都合よく扱い、弄んでいた男に会社の前で待ち伏せされて…。28歳女が気付いた真実

PR会社で多忙を極める28歳の綿谷あんな。掃除ができず、散らかった部屋に帰りたくないので、求愛してくるいろんな男のもとを毎晩泊まり歩く。

母親の“呪い”に、乱れた生活。そして歪んだ自尊心…。

これは、そんな女が立ち直っていくストーリーだ。

◆これまでのあらすじ

乱れた生活と決別するため、毎晩泊まり歩いていた男の1人・西島に別れのLINEを送ったあんな。彼との連絡を絶ってから数日後、なんと会社の前で待ち伏せされて…?

▶前回:「好きでもない男の家に転がり込んでるの」28歳女の告白に、後輩男子の反応は


大学病院に勤務する医師・西島隆司と出会ったのは、2年前の食事会だった。

その日のうちに彼から熱烈なデートの誘いが届き、あんなが彼のマンションを住まいのひとつに加えるまで、そう時間はかからなかった。

毎日ジムに通って鍛えている体と裏腹に、内面は繊細な男だった。執着心の強い甘えん坊。

あんなを手に入れようと、ヴァレンティノのブレスレットにセリーヌのバッグ、マノロブラニクのパンプスなどを贈っては、何度も愛の言葉を囁いた。

うんざりしたあんなが冷たくしても、西島はめげずにアタックし続けた。

「ううー…」

そんな男がいま、あんなの目の前で泣いている。

「一方的に、LINEで『別れる』なんて…」

嗚咽が大きくなり、周囲の視線が痛い。カフェを選んだのは、少しでも人目のある場所じゃないと危ないと思ったからだ。あんなが出てくるまで会社ビルの前で待ち伏せしていたのだから、正気の沙汰じゃない。

「西島さん、ごめんね」

あんなは好奇の視線から逃れるように声をひそめた。

「でも別れるもなにも、最初から私たち、付き合ってなかったよね」

あんなの言葉に激高した西島は…

「…俺は、真剣だったのに」

血走った目からボロボロと涙を流しながら、西島は唸るように言った。

「気が向いたときだけ泊まりに来て、キスもさせてもらえないままベッドだけ貸して、俺の話なんて興味も持ってくれなくて。それでもあんなが好きで、真剣に将来を考えていたから理不尽な扱いに甘んじていたんだ」

顔を覆い隠す大きな手のひらは、震えていた。

「…本当に好きだったのに。言うことを聞いていれば、いつか振り向いてもらえると思ってたのに…」

あんなはズキンと胸の奥が痛むのを感じた。一生懸命話しても興味を示してもらえず、ないがしろにされ、それでも構ってほしくて従い続ける。いつか自分のことを見てもらえると信じて…。

それは、自分と母親の関係そのものだった。

「…西島さん。私、あなたが思っているようないい女じゃないよ」

とにかく謝って落ち着かせて、危害を加えられないうちに逃げよう…。そう思っていたのに、気づけば口が勝手に動いていた。

「私の部屋、ゴミ屋敷だったの。散らかり放題で足の踏み場もない。だから帰りたくなくて、西島さんとかいろんな人の家を転々としてた」

西島のすすり泣きが小さくなる。

「自炊は生まれて28年、一度もしたことなくて、野菜の洗い方もわからないの。コンビニでお弁当買って、それすら面倒だったらUber Eats注文して…」

あんなはこれまで見せていた『完璧な自分』をかなぐり捨て、開き直って続けた。

「私のこといつも綺麗って褒めてくれるけど、髪はほっといてもいい感じになるパーマかけてるだけ。服だって、美容院に行ったときにいい女風のコーデを雑誌で探して、全く同じものを上から下まで揃えてるだけ」


コーヒーに手をつけると、すっかり冷えていた。

「…母親に冷たくされて育ったからか、異常なくらい自分に自信がないの。だから、西島さんみたいに社会的ステータスもあってモテそうな男の人から求愛されることで承認欲求を満たして、あえて冷たくすることで自尊心を保ってた」

最低な女でしょ、と小さく付け加える。

「…許してもらえるとは思わない。本当にごめんなさい」

そこまで話し、あんなは深々と頭を下げた。『私は可哀想だから、ストレスを吐き出す先が必要』…そう思って、西島たちと接してきた。可哀想であることが、免罪符だと思っていた。

