【これだけは知っておきたい】世界的に有名な映画監督12人

拡大画像を見る

最近映画を見始めた人でもそうでない人でも、映画ファンだったら「これだけは知っておきたい」という有名な映画監督がいます。この監督たちさえ押さえておけば、映画の話がはずむこと間違いなし!そこで今回は、各国を代表する有名な映画監督12人をご紹介します。

ウディ・アレン

Woody Allen during Woody Allen's first-ever live jazz Concert in Los Angeles at The Jazz Bakery in Culver City, California, United States. (Photo by SGranitz/WireImage)

1935年アメリカ出身。高校時代にエージェントに見出され、ギャグ・ライターとして活躍。大学中退後は放送作家として認められていたが、スタンダップ・コメディアンの道に進み、1966年『どうしたんだい、タイガー・リリー?』で監督デビューを果たした。

アカデミー賞には24回ノミネートされ、監督賞を1回、脚本賞を3回受賞。小説家でもあり、またジャズ・クラリネット奏者として、ライヴ活動も行っている。

ほとんどの作品がニューヨークを舞台にしたコメディで、監督自身が出演する際には、ユダヤ系の悩めるインテリを皮肉とユーモアを込めて演じることが多い。また、アカデミー賞授賞式に出席しないことで有名だったが、9.11同時多発テロ事件の犠牲者にオマージュを捧げるコーナーがあった時には、サプライズで登場して拍手喝采を浴びた。

主な代表作
『アニー・ホール』(1977)
『マンハッタン』(1979)
『ハンナとその姉妹』(1981)
『カイロの紫のバラ』(1985)
『世界中がアイ・ラヴ・ユー』(1999)
『ミッドナイト・イン・パリ』(2011)

ケン・ローチ

HAMBURG, GERMANY - SEPTEMBER 30: Ken Loach attends the Film Festival Hamburg 2019 on September 30, 2018 in Hamburg, Germany. (Photo by Tristar Media/Getty Images)

1936年イギリス出身。イギリス空軍を除隊後、大学で俳優活動を始め、卒業後はBBCに入社してTVシリーズの演出を手掛けた。1967年『夜空に星のあるように』で監督デビュー。次作『ケス』で高い評価を受けたものの、その後は長い不遇時代を余儀なくされた。

1990年代に入ると、カンヌ国際映画祭審査員賞やヨーロッパ映画賞作品賞を受賞し、ヴェネツィア国際映画祭で栄誉金獅子賞を受賞するなど、作品が次々と注目を浴びるようになった。2000年代にはベルリン国際映画祭金熊名誉賞を受賞し、カンヌ国際映画祭パルム・ドールは2回受賞している。

労働者階級や移民を描いた作品が多く、監督自身も左翼系の政治活動に熱心である。有名な俳優を起用せず、彼らの自然な演技が生み出すリアリズムを重要視したドキュメンタリー風な演出が特徴。ちなみに是枝裕和監督は、ケン・ローチのファンだそうである。

主な代表作
『ケス』(1969)
『リフ・ラフ』(1991)
『レイニング・ストーンズ』(1993)
『大地と自由』(1995)
『麦の穂をゆらす風』(2006)
『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016)

ペドロ・アルモドバル

TORONTO - SEPTEMBER 08: Director Pedro Almodovar arrives at gala presentation of "Volver" during the Toronto International Film Festival held at Roy Thompson Hall on September 8, 2006 in Toronto, Canada. (Photo by Donald Weber/Getty Images)

1949年スペイン出身。幼少期に神学校の寄宿舎で生活していたが、司祭ではなく映画監督になることを決意し、フランシスコ独裁政権時代には、反体制的な芸術活動に参加。1980年の長編デビュー作は、カルト的人気を得た。

1988年『神経衰弱ぎりぎりの女たち』がヴェネツィア国際映画祭脚本賞を受賞し、アカデミー外国語映画賞にもノミネートされたことをきっかけに知名度が急上昇。その後の作品も、アカデミー脚本賞やカンヌ国際映画祭脚本賞を受賞している。また、アメリカ芸術科学アカデミーの外国名誉会員に選出され、カンヌ国際映画祭では審査委員長も務めた。

センセーショナルなメロドラマ風ストーリー。強烈な色彩とポップカルチャー的なデザイン。欲望と情熱とブラック・ユーモアが絡み合うその独特な作風は、一度見たら忘れられない強烈な個性あり。ちなみに、アントニオ・バンデラスを見出したことでも有名だ。

