「気づいたら、彼の唇が…」3年ぶりに再会した男と、急激に距離が縮まった夜の出来事

文化・流行の発信基地であり、日々刻々と変化し続ける渋谷。

渋谷系の隆盛から、ITバブル。さらに再開発を経て現在の姿へ…。

「時代を映す鏡」とも呼ばれるスクランブル交差点には、今日も多くの男女が行き交っている。

これは、変貌し続ける街で生きる“変わらない男と女”の物語だ。

◆これまでのあらすじ

地方から渋谷へ遊びに来た14歳の梨奈。道に迷っていたところ、同い年の少年・恭一に助けられる。

それから3年後。恭一と再会するも、彼は梨奈のことを全く覚えていなかった。そんな出来事から、さらに3年が経ち…?

▶前回:満ち足りないと語る女は、男の肩にもたれ…?渋谷のホテル最上階で女が考えていたコト

2000年5月


「なんか、ドキドキがないんだよなあ」

大学の授業を抜け出し、今日も私は公園通りのカフェにいた。店主さんセレクトのゆるいフリー・ソウルは自然と私をリラックスさせ、思わず本音がこぼれてしまう。

高校2年のあの事件以来、センター街からは足が遠のいていた。だけど何の因果か、同じ渋谷にある青山学院大学の文学部に入学することになってしまったのだ。

― まあセンター街から遠いし、もう仲間と遊ぶことはないから別にいいんだけどね。

そんなわけで今の私は、代々木上原でひとり暮らしをしながら、キャンパスライフをなんとなく謳歌する女子大生である。

去年は友人の推薦でミス青学にもエントリーして、ファイナリストにもなった。

…惜しくもグランプリは逃したけど。

別に女子アナになりたいわけじゃなかったし、まあそこは「譲ってあげた」っていうのが正しいんじゃないかと思う。

こうして傍から見れば、キラキラしたトーキョーライフを送っている。なのに、刺激が足りない。

それはなぜなのか、本当はわかっているのだ。

梨奈が満たされないワケとは

「それは彼氏がいないからだよ。なんで作んないの?」

私の目の前には、あゆのようなミルクティー色のショートヘアを指先でいじりながら、窓の外の雑踏を眺める佳子がいる。

「彼氏いると、ドキドキするもの?」

その問いに、彼女はニヤニヤした笑顔を見せる。聞くまでもなかった。

あの一件で私は渋谷から遠ざかったものの、同じ高校の佳子とだけは切れず、そして今も腐れ縁だ。大学にも友達はいるけど、結局彼女と一緒にいるほうが多い。

そんな佳子は今、カリスマ美容師に憧れて神泉の美容学校に通ったのち、青山の美容室で働いている。今日は久々に休みをもらったのだという。

「でもさ。店長にバレて、休み別にさせられてさ」

「ああ、だから、私を呼び出したわけか」

「ビンゴー!」

佳子は入店してすぐ、教育係の先輩スタイリストと付き合い始めたらしい。お互いひとめぼれで、運命を感じたとかなんとか。

― 運命、って。そんなの思い込みだっつーの。

私は恋に冷めている、とよく言われる。そこそこモテてはいるけど。

大学に入学し、自分が思っていたよりもイケていることを、周囲の反応で知った。

ミスコンにエントリーされたこともそうだけど、ベルファーレとかでやるサークルの大きなイベントに「梨奈ちゃんがいると盛り上がるし男の人数も増える」と、参加を懇願されたこともあったり。

「大予言が来るから」と自棄になって告白してきたバイト先のシフトリーダーと勢いで交際したり、クリスマス用にサークルの先輩と付き合って、丸の内のミレナリオを見に行ったこともある。

でも、どれも長続きしなかった。

ライブに行ったり、ひとりで映画を見たり、買い物する方が楽しかったから。私は、東京を消化するので精一杯だったのだ。

「梨奈ってさ。もしかしてキョウのこと、まだ好きなの?」

「まだ、って…?」


寝耳に水だった。

確かに、再会したときに言われた「誰?」という言葉はショックだったけど、好きとかそんな気持ちは全然なかったから。

「梨奈には言えなかったけど、うちらの中ではそういうことになってたよ。あれから来なくなったから、キョウも周りから責められてさあ」

「やだ、サイテー!」

佳子によると「キョウを狙っていた梨奈がイキって声をかけたけど、ソッコーでフラれた」みたいな噂になっていたとか。

「傷ついてるだろうから私からも聞けなくて…。まあ、キョウも『悪いことしたな』って反省してたよ」

「違う、違うよ~!」

赤くなって否定したせいで、彼女をさらに勘違いさせてしまった。すると暴走した佳子が彼のケータイに「梨奈が会いたがっている」というメールを送り付けてしまったのである。

