乃木坂46MV「世界で一番 孤独なLover」と「Wilderness world」に見る都市の風景の変化【乃木坂46「個人PVという実験場」第18回5/6】

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乃木坂46「個人PVという実験場」

第18回 個人PVに現れる「都市」5/6

■乃木坂46と渋谷の深い関係

 前回更新分(https://taishu.jp/articles/-/94282)でふれた、乃木坂46の26枚目シングル収録曲『Wilderness world』MVには、栃木県足利市に設営された「渋谷スクランブル交差点」を再現したオープンセットが使用されている。日本で最も繁華な場所の一つを舞台にしつつ、街の広域を用いてフィクショナルな光景を実現するために設えられた精巧なセットは、映画等への一時的な活用ののちスタジオとして存続することになり、そして『Wilderness world』MVでの使用に繋がった。

 メンバー個別の演技カット等はともかく、楽曲参加メンバー全員が一斉にダンスするさまを実際の繁華街の只中に配置することは、やはり現実的でない。それゆえ、同MVのなかでもとりわけダンスシーンにおいて、この「虚構の渋谷」のオープンセットが最も印象的に使われている。

 とはいえ、乃木坂46のフィルモグラフィーを振り返ると、まさに彼女たちのダンスシーンを実際の渋谷の繁華街に置くための創意もまたうかがうことができる。

https://www.youtube.com/watch?v=-USHcV55s8A
(※「夏のFree&Easy」MV Short ver.)

 2014年の『夏のFree&Easy』MVは、乃木坂46のシングル表題曲のなかでも、最も東京の街並みが強くフィーチャーされた作品である。このMVではメインのダンスショットおよびセンターを務める西野七瀬のソロカットを、渋谷・井ノ頭通り沿いの「Bershka」渋谷店の中で撮影しているが、メンバーの背後にはガラス張りの壁越しに、センター街方面へ向かう渋谷の街を遠景に臨むことができる。実際に渋谷の路面に降り立ってダンス撮影をすることは容易ではない。しかしここでは、透明なファサードを活用した借景を巧みに用いる趣向によって、渋谷の街中にメンバーのダンスショットを配置してみせている。

『夏のFree&Easy』MVを手がけた丸山健志は、グループ最初期から継続的にMV監督として参加し、乃木坂46の映像作品のスタイリッシュさを担保してきた人物である。同時に丸山は、乃木坂46作品の中で、渋谷~原宿エリアにロケーションをとった映像作品を繰り返し担当し、都市的な存在としての乃木坂46を描いてきた。

https://www.youtube.com/watch?v=r3HFM3aSyyM
(※「世界で一番 孤独なLover」MV Short Ver.)

 丸山が監督した2013年の『世界で一番 孤独なLover』MVでは、滑走する自転車とともに渋谷~原宿エリアの街並みを見せ、各スポットで踊るメンバーたちを映し出す。後々までライブのキラーチューンとしても機能するこの楽曲のアグレッシブなイメージは、丸山の手がけた映像によるところも大きい。

■時代ごとに変化する渋谷を刻印

 ところで、自転車の滑走とともに街並みを映す同MVの発想は、本連載4月22日更新分(https://taishu.jp/articles/-/93890)で取り上げた桜井玲香の個人PV「都内名所」とも通底する。「ぶらり旅」を統一テーマにした同PVでは、渋谷をスタートしたのち、後楽園や東京駅、浅草・上野方面まで、細やかにカットを割りながら東京各地を見せてゆくものだった。

 その際にも言及したように、桜井が自転車で通り抜けてゆく東京の街並みの中には、当時復原工事中だった東京駅丸の内駅舎といった、今日すでに存在しない景色もある。常に変化し、作り変えられてゆく東京は、わずかな年月のうちに姿を大きく変える。

『世界で一番 孤独なLover』MVに映る景色もまた然り。通り過ぎる交差点の奥に見える「渋谷109」のビル上部に掲げられたロゴマークは、今日見ることのない旧式デザインのものであり、自転車がくぐり抜ける宮下公園も、今日の「ミヤシタパーク」が整備されるはるか以前の姿を留めている。

https://www.youtube.com/watch?v=dvF5g1rvt-c
(※「Wilderness world」MV)

 そして再度、2021年発表の『Wilderness world』に戻れば、メンバー個別カットのいくつかは、まさに『世界で一番 孤独なLover』時点にはまだ存在しなかった、現行のミヤシタパークで撮影されている。ミヤシタパークでの演技を担当するメンバーの顔ぶれに、『世界で一番 孤独なLover』時点からの歴史的経過を見ることもまた可能だろう。ともかくも、「都市」を背負った同一グループの映像作品が蓄積されてゆくことは、その時々のメンバーの姿を刻みつける記録であり、また同時に街の記憶、時代の記憶を刻むものでもある。

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  • 5/20 17:00
  • 日刊大衆

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