こんなにも人を傷つけているなんて、想像したことがなかった。

「何だよそれ。詐欺じゃないか…」

再び泣き出した西島に、あんなは「ごめんなさい」と詫び続けることしかできなかった。

人間関係を整理したあんな。最後の課題は…

まだ5月だというのに汗ばむ陽気で、あんなはジャケットを脱いだ。

ぬるいビル風が吹き抜ける、会社ビル前のロータリー。ナチュラルローソンで買った温野菜サラダをつつきながら、LINEを立ち上げる。

トーク履歴から、これまで『宿借り』をしていた数人の男たちの名前は消えていた。

会って別れを告げると罵られたり粘られたりすることもあったが、自分のしてきたことの報いだと思ってひたすらに頭を下げ続けた。

曖昧だった人間関係を断ち切ったことで、心はすっきりと晴れやかだった。

「あ、綿谷さん」

背後からの声に、頬が緩む。12時15分頃になると、祥吾は手作りの弁当を持ってここに現れるのだ。タイミングを狙っていることがばれたら恥ずかしいので、あんなはわざとらしく驚いたように目を丸くしてみせた。

「浅霧くん、本当にいつもここでランチ食べてるんだね」
「そうですよ。綿谷さんも最近よくいらっしゃいますね」
「うん、外回りがある日以外は」

そうなんですねと返しながら、祥吾はあんなの正面の椅子に座った。最初は「座っていいですか」と断りを入れていたが、今では当たり前のように腰を下ろす。

彼との距離が近づいた気がして、少し嬉しい。そんなことを考えていると、祥吾が眼鏡越しにあんなの顔をじっと見た。

「…え、何?なんかついてる?」
「いえ…。綿谷さん、すごく顔色良くなりましたよね」

それは見つめられたことでどきどきして、顔が赤くなっているからではないだろうか。あんなは慌てて両頬に手を当てた。


「そ、そうかな?浅霧くんのおかげで家に毎日まっすぐ帰るようになったし、部屋も綺麗になってきて、たまに料理もしてるからかも」

「人間らしい生活になったよね」と笑う。祥吾もふっと表情を緩めた。

「そうですよ。人間生きているだけで上出来なんですから、無理しすぎないほうが良いんです」

生きているだけで上出来…。あんなは小首を傾げた。

「それ、よく言ってるよね。座右の銘?」

祥吾は弁当箱の蓋をあけながら「いえ」と答えた。

「僕の祖父95歳なんですけど、特攻隊だったんです。明日特攻するっていうところで、終戦を迎えました」
「特攻隊…」
「両親共働きだったんで祖父に面倒を見てもらうことが多かったんですけど、何かあるたびにそう教えられて育ったんです。『生きてるだけで上出来なんだ』って。だから言葉が染みついちゃって」

少し照れくさそうに笑う祥吾の顔は、普段よりも幼く見えた。

「素敵だね。会ってみたいな、浅霧くんのおじいさま」
「香川来てくれたら、案内しますよ。うちすごくボロいですけど」

香川の生まれで、決して裕福とはいえない実家。大家族。年下で垢抜けない印象。スペックだけで人を判断していたこれまでだったら、決して惹かれることはなかっただろう。

だが、祥吾に会って内面を見ることを知った。一緒にいるだけで安らぐ人は、祥吾が初めてだった。

「…ありがとう」

あんなは小さく微笑んで頷いた。



「あー!綿谷戻ってきた!」

オフィスに戻るなり、山本の叫び声が響いた。嫌な予感に思わず眉を寄せる。

「さっき、あの化粧品メーカーから連絡あったんだよ」

あの化粧品メーカー…。あんなはごくりと固唾を飲む。女性なら誰もが知る、有名な化粧水などを扱う会社だ。大きな成功報酬が見込めるクライアントで、次の案件の依頼がそろそろ来ることになっていたが。

「この内容で、来月にインスタライブをやりたいそうだ」

渡されたA4の資料を受け取り、ざっと目を通す。血の気が引いていくのを感じた。

「…どう見積もっても、準備に3か月くらいかかりますが」
「そこを何とか!お前ならできる!頼んだぞ!」

両手をあわせて山本に拝まれ、あんなは溜息をついた。これはまた、しばらくの間帰りが遅くなりそうだ。だが同時に、少しわくわくした気持ちもあった。あんなが大好きな商品を扱うクライアントなのだ。

「…わかりました」

頷くあんなのバッグの中で、スマホが振動していた。ブーブーと震え、電話を知らせる。不在着信の履歴が4件残る画面が、再び『ママ』からの着信で光っていた。


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激務に加え、強まる母からの依存にあんながとった行動とは

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