「もう終わったな…」炎上が避けられない時代に感じた芸能リポーターの限界

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―[職業・芸能リポーター]―

3月26日、22年間お茶の間の朝を彩ってきた『とくダネ!』(フジテレビ系)が終了し、昭和・平成を駆け抜けた「ワイドショー」はひとつの転換点を迎えた。芸能リポーターとして、ときに事件、事故の現場に向かい、人々の喜怒哀楽を伝え、時代の節目に立ち会ってきた者たちも同時に新たなステージに向かおうとしている。芸能リポーターという仕事とは何だったのか? 令和のいま、当事者たちの証言をもとに紐解いていく――。

◆<大村正樹・最終回>

 順調に経験を積み、リポーターとしての自信と手応えをつかんだ。その一方で、自らの発言が基で世間を巻き込む大騒動――いわゆる「炎上」となったこともある。かつては許されたことも、コンプライアンス意識の高まりとともに、従来のやり方では視聴者の共感を得ることができない時代が訪れていた。

「リポーターとしては、年々上手になっているという実感があったし、人にお話を聞くときに、相手が胸襟を開いてお話をしてくださる機会が増えました。でも、それまでのやり方では通用しない時代が訪れていました。かつては頻繁に行われていたご遺族へのインタビューは、現在ではほぼ見なくなりました。視聴者がそれを求めていないからです。“あっ、これはもう時代なんだな……”と思うことが増えていきました」

『冬のソナタ』で空前の「ヨン様ブーム」を巻き起こしたペ・ヨンジュンのファンイベント司会を通じて、彼とは親密な関係を築くことができた。来日するたびに邂逅を重ねることで、「自分もそろそろ一流の人と対峙してもいい年齢になったのかな」と自負していた。しかし、その一方では「炎上」の当事者となることも増えていく。

 高畑淳子の一件では、前の晩から念入りに準備して、あえて「性癖」という言葉を選択した。セクシャルな意味ではなく、彼自身の「性質」を尋ねるべく選択した言葉だった。Wikipediaを見ればその意味について、「人間の心理、行動上に現出する癖や偏り、傾向、性格のことである」とあり、続けて「近年では性的嗜好・性的指向を指すなど、セクシャルな意味で使われる誤用が多い」と書かれている。

 誤用なのだ。それにも関わらず、世間は「性癖」という言葉を「性的嗜好」と誤解して大村をバッシングした。この点について、大村の言葉はシンプルだ。

「誤解であろうと何であろうと、《性癖》という言葉を選んで、いろいろなご批判を受けたのは事実ですから、僕の言葉選びが間違っていただけです……」

◆刺さる質問をすれば、刺さる答えが返ってくる

 いくら、細心の注意を払っても「炎上」は避けられない時代となった。従来の方法ではワイドショーのリポーターは務まらないことも肌で痛感している。四半世紀にわたって務めてきた「リポーター」という仕事に対するとまどいや困惑も芽生えてきているのは事実だ。しかし、「それでも……」という思いが大村にはある。

「心が折れる部分はいっぱいありますよ。でも、“自分はこれでやっていくしかないんだ”という思いもあります。僕ができることは何か? それを考えたとき、自分ができることは《ツッコんでいくこと》だと思ったんです。サラリーマン的リポーターには聞けないことをどんどん聞いていく。その思いは変わらず、今でも持っています」

 さらに大村は続ける。

「ちゃんと刺さる質問をすれば、刺さる答えを引き出すことができるはず。そうすれば視聴者の方にも納得してもらえるリポートができるんじゃないのか? その思いは強く持っています。高畑さんの一件では、《性癖》という言葉を使ったことで大きな騒動になってしまいました。言葉選びのミスはしてしまったけれど、まだ自分の感覚の衰えは感じていません。たとえ大御所であっても、聞くべきことはきちんと聞く。その姿勢は忘れたくありません」

 自身の思惑とは別に、大学時代の恩師である法政大学・稲増龍夫の導きによって放送業界に身を投じることになった。リポーターになったのも、ひょんなきっかけだった。しかし、すでに四半世紀以上もの長い時間、大村はリポーターとして活動を続けてきた。気がつけば、彼なりの職業観、プロ意識を宿すことになっていた。

 しかし、一度ついた「炎上」のイメージは、そう簡単に払拭することはできなかった。2020(令和2)年12月、アンジャッシュ・渡部建の記者会見が行われた。不倫騒動によって自粛を余儀なくされていた渡部が、久しぶりに公の場に登場する。マスコミ各社はもちろん、世間も注目する会見だった。

「会見当日まで、僕が現場に行く予定でした。でも直前になって行くことができなくなりました……」

 会見当日、突然のスケジュール変更。一体、そこにはどんな理由があったのだろうか?

