東京五輪“有観客開催”の試金石!チケット完売の全日本体操選手権観戦記

拡大画像を見る

―[今から始める2020年東京五輪“観戦穴場競技”探訪]―

~第78回~

 フモフモ編集長と申します。僕は普段、スポーツ観戦記をつづった「スポーツ見るもの語る者~フモフモコラム」というブログを運営しているスポーツ好きブロガーです。2012年のロンドン五輪の際には『自由すぎるオリンピック観戦術』なる著書を刊行するなど、知っている人は知っている(※知らない人は知らない)存在です。今回は日刊SPA!にお邪魔しまして、新たなスポーツ観戦の旅に出ることにしました。


 東京五輪開幕まで300日を切った昨今、もはや穴場競技どころか大会自体があるのかないのかというのが関心事ではあるものの、少しずつ日本や世界各地でスポーツ大会が再開されつつあります。プロ野球や大相撲、Jリーグ・Bリーグなどではすでに有観客試合が行なわれていますし、いち早く有観客での開催を進めていた公営競技でも中央競馬での有観客開催が再開されました。

 しかし、そうした動きは観衆を集めることを「生業」とし、経済をまわすことにおいても意義があるプロスポーツだからこそのもの。観客の有無が生活に直結しない多くのアマチュア競技においては、無観客での開催あるいは大会自体の延期・中止といった判断が引きつづきなされています。

◆有観客の全日本大会に体操ファンが熱視線

 そんななか、アマチュア競技でありながら、コロナ禍における「先例」を作ろうと取り組んでいる競技が体操です。去る9月22日、日本体操協会らは群馬県・高崎アリーナにて第53回全日本シニア体操競技選手権大会を開催しました。この大会は「アマチュア競技」かつ「屋内競技」である体操による「全日本規模」の「有観客試合」だったという点において、特筆すべき先例となるものでした。

 この大会では、出場種目を鉄棒一本に絞って東京五輪に挑むことを表明した内村航平選手や女子のエース・村上茉愛選手など、国内の男女トップ選手が一堂に会しました。内村選手が鉄棒でH難度の大技ブレットシュナイダーにトライした模様は、スポーツニュースなどでご覧になった方も多いと思います。大会当日はネットでのライブ配信もされており、多くの体操ファンが久々の競技会を堪能しました。

 ただ、それは逆に言えば「テレビやネットでも見られた」ということでもあります。当日券完売の盛況とは言え、客入れは固定座席約3000席の半分となる1500席を上限とした制限付きのもの。僕自身もその1席で観戦をしたわけですが、1500席という数値よりも「観客」の実数はさらに少ないものでした。スタンドのかなり多くの部分は出場選手・チームの関係者が占めており、朝日生命体操クラブのような大規模クラブからはブロックを丸ごと埋めるような応援団も駆けつけていたのです。

 選手がスタンドを訪れては関係者に挨拶をし、記念撮影をして帰るような光景はプロスポーツのそれとは違う、まさにアマチュア競技らしい光景でした。観客よりも身内のほうが多い、そんなアマチュアらしさ。収益面だけで言えば有観客試合としたことの意味はほとんどなかったでしょう。前売り1枚2000円のチケットが1500枚売れたとしても300万円にしかなりません。むしろ、お客を入れることで発生する管理・運営のコストのほうが大きかったはずです。

◆東京五輪のトライアルになる万全のコロナ対策

 実際、運営面での気遣いようはかなりのものでした。入場時の検温・消毒は当然として、接触を避けるべくチケットのもぎりは観客自身で行なわせるというオペレーションであったり、会場からの退出時にも消毒を徹底させる姿勢、スタンドのあちこちに待機する係員が何度も何度も手すりや座席を消毒する「ガチガチ」の体勢にはコチラが申し訳なくなったほどです。

 なにせ、自席がスタンドの最上段かつ周囲には僕だけという状況だったもので、自分の周囲の座席や手すりは「誰も触っていない」ことを僕はわかっているのです。自分が動かなければそこを触る人は誰もいないのです。それでも係員の方は何度も何度も消毒をしていました。ある意味で徒労にも思える作業でしたが、そこには絶対にこの大会を無事にやり遂げるのだという意志がありました。

