「彼のためなら何でも…」上司に心酔する女が引き受けてしまった、禁断の仕事

東京の平凡な女は、夢見ている。

誰かが、自分の隠された才能を見抜き、抜擢してくれる。

誰かが、自分の価値に気がついて、贅沢をさせてくれる。

でも考えてみよう。

どうして男は、あえて「彼女」を選んだのだろう?

やがて男の闇に、女の人生はじわじわと侵食されていく。

欲にまみれた男の闇に、ご用心。

◆これまでのあらすじ

久しぶりに再会した高校時代の友人・ひかり。黒川の名前を聞いた途端、様子がおかしくなり、秋帆は怪しむ…。

▶前回:未経験・スキルなしで、月給60万を得た女。その裏に隠された、男との蜜月


「あの…。黒川社長は、“友兼ひかりさん”って、ご存知ですか?」

スケジュール確認を終えた秋帆は、コーヒーを差し出しながらおずおずと尋ねた。

昨晩。

高校時代の友人・ひかりは、黒川の名前を聞いた途端、様子がおかしくなった。異様な警戒心を見せ、「何かされてない?」と、訝しげに聞いてきたのだ。

最後までその理由を教えてはくれなかったが、秋帆の心にはどうにも消化しきれないモヤモヤした気持ちが残った。

書類を眺めていた黒川が、パッと顔を上げる。

「トモカネヒカリ…?」

沈黙が流れ、秋帆に緊張が走る。やはり余計なことを聞いてしまったか。

黒川はしばらく首を傾げていたが、「さあ、知らないね」と、書類に目を戻した。

「そのトモカネさんが、どうした?」

「高校時代の友人なのですが、黒川社長のことを知っていたみたいで…。もしかしたらお知り合いなのかなと」

すると黒川が、「俺がひどいことしちゃった相手なのかな」と、明るく笑った。

― ひどいこと…?

“何かされてない?”という、ひかりの言葉が、瞬間的に脳裏をよぎった。

黒川の名前を聞いた途端に様子がおかしくなった友人。だが彼女は…?

初めての感覚


昨晩のこと。黒川の名前を聞いたひかりは、異様な警戒心を見せた。

「…大丈夫なの?何かされたりしてない?」

そんな訳の分からない質問に、秋帆は苛立った。言いたいことがあるなら言ってくれれば良い。

「何か知ってるなら教えてよ」

つい語気を強めて言い返すと、ひかりは、ワインを口に含みながら目を逸らした。

「…まあ、秋帆が良いなら。私が口を出す話じゃないか。ごめんごめん」

ゴクリ。

ワインを飲み込んだ音が、大きく響く。秋帆は、ひかりが喉まで出かけた言葉も一緒に飲み込んだと、直感的に思った。

「ごめん、ごめん。気にしないで。ねえ、私デザート食べたくなっちゃった。頼んでも良い?」

その後ひかりは、ビジネスや黒川の話には一切触れず、恋愛話や高校時代の思い出話ばかりを続けた。

その変わりように、秋帆の心は疑念を抱く。だが、ここまであからさまな態度だと、何かタブーに触れるような、そんな気もして、話を蒸し返す気にもなれない。

なんとなくギクシャクした空気が漂い始めたところで、ウェイターから「そろそろ閉店の…」と声を掛けられ、その場は終了した。

「じゃあ、私はここで。またね」

秋帆は、タクシーを捕まえようと大通りへ歩き始める。するとひかりが、「ねえ」と、後ろから呼び止めた。

「さっきは変なこと言ってごめん。…でも、本当に気をつけてね。それじゃ」

― 気をつける…?

