【WEリーグインタビュー】INAC神戸が掲げるは“脱アイドル” 地域密着と裾野拡大を

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 日本初の女子プロサッカーリーグ『WEリーグ』(Women Empowerment League)が2021年9月に開幕を迎える。

 参加する11クラブの中で、INAC神戸レオネッサはなでしこリーグ時代から、プロチームに近い形態で運営されてきたクラブとして知られる。

 2011年からリーグ3連覇を果たすなど、栄光を掴んだチームだったが、近年はタイトルから見放されている。その中でのプロリーグ参入。INAC神戸はどのようにWEリーグに挑んでいくのか。安本卓史代表取締役社長に、現段階での準備状況や今後のビジョンを聞いた。

インタビュー=小松春生

―――INAC神戸にとっては必然であったとは思いますが、WEリーグ参入決断の理由をお聞かせください。

安本卓史(以下、安本) 新しくできる女子プロサッカーリーグにはINACがいかないと、という想いはありましたね。なでしこリーグはアマチュアリーグでしたが、私たちは、ほぼプロクラブに近い環境や働き方でやっていましたし、WEリーグにチャレンジすることは当然のことでもありました。

―――プロリーグ化が決まって、一気に状況が動きました。クラブ経営者としてはどのようにご覧になりましたか?

安本 参加クラブ数が「11」なのは、どうなのかとは感じました。毎節1チームは試合がないので、コンディション作りなどが難しくなる。消化試合数がズレることで、順位もわかりづらくなりますし、競技として見た時に、もう少し改善の余地はあったのではないかと思いました。

 プロリーグとなることで選手の環境が変わり、日中からサッカーに取り組めるプラス面はありますが、危惧していることは財政面です。私たちはプロクラブに近い形で運営してきましたし、それが一つのサンプルになると思います。各クラブが財政面を整える中、給与面ではほとんどの選手がこれまでの給料より上がっていると思います。一方、選手は個人事業主となりますから、納税や国民年金、保険などを自分で払わないといけない。選手の独り立ちを推し進めることになります。

 例えば、マイナビ仙台レディースさんは親会社がしっかりとしていますし、投資をして運営をしていくクラブが出てくることは、これまでなかったことで、クラブとしてのあり方や戦い方に変化が出てくると思っています。そこに私たちもしっかりとついていかないといけないという意味で、経営面、特に収入面を少し危惧しています。今以上に頑張らないと強いチームを作れないと思っています。

―――選手の雇用形態ですと、これまでは日中に仕事をしたり、学校に通いながらプレーしていた選手もいます。プロ契約に移行することでサッカーに集中できる環境を手に入れる反面、生活の安定などに不安を感じるケースも考えられます。リーグ全体で俯瞰してみた場合、そのギャップはどうお考えでしょうか。

安本 初年度ですし、今までより選手の選択肢が増えましたから、思っていた以上にリーグ全体で移籍が起きましたが、シーズンが終わった後の評価は、当然プロの成果として判断されます。しっかりとサッカーで結果を出さないといけない。今まではリーグ全体にもアマチュアリズムがあって、頑張っている姿を応援して下さるファンの方が多くいらっしゃいました。それはとてもありがたく、素晴らしいことですが、プロとして最も重要なのは結果です。結果によってファンも増減しますし、選手一人ひとりの責任も一気に重くなります。

 これまでは雇用先があった選手もいます。サッカーを辞めてもそのまま、就職できたかもしれない。それがなくなるわけですから、よりサッカーに集中をして結果を残すことが求められます。プロ選手になったから勝手に収入が入ってくるわけではありませんし、お金を払って見に来ていただける価値のあるものを作らないといけません。

―――クラブとしての危機感のお話が出ました。INAC神戸はプロクラブに近い形でこれまで運営をしてきましたが、先行者メリットは感じますか?

安本 あまり感じてないです。僕自身もヴィッセル神戸での経験がありますし、プロクラブのあり方は見てきました。クラブ作りは選手だけではなく、スタッフや監督、コーチも一つのチームとして魅力を出していかないといけません。少し前のINAC神戸は澤穂希さんが在籍していた時代の恩恵があったと思っています。彼女の引退後、皇后杯は1度優勝しましたが、リーグタイトルからは遠ざかっている中で、足らない何かがあったと感じています。