◆「もう終わったな……」

 渡部建会見当日、大村の現場取材を止めたのは番組プロデューサーだった。当初は、その理由がわからなかった。しかし、後に「大村さんが行けば、間違いなく炎上するから」とプロデューサーから説明された。

「それはプロデューサーなりの配慮だったと思います。でも、僕個人としては、“もう終わったな……”と感じたのも事実でした」

 大村不在で、女性リポーター中心の記者会見は結局、炎上することになった。要領を得ない釈明を続ける渡部と、堂々巡りの質問を繰り返すリポーターたち。世間の批判の矛先はリポーターたちに向けられることになった。

「番組の危機管理上、僕が行かなかったのは正しい判断なんだと思います。プロデューサーが言うには、“女性リポーターばかりの中で、大村さんが仕切り役になっていたはずだ”と。僕には、その覚悟はありました。でも、僕が質問をすれば、それは悪い意味で目立ってしまうことになるだろう。正しい判断だとは思います。でも……」

 キャリアを積み、大村よりも若手のリポーターたちが台頭している現在、「僕の役割は囲みや会見取材ではなく、単独インタビューがメインになりました。これは本来喜ぶべきことなんですが……」と大村は自嘲する。会見ではなく、事件や事故の「現場」に行ってリポートをするのが、今後の大村の主な仕事となって行くのだろう。本人もそのつもりだった。

◆新たな役割に対し期待と不安が半々の心境

 しかし、この4月をもって、大村のフジテレビの情報番組での役割は大きく変わった。新たな仕事は「ニュース総局 情報制作局 情報センター」の「芸能デスク」というものだった。大村は言う。

「新しい役割は芸能ニュース全般についてのとりまとめ役です。各情報番組における芸能プロダクションの窓口になり、ニュースがあったときには、週刊誌やスポーツ紙報道の裏取り、映像素材の使用、権利処理などを担当します。あとは記者会見の仕切りも求められています。取材者サイドと取材対象者の関係性を調整する仕事です。かつて、《性癖》を尋ねた自分が何を言ってるんだと、思われるかもしれませんが(苦笑)」

 かつて、「現場主義」を矜持にしていた大村も、この4月からは内勤業務が多くなるという。新たな役割に対して、期待と不安が半々の心境を抱いている。

「デスク業務とは別に外回りできる日も同じくらいあります。その日は現場に出るつもりだし、周りにもそう宣言しています。芸能デスクとしての信用は、ゼロから作っていきます。それとは別に、現場の声をきちんと伝えることも並行して続けていきます。インタビュー対象者の方に気持ちよく答えていただく。フジテレビの番組に出ていただく。そのお膳立てをするのは自分にあっているような気がします。それに……」

 ひと呼吸おいて、大村は言う。

「……質問するのは僕じゃないから、もう叩かれることもないですしね(笑)」

◆リポーターとしての四半世紀を振り返る

 インターネットの台頭で、かつてのようにテレビ業界も「マスコミの王様」ではいられなくなった。誰もがSNSで発信できる時代に、テレビの果たすべき役割も変わりつつある。リポーターとしての四半世紀を大村が振り返る。

「かつて、僕たちの先輩が活躍していた時代には“人の不幸は蜜の味”という考えが少なからずあったように思います。でも、令和の時代にその考え方は通用しない。かつてのコテコテのワイドショーリポーターのやり方はもう通用しない。僕のようなタイプのリポーターはもう難しいのかもしれないですね。どうしても、正義を振りかざしているように見えてしまうから……」

 最後に一つだけ質問をする。「生まれ変わっても、リポーターという仕事を選びますか?」と。大村は躊躇なく答える。

「時代によりますね。少なくとも令和の時代であれば、僕の性格ではリポーターをやるのは難しいと思います。間違いなく、今の時代は僕のようなリポーターは求められていないですから……」

◆芸能デスクとしての新たな人生

 そして、大村は自らのこれまでを、次のように総括した。

「これからゼロからスタートします。それと同時にリポーターとしての目線を忘れず、現場の声が伝わるように心がけていきます。フジテレビの番組に出ていただく方には気持ちよくカメラの前に立っていただけるようにお膳立てするのは自分にあっていると思います」

 大村正樹――、本人曰く「54の手習い」は始まったばかりだ。リポーターとしてのこれまでの人生、芸能デスクとしての新たな人生。常に前を向いて、これからも波乱万丈の人生を歩んでいく――。

取材・文/長谷川晶一(ノンフィクションライター)撮影/渡辺秀之

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