志村ファミリーにして元・アイドリング!!!後藤郁が語る「神様」志村けんと仕事できた誇り

拡大画像を見る

 みんな大好き志村けん氏。今回、本誌では「女性」という観点から氏を検証。といっても、下衆雑誌と一線を画す我々、スキャンダルな下半身ネタには目もくれず、「ネタにおける女性の役割」にのみ着目。そこから見えてきたものとは?

 母親の影響で物心付いた時から『全員集合』を観ていて、姉とヒゲダンスを踊ったり、テレビの画面に向かって「志村後ろ!」と叫んでいたんです。芸能界のことがよく分からないままアイドルになったけど、私にとっての“神様”である志村さんと「いつかご一緒できたら…」と夢見ていました。

 だから、なんの番組のオーディションか知らずに入った部屋に“神様”がいた時は震えました。特技として「ノミのサーカス」のノミの名前を“けんちゃん”にアレンジして披露したら、志村さんは微笑みながら「チャップリンの『ライムライト』でしょ」と言ってくださって。『志村だヨ!』に出演できることになったんです。『アイドリング!!!』で素の自分をさらけ出すことができるようになっていたことも大きかったと思います。

 志村さんの中で映像がすべて見えているので、リハーサルでもどかしそうにしている姿が印象に残っています。ただ、イメージと違っても厳しく指摘することはなくて、私にも基本的には褒めてくれました。ボソッと「いまのよかったよ」と言って通りすぎていくんです。アドリブで何回も被せたら志村さんにハリセンで3回叩いてもらった時は心の中でガッツポーズをしました。

■絶妙な間やセリフの崩し方を勉強

 自分の出番じゃなくても志村さんと優香さんが出るコントを見て、絶妙な間やセリフの崩し方を勉強していました。『バカ殿様』にも腰元として出演するようになったんですけど、セリフをいただいたのは4年目。あの時は本当にうれしかったです。志村さんが磯山さやかさんに安心して振っているところを見て、「あの位置まで行きたい」と憧れました。

 21歳からお酒の席もご一緒するようになりました。亡くなられる2、3カ月前に番組の打ち上げに参加した時は、志村さんにお酌していただいたんです。しかも、珍しく昔の話をしてくださって、「過去の話をもっと聞きたい!」と思ったけど、もうお会いできないんですよね。席から立ち上がろうとした時に転倒したら、志村さんが「いまのわざと?」とツッコんでくださったけど、うまく返せなかったことが心残りです。

 女優として活動する中で、「返しやすい投げ方をすることの大切さ」はコントから学んだことに気付かされました。志村さんとお仕事できたことを誇りに思います。

PROFILE 後藤郁 ごとうかおる。1995年、大分県出身。アイドリング!!!卒業後、活動休止を経て、女優として復帰。昨年、1stソロシングル『言葉-KOTOBA-』をリリース。同年2月には3rd写真集『眩香 genkou』を刊行。

(EX大衆2021年4月号「志村けんと女性たち」後藤郁)文●大貫真之介

関連リンク

  • 4/17 5:00
  • 日刊大衆

スポンサーリンク

記事の無断転載を禁じます