「どうして今になって…?」離婚直前、夫が打ち明けた秘密に妻が怒りを覚えたワケ

大抵どんな夫婦にも、互いに“秘密”があるものだ。

『愛しているからこそ、全てを知りたい』

そう考えた一人の男がいた。

愛しすぎることは、罪なのか……?

◆これまでのあらすじ
里紗の最愛の夫・毅は、出会う前は里紗のストーカーだったことが発覚した。夫から離婚を切り出され、離婚届に判を押したが提出できなかった里紗は、もう一度だけ毅と向き合うことを決めたが…。

▶前回:「不幸になればいいのに…」夫の元恋人が、妻に仕掛けたきた6年越しの復讐計画


『最後にもう一度、会って話したいことがあるの。時間を取ってくれない?』

思わぬ気づきを得たランチ会から帰宅すると、里紗は真っ先に毅宛のLINEメッセージを作った。

― 会ってくれないかもしれないけど…。すべてを話すと決めたから。

恐怖を押し殺して送信する。

送ってしまうとソワソワと落ち着かなくなり、里紗は家の中をウロウロする。毅ならすぐに返事をくれるだろうとスマホは握りしめたまま。

しかし、いつまで経ってもスマホは震えない。返信がないどころか、既読もつかなかった。

こんなことは今まで一度もなかったから、胸騒ぎがする。不安になった里紗は、もう一度LINEを送った。

『毅さん、今、事務所にいる?行ってもいい?』

今度は返信を待たずに家を飛び出し、別居中の毅が寝泊まりしている彼の事務所へと走り出す。

― 何食わぬ顔で仕事に集中してたりしないかな…。

しかし、期待はあっさりと裏切られることになる。

到着した毅の事務所の前で、里紗は冷や汗が止まらなくなった。 

あったはずの会社の表札がないのだ。

「…ウソ…」

思わず声が漏れる。

代わりに貼られていたのは『テナント募集』の告知。

毅に電話するが出てくれない。留守番電話にメッセージを残し、LINEもした。

『毅さん、どこにいるの?どこに行っちゃったの?』

姿を消した毅と再会できるのか?

LINEの返信が来たのは、5日後の日曜日だった。

『返信しないで申し訳ない。俺も話したい。』

毅とは思えない簡素な内容に違和感を覚えたが、里紗はひとまず安堵する。

"離婚届を記入したきり、連絡を取らなくなる夫婦は大勢いる”――なんてことが書かれたネット記事に、この5日間、悩まされていたから。

翌日の昼、毅が待ち合わせの場所に指定してきたのは、タワーマンションが立ち並ぶ豊洲だった。

巨大ショッピングモールの一角で、およそ1週間ぶりに見る毅の顔は、少しやつれているように見える。

「久しぶり。ちょっと歩こうか」

店にも入らず、必要最低限の会話だけで、毅は行く。

何を考えているか分からない彼の背中を見つめながら、里紗は追いかけた。出会ったときから常に里紗を気遣っていた毅とは別人のようだ。

10分ほど歩くと、彼は、ぽつりぽつりと話し始めた。

「言ってなかったけど、実は…」

何を言われるのだろうと、里紗はドキリとする。

「俺、この辺で育ったんだ」

「えっ…」

意外な告白に面食らう。毅は里紗と同じ杉並区出身だったはずだ。出会ったばかりの頃は「地元が近いね」という話で盛り上がった。

「杉並生まれっていうのは嘘じゃない。でも3才のときにこの辺りに引っ越して、小学校6年生で戻るまでこの街にいた。里紗の気を引きたくて、杉並育ちってことにしてたんだ」

