「エール」37話/裕一(窪田正孝)がくすぶっている一方で、プリンス久志(山崎育三郎)が魅力を振りまく

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第8週「紺碧の空」37回〈5月19日 (火) 放送 脚本・吉田照幸 演出・野口雄大〉



■応援歌でつながる裕一と山藤
「おはよう日本関東版」に戻って来た高瀬アナ。木枯らしの「ちょいちょい」「ちょいぽい?」とすっかり「エール」にハマっている様子。

さて、本編。「あれまだ書けてない。え〜」とか「勝ち負け以前の問題です」とかナレーション(津田健次郎)が8週目に来てノリのいい仕事をしはじめた気がする。

「サロンで待ってて」と木枯(野田洋次郎)に言われた裕一(窪田正孝)が早稲田の応援歌を考えて待っていると、木枯と山藤(柿澤勇人)が食事から戻って来た。

改めて山藤を裕一に紹介する木枯。裕一には才能があるし、山藤と合うんじゃないかと言う。だから廿日市(古田新太)があんなに失礼な感じで対応していたにもかかわらず、山藤が裕一に好意的な様子。

ふたりは因縁浅からぬ関係があった。山藤は慶応出身で、学生時代、応援歌「若き血」の歌唱指導をしていたのである。
山藤は、当時、上級生に何度もダメ出しし、「母校愛」を歌に込めさせた思い出を語る。
挑発して、発奮させ「いまのあなたの叫びこそ『若き血』です」と言うという、熱血指導。山藤、坊っちゃんぽく見えて、意外と心の内はたぎっている。家柄はいいがけっこうやんちゃな柿澤勇人にピッタリである。

「若き血」によって慶応が連戦連勝、「勝つのは容易ではないですよ」と山藤に言われた裕一はプレッシャーを感じる。
ここで重要なのが、応援歌によって、スポーツの勝敗が左右されることもあるという認識である。

■いきなり深刻な話に
「覇者」の「は」の発音が弱いから歌詞を変えてはどうかと、早稲田の田中(三浦貴大)提案してみる裕一だったが、とんでもないと拒否されてしまう。一向に書けず、喫茶バンブーでありきたりになってしまうとぼやくと、マスターの保(野間口徹)は「ありきたりじゃまずいの?」と首をかしげる。毎日同じコーヒーをいれることに疑問をもつことがあると例をあげ、裕一は自分の音楽を作ろうとしているが、コーヒーをいれるときお客さんの顔を考える、という助言に、裕一は憤慨する。

自分のやっている音楽(芸術)は客商売とは違う。自分の曲に自分らしさを入れて何がいけないかと音に愚痴ると、音は、廿日市が小賢しい知識をひけらかして鼻につく(大意)と言っていたと伝える。あんなに裕一にぞっこん(死語?)だった音だが、案外冷静で、裕一が変わらないといけないのではないかと言うと、裕一はさらに憤慨。

「本当だったらイギリスで勉強していたはずが、東京の隅っこで応援団と大衆曲を作っているんだから十分変わっている。それでも自分の音楽を表現しようと頑張っている(大意)」と言い出す。
「自分の音楽、捨てたら意味ないよ」と苛立つ裕一に、「明日からご飯作りません」と音は冷たい。


裕一、福島時代は養子問題、東京に出て来るとやりたい仕事じゃない悩み、と常にここではないどこかを求めて、苦しんでいる。もちろん不遇ではあるのだが、ともすれば、芸術至上主義のわがままにも捉えられかねない彼の内面をあまり詳しく描かず、突然まとめてわっと出してくるから観てるほうはびっくりしておろおろしてしまう。

主人公なのだから、彼の内面をもっと描いて、視聴者が感情移入できるようにあえてしてないのは狙いなのだろうか。登場人物のディープな内面を描き過ぎると、観たくなくなる視聴者もいるという昨今の風潮なので、これくらいのバランスでいいのかもしれない。窪田がコメディパート以外、ナイーブな表情をしているのは、描かれない裕一の混沌をなんとか表現しているからなのだろうなあと思う。

■「罪だな…僕という存在が」
裕一のことを心配する音は、久志(山崎育三郎)に相談。

久志「惚れた」
音「人妻です」

このやりとりのテンポ感は最高。

廊下からうっとり見ている女生徒にウインクして、「罪だな…僕という存在が」などと捨て台詞。

「裕一の最大の幸福は君だ。音楽の才能はその次」とか「応援歌を作ることで何かが変わる。応援歌は文字通り、人を元気づける歌だからね」とか重要なことを言いながら、ふざけて重要な部分を流していく久志。このキャラはすごくうまく造形されている。

うまく存在しているもうひとりは、喫茶バンブーの恵(仲里依紗)。実に飄々と存在する。音に相談されて「彼を変えられるのは自分だけだと思うけど」と本質的なことを言いつつ、「徳川家の遺訓」を音に見せる。
「怒りは敵と思え」を胸に、忍耐する音。
「何もしないってつらいわ、家康さん」

■反逆の詩
締め切りまであと5日。
曲が全然出来てこなくて、イライラしている田中(三浦貴大)のもとに、事務局長(徳井優)がやってきて、新しい応援歌を勝手に作っては困ると言い出す。このとき、応援団部室の匂い(埃?)にハンカチを鼻に当てる仕草が細かい。

事務局長の横暴によけいにやる気になってしまう田中。「古山裕一と心中たい」と燃え盛っているとき、裕一は音の気持ちを理解しないで、意地になって、自分の個性をふんだんに取り入れた曲「反逆の詩」を作って、小山田(志村けん)に見せにいっていた。
田中は「紺碧の空」を待っているのに。どうなる応援歌。


■謎多き、エール
裕一はコロンブスレコードの契約では他の仕事をサロンで堂々とやっている。契約書にはそもそも、他の仕事もやっていいと決めてあるんだろうか。仮に、大学の校歌作曲は仕事じゃないとしても、会社のサロンでやっていいものなのだろうか。契約に他社の仕事もやっていいし、会社の施設を使っていいとあれば全然問題ないのだけれど。

もちろん、現実社会だって会社で内職している人はいる。私なんかは気が弱いので、売れっ子作曲家で成果を出していれば何をやってもいいけれども、一年間、なんの成果も出せてない人間が、会社のサロンで他の仕事をする裕一の神経の太さにビビってしまうのである。そこに裕一の大物っぷりを読み取ることは可能である。

第一、「エール」はそういう常識をいちいち丁寧に描くドラマではないことはすでに重々わかっている。ただ、窪田正孝の演技が真面目なドラマみたいな感じもするので、つい常識に囚われて見てしまうのだ。ここふざける場面ですというようなところではとても巧くとぼけたリアクションをする窪田だが、ナチュラルな場面だとものすごくナイーブなたたずまいをするため、ドラマのカラーがシリアスなのかコメディなのかどっちなのかよくわからなくなる。6週は「脚本/吉田照幸」、8週は「作/吉田照幸」。このクレジットの違いもわからないし、型にはまらないドラマということなのかもしれない。
(文/木俣冬、タイトルイラスト/おうか)

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