主な代表作
『キカ』(1993)
『オール・アバウト・マイ・マザー』(1999)
『トーク・トゥ・ハー』(2002)
『ボルベール』(2006)
『私が、生きる肌』(2011)
『ペイン・アンド・グローリー』(2019)

ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ

ROME, ITALY - OCTOBER 23: Luc Dardenne and Jean-Pierre Dardenne attend the masterclass by Jean-Pierre and Luc Dardenne during the Alice nella Città Festival on October 23, 2019 in Rome, Italy. (Photo by Stefania M. D'Alessandro/Getty Images)

兄ジャンは1951年、弟リュックは1954年ベルギー出身。2人で一緒に制作をしていることから「ダルデンヌ兄弟」と称されている。1974年頃から社会問題を扱ったドキュメンタリーを撮り始め、『イゴールの約束』がカンヌ国際映画祭に出品されて注目を集めた。

その後はカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを2回、ほかにも脚本賞やグランプリ、監督賞も受賞経験があるなど、ほとんどの作品がカンヌ国際映画祭で主要な賞を獲得しているという稀有な監督である。

ドキュメンタリーと見間違えるようなリアリティのある描写が特徴で、貧困や育児放棄によって引き起こされる家庭問題や労働問題をテーマにしたものが多い。過酷な現実を突きつけながらも、人間の良心を信じられる展開が心に残る。

主な代表作
『イゴールの約束』(1996)
『ロゼッタ』(1999)
『息子のまなざし』(2002)
『ある子供』(2005)
『少年と自転車』(2011)
『サンドラの週末』(2014)
『その手に触れるまで』(2019)

チャン・イーモウ

TORONTO, ON - SEPTEMBER 10: Director Zhang Yimou attends the premiere of 'Shadow' at Roy Thomson Hall on September 10, 2018 in Toronto, Canada. (Photo by Juanito Aguil/WireImage)

1950年中国出身。文化大革命時代の下放を経験し、北京電影学院に入学。卒業後は撮影監督を務め、1986年『古井戸』で主演を果たした。1987年監督デビュー作『紅いコーリャン』がベルリン国際映画祭金熊賞を受賞したことにより、世界的に注目されるようになった。

その後の作品は、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされたほか、ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞、そして金獅子賞を2回受賞しており、カンヌ国際映画祭審査員グランプリやベルリン国際映画祭審査員グランプリも受賞している。高倉健主演で『単騎、千里を走る。』を制作するなど日本との関係も深い。2008年北京オリンピックの開会式と閉会式では演出を担当した。

初期には農村を舞台にした作品が多かったが、のちにワイヤーアクションを多用した娯楽大作やハリウッドスターを起用した歴史ファンタジーなどを撮ることもあった。近年は、南京事件や文化大革命を題材とした作品を発表し続けている。

主な代表作
『紅いコーリャン』(1987)
『菊豆』(1990)
『紅夢』(1991)
『秋菊の物語』(1992)
『活きる』(1994)
『あの子を探して』(1999)
『初恋のきた道』(1999)
『HERO』(2002)


ウォン・カーウァイ

NEW YORK, NY - AUGUST 13: Director Wong Kar Wai attends "The Grandmaster" New York Screening at Regal E-Walk Stadium 13 on August 13, 2013 in New York City. (Photo by Ilya S. Savenok/Getty Images)

1958年中国出身。幼少期に香港に移住し、大学でグラフィック・デザインを学び、卒業後はTVや映画の脚本家として活躍した。1988年『いますぐ抱きしめたい』で監督デビュー。次作『欲望の翼』では、クリストファー・ドイルによる実験的な映像と独特な語り口が評判になった。

日本では、クエンティン・タランティーノが絶賛した『恋する惑星』が大ヒットし、社会現象が巻き起こした。2004年『2046』で木村拓哉の出演が話題になった。その後の作品では、カンヌ国際映画祭監督賞やセザール賞外国語映画賞を受賞し、カンヌ国際映画祭の審査委員長を務めたこともある。

それまで「香港映画=ジャッキー・チェンのアクション」というイメージが強かったことを考えると、ウォン・カーウァイの登場は一種の事件であった。手持ちカメラによるスピード感あふれる映像やスローモーション、そしてモノローグが多用され、そのオシャレで文学的な雰囲気に根強いファンも多い。

