「すべてが甘かった」ラグビー女子セブンズ日本代表、中村知春の後悔と決意

拡大画像を見る

―[2020 TOKYOに輝く女神たち]―

◆<第5回>中村知春(ラグビーセブンズ女子日本代表「サクラセブンズ」)

「生きるか死ぬかという思いで臨んだけど、すべてが甘かった。『金メダルを獲ります!』とは言ったものの、終わってみたら盛大な失敗じゃないですか! たぶんメンバー13人はみんな、トラウマになっているんじゃないですか。帰国して安室(奈美恵)さんの『Hero』(リオ五輪NHK放送のテーマソング)を聞くたびに『やめろー!』『チャンネル変えろ!』って心のなかで叫んでました(笑)」

 7人制ラグビー女子日本代表“サクラセブンズ”の中村知春(31歳)は、正式種目となり大きな注目を集め臨みながら1勝4敗、12チーム中10位に終わった2016年のリオ五輪をそう振り返る。

 アジア予選を突破し、’15年のラグビーW杯で強豪南アフリカからの金星を含む3勝を挙げたエディー・ジャパン(15人制男子ラグビー日本代表)に続けと、鼻息を荒くして臨んだ初の大舞台。しかし、世界の壁は厚くプール戦でカナダ(●0-45)、イギリス(●0-40)、ブラジル(●10-26)に3連敗すると、順位決定戦でケニアから1勝(○24-0)を挙げるのがやっとだった。

「いま思えば青かったし、いろいろなものに踊らされていたんだと思います。主将だった私自身にも責任がありますし、個々のフィジカルの弱さなどに目をつぶってそれを組織で補ってメダルを獲ろうという考えが甘かった。フィジカルが弱いチームがコンタクトスポーツで勝てるわけがないじゃないですか(苦笑)。男子のみなさんの活躍を見ても、個々のレベルが上がっていましたし、そこに尽きますよね」

 そして、中村はこうも続けた。

「『金メダルを獲る』という目標が、目的化してしまっていたんです。本来は金メダルが目標で、その先にフィジカルの弱い日本の女子ラグビーも世界で戦えることを示したり、日本の女の子たちに夢や希望を与えることが目的であるべきだったのに、そこをはき違えてしまった。昨年の(15人制男子の)ラグビーW杯を振り返っても選手のみなさんの目的はラグビーをメジャーにすることやラグビーの精神性を理解してもらうことで、その結果が史上初のベスト8だったんだと思います。あれを見せられて改めて腑に落ちました(苦笑)」

 根拠のない自信とともに挑んだリオ五輪。淡い期待は、はかなく消えた。4年後の東京への切り替えは簡単ではなかったはずだ。

「すぐにはできなかったですね。正直、最近まで引きずっていました。きっとメンバーに入れなかった選手たちは、『私たちが行った方がよかったんじゃない?』と思ったでしょうし、もういろいろあるわけで(笑)。ただ、死ぬほどキツい練習をしてきたのにラグビーをやめたら、それまでの自分をすべて否定する感じがして。もちろん、リオまで年間250日近くも合宿が続いていたので、体はボロボロでした。だから、1度体を休め、リセットしてから東京を目指そうと。最初は意地でしたが、続けているうちにラグビーがまた楽しくなってきました」

 東京五輪に向けて強化を進めるサクラセブンズは、アジア大会(’18年)、アジア・セブンズシリーズ(’16年、’17年、’18年、’19年)で優勝するなど確実に成長しつつある。しかし世界に目を向けると2017-18シーズンに強豪国と競えるワールドラグビー・セブンズシリーズ(12か国が出場)に優先的に参加できるコアチームから降格してしまうなど、厳しい現実もある。

 いずれも招待参加した2019年12月のドバイ大会は12位、2020年2月のシドニー大会は9位と、直近の大会を振り返っても世界トップ8の壁を崩せていない。

◆ラグビーW杯を見て感じたこと

 メンバーを見て、気になるのはリオ五輪で4位と躍進した男子セブンズは当時のメンバーが多く残っているのに対し、女子は両大会でリオに出場したメンバーが中村1人しか残っていない点である。

「女子の他の国を見ても長く同じメンバーでやっている国は多く、継続して強化することも重要かなとは思います。ただ、やっぱり結果が出ていなかったので……。それでも、五輪に出るチームで日本は平均年齢がいちばん若いはず。若手にはスピードやパワーなど飛び道具を持った選手もいます。フィジカルも全員ではないですが、ワールドレベルで戦えるくらいにはなってきた。日本らしいプレーができれば、きっと結果もついてくる。一段飛びにいかないことはわかっていますが、未来は明るいと信じています」

