「旦那さんのこと、憎いでしょう…?」満たされない妻に近づき、女の欲求に火をつけた人物

結婚相手に経済的安定を求める女性は、多いと聞く。

結婚相手の職業人気ランキングを見ても、その通りと言えるだろう。

しかし中には、夢追う夫を信じ、支える“献身的な妻”というものもいる。

IT社長として成功した柳川 貴也(やながわ たかや)の妻・美香もそうだ。

一緒に貧しい時代を乗り越え、今でも夫の一番の理解者。彼女の支えがあったから成功出来たと言っても、過言ではない。

しかし、夫の思いとは裏腹に、財を手にした妻は豹変していく。欲望のままに。

◆これまでのあらすじ

美香の手帳から発見された、DVの記録。身に覚えのない貴也は混乱するが、それを知った弁護士は貴也に疑いの目を向ける。その背後にあるものとは一体…?


リリリリリリーン。

部屋中に、けたたましい音が鳴り響いた。どうやら、目覚ましがなっているらしい。

「う、うーん。もう少し寝かせてよ…」

美香は眠い目をこすりながら、自分のスマホをむんずと掴む。

−あと5分は寝られるじゃない…。

ホーム画面に表示された時刻を確認し、アラームを止めようとして、はたと気がついた。

−そうだ、私ホテルにいるんだった…。

そのけたたましい音は、スマホではなくベッドに埋め込まれたアラーム時計から鳴っている。起き上がってOFFにすると、部屋は途端に静かになった。

昨日、家を飛び出した美香は、近くのビジネスホテルに逃げ込んだのだ。本当は高級ホテルに泊まりたいところだが、家出が長期化することも考えると、費用を抑えておく必要がある。

それにしても、部屋が狭い。

広さ9平米のシングルルームは、ベッドが部屋の面積のほとんどを占めているほどの狭さで、とにかく息苦しい。

「あーあ、もう少しいい部屋にすればよかったかな」

美香は、こんな生活は1週間も耐えられそうにないと、大きくため息をついた。

家を出た美香が、貴也に会うリスクを冒してでも家に戻った理由とは…?

相談役


美香がスマホを開くと、とある人物からLINEがきていた。ここ数週間、彼にはある件を相談していて、ずっとやりとりしている。

“例のメモの準備はどうですか?”

美香はその“メモ”が入っている自分の鞄を一瞥し、“問題ないわ”と手短に返信を打つ。

自分のこれからの生活のためとはいえ、ありもしない、嘘で塗り固められた日記みたいなものを書くのはしんどかった。

−でも、この人のいう通りにしていればきっと大丈夫。

美香はうっとりとした表情で、彼のことを思い出した。


「旦那さんのこと、憎いでしょ」

この男と初めて会ったのは、とあるパーティー。ただ談笑していただけだったはずなのに、席を外そうとした美香を捕まえて、その男はこう言ったのだ。

「え?」

戸惑う美香に対して、彼は全てを見透かしたように不敵な笑みを浮かべた。

新手のナンパかと最初は思った。

男は、その華やかなパーティーの中でも一際目立つ存在だった。

長身で身体も引き締まっており、顔立ちも美しい。

うまく表現出来ないのだが、人を惹きつける、いやそんな言葉では足りないくらい、人を掴んで離さない何か圧倒的なオーラを放っている。

彼と話したのは取り留めのない話題ばかりだったが、共通の知人がいると知ってにわかに盛り上がったことで、美香は年甲斐もなく自分の心が踊るのを感じていた。

貴也にこんな知り合いがいたのかと、意外にも思ったのを覚えている。

「いいんですよ、我慢しなくても」

困惑する美香に、その男は優しく微笑みながら畳み掛ける。

−何を知ってるっていうの!?

