「彼がこんな男だったなんて…」結婚した3日後に、妻が明かした夫に対する本音とは

ひとり旅をするとき、こんな妄想をしたことはないだろうか。

―列車で、飛行機で、もし隣の席にイケメンor美女が座ったら…?

そして、妄想は稀に現実になる。

いくつになっても忘れないでほしい。運命の相手とは、思わぬところで出会ってしまうものなのだと。

傷心旅行に発った及川静香は、素性の知らない男と恋に落ちるが…。出会いから、別れまで、たった14日間の恋の物語。

◆これまでのあらすじ

静香は元カレに別れを告げられ、ハワイへ一人旅に出る。

偶然に知り合った勇作に運命を感じるが、その出会いは元カレ・健次によって仕組まれたものだった…。

Day12,2019年6月19日。


9時30分、ハレイワを流れるアナフル川。

緑に囲まれた両岸を見据えながら、静香はスタンドアップ・パドルボード、通称SUPでゆっくり進んでいた。

ビーチに面したハレイワ・ハーバーを出発したときは水面の揺れに敏感となり、スタンドアップ・パドルボードという呼称を無視して膝立ちしていても不安定極まりなく、今すぐにでも引き返したくなった。

両脇を、まだ10才にもなっていないだろう地元の子供たちがすいすいとSUPで往来していく。静香はやるせない気持ちになった。

しかしアナフル川に入って橋をくぐった辺りまで来ると、水面はだいぶ穏やかになり、静香でも立って漕ぐことができた。女性インストラクターの早口の英語にもやっと慣れてくる。