 「〇〇ショック」。かつてサクラセブンズの選手たちは、自衛隊への体験入隊、11部練習など、あまりにツラかった合宿のことを勝浦ショック、菅平ショックなどと、〇〇に合宿地を入れて名付けていた。ボールを一切に使わずに、合宿中ひたすら砂浜を走ったこともあった。

 しかし、東京五輪に向け、「〇〇ショック」という言葉は消えつつある。

「当時は、ただただキツかったですから。4年前はアスリートじゃなかった選手をアスリートにしていた段階。ようやくアスリートになってきて、やるべきことが効率化されたということじゃないですか。だから、若手にツラいなんて言わせません(笑)」

 昨年のラグビーW杯。中村は最も印象に残ったシーンとして、プール突破をかけたスコットランド戦で、プロップの稲垣啓太がトライをした際に、その稲垣の控えだった中島イシレリがベンチ前で喜んでいたシーンを挙げた。

「イシレリ選手がベンチ前でピョンピョン飛び跳ねていて(笑)。サブの選手も同じ気持ちで戦っている姿を見て、だから強いんだなと思いました。やっぱり、普通は試合に出られなかった選手は、心のどこかで『負けちまえ』とか思ってしまう部分もあると思うんです。ただ、それを飛び越してギリギリでメンバーに入れなかった選手を含め、チームに関わる全員が勝利を願い、どうすれば強くなれるかを考えているように見えた。そんなチームの在り方に感動しましたし、私たちにとってもそれは理想形ですね」

◆東京五輪、目標はメダル獲得

 東京五輪での戦いは決して楽ではない。ただ、目標はあくまでメダル獲得だという。

「自分自身にとって、選手としての1つのポイントになるとは思うので、五輪の最後の試合で国歌が聞けたらいいなと思います。自分の国で開催される五輪に出られるほど、選手として幸せなことはない。いままでは見に来てくださる方々の顔を見らながらプレーしたことなど1度もなかったので、東京五輪では見に来てくださる方々の顔を見ながらプレーしたい。

 小柄な私たちが、大きくてフィジカルの強い相手にどう戦うか。日本のスタイルはパスをつなぐというか、細い糸の上を歩くようなプレースタイル。いくつものフェーズを重ねながらボールを前に運ぶアタッキングラグビーを見てもらえれば」

 ホームアドバンテージを生かし、接戦に持ち込めれば、より勝機は膨らむだろう。

「昨夏にリハーサル合宿をしましたが、リオと比較しても東京の夏は本当に暑い。それが有利に働くかはわかりませんが、適応する時間が多く取れるのは確か。アタックする時間が長くなれば、それだけ日本に有利になるとは思うので、見てる方々には楽しんでもらえると思います。ひょっとしたら試合をやる選手よりも、見ている人の方が暑くて大変かもしれないですが(笑)」

 リオ五輪前、中村はかつて近代五輪の創設者クーベルタン伯爵(フランス)が「五輪は勝つことではなく、参加することにこそ意義がある」と述べた言葉の真意を、理解できていなかった。

 ただ、1度出場し、改めて五輪について学ぶなか、単に勝ち負けだけが大事でないことに気づかされたという。

 リオでのサクラセブンズは神風特攻隊のごとく、当たって砕けた。だが、いまは違う。

 一度どん底を味わったからこそ、メダルをねらいつつも、地に足をつけ、粛々と臨むだけだと中村は腹を括っている。

「すべては事前の準備で決まると覚悟しているので、まずは目の前のことを1つ1つこなしていければ。結果を出せるかは自分たち次第。でも、勝ち負けよりも、その先にもっと大切なモノがあると思います」

●プロフィール
なかむら・ちはる '88年4月25日生まれ。神奈川県出身。法政大卒業後、'11年に(株)電通東日本に入社。中学から大学まではバスケットボール部に所属し、大学卒業前にラグビーに転向。ラグビー転向後、1年で女子7人制ラグビー日本代表に選出されると、主将として’16年リオ五輪出場、’18年アジア大会で金メダル。アルカス熊谷などを経て、’19年12月に福岡県で自ら立ち上げた女子ラグビーチーム「ナナイロプリズム福岡」のGM兼選手に就任。JOCアスリート委員。163cm、64kg

取材・文/栗原正夫 撮影/ヤナガワゴーッ!

―[2020 TOKYOに輝く女神たち]―


関連リンク

  • 2/15 15:49
  • 日刊SPA!

スポンサーリンク

記事の無断転載を禁じます