最初は、彼の不躾な態度にムッとした。貴也に不満があったとはいえ、他人にそこまで言われることではないと思ったのだ。

結局そのパーティーでは彼と連絡先を交換することもなかったのだが、それ以降、美香の行く先々に彼は現れた。

「またお会いしましたね」

偶然なのか意図的なのか、分からない。それに彼はいつも、夫への敵愾心を煽る言葉を投げかけてくる。最初こそ、この人の目的は何なのだと疑った。

だが、男は圧倒的なルックスゆえとにかく人目を引く。彼にだけスポットライトが当たっているような輝き方をしていた。

彼と親しげに話していると、他の女から羨望の目を向けられる。衆目の中で彼と一緒にいることは、美香の自尊心を心地よくくすぐった。

繰り返し彼の言葉に触れるうち、男への嫌悪感は溶けるように失せ、反対に貴也への不満が募り始めていく。

−私はもう、これ以上我慢する必要なんてないんだわ…。

それ以来、貴也に対する感情は、どんどんどす黒いものになっていったのだ。

そして同時に、美香は後戻り出来ないほど彼に夢中になり、女としての承認欲求がムクムクと芽生えていった。

ホテル暮らしに嫌気がさした美香はあることを思いつく。しかし彼は見逃さず…。

全てを見透かされている


LINEを返信した美香は、部屋の鏡の前でメイクを始めた。やっぱり化粧のノリが悪い。あくまでも応急処置的な、必要最低限のメイクを無理やり施す。

「問題はお風呂よね…」

美香は、視界の端に映るバスタブを見てポツリと呟いた。

シャワーだけの生活がこんなにもストレスだとは。小さなバスタブに湯を張ることは出来るが、リラックスなど程遠い。

その時、ふっと脳裏にある考えがよぎった。

−そういえば…。貴也って今、会社だよね?

これはチャンスだと思った。だが同時に、さっき連絡を寄こして来た“彼”から、慎重に行動するよう言われていることも思い出す。

-別にもともと住んでいた家にちょっと寄るくらい、“相談”しなくてもいいよね。

すぐさま出かける準備を整えると、美香は軽快な足取りで自宅へと出かけた。


「は〜ぁ、最ッ高!」

思わず漏らした声が、浴室内に響く。

浴槽に浸かった美香は、渾身の伸びをした。それでも、このバスタブにはまだ余裕がある。

すっかり気分を良くして、お気に入りの音楽でもかけようかしら、とスマホを見る。すると、ちょうどLINEが届いたところだった。先ほどの送り主と同じ人物だ。

“もしかして家に帰ってますか?”

メッセージを見て、心臓がドクンと跳ね上がる。

この男はいつもこうやって、自分の行動や心の裡を見透かしたような発言をしてくる。結局、相談してもしなくても、彼には全てお見通しだ。

-この人には抗えない。

“鉢合わせるようなことだけは絶対に避けてくださいね”

返信もせずにぼーっとしていたら、そんな追撃のLINEを食らった。彼にそう言われると、さっきまでの気分はどこへやら、急に不安に襲われる。

-急いで出よう。

慌ててバスタブから上がり、扉を開けてスマホを脱衣場のタオルの上を狙って投げた。

体を洗っている途中、浴室の外から、かたん、という小さい音が聞こえた気がした。シャワーをわざわざ止め、息をひそめて次の音を伺ったりもしたのだが、どうやら気のせいだったらしい。

お風呂から上がった美香は、急いでバッグにメイク道具やスキンケアグッズを詰め込む。

どうせ貴也は、自分のメイク道具の有無など確認もしないだろう。それに、今晩は彼と会うのだから、やっぱり気合いを入れたい。

そんなことを考えながらバッグを手にとると、再びスマホが光った。

“じゃあ、また今夜”

美香は、その男に唆されて作った古いメモ帳がきちんと鞄の中に入っていることを確認する。

そして「今度こそ、さよなら」と誰もいない部屋に向かって言い放ち、ドアを閉めた。


▶︎Next:4月11日 土曜更新予定
美香に悪魔のように囁く人物。彼は一体何者なのか…?

画像をもっと見る

関連リンク

  • 4/4 5:02
  • 東京カレンダー

スポンサーリンク

記事の無断転載を禁じます