 それが何かと言うと「クラブ力」です。Jリーグではよく「クラブ力」と言う言葉を使いますが、女子サッカーではあまり耳にしない言葉です。クラブ力を上げることは急ピッチでやらないと難しい。Jリーグ傘下のクラブは、Jリーグの文化に頼ることは良くないと考えています。ここ近年、女子サッカーが伸び悩んだ一つの理由に、Jリーグ傘下の女子チームはコストがかかる部門と考えられていた部分があります。そうではなく、女子チームとして独立採算が取れることを目指さないと、プロ化は名ばかりになってしまうのではないかと危機感を感じています。

 収入を上げるためにはスポンサーをしっかりと獲得する、グッズを売る、ファンクラブを充実させるなどですね。加えてホームタウン活動も極めて重要です。INAC神戸にはそれらのノウハウがあると思いますし、他クラブには内緒にしたいところですが(笑)、5000人のお客様にスタジアムへ来てもらう施策はあります。実際、私たちは一昨年の最終戦で5335人がご来場されました。関東で広範囲にわたって被害をもたらした台風19号の影響もあり、ほぼアウェイサポーターは来られなかったので、神戸でしっかりと5000人集めたということです。そこはホームタウン活動に筋道があります。

―――そのホームタウン活動について、お聞かせください。プロクラブとして、地域への還元も積極的に取り組む必要があります。

安本 INAC神戸の財政力で取り組める活動エリアは限られています。神戸市内全域を対象とするのは想いがあっても物理的には難しい。身の丈からすると、まずは練習場のある神戸市東灘区エリアの小学校、中学校、神戸市立の高校に、選手はじめ、私やフロントスタッフが出向いています。

 今はコロナ禍もありますが、例えばスポンサーさんが作った消毒液をお届けしたり、昨夏には抗菌タイプのうちわを作り、全小中学校、高校に配布しました。地元にチームがあることをもう一度、知っていただく。「INAC神戸はもちろん知っているでしょ」ではなく、今は、私たちを知ってもらうためにも訪問をしています。私たちの練習場を訪問していただくこともあるので、選手と一緒にサッカーをしたりしています。裾野を広げることもやらないといけません。

 裾野を広げる観点で言えば、これまでは父や兄の影響で小さい頃からサッカーに触れていた子がプロになるケースが多かったですが、今の小学生の内情は変化してきていて、女の子同士でサッカーをしたいということがまず一つ。そして、女性指導者に教わりたいと考えるケースも増えているので、子どもたちがサッカーに触れる環境に携われる指導者の確保も急ピッチで進めています。

 ホームタウンでINAC神戸を知ってもらい、サッカーに触れてもらう。将来の女子サッカー選手を育てる部分でもありますし、選手にならなくても、大人になってからも女子サッカーを見てくれることにつながります。そういったファン層を今から作らないといけません。これまでのファン・サポーターはとても大切です。加えて、これからサッカーを知ってもらう子どもたちも増やさなければならない。ですので、私が社長就任後から続けてきた小中学生の無料観戦企画は今年も続けていきます。

 面白い企画を打ちだしたからと言ってお客さまがスタジアムに足を運んでもらえるわけではありません。例えば、神戸市内で貼っていただいているポスターの数は、ヴィッセル神戸よりも多いです。もちろんヴィッセル神戸は全国、アジアとも向き合っていますし、比較するものではありませんが、私たちは一番ベーシックな方法で地域に向き合っていくということを続けていきたいです。

―――集客はプロリーグとしての根本でもあります。なでしこリーグでの経験踏まえ、日本における現状はいかがでしょう。

安本 アメリカで女子サッカーが人気スポーツの一つとなったのは、やはり“本気度”だと思います。アメリカでは1999年にワールドカップの開催を控えていて、代表選手などが全国各地でサッカー教室などに精力的に取り組み、草の根活動をしました。結果、本大会では満員になった。関係者が本気で集客すると強い意志を持って取り組んだからだと思います。

 日本女子サッカーはまだ「たくさんの人に見てほしいと言うものの、簡単にお客さんが来てくれる時代は来ないだろう」、という空気があります。それを変えないと絶対に集客はできません。来場していただいた方をがっかりさせないためにも、選手を起用したイベントもやります。昨年の最終戦では川澄奈穂美選手にマイクを渡し、試合後イベントをしてもらいました。プロとは、サッカーはもちろんですが、サッカー以外でも観客を魅了する存在です。いくらクラブがSNSで発信しても、選手一人には10倍以上の力があります。選手たち自ら本気で「見に来てください」と発信する文化を作らないと、来ていただけません。

―――INAC神戸としては、小さなことからコツコツと、と言いますか、選手やスタッフにそういったことを促していくということでしょうか。

安本 そうです。サッカーだけが特別な存在ではありません。一般社会と同じようにやらないといけない。今までは、なぜか現在地を特別に感じている人たちが多かった。でも、“特別である場所”は、ニッチ過ぎてしまうんです。大衆や一般社会に入っていかないといけません。

