有名ラーメン店のロゴ。その制作秘話をラーメンイラストレーターに聞いた

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 職業というものは世の中に星の数ほどある。青木健氏の職業は「ラーメンイラストレーター」とでも言おうか。ラーメン店のロゴやTシャツのデザインばかりを手がけ、生業としている。世界唯一の職業であろう。そんな青木健さんに、ニッチすぎる職業をはじめたきっかけや、仕事へのこだわりを聞いた。

◆ミシュラン初のラーメン店のロゴも手がける

 ラーメンイラストレーターという言葉はなかなか耳慣れない言葉です。青木さんはこれまでどんなお店の仕事をされてきたんでしょうか。

「たとえばラーメン凪のロゴデザインですね。それと、ラーメン店としてミシュランで初めて星をとった蔦のロゴも僕のデザインです。ロゴデザインに限らなければ100店舗以上のデザインに関わっています。その他ですと、同じくミシュラン掲載の金色不如帰ですね。元々の店名である不如帰という文字を書いた人が外国の方だったんですが、『金色』をつけるときにその人には発注できないというので、元の文字を踏襲しながら『金色不如帰』というデザインをつくりました。あとは、多摩地区の方ならよく知ってくださっているお店でムタヒロのロゴも僕です」

◆小学校の恩師と安西水丸氏の一言がイラストレーターの道を開く

 青木さんが絵やデザインに興味を持ち始めたきっかけを教えてください。

「子供の頃から競争が嫌いで、勉強も運動も苦手でした。競争しなくていいのが図工とか美術だったんです。絵だと『元気があってよろしい』っていう評価もありじゃないですか。でも、算数で元気があってもしょうがないですもんね(笑)。昆虫が好きで、昆虫を絵に描いてましたね。実際描いていて、カブトムシよりクワガタの方がかっこいいなと思ったり、クマンバチよりアシナガバチが綺麗だなって思ったりしてました」

 では、子どもの頃から絵を描くことを仕事に……と思っていたのでしょうか。

「小学校3年の時の先生が面白い女性で、文集を作るときに僕を放課後残してくれて、文集のイラストを担当させてくれたりしたんですよ。家にも連絡してくれて、夕食も出してくれたりして。その先生が、編集者でありアートディレクターで、僕がそこからの発注を受けるデザイナーだったわけですよ」

 自分で勝手に好きなものを描くのと、発注されたものを描くのでは取り組み方が違いますね。

「その先生が、うまいことのせてくれたんですよ(笑)。それから、日本大学芸術学部に入るんですけど、留年したんですね。でもそのおかげで、村上春樹さんと組んでお仕事をされていた安西水丸さんの授業を受けられるようになったんです。安西先生が『君なら、イラストレーターになれるよ』って言ってくれて……今に至るわけです」

◆ラーメンとの出会い、仕事としてのラーメン

 イラストレーターへの道を歩み始めたきっかけがあるように、ラーメンが好きになったきっかけもあると思います。運命の一杯について教えてください。

「僕が子供のころは、今でいう町中華とかそば屋さんがラーメンを出してたって感じでした。中学生の時にそういう店の出前で食べた、味噌ラーメンの大きさや麺の太さや、味噌とピリ辛の味付けに、ハマってしまったんですよ」

 ラーメン好きから、ラーメンを仕事にするようになったきっかけはどんなものだったんでしょうか。

「2005年に、ラーメン凪の創業者である生田智志さんと知り合ったんですよ。そこで、自分が描いたラーメンのイラストを生田さんに見せたら『これ、おもろいね!』って。そのときはまだ、凪が新宿のゴールデン街で週に一度だけ店を出している頃で。それに行くようになって、仲良くなっていたんです。そこから、生田さんが実際に店を出すことになった時に、ロゴを作ったんですよ。その頃はまだ、ラーメン屋さんの仕事をするとは思ってなかったので、プレゼントしました。そしたら、凪が店舗を広げるときにも、いろいろと発注していただけるようになったんです。これが『ラーメンの仕事』のきっかけでしょうね」