主な代表作
『欲望の翼』(1990)
『恋する惑星』(1994)
『天使の涙』(1995)
『ブエノスアイレス』(1997)
『花様年華』(2000)


グザヴィエ・ドラン

LYON, FRANCE - OCTOBER 12: Xavier Dolan attends the Opening Ceremony of the 11th Film Festival Lumiere on October 12, 2019 in Lyon, France. (Photo by Arnold Jerocki/Getty Images)

1989年カナダ出身。子役としてTVや映画に出演し、『マイ・マザー』で監督デビュー。弱冠19歳で主演と脚本も兼ねていたことから世間を騒がせた。続いて『胸騒ぎの恋人』『わたしはロランス』がカンヌ国際映画祭で上映され、世界から注目されるようになった。

『トム・アット・ザ・ファーム』がヴェネツィア国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞し、『Mommy』がカンヌ国際映画祭審査員賞を受賞。『たかが世界の終わり』がカンヌ国際映画祭グランプリを受賞するなど、発表作が次々と国際的な評価を受けた。歌手アデルから直接依頼を受け、PVを監督したこともある。

ゲイの主人公と母親の複雑な関係をテーマにした物語が多く、ファッショナブルな映像と音楽がコラージュのように散りばめられ、登場人物の後ろ姿をスローモーションで映し出す演出が斬新。映画界に彗星のごとく現れた恐るべき才能として、新作が待ち望まれている。

主な代表作品
『マイ・マザー』(2009)
『胸騒ぎの恋人』(2010)
『わたしはロランス』(2012)
『トム・アット・ザ・ファーム』(2013)
『Mommy/マミー』(2014)
『たかが世界の終わり』(2016)

レオス・カラックス

HOLLYWOOD, CA - NOVEMBER 03: Director Leos Carax arrives to the 2012 AFI FEST "Holy Motors" special screening held at Grauman's Chinese Theatre on November 3, 2012 in Hollyood, California. (Photo by Barry King/FilmMagic)

1960年フランス出身。高校中退後は映画批評家として活動していたが、20歳で監督した短編がエール映画祭グランプリを受賞し、『ボーイ・ミーツ・ガール』で監督デビューを果たした。

その後『汚れた血』で一気に知られるようになり、次作『ポンヌフの恋人』では多額の費用と時間が費やされて撮影が中断するという事態に見舞われたが、公開後は大ヒット。ちなみにはこれらは、監督の分身である主人公の名前にちなんで「アレックス三部作」と呼ばれている。

その若き才能やストーリーの難解さ、映像美の斬新さから「恐るべき子供」「ジャン=リュック・ゴダールの再来」と称されて脚光を浴びていたものの、完璧主義のためにかなりの寡作。しかし日本では熱狂的なファンが多く、今でもカルト的な人気を誇っている。

主な代表作
『ボーイ・ミーツ・ガール』(1983)
『汚れた血』(1986)
『ポンヌフの恋人』(1991)

アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ

CANNES, FRANCE - MAY 20: Alejandro Gonzalez Inarritu attends the The Chopard Trophy event during the 72nd annual Cannes Film Festival on May 20, 2019 in Cannes, France. (Photo by George Pimentel/WireImage)

1963年メキシコ出身。ラジオのDJやTV・コンサートのプロデューサーなどを経て、『アモーレス・ペロス』で監督デビュー。この作品がアカデミー外国語映画賞にノミネートされ、世界にその名が知れ渡るようになった。

その後も、カンヌ国際映画祭監督賞やゴールデングローブ賞作品賞、アカデミー賞作品賞・監督賞(2回)・脚本賞など主要な映画賞を次々と受賞。特に『バベル』では役所広司と菊地凛子を起用し、菊地凛子がアカデミー賞助演女優賞にノミネートされたことが日本でも話題になった。また、カンヌ国際映画祭審査委員長を務めたことがある。

ハリウッドに新しい風を吹き込んだ監督の1人。生と死について描いたシリアスでダークな作風が特徴だが、そのような人生に深く関わるテーマが魅力的であり、体温が伝わってくるような感情表現が共感を呼ぶ。

主な代表作
『アモーレス・ペロス』 (2000)
『21グラム』(2003)
『バベル』 (2006)
『ビューティフル』(2010)
『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014)
『レヴェナント: 蘇えりし者』 (2015)