 そこまでして何故、大したお金にもならない有観客試合を開催したのか。閉幕の挨拶において全日本シニア連盟の塚原光男専務理事が語った言葉に、体操界の決意のようなものが滲んでいました。塚原氏は「今大会は体操競技の未来への挑戦、コロナとの戦い」であったとし、大会を開催させてくれた高崎市と群馬県協会、大会運営に携わった関係者・メディアへ感謝を述べました。挨拶はそれだけでした。主催者がお礼を言うのは当たり前のことではありますが、お礼だけを言うのは異例のことです。

 選手たちの奮闘を讃えるでも自分たちの活動の報告や自慢をするでもなく、「大会を開催させてくれた」ことへの感謝だけがそこにはあった。それはまさに収益度外視で「先例」を作ろうとしたからこその言葉でした。有観客での開催には大きなリスクがあると承知のうえで、どうすれば大会を開催でき、観客を入れることができるのか。その手法や実績、すなわち「先例」を「アマチュア競技」「屋内競技」の代表として自ら作ることが、この大会の最大の意義であったのだと。

◆東京五輪開催をけん引する体操界の強い決意

 全日本シニア体操選手権大会から2週間あまり、同大会での感染事例やクラスター化は報告されずに迎えた10月12日、体操界は次の「先例」を作る発表を行ないました。11月8日、東京・国立代々木競技場において体操の「国際試合」しかも「有観客」での試合を開催すると発表したのです。記者会見では、IOC委員でもある国際体操連盟・渡辺守成会長が「誰かが先陣を切らないといけない」と意気込みを語り、強い決意を見せました。

 海外選手には入国前の隔離とPCR検査、入国後も毎日の検査を義務付け、宿泊先と練習会場以外への移動は認めないという制限を設けました。国内選手にも自宅と練習場以外への移動や、ほかの大会との掛け持ちなどは不可とする行動制限を掛けました。そのために一部の選手は出場を希望しながらも認められないというケースも生まれましたが、そうした厳しい制限も「国際試合」という次の先例を作るためのもの。誰かがやらねば踏み出せない一歩を、体操が「全責任を負って」踏み出そうとしているのです。「こうすれば、できた」という先例を作り、ほかの競技を牽引するために。

 かつて東日本大震災のあと、東北楽天ゴールデンイーグルスの星野仙一監督(当時)は「強さを見せよう」と選手たちを鼓舞したといいます。慰問や支援に奔走する優しさの次は、決して諦めない強さを見せるのが自分たちのつとめなのだと。これは困難な状況にあるときに、あらゆるアスリート・スポーツ界の人々に求められる心構えのような言葉です。

◆乗り越える「強さ」に見たアスリートのプライド

 アスリートが取り組んでいるのは社会にとって無益な行為です。どれだけ速いボールを投げられようが、空中で何回転できようが、食べ物や着る物を生み出せるわけではありません。しかし、アスリートが困難に挑み成し遂げる姿は、人生の困難に直面した人々に「頑張ればできるんだ」という元気を甦らせ、自分もまた困難に立ち向かおうとする勇気を引き出すものです。困難な状況だからこそ、あえて正面から立ち向かい、乗り越える「強さ」を示す。それはアスリートが愛され、尊敬され、社会において大切にされる理由のひとつでもあるはずです。

 体操は今、その「強さ」を示そうとしている。

 落下すれば大怪我をしかねない危険な競技に取り組む人たちが、その「強さ」で社会を牽引しようとしている。

 その取り組みに自分も「観客」の立場で参加することができ、とても嬉しく思います。9月22日、「アマチュア競技」かつ「屋内競技」である体操が敢行した「全日本規模」の「有観客試合」は何事もなく終わりました。そこには確かに「観客」がおり、関係者の懸命な取り組みによって「安心して」観戦をすることができていました。その次の一歩、「国際試合」も無事に終えられることを願いたいと思います。空中で3回転することよりも難しい取り組みかもしれませんが、人間業とは思えないことをやってのけるのが体操というスポーツの真骨頂でもあります。

 困難に打ち勝つ体操の「強さ」に期待します!

―[今から始める2020年東京五輪“観戦穴場競技”探訪]―


関連リンク

  • 10/18 6:50
  • 日刊SPA!

スポンサーリンク

記事の無断転載を禁じます