里紗と出会うために空間プロデューサーになり、里紗に話しかけてもらうためにキックボクシングを始めた毅なら、その程度の“サバ読み”はおかしくない。

「どうして俺がこんな人間になったか、里紗に伝えたいんだ」

「…こんな人間にって…?」

思わず里紗は、復唱して聞き返す。

「俺が、愛する人をストーキングするようになった理由」

毅は自虐めいた言い方で笑ってみせたが、悲しい目をしていた。


「ウチの両親は今となっては幸せそうにしてるけど、昔はあまり仲が良くなくてさ…」

築30年は経過しているだろう7階建てのマンションの前に到着すると、毅は話し始めた。

両親は、毅の前で喧嘩することはなかった。しかし、彼は夫婦関係がうまくいってないことに、子どもながらに感づいていたらしい。

「で、ある日、このマンションでお袋を見かけたんだ」

この7階建てのマンションは自宅から少し離れていて、小学5年生の毅の行動範囲ではなかった。

だが、たまたま友達と自転車で遠出したとき、このマンションの一室から出てくる母親を見かけた。

「4階の角部屋。今でも鮮明に覚えてる」

敷地の外から毅はその部屋を指差す。

母親がマンションの住人と思しき見知らぬ男と、その部屋の玄関前で別れを惜しむようにキスをして帰っていくところを毅は見てしまった。

毅は咄嗟に隠れ、母親がいなくなるまでじっとしていた。何をしているのか、と友達が尋ねてきたが、答えなかった。答えられなかった。

その後、毅が帰宅すると、スーパーで買い物を終えた母親がいつものように夕食の準備をしていた。

「いつもと同じように『おかえり。手を洗ってきなさい』ってお袋は言ってさ。いつもと同じなんだよ…」

そう言うと、毅は口をぎゅっと結んで黙りこくった。

里紗も何も尋ねなかった。

「行こうか」

やがて毅は歩きだし、小さくなった彼の背中を見つめながら里紗は追いかけた。

ほどなくして小学校に着いた。

「俺が5年生まで通ってたところ。お袋の不倫を知った直後、ここでも、ちょっとした出来事があってさ…」

5年生の毅には初恋の相手がいた。彼女は「つよしクンが好き」と同級生たちの前で宣言するような子だったそうだ。

「堂々と公言するから、俺も彼女のことが気になってきて…。好きになっていたんだ」

「両想いってやつ?」

「うん、そう。でもまだ子どもだから。男女として付き合うとか、そういうのはなくて」

小学生ならではの淡い恋の思い出だ。里紗にも身に覚えがある。

「でも6年生になる前、俺は杉並に引っ越すことになって…感傷的な気持ちになって…それで告白することにしたんだ」

「『付き合ってください』って?」

「そんな大人っぽいことは言えないから、『好きです』とか『引っ越したあとも手紙や電話をしたい』って言いたかった」

「素敵じゃない。それで結果は?」

「告白できなかった」

毅の過去を知った里紗は怒りを覚えて…?

「…どうして告白できなかったの?」

「告白する直前に見ちゃったんだよ…。その子が、俺の友達とあそこの校舎裏で手を繋いでいるところ」

学校の外から見えるその場所を毅は指差した。母親が出てきたマンションを指差したときと同じで、その目は悲哀に満ちている。

「彼女は、本当は俺のこと好きじゃなかったんだって思った」

「…そうだったんだ…」

「子どものころの話だし、今となっては、この程度の失恋はよくあることだって思うよ…。でも、お袋のことがあった直後だったから…ショックだった…」

ただ毅は、母親のことも初恋の人も嫌いにならなかった、と続ける。

「人間なら誰でも秘密があって当然だと思ったんだ。だから相手のことを本当に愛してるなら、そういう秘密も含めて、すべて丸ごと愛すべきだって思うようになった」

以来、毅は、好きになった人のすべてを調べ上げるようになったという。

「たとえ相手からストーカーだと思われても、相手の嫌なところも含めたすべてを知ったうえで、自分に問うんだ。『それでもお前は、彼女のことを愛せるのか?』って」

里紗は心臓の鼓動が早くなる。

― もしかして毅さんは、私の秘密も知っているの…?

平静を装い、里紗は尋ねた。

「だから私のことも、出会う前にすべて調べたの?」

「すべてかはどうかは分からない。でも調べられることは全部調べた。それが、俺の愛し方だから…それしかできないから…」

「それしかってことはない」

即座に里紗は否定した。

「私はたくさん毅さんに尽くしてもらった。毅さんに愛してもらった。それしかできないってことはないよ」

毅はわずかに微笑んで、ありがとう、と呟いた。

「…でもどうして急に、そのことを私に話そうと思ったの?」

「最後の最後に知ってほしくて」

最後、という言葉が里紗の心を刺してくる。そして思い出す。自分たちは離婚を決めた夫婦なのだと。


「ストーカーのような方法でしか人を愛せない自分は、『普通じゃない』って分かっている…」

毅は、はっきりとした口調で言った。

「でも『それには理由がある』って知ってほしかった…」

多感な時期の毅を襲った悲劇については、里紗も素直に同情する。だが、言ってやりたいこともある。

「でもそれは…私の連絡を無視する理由にはならないよ?私に離婚届を渡して、その後、連絡もつかなくなって、1週間ぶりに連絡して話すことなの?」

話し合いすらせずに、離婚を決めた毅の身勝手さが蘇る。

「毅さんは、私のことをたくさん知ろうとするし、いつも私の気持ちを考えてくれていたけど…どうして自分の気持ちは、伝えてくれないの?」

毅は伏せていた目を少し上げて何か言おうとしたが、それより先に里紗は言葉を被せる。

「あと今さっき、毅さんは『普通じゃない』って言ったけど『普通』って何?『普通の人』ってどんな人?」

毅が何も言わないので、里紗は言葉を続けた。

「私だって『普通じゃない』よ?」

本来なら今日、里紗は心の奥底にひた隠しにしていた“秘密”を告白したうえで、もう一度夫婦として向き合いたいと毅に申し出るつもりだった。

予定は狂ったが、仕方ない。

少しばかりの憤りを胸に、里紗は勢いのまま語る。

「出会う前に私のことを調べた毅さんなら、もしかして、もうすでに知っているかもしれないけど…私には『秘密』があるの」

何のこと?と言わんばかりに毅は怪訝そうな顔をした。

「私は毅さんが思っているような人間じゃない」

「……」

「私は…大した女じゃない…。毅さんのような愛に溢れた人に愛される資格もない…。私は…」

そこまで言うと、里紗はあらためて恐怖を覚えた。これ以上、話を続けたら、自分が自分でなくなる気がした。

でも言わなきゃならない。

「私は…毅さんが思っている以上に、男にだらしない…最低の女だったから…」


▶前回:「不幸になればいいのに…」夫の元恋人が、妻に仕掛けたきた6年越しの復讐計画

▶Next:4月25日 日曜更新予定
最終回:里紗が抱えていた、本当の秘密とは…!?

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