『ハワイには、ひとりで来たの?』

何の悪気もなくインストラクターは尋ねてくる。

『ひとりで来ました』

『そう、素敵ね!ひとり旅って楽しいわよね!』

ハワイの人たちは、何を言っても否定しない。

『見て!あの子は、ウチの娘の友達よ!』

少し離れたところをSUPで進んでいた少女を見つけ、インストラクターは言った。

『ハーイ、スージー』

スージーと呼ばれた少女は、SUPの上から笑顔で手を振り返す。

『ほら、シズカもハローって言ってみて』

静香は、川にボトンと落ちることを覚悟で、懸命に手を振って「ハロー!」と呼びかけた。

スージーは、持っていたパドルを隣でSUPしている男の子に渡し、両手を使って大きく手を振ってくれた。

『あの彼は、スージーのボーイフレンドなの』

まだ10才にもなっていない少女に、まだ10才にもなっていないボーイフレンドがいる。一方、自分は、ひとりでハレイワまでレンタカーで来て、ひとりでSUPを習って…。

どれだけ良い景色で、心地よいアクティビティをしていても、思い出すのはいつも隣にいた勇作のことだった。

ひとりぼっちの静香の前に、意外な人物が現れる…。

SUPを終えてハレイワを発った静香は、ワイキキから乗ってきていたレンタカーでカメハメハ・ハイウェイを北上する。

左手にラニアケア・ビーチが見えてくる。勇作がこの砂浜でウミガメを見つけたのは、たった5日前のことだ。

「だってカメだよ!?」

テンションが上がった勇作の声が、脳内でこだまする。

そこを通過してさらに北上すると、勇作とともに訪れたガーリックシュリンプの名店が見えてきた。

お腹が空いたことに気づいて、スピードを緩める。だが目に飛び込んできたのは…。

―そこもカップル。あそこもカップル。ここもカップル。

静香は、そのまま車を走らせた。

道路はオアフ島の北端に差し掛かって、ゆっくりとカーブを描き、いつしか南下していくルートとなった。

この道を進めばやがてワイマナロ・ビーチに辿り着くことを、勇作から聞いていた。彼が「世界で一番美しいビーチ」と呼んだ場所だ。

―そうだ。サンセットは“西の果て”まで行ってみよう。

静香は、地元の家族連れしかいないコンビニに入り、スパムおむすびでランチを済ませて、車をひたすらに走らせることにした。


―分かってはいたけれど…。

夜になってワイキキに戻った静香は、レンタカーを返却すると、大きく溜息をついた。

オアフの東端に近いワイマナロから、“西の果て”までドライブしても、楽しさは感じなかった。

ふたりで見た美しい景色も、ひとりで見たところで何の感動もなかったのだ。

大事なのは景色でも天気でもない。隣に一緒にいる人だった。

―もう一度、勇作と会いたい。

素直にそう思った。しかし次の瞬間には、真逆の感情が込み上げる。

―でも彼は、私を騙していたんだ。

勇作は偶然を装って出会い、運命の恋を演出した大ウソつきだ。

その一方で、静香にきちんと元妻を紹介し、さらには静香を傷つけた健次を殴りつけるという行動も取った。

どこまでが偽りの勇作で、どこからが真実の勇作なのか。今となっては分からない。

ただ、「会って話をしたい」と記した勇作の手紙を破り捨てたことは正解だと思った。どんな弁解をされようが、許すわけにはいかない。

実際のところ、会って彼の顔を見れば許してしまう可能性が、少なからず、ある。

だからこそ会えない。

ホテルの部屋に戻ってスマホをチェックすると、Eメールが届いていた。飛行機の搭乗予定を確認するものだった。

明後日には帰国の途につく。2週間の予定で訪れていたハワイも、残り2日だ。

気持ちを懸命に切り替え、静香は、とびっきりのオシャレをしてディナーに出かけることにした。

ディナーのチャンスはあと2回しかないのだ。たとえひとりだろうと、存分に楽しもう。勇作と出会う前は、もともとひとりでハワイを楽しむつもりだったのだから。

静香は、目星をつけていたタイ料理の店へ予約もせずに飛び込みで入った。

従業員は当たり前のように嫌な顔ひとつ見せず、静香のリゾートドレスを褒めちぎったうえで、屋外のテラス席へ案内してくれた。

他の席はカップル客ばかりだ。どのカップルも羨ましいほどに仲睦まじかった。

―大丈夫。大丈夫。想定の範囲内。私は寂しくない。

自分に必死でそう言い聞かせる。

たまにカップルたちと目が合ったが、そのたびに静香は微笑んでみせた。ほとんど同時に、向こうも邪気なく笑みを返してくれる。

そのとき、不意にスマホが鳴った。

席を立ち店外にて電話に出ると、それは仕事の取引先からだった。まだ休暇中であることを告げつつ、無難に対応する。

夢のような2週間が終わり、現実が目の前に迫っていた。

あるいは悪夢だったのかもしれない。いずれにせよ、いつか覚める夢だった。

席に戻ると、次々に運ばれてくる料理に、静香は舌鼓を打った。その全てが、本当においしかった。誰かと共有したいほどに。

―これが、ひとり旅か…。

心の中で呟いたと同時に、勇作の声がリフレインする。

「これが旅の醍醐味さ」

景色を見ても、食事をしても、勇作を思い出してしまうのだ。静香は肩を落とした。



ホテルに戻ると、ベルデスクに呼び止められた。

『君の知り合いが来ているよ?』

ー知り合い…?誰だろう?

瞬間的に「勇作か?」と期待してしまう。だが、期待した自分に失望したのはその直後のことで、ベルデスクが連れてきたのは見知らぬ女性だった。

いや、厳密に言えば、知らない人ではない。

「えっ、もしかして…」

会うことはないと思っていた相手が、今、目の前にいる。

唖然とする静香に対し、彼女は深々と頭を下げた。

そこにいるのは、健次と結婚式を挙げた女性…奈央だった。

奈央は何のために、ここへ来たのか…?

