詐欺未遂事件で逮捕の元なでしこ・井口祥。高校時代から注目のプレイヤーだった…

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 11月4日、元サッカー女子19歳以下日本代表の経歴を持つ井口祥容疑者(27)が、詐欺未遂容疑で逮捕されたというニュースが報道された。容疑の内容も、振り込め詐欺の「受け子」という、いわば特殊詐欺グループの末端に位置するものだったため、サッカーファンのみらなず、世の中全体に衝撃が走った。

「なでしこ」というフレーズと共に伝えられた彼女の名前は、現役時からそれほど広く知れ渡ってはいなかったものの、確実に日本の女子サッカー史に刻まれている。改めてその足跡をたどり、彼女のサッカー選手としての注目度の高さがどれほどのものだったかを見ていきたい。

◆高校時代から注目のプレイヤーとして

 高校時代は山梨県の名門、日本航空高等学校女子サッカー部に所属、主将も勤めた。小柄ながらもドリブルを得意とするMFとして活躍し、ナショナルトレセンにも選出された有望選手でもあった。卒業時にはなでしこリーグでも「トップオブトップ」クラブであるINAC神戸に入団が内定しており、当時から目標は日本代表「なでしこジャパン」だったと語っている。

 高校卒業を間近に控えた2011年2月には初の世代別代表、U19女子日本代表に選ばれ、翌3月開催の国際大会出場の為、ロシア遠征に帯同した。中国や北朝鮮代表など強豪国も出場したこの大会では全6試合中、5試合に先発出場を果たしエストニア戦ではゴールも決め、チーム内でも十二分に存在感を示していた。

 因みにこのゲームは3月12日(現地時間)に行われており、東日本大震災が日本を襲った直後だった(この3日後に行われた中国戦では黙とうが行われ、日本チームは喪章を身につけてゲームに挑んでいる)。

 この大会でのチームメートには、後のなでしこジャパン(女子フル代表)でも活躍した横山久美、田中陽子、京川舞などがおり、このロシア遠征での国際大会優勝を経験した若き女子選手らと共に井口祥の未来もサッカープレイヤーとしての大きな希望に満ちていた。

◆日本サッカー界の成長曲線とともに

 1993年のJリーグ創設、そして同じ年の「ドーハの悲劇」を経て4年後のフランスW杯初出場を成し遂げると、以降は一気に世界の中においての地位を確かなものにしてきた日本男子サッカー。他方、1990年代から200年代、女子サッカーは注目度、さらに存在感においてもスポーツ界では男子に比べ大きな遅れをとっていたと言えるだろう。

 その中で、2008年の北京五輪ではベスト女子史上初の4強進出を果たし、ドイツとの3位決定戦での銅メダルマッチに挑んだ。佐々木則夫監督に率いられた女子代表は澤穂希、宮間あや等、後の世界一に輝くメンバーが揃い、敗れはしたものの、女子サッカー史に確かな爪痕を残す。

 そして2011年7月、FIFA女子ワールドカップドイツ大会では激闘の末、決勝でアメリカを降し初の栄冠に輝く。3年前の北京での雪辱となったドイツも打ち破り、延長までもつれ込んだ決勝のアメリカ戦では宮間、澤が相手ゴールネットを揺らした。

 PK戦での勝利した試合後、およそ4か月前の東日本大震災時、世界中から受けたサポートに対する感謝の意を表現する選手たちの姿がみられ、この大会のもう一つのハイライトとして記憶されている。選手、スタッフ、サッカーファン、関係者のみならず、日本国民にとっての忘れられない大会となった。

◆果たせなったクラブでの出場。代表からも離れ…

 女子サッカー界にとって大きなターニングポイントとなったこの年、井口祥は高校を卒業、なでしこリーグのINAC神戸に入団する。国内女子トップリーグでの活躍、さらに翌年のU20女子W杯へ向けて、プレイヤーとして高みを目指す道筋を辿っていくはずだった。

 だが、代表選手が顔を揃えるなど選手層の厚さでは日本屈指の神戸でリーグ戦出場は叶わず、地元である茨城県リーグのKashima LSCへ移籍、その後、ジェフユナイテッド市原・千葉レディースへと移るも、やはりリーグ戦出場はならなかった。日本代表においても、以降はメンバーに選ばれることはなく、3月のロシア遠征が最初で最後の代表選出となった。

 2014年を最後にジェフユナイテッド市原・千葉レディースを退団、現役を引退していた。

 女子日本代表なでしこジャパンが世界一に輝き、一気に世間からの関心を高めることとなった2011年、同じ年の3月のU19女子日本代表遠征での国際トーナメント優勝。注目度という点では比べるまでもない。それでも若きなでしこたちは未曽有の災害に包まれた直後の祖国を思いながらフィールドでプレーを続けた。

 その事実は改めて振り返ると、今でも我々の胸の中に強く突き刺さる感情が生まれる。ゲーム後の選手たちのコメントには大きな不安と迷い、それでも勝利というニュースを届けられたという、僅かながらの安堵感を口にした選手もいる。

 あのとき、隣国のピッチにいた彼女たちは様々な感情を抱きながら真剣勝負を戦っていたことは想像に難くない。サッカー選手として、人間として複雑な、それでも極めて貴重な経験を心身に刻んだ、2011年のU19サッカー女子日本代表の選手たち。

 そしてそのチームの一人として、未来を切り開くために精一杯、戦っていた井口祥。その名前が、今、こういう形で出されるのは、本当に悲しい。<文/スポーツライター・佐藤文孝>


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  • 11/12 15:51
  • 日刊SPA!

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この記事のみんなのコメント

1
  • バカボン

    11/21 0:31

    なでしことか、メディアが作った愛称。いるか?侍とかフェアリーとか、なんかつけんと気が済まんか?しょうもない。

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