子育てして気づいた「私の親は毒親だった」。叩かれて育った女性の生き直し

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 30代の女性というと、総合職でバリバリ働いていたり、結婚して育児に没頭していたり、様々な選択肢がある。一体世の30代の女性はどんな生き方をしているのか。今回は専業主婦の恵美さん(仮名・33歳)に話を聞いた。

◆「親は子供を叩くのが普通」だと思っていた

 恵美さんは現在1歳半になる息子と夫の3人暮らし。彼女は育児をすることによって初めて、自分が実の親から虐待を受けていたのだと知ることになったという。妊娠を機に仕事をやめた恵美さん。育児を始める前は、子育ては大変だから親は子どもを叩くものだと思い込んでいたという。

「それが、いざ育児をしてみるとこの子を叩くなんてできないと思ったんです。それで、自分が小さい頃ひどいことをされていたことに気づいたんです」

 恵美さんは新たな発見をしたように語る。恵美さんの家庭では教育虐待があったと語る。とにかく習い事を詰め込まれて、休日は日曜日しかなかった

「そろばん週3回、ピアノ週1回、書道週2回、それとスイミングをやっていた時期もありました。本当はやりたくなかったのですが、やめたいと言うと怒られるので怖くて言えませんでした」

 また、恵美さんの家庭は機能不全家族でもあった。父親が母親に対してモラハラをしたり、夫婦喧嘩が絶えなかった。その母親のストレスが恵美さんに向かってきていたのではないかと恵美さんは推測している。

「それと、私には妹がいるのですが、姉妹差別もひどかったです。最初は『お姉ちゃんだから我慢しなさい』から始まったのですが、言語化するのも難しいくらい差別されていました。なんでも褒められるのは妹だけです。それで、大人になって『毒親』という言葉が流行りだしてから自分の親が毒親であることに気づきました」

◆毒親の子は毒親になる…とは限らない

 よく、毒親系の本には「毒親は連鎖する」といったことが書かれている。恵美さんは今育児をしていてその不安はないのだろうか。

「私の母の母、祖母も毒親だったみたいなんです。だから連鎖の部分はわかります。ただ、母の妹、私の叔母にあたる人は違うんです。私が不登校になったとき、親はなんとかして学校に行かせようとして殴ったりしたのですが、叔母だけは『辛かったら学校なんて行かなくていい』と電話で言ってくれたんです。私の知る範囲では叔母は毒親ではありません。
 だから、毒親に育てられたからと言って必ずしも毒親になるとは限らないのではないかと感じています。でも、私も毒親の血が流れているので気をつけないと、とは思っています」

 そして恵美さんは「これはルッキズムの話になるのですが」と切り出した。

「うちは姉妹差別がありましたが、これって妹は容姿に恵まれているせいもあると思っています。残念ながら私は容姿に恵まれていなくて……。また、うちの息子が幸いなことに容姿に恵まれて生まれてきたので、母もすごく『可愛い』と言ってくれます。散歩中に通りがかった人からも『可愛い』と言われると、母もとてもうれしそうなんです」

 息子は可愛いけど母の反応が複雑だという思いが伝わってきた。

◆父と絶縁してみたら、すごく楽になった

 そんな毒親の母とは連絡は最低限取り合っている。しかし、父親とは完全に絶縁したと言う。

「ある日夫から『あなたはお父さんのことが嫌いなんじゃないの?』と言われて、試しに距離を置いてみたらすごく楽になったんです。やはり幼い頃、母にモラハラをしていた記憶が植え付けられているみたいです。母は田舎の長男の嫁だったので、父の両親と同居していました。それを考えると、母親は私にひどいことをしたし軽蔑しているけど、家父長制の被害者だったんだなと。

 父とは2回絶縁しているのですが、一回目は連絡先を全て着信拒否やブロックしました。でも、一度父が急病で倒れたことがあって、それで母から連絡が来て、仕方なく病院に行きました。でも、その後は『次に会うのはお葬式にしてくれ』と言って絶縁しました。母はなんだかんだで変化はあったのですが、父は変わらないままだったので絶縁しました。盆や正月に会うと必ず喧嘩をしてしまうので」

◆外の人間関係より息子と一緒にいる方がいい

 小学校も中高も人間関係でつまずいてなじめなかった恵美さん。発達障害の傾向があるのではないかと検査をしたこともあったが、診断はおりずグレーゾーン。よく、育児中の女性は昼間子どもと二人きりでいることに滅入ってしまうと聞くが、恵美さんの場合は、外に出て働くより息子と一緒にいる方が楽だと語る。

「無理して職場や学校で人間関係を築いていたときより、家で息子といるほうが落ち着きます。外で理不尽なことを言われるとストレスですが、息子は大切な存在なので、何をしても可愛いと思えます」

 現在は専業主婦の恵美さんだが、物を書いて食べていくことが夢だという。今、クラウドワークスなどに登録してほそぼそとウェブライティングの仕事を受けている最中だという。今後、子どもが大きくなったらもう少しライティングの仕事を増やしたいのと基礎を学びたいという。

 子どものうちは世界が狭いので、自分がされていることが世間的におかしいのかどうかわからない。恵美さんの場合は大人になってから自分の心の傷に気づいたのだ。今後年を重ねていくなかでまた、気付きを得ることがあるのではないだろうか。

<取材・文/姫野桂>

【姫野桂】
フリーライター。1987年生まれ。著書に『発達障害グレーゾーン』、『私たちは生きづらさを抱えている』、『「生きづらさ」解消ライフハック』がある。Twitter:@himeno_kei

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