中井祐樹の「何かを失っても『格闘技を守りたい』という思い」

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バナー題字・イラスト/寺田克也

『バーリ・トゥード・ジャパン・オープン1995』におけるヒクソン・グレイシーやジェラルド・ゴルドーとの激闘で、日本格闘技史にその名を刻んだ中井祐樹。パラエストラ東京設立後はブラジリアン柔術の普及に務めている。今日の日本における柔術の繁栄は、中井の格闘技に対する思いの深さ抜きには語れない。

 国内外に多くの支部を持つ「パラエストラ」ネットワークの代表として、日本ブラジリアン柔術連盟の会長として、日々格闘技と深く関わってきた中井に、新型コロナウイルス感染症の新規感染者の減少が伝えられるなか、今の気持ちを聞いた。

 3月下旬、中井祐樹は活動の要といえる江古田のパラエストラ東京を休館した。その数日前小池百合子都知事が「週末の外出自粛要請」を出したことがきっかけだった。中井が会員に休館の理由を説明すると、素直に応じてくれたという。

「皆さん、大人なので、『事態はよく把握しています』という感じでした。数名離れてしまった方もいるけど、ちょうど転勤や進学で人が動く時期でしたからね。辞める理由はコロナではないということでした。今はみな道場の再開を待っている感じですね」

 パラエストラは全国に支部を持つが、全体を通して遵守しなければならない方針や規則はない。コロナ禍が広がりを見せた時の対処法もマニュアルがあるわけではなく、全て各支部長任せだったという。

「『パラエストラはこうあるべき』といった道場訓みたいなものがあったほうがいいという声もあるけど、地域によって状況は異なりますからね。パラエストラ東京は今月(5月)いっぱいまで休み。自主トレも禁止です。自主トレはやってもいいというつもりでいたけど、やっている人はいないと思います」

 パラエストラネットワークの中には、本職が医者という支部長も。その支部はいち早く休館したという。

「その支部長とはコロナについての話をしていました。我々の行動が業界のスタンダードになる可能性はまだある。それも含めていち早く休館という声明を出したことになります。全貌がわからないので何ともいえないところもあったけど、みなまわりの様子を見ていたので、ウチが口火を切らないとという感じでした」

■コロナに配慮した青空教室計画

 その一方で中井は今回のコロナ禍を甘く考えていたところもあったことを否定しない。「そもそも道場には妙に体力に自信があったり、元気な人しか来ないだろうという考えもあった。(当初は)あまり深く考えていなかったフシはありましたね」

 地方から徐々に経済活動は復興しているが、自粛要請に従っている格闘技のジムや道場の再開には「慎重を期す」という声が大きい。中井は「格闘技は超濃厚接触競技なので、そう言われても仕方ない」と考えている。

「ただ、新型コロナウイルスはドアノブや手すりからでも感染してしまう恐れがある。だとすれば、格闘技だけの問題ではない」

 数カ月ぶりに聞く声から察すると、中井は元気そうに思えた。もっとも当の本人は「すごくシャキッとしているわけではない」と打ち明けた。

「やりたいことをちゃんとできないというモヤモヤはある。今日(5月某日)はパラエストラ東京の有志が集まる感じで都内の某公園で青空教室をやっていました」

 聞けば、今回で2回目。今後も週3回のペースで青空教室を開こうとしているという。マットを持ち込んで柔術衣を着ての教室だったのかと水を向けると、中井は首を横に振った。

「普段着で、お互い接触せずにやっています。つまり足腰のエクササイズが中心。公園でも鉄棒を握っていいのか、芝生に寝ころがっていいのかという問題もあるので、今日は歩きながら喋ることが中心でした。僕は究極のところ歩くことがベストだと思っているところがある」

 全ては道場を再開するための準備だと捉えている。

「ある意味、僕も生活のリズムが崩れまくっているので、整え直すためにもゆくゆくは1日ヒトコマくらいはやっていこうかなと思っています。道場は基本的に夜の仕事。夜の稼働をシャットアウトしてしまうと道場ではないという気持ちもある。やれる範囲内で夜も何かやっていきたい。それが道場のもうひとつの顔だと思うので」