会おうと思わなければ一生会わないと思うし、もう過去のこと。だけど勘違いされたままなのが、なんか恥ずかしくて気持ち悪い。

“そこそこイケてる女のプライド”なのかもしれない。

確かに彼は気になる存在だったけど、好きとかじゃなかったから。

私はけっこう負けず嫌いなのだ。

そして梨奈は、恭一と再会してしまい…?

再会のオルガン坂


「キョウは宇田川町のオルガンバーってクラブによくいるよ。今夜もいるみたいだけど?」

佳子はニヤニヤしながら、私にそのことを伝えてくれた。

夜の22時。朽ちた雑居ビルの狭い階段を、私は一段ずつ上る。3階まで上がったところに、そのクラブはあった。

看板のない入り口に、ステッカーがびっしりと貼られた壁。そして漏れ聞こえてくる重低音…。怖気づき、何度も引き返しそうになったけど、彼に会うため重い鉄の扉を開けた。

― なんで文句言いに来ただけなのに、こんな怖い思いしなきゃなんないの。

ふと我に返ったとき。重い扉が突然、軽く感じた。誰かが出て行くのと同じタイミングだったようだ。

「梨奈、ちゃん?」

顔を上げると、そこにはダンスフロアのネオンに照らされた恭一くんの姿があった。

大きなNikonのカメラを携え、服装もモード系に落ち着いていたけど、相変わらず例のニット帽を深くかぶっているからすぐにわかった。

…そしてその姿を見てホッとし、心が緩んでいる自分に驚いたのだ。


フロアはまだ人がまばらで、アットホームな空気が流れている。

隅のチェアに座り、私はカシスソーダ、恭一くんはウーロンハイで、3年ぶり3回目の出会いに乾杯をした。

彼は今、芸大で写真を学ぶ大学生。富ヶ谷でひとり暮らしをしながら、相変わらず渋谷をうろちょろしているらしい。

「実はあの態度、ずっと謝りたいと思ってたんだ」

近況報告のすぐ後に彼は言う。その単刀直入さは、彼の本心なのかもしれない。でもそれは誤解なのだ。私は今日それを訂正するために、ここまで来た。

「あのね、実は…」

「留学先から手紙を出したのに、無視されて悔しかったこともあって」

私の返答は音楽にかき消され、彼は言葉をそのまま続ける。しかし意外なその内容に、私は耳を疑った。

「手紙って…?」

「えっ。まさか引っ越しの連絡も、映画の約束したのも知らなかった?」

頷くと、彼はガクンと肩を落とした。

「マジか。俺、ずっと待ってたよ。約束の時間、パンテオンの前でさ」

「そうだったの…」

「なのに、マックで平然と話しかけてくるから」

雑踏の中で一人、ずっと待つ彼を想像したら、用意していた言葉が引っ込んだ。

胸の高鳴りと、フロアに響くベースのリズムが重なる。まるで魔法にかけられたように気持ちが高まっている自分に気づいた。

「だから今日、君が会いたがっているってメールあって、小躍りしちゃったもん。で。なんで今、俺と会おうとする気になったの?」

4%のカシスソーダは、20歳になったばかりの私を酔わせるには十分すぎた。

「別に。ただちょっと思い出して」

言葉とは裏腹に、私は完全にドキドキしていた。

「まあ、ちょっと思い出してくれただけでも、よかった」

メロウなテンションのソウルが流れる中、私と彼の唇が自然と重なっていた。

バイトリーダーでもサークルの先輩でも味わえなかった高揚感。思い込みだろうが何だろうが、佳子が言っていた“運命”という言葉に、私も騙されてみようと思った。


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交際を開始し、未来へ共に歩みだす二人。しかし時代の波は梨奈を襲う…。

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