 僕が残念に思うことは、選手たちのプレー面ではなく、プライベートなSNSの投稿ばかりがネットメディアに取り上げられるようになってしまったことです。女性アスリートに対する認識についても、発信していかないといけません。今年のINAC神戸は“脱アイドル”です。人気先行ではなく、サッカーで勝負して、サッカーを見に来てもらうために情報を発信していくべきだと思っています。

―――競技力を高めるには、選手だけでなく、指導者やコーチ、スタッフの質も高めないといけません。そのために、母数を増やす取り組みも同時にする必要があります。

安本 フロントスタッフは半数以上が女性です。指導者については、まだ数が少ないですね。引退後、結婚・出産をされると、それまで頑張ってきたサッカーと同じように、子育ても頑張るわけです。そうすると「競技は一旦置いて」となります。そこから再び現場に戻ろうとしても、体が動かなくなっているケースもあるので、プログラムやサポートを整備する必要があります。WEリーグが掲げている理念は素晴らしいものですが、実現するためのプログラムはまだこれからなのかなと言うところですね。

―――INAC神戸として、安本さん個人としては、どのように取り組みたいとお考えですか?

安本 引退後の家庭環境が整い、もう一度サッカーに携わりたいと思っている指導者をどれだけ見つけるかが大切です。例に挙げると、OGでINAC神戸でのプロ契約第一号選手だった宇佐美智美(旧姓:藤村)さんがスクールコーチをしています。裾野を広げる点で、子どもたちの環境を整えることも大切ですが、指導者になりたいと考える現役選手たちへのフォローも大切です。すでに日本サッカー協会も動き始めていますが、トップダウンで言われることをやるだけではダメで、WEリーグと各クラブがきちんと連携をして、同じレールを敷いていくことが重要です。目先のWEリーグ開幕は大事ですが、10年後にWEリーグが残っているか、という視点を持ってこのリーグを盛り上げたいと思います。

 それから、男性指導者へのリスペクトも必要です。長年、女子サッカーで監督をしていた三菱重工浦和レッズレディースの森栄次さん(今季から浦和総監督)、日テレ・東京ヴェルディベレーザの永田雅人さん(今季からベレーザヘッドコーチ)、INAC神戸でも監督をしていた鈴木俊さん(現サンフレッチェ広島レジーナヘッドコーチ)。彼らは監督ライセンスがA級なので、WEリーグの指揮は執れません。S級を取りたくても、ずっと現場にいるからなかなか取りに行けないのが現状です。WEリーグになって、「女性指導者を増やそう」というのは尊重していますが、これまでの歴史に貢献されてきた男性指導者へのリスペクトも、もっとあっていいのではないかと思います。その点では、女子サッカーを十分に知り尽くし、INAC神戸を数々の栄光に導き、ヨーロッパでも指導経験がある星川敬監督は様々な面で優れた指導者ですし、いつの日かなでしこジャパンの監督を率いることのできる可能性があると思います。

―――「10年後、WEリーグが残っているか」というお話がありましたが、日本の女子サッカーを盛り立てていくためにも、どういったアプローチが必要でしょうか。

安本 私たちが参考にするべき競技として、女子プロゴルフがあります。LPGA(日本女子プロゴルフ協会)は選手に対して、ファン対応含めた研修を頻繁にやっていますが、サッカー界の課題として、社会のあり方を選手に指導する必要があると思っています。今まではクラブやフロントがホームタウン活動などを通じて集客へアプローチしていましたが、実際はその逆で、選手がお客さんを呼べるようにならないといけません。

 団体競技と個人競技の違いはありますが、ゴルフと共通している点は世界でも戦える競技であることです。世界を見据えられる競技として知ってもらうためには、選手が世間一般を知っている必要があります。例えば、インタビューで話をしっかりとできる選手にならないといけない。それを聞いて「見に行ってみよう」と思う人を増やさなければならない。アスリートとして、一人の社会人として、自立できるチャンスが来たので、このチャンスを逃さないで欲しいですね。

―――これまでは日中に仕事や学業に集中している選手もいたので、意識に乖離もあったと思います。プロになることで、より積極的なアプローチができるようになりますね。

安本 そうですね。一方で、発言だけでなく実力も身につけていかないといけません。人気先行の選手が出てくる可能性はありますが、実力が伴っていけば、必ずスター選手になれるはずです。世界と戦える実力があり、プロとして振る舞える選手達が揃う魅力ある私たちのWEリーグを作っていきたいですね。

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