 凪の歴史は青木さんのデザインとともにあるといっても過言ではないですね。

「そうですね。それまでは、出版や広告関係を中心に、教科書のイラストとかも描いてましたので、生田さんとの出会いがなかったら人生違ってたでしょうね」

◆ラーメンデザインへのこだわり

 凪のロゴはどんなイメージで作られたんでしょうか。

「『凪』という文字を、円形のロゴからはみ出させてるんですが、これはラーメンの常識からはみ出していって欲しいという思いでつくったんです。凪の生田さんは一風堂の創業者である河原さんを目標にしていました。一風堂は、汚い臭いってイメージだったラーメン屋のイメージを一新した店だったんですが、その新しさの中で足りない『歴史』を補うように、木の看板に筆文字のロゴになってるんですね。そんな一風堂の河原さんに憧れている生田さんには、さらに新しいことに挑戦してもらえるよう、古さを感じないようなデザインにしたんです」

 では、ミシュランで星を獲得した蔦のデザインはどんなイメージで描いたんでしょうか。

「『蔦』という文字は、パソコンなどのフォントにすると、ちょっと横に太い文字なんですよ。なんだか重たいんですね。でも、蔦のラーメンはキレがいいので、そのキレを表現したいと思って細く書いたんです。よく見かける蔦という文字の印象を変えてしまうので、ひらがなで『つた』という文字も入れて『このひらがなは絶対ハズさないでください』ってお願いしました。普通、デザインの候補をいくつか持って行くと何時間か悩んだり、なんなら数日考える店主さんもいるんですが、蔦はほんの数秒で『これです!』って決まりましたね」

◆コンビニでみかける「くじら食堂」のロゴも

 最近は、カップ麺としてコンビニでもみかける「くじら食堂」のロゴも青木さんが手がけているんですよね。

「くじら食堂の店主さんと話していると、都会的なスタイリッシュさより地方の老舗のような雰囲気を目指しているなと感じたんですね。だから、筆文字で力強く描いたんです。言われないとわからないと思うんですが、くじらの『く』の字をよく見てもらうと、マッコウクジラがジャンプしたかたちになってるんですよね」

 あ、確かにくじら食堂さんの『く』はマッコウクジラですね(笑)。他に、気づいた人だけニヤッとできるデザインはあったりしますか。

「西尾中華そばというお店のロゴですね。あのロゴは、スープに出汁として使われている鶏と魚、麺に粉として使われているトウモロコシを描いたんですね。鶏と魚を見ていただきたいんですが、『西尾』中華そばなので、尾が西(左)を向くように描いてます(笑)。そのロゴを見るのは、お客さんであることはもちろんなんですけど、一番見るのは店主さんや店員さんなんですよね。だから、その方々にとって思い入れのあるものを作ろうと思っています」

 こうした細かな部分への思いが青木さんのデザインポリシーなのだろう。そこからは青木さんのデザイナーとしての心意気、そしてラーメン好きとしての思いが伝わってくる。

◆ラーメンイラストレーターとして喜びの瞬間

 ラーメンイラストレーター……この仕事で、喜びを感じる時はどんな瞬間でしょうか。

「ロゴが出来上がった時は、自分なりに満足しますけど、お店が開店してから1年くらいは、そのお店がうまく行くかどうか不安でしょうがないんですよ。ラーメン店は競争が激しいので、1年経たずに閉店する店も多いですからね。10年残る店は1割もないと言われている世界なので『お店の売り上げがあがりました』とか『常連様が増えた』という話を聴けた時は嬉しいですね」

 ラーメン店の成長こそが喜びなんですね。

「そうですね。ユニフォームの追加発注が来ると、従業員が増えているということなので、まだまだ順調なんだなって、嬉しく感じます」

◆ロゴを見ながら楽しむラーメン

 各店の個性が強烈に出るショップロゴ。しかし、各店の個性を引き出す多種多様のデザインを生み出す裏には、真摯さと愛情でラーメンに向き合う一人のデザイナーの姿があった。青木さんはこれから、どんなラーメン店のロゴを描くのだろうか。

 ロゴを見ながら、どんな思いでそのロゴが出来上がったのかに思いを馳せながらすする一杯も、また一興かもしれない。

<取材・文/Mr.tsubaking>

【Mr.tsubaking】
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。

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