さすがに自分の部屋に案内するのは憚られ、静香はホテルのバーへ奈央を誘った。

着席するなり、奈央は簡単な自己紹介をしてきた。

健次と2年付き合い、先日ハワイで式を挙げたばかり…。それはすでに勇作がもたらし、静香が知っている情報ではあった。

「静香さんのことは、今朝、健次くんから聞きました」

奈央は神妙な面持ちでそう言った。彼女にとっても、静香の存在は初耳だったらしい。そして、どうやらすべてのことを聞いたらしい。

「謝るべきなのか分かりませんが、どうしても一度お会いしたくて」

静香は頷いて、「そうですか…」と返した。そう返事するしかなかった。

「健次くんは酷い人だと思いました。でも私も、共犯者のようなものです。結果的に恋人を奪ったんですから…。最低の人間です。本当にすみませんでした」

先ほどロビーで挨拶したとき以上に深く、奈央は頭を下げる。それは心からの謝罪に見えた。

気にしないでください、とか、頭を上げてください、とか言おうかとも思ったが、言葉が出なかった。

しばらくしてようやく顔を上げた奈央は、結婚したばかりの女性には似つかわしくないような暗い表情を浮かべている。

「式は挙げたばかりですが、この先どうしていいか…。自分でも分かりません」

乾杯すべきかも分からないが、ひとまず静香は奈央と乾杯し、その先の話を待つことにした。

どうやら奈央は、静香と会ってくることを健次に告げたうえで、このリッツカールトンまで来たらしい。

新妻が、5年付き合っていた二股相手の女と、結婚式直後に会う…。健次にとっては地獄の展開だろう。ざまあみろと思うし、奈央が会いに来てくれたことを称賛したくなる。

「でも健次くんが、静香さんに説明したことの中で、誤解している部分があるので、それをどうしても伝えたくて会いに来ました」

「誤解…?」

「健次くんは、勇作くんのことを“別れさせ屋”と説明したと思いますが、それは誤解なんです」

“勇作くん”という言い方が引っかかった。


しかし、その疑問はすぐに晴れた。奈央はこんな言葉を続けたのだ。

「…勇作くんは、もともと私の友人でした」

彼女によれば、勇作と奈央は10年近く前に、旅好きコミュニティで知り合ったらしい。それは、これまで世界の何カ国を周ったかを競い合うような旅好きたちの集まりだった。

主にSNSでやり取りする仲間だったが、時にはタイミング良く海外で会うこともあった。

「もちろん男女の関係はありませんし、互いに好意を持ったこともありません」

健次を奪った後ろめたさなのか、奈央は、はっきりとした口調で言った。

「大丈夫ですよ。勇作さんは、私の恋人なんかじゃないので」

静香は、すらすらとそう答えた自分に驚く。しかも“勇作さん”なんて…。

「それで、2年前ぐらいから、私は健次くんと付き合うようになって…」

言いにくそうに奈央は続けた。

「私の旅仲間の友達何人かと飲んでいるとき、健次くんを呼んだんです。そこで健次くんと勇作くんは初めて会ったんです」

ーえっ…。

静香は絶句してしまった。

「ですから、勇作くんは“別れさせ屋”みたいな怪しい業者じゃなくて、もともと健次くんの知り合いだったんです」

よく分からない。状況が飲み込めない。

勇作から聞いた話も、健次から聞いた話も、今こうして奈央から聞いている話も、すべて少しずつズレがあるのだ。頭と心が、ぐちゃぐちゃになっていた。

その後も奈央は、勇作と健次の関係について話し続けた。

だが、話を聞けば聞くほど混乱していく。

何が本当で、何がウソなのか。

はっきりさせてほしい。だったら、もう一度…。

ーそうだ、もう一度、勇作と会って話さないと。

連絡先は分からない。でも、どうしても会って話がしたい。

―勇作と会って、本当の彼を知りたい。

決意は固まった。

明日は、ハワイで丸一日を過ごす最後の日だ。


▶Next:5月31日 日曜更新予定
再会した静香と勇作。そこで知った真実とは…?

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