ドラフト期、育成期、ブレイク期で見る山川穂高の物語。自分を思い出して本塁打を量産した強打者

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 日本を代表するホームランアーチストである山川穂高(西武)。中村剛也(西武)そっくりの体型から入団時に「おかわり二世」と期待されたが、ブレイクまでの道のりは決して平坦ではなかった。

 そんな山川の軌跡を、西武ファンの筆者が「ドラフト期」「育成期」「ブレイク期」に分けて振り返る。

◎「活躍してもらわないと困る経歴の選手」が入団

 2013年のドラフト会議で西武から森友哉に次ぐ2位指名を受けた山川。大学日本代表の4番という経歴を知って、「しばらくはクリーンアップに困らない」と思った記憶がある。

 ドラフト1、2位に必ず1人は投手を指名している西武が、慣例を崩してまで獲得した打者が活躍しないわけがない。

 その年の西武ファン仲間との忘年会でも、「山川、激推しですよ!」と言い放った。今となってはいい思い出だが、ここから数年はファンももどかしさに押しつぶされそうだった。

◎モノマネで打てるほどプロは甘くなかった

 大卒のドラフト2位で大学日本代表の4番。即戦力間違いなしと思っていたが、最初の2年はなかなか浮上できなかった。どうやら「おかわり二世」というニックネームが災いし、フォームを中村に似せたのが失敗だったのでは…と筆者は推測する。

 当時、実際に見たところ体型だけでなく打席の仕草も瓜二つ。「コピーするのは本塁打の数だけでいいのに…」とため息が出そうになったが、早く活躍したいという意気込みがすべて悪い方に出たようだった。

 それを思うとよく這い上がってきたと感心する。ズルズルとおちていっても、なんら不思議のない状況だったからだ。

◎自分のやり方でこそ輝いた山川の魅力

 しかし、2016年からの山川は14本、23本、47本と本塁打を倍々ゲームのように増やし、大学時代の定位置である4番も中村から奪い取った。今にしてみると、入団からのどん底の時期がもう遠い昔のように思えてくる。

 とはいえ、2019年はオールスターゲームの前に29本打っていた本塁打が後半戦で14本と半減し、4番を中村に取り返されるという憂き目にあった。

 それでも本塁打王はしっかりとつかむのだから恐れ入るが、本人としては納得がいかないだろう。ただ、安定感を求めるとまたスランプに陥りそうなので、やはり豪快なスイングでアーチをかけまくってほしいと思う。

 体型は同じでもスイングの質は中村と決定的に違う。山川を山川たらしめるのは、ヘルメットを飛ばすほどのパワフルなフルスイングなのだから。

◎同じなんてつまらない

 童謡詩人の金子みすゞさんが、著書『わたしと小鳥とすずと』のなかで「みんなちがってみんないい」という言葉を残している。

 プロ野球に限った話でなくなるが、超一流のアスリートはみな異なる個性を持っている。山川もそれに気づいたからこそ、中村のマネをやめて自分の道を歩んだのだろう。

 そしてその先に待っていたのはスラッガーとしての開花。2019年後半の失速も、裏を返せばいい経験だ。

 今季はどんな山川が見られるのか。コロナウイルス渦への配慮で控えているホームランのあとのどすこいパフォーマンスも、封印が解ける日が訪れますように。

文=森田真悟(もりた・しんご)

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  • 野球太郎

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