「エール」38話/早稲田ばっかりじゃない。慶応も登場し熱き早慶戦時代蘇り、そこに仲里依紗も参戦



第8週「紺碧の空」38回〈5月20日 (水) 放送 脚本・吉田照幸 演出・野口雄大〉



■志村けんの「……で?」
「引き受けた応援歌を差し置いて、裕一は自分の才能を証明したい一心でした」というナレーション。「差し置いて」というワードにそこはかとない毒を感じるのは私だけであろうか。

今週、「作」となっている吉田照幸は著書「その雑談カチンときます」でも人間の卑しき自意識に対して極めて冷ややかに突き放した視点を感じさせる。それが笑いという形になることもあれば、ものすごく厳しい場面になったりするんだなあと思うのが「エール」。

ドラマでは小山田(志村けん)が冷ややかに裕一に応対する。

小山田「……で?」
裕一「えっ?」

楽譜ばさり。

「反逆の詩」という“いまの俺のすべて”をぶつけたらしき曲を見せるが、「で」と一言で返されてしまう。がっかりの裕一。

「えっ?」と思ったのは裕一だけじゃない。視聴者も「えっ?」である。志村けんの出番、これだけ?

いつも思わせぶりに最後のワンシーンくらいしか出てこないのだが、最初の登場のときの若干コントの悪役ふうな感じからだいぶ、シリアスさが板にいついてきた感じがして、業界の重鎮の存在感マシマシなのだが、生前、4日撮影したということで、出番はあとどれだけあるだろうか、裕一の今後以上に気になってならない。

■窪田正孝、二階堂ふみの真骨頂
絶望の淵に立たされた裕一、夜遅くに帰宅。

「僕が掃除するって言ったのに、だらしない」
散らかった部屋を見てぼそり。自分のことで頭がいっぱいにもかかわらず、家の掃除を自分の仕事にしていたのにやってなくて反省するところが人間臭い。そこで掃除をはじめるのではなく、さらに本を投げ出して、楽譜を破って、咆哮する。

壊れそうな裕一を音は静かに後ろから抱きしめる。
こういうところが窪田正孝と二階堂ふみだからこそ深く胸を打つシーンになる。

追い詰められた裕一を見つめる音も心落ち着かず、日曜日に学校に行ってしまう。でもそこで再び、双浦環(柴咲コウ)が歌っている姿を目撃。

環が歌っているのは、プッチーニ「ジャンニ・スキッキ」から「私のお父さん」。子供のときに音が聞いた曲である。以前より、柴咲コウの歌い方がオペラっぽくなっているような気がした。勝手な妄想だが、双浦環も年齢を経て、歌に深みが加わったということであろうか。


■早慶よりも仲里依紗がすごい
喫茶バンブーで裕一の曲を待つ早稲田応援団一同。そこに慶応義塾大学の応援団長・御園生新之助(橋本淳)がやって来てバカにしたような口を聞く。
甘いミルクセーキの早稲田対苦み走ったブラックコーヒーの慶応。

「力任せ。これこそがあなたたち、早稲田だ。もうそんな時代じゃない」

早稲田の旗色が悪くなったとき恵が割って入り「論理より感情」であり「底ぬけのバカ」こそ強いと主張する。
またまた仲里依紗劇場。オックスフォード大学で法律を学んでいたとき、正面切って正義を訴えた男の話を例に出す。またまた夫の保は初耳で戸惑う。

いやあ、仲里依紗と野間口徹、いいなあ。唐突なミルクセーキの作り方もいい。ドラマの理屈よりも「感情」優先で、哀しい場面と愉快な場面をテンポよく切り替えていくと飽きずに楽しい感覚だけ視聴者の心に残っていくのは、「まんぷく」もそうだった。巧い俳優が瞬間瞬間を真剣に成立させるから、その瞬間の満足感が強くて、多少、辻褄が合わなくても気にならないのである。

久志の紹介とはいえ、じつは裕一のことを全然知らなかった応援団の人たち。1年で36作ボツになっていると聞いて不安になる。そう、裕一の曲を1曲も聞いてないのに頼むって「底抜けのバカ」である。
団員の「まさに契約金泥棒」という発言はそのとおりと言えるだろう。

「俺は名前や功績よりひとの縁ば信じるばい」と田中(三浦貴大)のいい台詞なんかも強烈に印象に残って、ああ、いい台詞! と思ってしまう。三浦貴大も、熱い底抜けのバカ、を見事に演じている。恵の一人芝居をえ?って顔で見ている表情もいい。

やな感じの御園生を演じている橋本淳は、「底抜けに〜」でおなじみの朝ドラ「ちりとてちん」で、主人公・喜代美(貫地谷しほり)の弟役をやっていた俳優。その後、舞台で活躍するようになり(例えば、菅田将暉の「カリギュラ」では賢い反体制派ケレアを演じている)なので表情が的確。仲里依紗のひとり芝居にあっけにとられる三浦貴大、橋本淳、すごく良かった。


愉快な場面から一転、応援団が裕一のもとへ行くと、「早稲田が負けるのはただ弱いからです、実力不足です」と応援歌を作ることをすっかり諦めた様子。
裕一は、自分の弱さや実力不足について考えて絶望してしまっているのだろう。

裕一の言葉に、あんなに前向きだった田中までが「応援ってわしらの自己満足じゃなかろうか」「応援って勝敗に関係するとやろか」と言い出す。

これは何かの被害にあった方々に「応援」するという行為について考えさせる台詞。「エール」は一貫してあらゆるものごとの両義性を描いているなあと感じる。だから、笑いばかりでもないし、シリアスばかりでもない。応援という行為や精神にいいとこともあれば、それを押し付けることもしないように気遣っている。そこには、国民が一体になることに最後まで疑問を呈していた大河ドラマ「いだてん」と相通ずるものを感じるのである。

そんな真面目なことを考えながら、美味しいものが出てくると自然に心のアンテナがピンと立つ。まだ自粛が明けない地域も多いなか、家でミルクセーキを作りたくなった人、多いんじゃないだろうか。私も飲みたい。
(文/木俣冬、タイトルイラスト/おうか)

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