殺人ドライバーが白昼の公道で突然襲い掛かる! ラッセル・クロウ主演の恐怖映画『アオラレ』

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 ついクラクションを鳴らしたことから、悲劇は始まった。クラクションを鳴らされた中年男性の運転手は、しつように追い掛けてき、急停車や幅寄せなどの「あおり運転」で主人公母子を戦慄させる。オスカー俳優として知られるラッセル・クロウがメタボ体型の殺人ドライバーに扮した映画『アオラレ』(原題『Unhinged』)は、ストレス過多で不寛容になった現代社会を反映したサスペンスフルな90分となっている。

 主人公であるレイチェル(カレン・ピストリアル)は、15歳になる息子カイル(ガブリエル・ベイトマン)を育てるシングルマザー。以前は美容室を営んでいたが、不況のために店を手放し、今はフリーの美容師として不安定な生活を送っている。息子カイルの学校への送り迎えに、母親の介護、無職の弟の面倒、さらに別れた夫との離婚協議問題も残っていた。レイチェルの心の中のコップは、すでに日々のストレスでいっぱいいっぱい状態だった。

 その朝、寝過ごしてしまったレイチェルは、カイルを学校へ送るのが遅れてしまう。道路はすでに渋滞しており、レイチェルのイライラが募る。青信号でも動かないトラックに向かって、レイチェルは思わず3度クラクションを鳴らし、追い越した。まさか、前代未聞の“ロードレイジ”の幕開けを告げる合図になるとは、そのときのレイチェルは夢にも思わなかった。

 レイチェルが再び渋滞に巻き込まれて立ち往生していると、先ほどクラクションを鳴らしたトラックが横付けしてきた。トラックを運転する男(ラッセル・クロウ)は「青信号ですぐ動かなかったのは悪かった。ちょっと考え事をしていた。でも、君ももう少しマナーのあるクラクションの鳴らし方をした方がいい。君も謝れば、これでおあいこだ」と、レイチェルに謝罪を求めてきた。レイチェルは、カイルに窓を閉めさせ、謝罪を拒否。すると男は「本当の不運とは何かを思い知らせてやる」と態度を豹変させる。

 レイチェル母子が乗るくたびれたボルボを、男は徹底的にあおり始める。他の車も巻き添えにする危険な急停車に加え、渋滞で前に進めずにいるボルボを、後ろからぐいぐいと押してくる。さらにはレイチェルに救いの手を差し伸べようとする者まで、男は跳ね飛ばしてしまう。レイチェルのクラクションによって、怒りの炎に火が点いてしまった男をもはや止めることは誰にもできなかった。

 スティーブン・スピルバーグ監督のデビュー作『激突!』(71)を、本作は思わせる。白昼の公道で、殺意剥き出しで車が猛スピードで迫ってくる。日常的な交通手段である車が、凶器へと変身してしまう。『激突!』の殺人トレーラーの運転手は最後まで顔を見せずに正体不明のままで終わったが、本作ではラッセル・クロウが殺人ドライバーを演じていることが大きなキモとなっている。

 アカデミー賞作品賞受賞作『グラディエイター』(00)で筋骨隆々な最強剣闘士を演じたラッセル・クロウが、でっぷりとしたメタボ体型のキモオヤジになって襲ってくる。往年のラッセル・クロウを知らない世代は、ホラー系の俳優と思うに違いない。『シャイニング』(80)のジャック・ニコルソン、『ケープ・フィアー』(91)のロバート・デニーロを彷彿させる不気味さがある。

 シングルマザーのレイチェルは多くの悩みを抱えているが、その悩みに呼応するかのように殺人ドライバーが現れた。メタボ体型のこの男、元々は気のいいフレンドリーな性格だったようだが、どうやら離婚によって前妻や離婚調停した弁護士からさんざん嫌な目に遭ったらしい。弁護士と弁護士と懇意にしている女性を、とことん憎んでいる。

 現代社会はとてもシビアだ。ただ真面目に働いているだけでは、生きていくことができない。職場ではよりよい成果を求められる。新しく導入されたシステムにもすぐ順応しなくてはならず、労働条件は過酷になる一方。精一杯の努力をしているにもかかわらず、家族もよりよい給料とよりよい生活を容赦なく求めてくる。ほんの少し息を抜くことも、病気で休むことも許されない。男は体重が増えていくのと同時に、ストレスもどんどん増えていった。

 殺人ドライバーの心の中のコップはすでに水が溢れ返っているどころか、怒りの圧力でコップが粉々に壊れてしまっている状態だった。男はもうどうにも止まらない。アグリーマネージメントなんてメソッドでは、自制することができなくなっていた。いちばん身近にいた、クラクションを鳴らした母子に怒りの矛先が向かってしまう。

 スピルバーグ監督の『激突!』やルトガー・ハウアーが謎めいた殺人ヒッチハイカーを演じた『ヒッチャー』(86)と違い、西ドイツ出身のデリック・ボルテ監督が撮った本作は殺人ドライバー役をラッセル・クロウに演じさせることで、リアリティーのある恐怖を狙っている。『グラディエイター』では信念を貫く剣闘士、『ビューティフル・マインド』(01)では繊細な数学者を演じたラッセル・クロウが怒りに身を任せ、自暴自棄に陥ってしまう。

 おそらく殺人ドライバーは彼なりの信念を持ち、また繊細な心の持ち主でもあるはずだ。ちょっとしたボタンの掛け違い、感情の暴発が起因となって、誰もがあおり運転の被害者になってしまう可能性だけでなく、あおり運転をしてしまう側にもなりうる怖さを本作は描いている。昨日まで人気者だったセレブが、一夜にしてバッシングの嵐を浴びることが多々あるSNS社会にも似たものを感じさせる。被害者と加害者が、人気者と嫌われ者が、一夜にして入れ替わるのが現代社会だ。

 殺人ドライバーに追い詰められていくレイチェルだったが、ひとり息子のカイルを守るために決死の反撃に転じる。家族と離別し、失うものはもう何もない男とは違い、レイチェルには守るべき子どもがいる。人間は自分ひとりのために発揮できるパワーは限られているが、自分が愛する人のためなら想像以上の力を発揮することができる。車を降りた殺人ドライバーとシングルマザーとの、壮絶な戦いがクライマックスには用意されている。

 90分間をノンストップで駆け抜けていく本作だが、後味は決して爽快とは言い難い。レイチェルが息子のカイルに注ぐ愛情のほんのひとかけらでも、クラクションに込めていたらここまでの惨劇にはならなかったのではないだろうか。ラッセル・クロウ演じる殺人ドライバーは、不寛容社会が生み出した現代のモンスターにほかならない。ドライバーのみなさんは、くれぐれもクラクションにはお気をつけて。

『アオラレ』
監督/デリック・ボルテ 脚本/カール・エルスワース
出演/ラッセル・クロウ、カレン・ピストリアス、ガブリエル・ベイトマン、ジミ・シンプソン
配給/KADOKAWA PG12 5月28日(金)より全国ロードショー公開
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  • 5/8 7:00
  • サイゾー

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