ポン・ジュノ

LONDON, ENGLAND - MARCH 02: Bong Joon-ho attends the BFI Fellowship 2020 at Rosewood London on March 02, 2020 in London, England. (Photo by Gareth Cattermole/Getty Images)

1969年韓国出身。助監督や脚本家を経て、『ほえる犬は噛まない』で監督デビュー。次作『殺人の追憶』が大ヒットし、大鐘賞監督賞と作品賞を受賞して注目を集めた。

その後『グエムル』でも記録的なヒットを飛ばし、『母なる証明』はアカデミー賞外国語映画賞韓国代表に選ばれた。『スノーピアサー』でハリウッドに進出。Netflixで製作した『オクジャ』が話題となり、『パラサイト』がカンヌ国際映画祭パルム・ドールとゴールデングローブ賞外国語映画賞、そして非英語圏映画として史上初のアカデミー賞作品賞に輝いた。

容赦のない暴力的シーンと強烈な痛み。そこはかとないユーモア。おかしみと哀しみ。予想を裏切る展開。そして、サスペンスフルなストーリーと娯楽性の高さ。喜怒哀楽がはっきりとした人物描写も、メリハリが効いていて感情移入しやすいのが魅力である。

主な代表作
『ほえる犬は噛まない』(2000)
『殺人の追憶』(2003)
『グエムル -漢江の怪物-』(2006)
『母なる証明』(2009)
『スノーピアサー』(2013)
『パラサイト』(2019)


アンドレイ・タルコフスキー

1932年ソ連出身。音楽や絵画の勉強に挫折し、大学の卒業制作がコンクールで第一位を獲得し、『僕の村は戦場だった』で監督デビュー作。この作品は、ヴェネチア国際映画祭サン・マルコ金獅子賞やサンフランシスコ国際映画監督賞を受賞した。

超大作『アンドレイ・ルブリョフ』は検閲により5年間上映されなかったが、カンヌ映画祭国際映画批評家賞を受賞。『惑星ソラリス』はカンヌ国際映画祭審査員特別賞受賞し、亡命後に発表した『ノスタルジア』はカンヌ国際映画祭創造大賞、『サクリファイス』 はカンヌ国際映画祭審査員特別大賞などを受賞した。

日本文化に興味を抱き、黒澤明と溝口健二を敬愛していたという。「映像の詩人」と呼ばれ、「水」や「夢」をモチーフにした叙情的な映像や、精神性を深く探求する哲学的なテーマから難解だと評されることも多いが、芸術至上主義を貫いたその作品群は、今でもカルト的な人気を誇っている。

主な代表作
『僕の村は戦場だった』(1962) 
『惑星ソラリス』(1972) 
『ノスタルジア』(1983) 
『サクリファイス』(1986) 

ベルナルド・ベルトルッチ

Portrait of Italian director, scriptwriter and producer Bernardo Bertolucci. 1988. (Photo by Rino Petrosino/Mondadori via Getty Images)

1941年イタリア出身。若い頃から詩や小説を書いて文学賞を受賞し、大学在学中にパゾリーニの助監督を経験し、中退後『殺し』で監督デビュー。『革命前夜』はカンヌ国際映画祭で新評論家賞を受賞した。

『暗殺の森』でアカデミー脚色賞にノミネート、『ラストタンゴ・イン・パリ』ではアカデミー賞監督賞にノミネートされ、『ラストエンペラー』がアカデミー賞作品賞や監督賞などを受賞して、世界に名を知られるようになった。カンヌ国際映画祭で名誉パルム・ドールを受賞。ヴェネツィア国際映画祭では審査員長を2回務めている。

スタイリッシュで官能的な映像美が特徴。壮大な歴史映画も手掛けており、特に坂本龍一とのコンビは日本で有名である。他にも「東洋三部作」と呼ばれる作品群があり、アジア・テイストを堪能できる。

主な代表作
『殺し』(1962)
『革命前夜』(1964)
『暗殺のオペラ』(1970)
『ラストタンゴ・イン・パリ』(1972)
『ラストエンペラー』(1987)
『シャンドライの恋』(1998)

関連リンク

  • 4/22 22:06
  • 映画board

スポンサーリンク

ニューストップへ戻る

記事の無断転載を禁じます