夜ベッドに入っても、秋帆の頭から、ひかりの言葉が離れることはなかったのだ。


そんな昨夜の、ひかりとのやりとりが脳裏に浮かぶ。やはり思い切って尋ねよう。そうしないと気になって仕方がなかった。

「ひどいこと、ですか…?」

秋帆は、それがどんなことなのか想像がつかないまま、黒川に尋ねた。

すると彼が、「そんな深刻な顔しないでくれよ」と、大笑いした。

「その人、僕が面接で落としたのかも。それか、出世が懸かったコンペで僕に負けたとか。

不合格だったり、負けたり。理由はそれぞれだが、僕に対して恨みを持っている人は一定数いるはずだ」

秋帆は自分の就職活動時代をふと思い出す。一時期は、不合格だった会社の商品を二度と使うものかと、ひとり不買運動したこともあった。

ひかりもそんな気持ちだったのだろうか。

「だから、どんな理由かは分からないけど、僕はそのお友達にひどいことをしちゃったのかもな」

ハハハと笑った黒川は、席を立ちながら「そうそう」と、思い出したように話し始めた。

「明日、白田さんの歓迎会を準備したよ。社員とコミュニケーションをとる機会もなかなかなくて悪かったよ」

ようやく社員と仲良くなれるチャンスがやってきた。秋帆が喜んでいると、黒川は不意に近づいてきて、耳打ちをした。

「それで、ちょっとお願いがあるんだ」



昼休み。

秋帆は、最近仲良くなったwebデザイナーをランチに誘った。彼女はフリーランスとして働いているため社員ではないが、オフィスに頻繁に出入りしている。

社員はドライな人間が多いようで、業務に関わること以外は話さない。挨拶も雑談も最低限だ。

― せっかく一緒に働いている仲間だし仲良くなりたいのにな…。

秋帆は、そんな希薄な人間関係に寂しさを感じていた。そんな矢先、休憩スペースで話しかけてくれたのが、webデザイナーの彼女だった。

「あの…。黒川社長って、どんな人なんですか?実は昨日…」

秋帆は、昨晩ひかりに“気をつけなよ”と言われたことを打ち明ける。彼女なら、もしかしたら黒川のことを詳しく知っているかもしれないと、聞いてみることにしたのだ。

「気をつける、ねぇ。それだけだとなんとも言えないけど…」

「うーん」と、しばらく首を傾げていた彼女だが、突然「あっ」と、思いついたような表情を見せた。

彼女の口から告げられた、予想外のこととは…?ひかりの秘密が明かされる…?

秘書としての仕事


「嫉妬かも」

「嫉妬!?」

秋帆は予想外の答えに、素っ頓狂な声を上げてしまう。ひかりは誰もが名前を聞いたことがあるだろう大企業の勤め人だ。人数にして30人程度の会社の何がうらやましいというのだろうか。

― 絶対ないでしょ。

同意しかねるという顔を向けると、彼女はこう続けた。

「この会社、とにかく待遇が良いじゃない?広告業界じゃ有名な話よ。

今は、大企業と言っても、家賃補助もカットされて、賞与も減って大変みたいね。そのお友達、実はこの会社に転職考えてるとか?もしくは、過去にこの会社を受けてダメだったとか?」

その言葉に、秋帆は咄嗟に自宅マンションを思い出した。破格の給与をもらっている上に、社員寮まで貸与されている。

― ひかりが私を羨んでいる…?

高校時代、秋帆はひかりに負けてばかりだった。成績も運動神経も、男性からの人気もすべて。いつも敵わない存在だと思っていた。

そんな彼女に羨まれるなんて。秋帆の頬がフッと緩む。

― 黒川社長が言ってた通りなのかも。

最後まで理由を言わなかったのも合点がいく。ひかりは悔しかったのかもしれない。

秋帆は、黒川にプレゼントしてもらったワンピースを誇らしげに見つめた。


迎えた歓迎会。

手短に自己紹介を終えた秋帆は、早速社員のところに挨拶して回った。そして、さりげなく黒川への印象を聞きだして頭の中にインプットする。

「黒川さん? いい人だと思うよ。結果に厳しいけど、ちゃんと評価はしてくれるし」

「そうねぇ、色々なプロジェクト参加してきたけど。正直、仕事場でここまで自由にさせてくれるのは黒川さんくらい」

側から見れば、自分は新しい同僚に挨拶をして回り、これから自分が業務をサポートすることになる社長の人となりを聞いて回っているだけのように見えるだろう。

それはある意味正しかったが、秋帆の行動には別の側面があった。それは黒川からの“お願い”だ。

「上司が部下を評価するのはそれも仕事のうちだから当たり前なんだけど、一方通行はもう古いと僕は思ってる」

黒川の依頼は、“社員の自分に対する評価を調べてきて欲しい”というものだった。

「お互いに人間だし、会社だから一枚岩になるべき、とも思ってない。ただ、ウチで働いてる間はやり甲斐を持って仕事をして欲しいんだ。

足りない部分が僕にあるなら、それを知っておきたい」

秋帆は秘書を始めるにあたりいくつかの書籍を通読していた。その中には“社内の人間関係の把握は秘書にとって重要なステップアップ”と書いてあったのを思い出し、二つ返事で引き受けた。

黒川の真摯な態度に報いたいと、秋帆は心の底から思っていたのだ。



「どうだった?」

翌朝。

タクシーに乗り込んだ黒川は、開口一番に聞いてきた。秋帆は、一瞬、なんのことだろうと首を傾げる。

普段の黒川は、移動中は仕事をしていることが多い。だが、今日は様子が違った。

「歓迎会」

言葉も短く、どこか怒気があるようにも聞こえる。

そんなに急ぐことなのだろうか。そう思った秋帆だが、すぐに昨晩帰ってからまとめておいた資料を取り出し、読み上げた。

概ね、社長としての黒川の評価は上々だった。

“結果を出せば評価してくれるし、そのためには快く相談に乗ってくれる”、“全力で仕事に打ち込めるだけの環境を作ってくれていると思う”など。

秋帆が報告を読み上げながら黒川の顔を盗み見ていると、次第に顔が緩んでいくのが分かった。

安心したのだろうか、と秋帆が思っていると、黒川はある1人の社員の報告に眉根を潜めた。

「今の、もう1回。名前、なんて言った?」

「ええと、経営企画部の…」

秋帆は、慌てて資料に視線を戻して、コメントをもう一度読む。

「“最近のM&Aはじめ、黒川社長の経営手法に強引さを感じてしまう。事業内容に関係の薄い案件は控えるべきだと思う”とのことです」

すると黒川は、「ううむ」と低い声を出した後、秋帆から資料を奪い取るように掴みとり、眉をひそめて読み始めた。


▶前回:未経験・スキルなしで、月給60万を得た女。その裏に隠された、男との蜜月

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翌日。秋帆が出社すると、社内は異様な雰囲気が漂っている。その訳とは…?

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