様子で部屋を観察していたひかりだが、満足したのか、突然ソファにストンと腰を下ろした。

「黒川社長のことでしょ?連絡もらった時から、そうだと思ってた」

さすが察しが良い。彼女は、すべてお見通しだよという顔を見せた。

「…うん」

秋帆が小さく頷くと、ひかりは「とりあえず、話聞かせてくれない?」と、まずは先に話をするように促した。

「ねえ、黒川社長は、どうして私を選んだんだと思う?」

こう切り出した秋帆は、モヤモヤした気持ち、不安をすべて吐露した。

自分には、大した学歴もスキルもない。ルックスも頭の良さも、何もかもが“普通”。

そんな自分が突然、“才能がある”と、見出されて、特別扱いを受けている。

恥を忍んで言えば、当初は“自分には才能がある”なんて勘違いしていた。だが、段々と不気味に思えてきたのだ。他の社員にきつく当たり、自分には何もかも与えてくれる、その落差が。

いったい黒川という男は何者で、何を考えているのだろう。

…と、いうことを秋帆は、まくしたてるように話した。

振り返ってみれば、自分でもイライラするほど要領を得ない喋り方だった。それでも文句一つ言わずに聞いていたひかりが、一言だけつぶやいた。

「やっぱり」


「やっぱり…?」

どういう意味だろう、と秋帆が思っているとひかりはいきなり目の前で手を合わせた。

「ごめん!」

「え?ご、ごめんってどういうこと?」

すると彼女は、こう続けた。

「せっかくの転職先にいきなりケチをつけるのもどうかと思って黙ってたんだけど…」

「待って」

秋帆は、思わずひかりを制した。その先を聞くのが怖い。心の準備をしようと、大きく息を吸う。

「何を知ってるの…?」

恐る恐る尋ねると、ひかりはこう続けた。

「私は当事者じゃないから、あくまで又聞きだけど。でも、今の話を聞く限り、的外れでもないと思う」

そう言ってひかりは、ポツリポツリと語り始めた。

秋帆が働いている会社は、つい最近までは普通のWeb広告を専門とするベンチャー企業だったが、急激に業績を伸ばし始めている。その背景には、業績が低迷した企業を買収し、転売しているとのことだった。

それ自体が悪いわけではないが、そのやり方が強引で法に触れるか触れないかギリギリ。結果的に、業界内で悪評が立っていること。

”強引”、”法に触れる”、”ギリギリ”…。

物騒な言葉が、何度もリフレインする。Web広告の会社としか理解していなかった自分を、ひどく恥じた。

「それから…」

― まだ何かあるの!?

ひかりの言葉に、秋帆は思わず身構えた。

自分の会社のビジネスモデルも理解していなかった秋帆。最後に告げられたのは…?

わが身を振り返るとき


「え…?」

秋帆はひかりの暴露に言葉を失った。最後は、自分に直接関わることだったからだ。

「黒川さん、気に入らない人間や、自分を否定する人は徹底して排除するって聞いた。どんな手を使ってでもね。それで…。前の秘書は、クビにしたらしいわ」

秋帆が秘書として雇われることになった理由。それは前任の秘書が辞職したからだと聞いていた。クビにした、と辞職した、では全く意味が違う。

「自分から辞めたって、私は聞いたんだけど…。ひかりの記憶違いじゃない?」

とっさに秋帆は、黒川を守るような発言をしてしまう。どんどん暴露される彼の裏の顔に、理解が追いつかないのだ。

だが同時に、秋帆の脳裏に、先日の黒川の怒号がフラッシュバックする。そして、後日怒鳴られていた社員が辞めたことも。

「どうなんだろうね。まぁ、彼女なら、クビだろうが辞職だろうが関係ないと思うけど。どこも欲しがる人材じゃない?」

どうやらひかりは、前の秘書のことをよく知っているらしい。詳しく聞きたいような聞きたくないような、そんな複雑な気持ちで、秋帆は尋ねる。

「ひかりは、前の秘書を知ってたの?」

「直接は知らないわよ。でも、まぁ、有名人だったから。この業界も大して広くないしね。

秘書って言っても、社長の右腕的な存在で、経営とかにも口出ししてたんじゃないかな。相当な金額で引き抜かれたらしいって、当時はちょっとした話題になったの」

― 聞かないほうがよかったかも。

ひかりの話に、秋帆は複雑な気分だった。なんというか、胸の奥をチクチクと刺激されるような、そんな感覚。

前の秘書は、業界でも有名なほど優秀な人物で、経営にも関わっていた。一方の自分は、未経験でスキルもない。もちろん、黒川から経営の相談をされたこともなく、仕事といえばスケジュール調整と手土産の購入くらいだ。大した仕事はしていない。

そんなことをぼんやりと考えていると、ひかりが声をかけてた。

「ところで、何か飲みたいんだけど」

せっかく来てくれたのに、お茶一つ出さず、申し訳ないことをした。秋帆は慌てて立ち上がってキッチンに向かう。

ぼうっとしながら湯を沸かし、何かなかったかと冷蔵庫を開けるとそこには手をつけていない、あのケーキの箱があった。


「秋帆、食べないの?」

ケーキを出したものの、どうしても食べる気になれず、秋帆はフォークをテーブルにそっと置いた。するとひかりは「あっ」と、何かを察したように言った。

「社長からもらったの?」

「そう…」

小さく頷くと、ひかりは「要らないなら、ちょうだい」と、秋帆のケーキもペロリと平らげた。

「これ、滅多にお目にかかれないケーキなのよ。残ってるなら、私がもらって帰るから」

きっとひかりは、気を遣ってくれたのだろう。秋帆はその言葉に甘えて、すべてケーキを持って帰ってもらうことにした。

紅茶を飲みながら、秋帆はこの際全部聞いてみようと尋ねる。

「ひかりは 、その秘書さんがなんでクビになったか知ってるの?」

「最近のM&Aは強引であまりにもひどすぎるって、痛烈に批判したから、って聞いたわ」

ああ、と秋帆は嘆息した。

先日辞めた経営企画の社員も同じことを言っていた。彼もまた、辞職に追いやられたが。

そしてその辞職のきっかけを作ったのは、秋帆がした告げ口だった。他人の人生を滅茶苦茶にしてしまったのかもしれないと思うと、胸が痛む。

「じゃあ、私は…」

“自分を否定する人は排除する”という、ひかりの言葉を不意に思い返してしまう。

逆に言えば、自分に従う人間を大事にするということだ。

― 私、良いカモだと思われていたんだ…。

悲しいが、それなら合点がいく。経験もスキルもない秋帆は、黒川にとって都合が良かったのだろう。

人柄やポテンシャルで見てくれたなどとと、彼に感謝と尊敬の念を抱いていた自分がひどく虚しい。

そう落胆する一方で、まだ黒川を信じたい気持ちもあった。

彼は、どんなささいなことでも褒めてくれたし、秋帆を客先に同行させるなど、やりがいを感じさせてくれた。

おかげで、少しだけ自分に自信を持つことができたのに。どれもすべて、自分の目的を達成するためだったのだろうか。

様々な感情が、秋帆の中で交錯する。

するとひかりが、見かねたようにこう言った。

「でも今、秋帆は仕事を精一杯頑張ってるんだから」

精一杯の励ましだったが、今の秋帆には頑張っていることが正しいのか、それすら分からなかった。


▶前回:社長から渡された、従業員リスト。秘書を戦慄させた、恐怖の中身とは?

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黒川に不信感を募らせる秋帆。だが、良い生活をしてしまった代償は大きく…。

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