■様子を見ながらやるしかない

 大会のほうは2月28日以降全て中止や延期になっている。通常の練習もままならない状況が続くので、大会の再開について聞くと、中井は「まだ見えない」とハッキリ答えた。

「そもそも『もう(やっても)大丈夫』みたいなことになるのかどうか」

 筆者が個人的な見解と前置きしたうえで、「そういう状況にはならないと思う」と話を向けると、中井は「ということは、なし崩し的に再開することになる」と続けた。

「そうなると、様子を見ながらやっていくしかない。我々はくっついてナンボ。正直、歯がゆい。正直、エクササイズだけでは格闘技や柔術の面白さはわからない。その意味において、いまはワクワクしない。でも、みんなそういう気持ちを持ちながら耐えてくれているんだと思う」

 中井のスタンスは基本的にポジティブ。昔は良かったというような過去の思い出に浸ることはない。来るべき未来にどうやって楽しく柔術と接するかを深く考えている。

「私は結構昔から『道場に行けない時には、どういう練習をすればいいですか?』という問いかけに『一駅前で降りて歩いて帰りなさい』『家の前でやりなさい』と答えていた。はからずも、いまはそういう状況になってしまった」

 中井は、こうも言った。

「今まではスパーリングをすることやきつい汗をかくことが練習だった。でも、僕は『スパーだけが練習ではない』と言い続けてきた。実をいうと、僕は練習でずっとスパーという言葉を使っていない。その言葉だけで一般の人が怖がることを理解していたので。だからいかにしてスパーという言葉を消そうかと考え続けていました。今回のコロナの件で、やっとみんなそのことに気づくきっかけになるのかなと思いますね」

 中井はあらゆる可能性や方針を否定しない。「年に一回、覚悟を決めて組み合う」という日が訪れる可能性も選択肢のひとつとして捨てていない。それも、時代のひとつとしてのあり方だと捉えているからだ。

「一人ひとりがそれに納得できるかどうかの問題だと思います。そうなると、今までの練習形態やジムという枠組みは壊れてしまうかもしれませんが」

 なぜここまで言うかといえば、中井には「格闘技を守りたい」という思いが強いからにほかならない。

「これまでコロナ以外のこと(格闘家が関わったとされる傷害事件や恐喝事件など)でも、ずいぶん格闘技や武道のせいにされてきましたからね」

 いまのところ柔術専門の道場から感染者が出たという話は中井の耳に入っていない。

(取材・文=布施鋼治)

中井祐樹(なかい ゆうき)​

1970年8月18日生まれ。北海道出身。高校ではレスリング部だったが、北海道大学で寝技中心の七帝柔道に出会い、柔道に転向。4年生の夏に大学を中退し、上京してプロシューティング(現在のプロ修斗)に入門。94年にはプロ修斗第2代ウェルター級王者に。95年のバーリトゥード・ジャパン・オープン95に最軽量の71キロで出場。1回戦で右眼の視力を失いながらも勝ち上がり、決勝でヒクソン・グレイシーと対戦。このときの右眼失明で総合格闘技引退を余儀なくされたが、ブラジリアン柔術家として再始動。現在、日本ブラジリアン柔術連盟会長、パラエストラ東京代表。

http://www.paraestra.com/

布施鋼治(ふせ こうじ)​

1963年北海道生まれ。スポーツライター。レスリング、ムエタイなど格闘技全般を中心に執筆。最近は柔道、空手、テコンドーも積極的に取材。2008年に『吉田沙保里119連勝の方程式』(新潮社)でミズノ第19回スポーツライター賞優秀賞を受賞。他に『なぜ日本の女子レスリングは強くなったのか 吉田沙保里と伊調馨』(双葉社)など。2019年より『格闘王誕生! ONE Championship』(テレビ東京)の解説を務めている。

https://www.facebook.com/koji.fuse.7

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